GO!GO! U-17合宿・4


 一方、そんな事が施設内で起こっているとは全く知らない立海の面々は、桜乃が向かっているルームではなく、先程彼女が通ったばかりの食堂でのんびりと小休止を取っているところだった。
 正に、彼女とは入れ違いのタイミングであり、それもまた桜乃の運のなさを如実に物語っている。
「ふぃーっ、疲れた疲れたっと。水分補給しよーっと」
 トレーニングメニューが一段落したらしい若者達が、各々、席を取りながら一息ついている脇で、早速丸井が食堂に備え付けていた飲料の自動販売機に走っていく。
 販売機と言っても、見た目は世間でよく見るものだが、施設内にいる生徒達がお金を入れなくても物品が入手出来るように改良されたものなので、正しくは補給機と呼んだ方がいいだろうか。
「俺も行こうかの。柳生、何か飲むか?」
「ミネラルウォーターをお願いします……添加物はナシで」
「嫌じゃなぁ、何か入れようと思っとった訳じゃないぜよ」
「そういう事にしておいてあげますから、何も入れないで結構です」
「はいはい」
 丸井の後を追う形で仁王が歩いて行く様子を苦笑して眺めた後、彼らのリーダーとして相変わらず辣腕を揮っているらしい幸村が軽く息をついた。
「ちょっとはここにも慣れてきたかな…トレーニングも今の処は十分についていける内容のものばかりだし」
「そうだな…けど、施設が広いから最初はちょっと迷ったりもしたなぁ」
 ジャッカルが笑って幸村に答えている隣では、柳が相変わらず自前のノートを広げていた。
「何しろ最先端の技術を駆使している場所だ。それに俺達以外にも高校生も多数抱えているからな、これだけの大きさになるのはやむを得ないところもあるだろう…狭いよりは広いほうが心理的にも好都合だが」
「まぁ、それもそうか」
 狭い場所に野郎達が詰め込まれている場所を想像するだけで萎える…とジャッカルが思っていたところで、一緒に座っていた真田がぎろりと相変わらず鋭い視線を周囲に向け、あからさまに眉をひそめた。
「ところで赤也の姿が見えない様だが…? さっきまで練習は一緒にしていた筈だ」
 どうやらいつも目付けをしている若者の姿が見えない事が気に掛かっているらしい。
 ここまで来ると、殆ど保護者だ。
「ああ、切原君なら、途中で分かれていた道の方に向かいましたよ。午前中最初の練習に使っていた部屋に忘れ物があるとかで…」
「忘れ物? そうか…では戻るのを待つか」
「何か用事でもあるのかい? 弦一郎?」
 ただ皆が集まるのを待っている訳ではなさそうだ…と語調から読み取った幸村が尋ねると、相手は憮然として目を閉じた。
「…俺が課した反省文十枚をちゃんと書いたかどうか確認をしておきたくてな」
「反省文…?」
 立海の末っ子がまた何かしたのか…?と首を傾げた部長に、戻って来た仁王が笑いながら答えた。
「何じゃ、幸村は知らんかったか。赤也の奴、昨日の夜にこっそりゲーム機を持ち込んどったのを真田に見つかったんじゃよ」
「ああ…」
 それでか…と幸村が笑って納得したが、それだけで済まないのがお固い性格の副部長だ。
「全く! 上の誰かに見つかったらそれだけでもどんな処罰が下るかも分からんのに、浮かれ過ぎだ! 勿論、即没収して反省文を書く様に言っておいた。期日は特に定めてはいないが、あいつの事だ、せっつかんといつまでもダラダラと引き延ばしかねんからな」
「君達、もういっそのこと結婚したら?」
「精市!!」
 茶化す親友に困惑の表情で真田が強く名を呼ぶと、相手はすぐに笑いながら手を振った。
「冗談だよ。でも放っておいたら彼が勝手に罰を受けるだけなのに、それを結局未然に防いでくれてるんだから、君も人が好いよ」
「な、何を言うか、俺はあいつが罰を受ける事で、立海の名に傷がつく事を心配して言っているのだ!」
 いかにもな理由を述べながらも、照れ隠しからか多少動揺している親友にはいはいと笑いながら幸村が答えていると、仁王と一緒に戻って来た丸井がくてん…とテーブルに突っ伏した。
「トレーニングは立海のモンより楽なぐらいだから別にいい…ゲームも別にあってもなくてもいい…けど、甘いモンがないのは嫌だ〜〜〜」
「まだ言ってるし…諦めろって、ちゃんと三度三度の食事はしっかり出てるだろ? ガムの持ち込みも許可されたんだから、それだけでも良かったじゃないか」
 ジャッカルの慰めにも、丸井は頭をテーブルにつけたまま、首をぐじぐじと横に振って反論した。
「甘いモンが欲しいったら欲しい〜…おさげちゃんもどうしてるかな〜〜〜、俺らがいなくて泣いてんじゃないかな〜〜〜」
「それは希望と言うより、お前の希望的観測だな」
 甘い物からの連想ゲームで思い出したらしいあの少女を懐かしむ丸井に、柳がびしっと鋭い一言を投げかけた。
 しかし、彼の言葉で他のメンバーもおさげの少女の事を思い出してしまったらしく、全員が少しだけ表情を曇らせる。
「会えない…と思うと、やはり少々きついものがありますね」
「ま、試験期間とかの数日の話なら、まだ楽なもんじゃが…」
「あれで芯は強い子だ、俺達との約束を守ってくれてはいるだろうが…寂しいと思ってくれている確率は百パーセントだな」
 柳の台詞に、丸井ががばちょっと勢いよく頭を起こす。
「うお! びっくりしたぁ!!」
 驚く相棒に構わず、赤毛の若者が真剣に参謀に尋ねた。
「まさかおさげちゃん、寂しさの余りに誰かの甘い言葉に釣られて、道を踏み外したりってコトないだろうな!!」
「だから何でそういう如何わしい話に行くんだよ!!」
「だってよくマンガでもあんじゃんか!! 恋人が遠く離れた場所に行って、寂しくなった主人公が〜ってヤツ!」
「心配しなくても、そもそも恋人でもねぇだろお前は…それになぁ」
 ジャッカルが最後の一言はこそっと小さく相棒に囁き、念を押した。
『そろそろ幸村がヤバいオーラ出してるから、つっつくのは止めとけ』
 彼の言う通り、メンバーの話を聞いていた幸村の周囲の空気が何処となく重くなっている。
 可愛がっていた少女と会えないというストレスを思い出してしまったと同時に、嫌な予想を聞かされた事で、若干機嫌が悪くなっている様だ。
『うお! やべぇ、ヤブつついた?』
『な? 蛇が出ない内にやめとけよ』
 この場合、蛇と言うのは間違いなく幸村のコトだろう…詳しく言うと、『恐い状態の』幸村。
 その幸村は、怪しいオーラを出しつつも特に丸井達を嗜めるでもなく暫し無言でいたが、不意にぽつんと呟いた。
「まぁ有り得ないとは分かってるけど、彼女が俺達に会いに来てくれたらいいなって思っちゃったりするよね」
「ああ…まぁ、俺らがこういう状態で外に出れんからのう」
「しかし、おそらく彼女が来たとしても門前払いでしょうからねえ…残念ですが」
 流石にそれは望んでも叶わない夢だろう…と、立海の面々がふ〜っと落胆の溜息を漏らした時だった。
「やから、ホンマに座敷童子やったんやて」
「またまた侑士〜、只の疲労で幻でも見ただけだろ?」
 再びそこに入って来た氷帝の忍足と向日が、そんな会話を交わしながら立海の面々の座っているテーブルの端を行き過ぎる。
「冗談でも気のせいでもあらへん。こう、よう思い出してみたらちーちゃい手ぇやったし、えらい柔かったからなぁ、多分女の子やったと思うわ。ちいちゃい言うても、そんなに俺らと違う年でもないような…」
「だーかーらー、そんなヤツ、ここにいる訳ないじゃん! 男子だけの合宿だし知り合いでも思い当たるヤツいないしさぁ」
「やから不思議や言うてんのや…」

『……………』

 一人…思い切り思い当たる節のある女性を知っている立海の面子が、固く強張った表情で凍りつく。
 まさか…
 しかし、本当にまさか、と言える話で何の証拠もないので、そこでは思い浮かんだ考えはすぐに一蹴された。
「はは、ま、まさかだよなぁ〜〜〜!?」
「そ、そうだな!! 幾ら何でもあの子がこんなトコロにいる訳がねぇってのい!!」
 最初は少女に会いたいとあれ程我侭を口にしていた丸井ですら、今はジャッカルの否定的な言葉にうんうんと賛同していたが、そこに今度は賑やかな一団が入って来た。
 四天宝寺のメンバーだ。
「わーいっ!! 恵方巻きや恵方巻きっ!! これ食ったら何かエエコトあるんかな〜〜! どっち向いて食ったらええんやろ?」
「待ちぃや金ちゃんっ! それ一体誰にもろたんや?」
「恵方巻きって…ロールケーキばい、どう見ても」
 四天宝寺の男達の発言に真っ先に反応を示したのは、勿論、甘い物に飢えて禁断症状寸前の丸井だった。
「何ぃ、ロールケーキッ!!??」
 先程までの脱力状態から一転、彼は実に素早い動きで、あの四天宝寺の一年生にダッシュで迫った。
「うわあぁぁっ!! 何や!? やらへんで!」
 迫ってきた丸井からケーキを庇う様にしながら遠山がきっぱり断ったが、それで引き下がる相手でもない。
「なぁお前っ、それ、何処で手に入れたんだ? どっかで売って……ん?」
 相手が渡す気がなくても何処かで手に入るならそうしたらいい、と考えていた丸井が、ふと怪訝な表情に変わり、くんくんくんっと鼻を忙しなく鳴らした。
「?」
「…どぎゃんしたとね?」
 同行していた白石と千歳が同じく怪訝な表情に変わり、見ていた立海の他のメンバー達も同じ表情になったところで、丸井が物凄い大声で叫んだ。
「これ! おさげちゃんのケーキだーっ!!」

『なにぃーっ!?!?!?』

「は…?」
 どういう事…?と唖然としている白石達の前で、丸井ががっくんがっくんと遠山の両肩を捕まえて激しく揺さぶった。
「なぁお前っ!! 何処でおさげちゃんに会ったんだ!? いるんだろい!? このクリームの匂い、間違いなく彼女が作るヤツだもん!! あいつ何処にいんの!?」
「おおお〜っ!?」
 揺さぶられている遠山が余りの激しさに目を回している脇で、白石と千歳が真剣な表情で目配せする。
「クリームって、匂いでそこまで分かるもんなんか!?…てか、クリームって匂うんか!?」
「俺は人間じゃけん、そこまではよう分からんたい…」
 謎の生命体と一緒にするな、と言わんばかりの千歳の態度だったが、それにも丸井は一向に構う様子はなく、目の前の少年の答えだけを待っていた。
 一方、散々頭を振られて目を回してしまった遠山は、ぐるんぐるんと回る世界にくらくらしながら、何とか相手の問い掛けに答えを返す。
「うう〜〜〜ん…そないなコト分からへん〜。ワイ、途中まで荷物運んだだけやもん、そん時のお礼に、おさげのケーキのねーちゃんからコレもろたんや〜…」
 最早、間違いないっ!!
 がたんっ!!と椅子を倒す勢いで幸村が立ち上がり、立海メンバー全員に命令を出した。
「探しに行くよっ!!」
『おうっ!!』
 こんなだだっ広い場所に放り込まれた少女が、まともに人探しなど出来る訳がない!!
 見知った中学生に出会うだけならまだいいが、もし高校生の誰かに会って、変なちょっかいでも出されようものなら大事だ!!
「どうして関係者立ち入り禁止区域に彼女が!?」
「何でもええじゃろ!! 今は兎に角アイツの安全を守るのが先決じゃ!」
「彼女個人の能力でここに侵入出来る可能性はゼロパーセント…誰か協力者がいるのだろう」
「何の目的かは分からんが、急ぐに越したことはないな…赤也あたりが見かけていたらいいのだが…」
 そんな会話を交わしながらも立海メンバー達の行動力は凄まじく、四天宝寺や氷帝の面々が呆気に取られて見守る中、彼らは既に忽然とその場から姿を消してしまっていた…


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