それから…
「……はぁ」
 或る日の放課後、赤也は力なく部室の椅子に座り、深い溜息をついていた。
「? どーしたよい、赤也。可愛い妹ちゃんと喧嘩したかぁ?」
「違うッス…」
 赤也の否定の言葉とほぼ同時に、ジャッカルも相棒の予想には否と答えた。
「ンなワケないだろうが…こいつ、あれ以来桜乃ちゃんとはすっげぇ仲良いんだぞ。そりゃもう見ていてこっちが熱くなるぐらいだ」
「それもそっかぁ」
 今までの余所余所しかった期間が長かった反動なのか。
 高い塀を乗り越えた後の二人は、これまでの心の隙間を埋めるように、血の繋がった実の兄妹以上に仲良くなっていた。
 『お兄ちゃん』と躊躇いなく呼んでくれる桜乃に対し、今は赤也も『桜乃』と名を呼び、猫可愛がりに可愛がっている。
 最早、二人には兄妹間の悩みなどある筈もない…
 周囲もそれについては疑いなど持っていなかった。
 しかし…
「……今思えば、『赤也さん』って呼ばれるのってスゲェ贅沢だったんスね…」
「は?」
 ジャッカルが聞き返す向こうでは、赤也は机に顔を乗せてぶつぶつと怪しい言葉を呟いている。
「そりゃあ、あんないい子に『お兄ちゃん』って呼ばれるのは嬉しいッスよ? 嬉しいッスけど…他人の立場で会えたらもっと良かったかな…って」
(おいおいおいおい!!)
(やべーぞコイツ! 完全に妹に参っちまってんじゃん!!)
 それは禁断の恋だろう!とジャッカルと丸井が顔を青くしていたところに、部室に柳が入ってきた。
「? 何をしている、アップはもう済んだのか?」
「あ! 柳ぃ! コイツ何とかしてくれよい!!」
「あの例の妹に、道ならぬ想いを抱いちまってるらしいんだ!」
 人生を誤る前に、先輩として道を正してやらなければ!と慌てる二人の提言に対し、意外にも柳は冷静な態度を崩さなかった。
「…赤也の妹というと、向こうの親御さんの連れ子だったな」
「へ?…あ、ああ、そうだけど」
 丸井の返事に、柳はふむと納得した様に一度頷き、二年生エースに向き直った。
「…問題ない。二人の血が繋がっていないのなら、日本の法律では婚姻も結ぶことが可能だ。『道ならぬ』という言い方は少々不適だな」
 ぴくん…っ
 今まで脱力状態だった赤也が肩を跳ね上げ、がばりと顔を上げた。
「マジで!?」
 確認する赤也に、柳はあっさりと答えた。
「第七三四条、直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることが出来ない。但し、養子と養方の傍系血族との間では、この限りではない…そういう事で、真実だ」
「〜〜〜〜〜!!」
 参謀の断言に、赤也の顔に見る見る生気が戻ってきたかと思うと、彼はがたんと立ち上がってラケットを固く握り締めていた。
 じゃあ、このまま彼女の手を握って離さないでいたら…心を通わせ続けていたら…またいつの日か、『赤也さん』って呼んでもらえるかもしれない。
 その時は余所余所しい意味ではなく…兄妹以上に近い存在として。
「頑張るッス!!」
「そうか、アップしてこい」
「はい!!」
 淡々と命じる参謀に答えて勢い良く飛び出して行った後輩を、ジャッカル達が唖然として見つめていたが、やがてどちらからともなく顔を見合わせた。
「…もう、あの子に近づく男共は…全員赤目の犠牲者だろうな」
「赤目どころか、下手に手出しすりゃ悪魔化だってするだろうよい…柳ぃ、ちょっと言い過ぎじゃないのかい?」
「真実は曲げられん。それに、妹御に良い所を見せたいという思いからだろうと、戦力となるならウチとしては利用しない手はない」
(ほんっとコエーよな、立海って…)
 さて、これからあの二人がどうなりますことやら…でも、妹の方も赤也を非常に慕っているから、これはもしかしたらもしかするかも…
 取り敢えず、生温かい目で見守ってやるか…と思う先輩達だった。






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