教育的指導…?


「今度、家庭科で料理をするんですけど…」
 立海に転校し、男子テニス部のマネージャーになった桜乃が、そんな話を始めたのは、放課後の部活が始まろうかという時だった。
 別の用事があるのか、部をまとめる立場の三強は柳以外まだそこにはおらず、全員が揃っている訳ではなかったが、彼女の言い出した内容に近くにいたレギュラー達が早速反応を示した。
「ほう、何を作るんじゃ?」
 当然の質問を投げかけたのは、銀髪の詐欺師、仁王である。
「それが…選択して作ることになっているんです。皆さんにも是非お裾分けをしたいですから、何が良いか意見を伺いたいと思って…」
「へー、選べるんだ。でも面白いなぁソレ! で? で? どんなメニューがあんの!?」
 早速、期待に胸を膨らませているのは、常に食欲旺盛な丸井ブン太だ。
「分かれたら多数決だなぁ。けど何であっても、竜崎が作ったものなら美味いだろうから心配はしてないが」
「そ、そんな事ないですよ桑原先輩…けど、どれになっても腕によりをかけて作ります。それでメニューなんですけど…」
 いよいよ本題に突入…
「えーと、お好み焼きと、たこ焼きと、クレープ…ですね」

『…………』

 一同、暫く沈黙した後に…
「粉モンか」
「粉モンだなぁ」
「当日の講師は難波の商人か?」
とビミョーな反応を返す。
 粉モン…つまり材料が少なく単価が安く、腹持ちがいい食べ物である。
 よく屋台で重宝されるメニューに多いのだが…正にそんな感じのラインアップだった。
「やっぱりそう思いますか…けど最近は小麦粉代も馬鹿にならないんですけどね」
 桜乃が苦笑した後に、さて、とみんなを見回す。
「…どれがいいですか?」
「たこ焼き!」
「お好み焼き」
「クレープがいいッス」
 ほぼ同時に返ってきた答えで…途端に決着が遥か彼方へ…
「えー! やっぱここはたこ焼きだろい?」
「いや、お好み焼きもなかなかいけるぜよ」
「クレープでしょ、フツー」
(うわ〜〜、こういう所では一致団結しないんだなぁ…)
 困った〜と思いながら、桜乃は辺りで傍観していたジャッカルや柳生達に目を向ける。
「皆さんは?」
「下手に口出ししたら恨まれそうだなぁ」
「私どもは特にこだわりもありませんし…貴女が決定打を出せば決着がつくのでは?」
「そうだな、竜崎が食べたい物を選んだらいいだろう」
 柳達の意見を受けて、桜乃はう〜んと天井を見上げて悩んだ。
 聞くのは簡単だが、ここで決定すると思うと責任は重大である。
「…私個人としてはそれぞれ美味しいし、全部に一票あげたいぐらいなんですけどね」
 そこで引き下がらないのが、我が強い立海メンバー達だ。
「そう言わずにさぁ」
「俺達にとっても重要なことじゃし」
「ちゃんと選べよ〜、誰と一緒がいいんだ?」
「ううん、悩みますねぇ〜〜」
 問われながらも決めかねていると、そこに副部長である真田が入って来た。
「…竜崎」
「あ、はい真田先輩、何ですか?」
 何やら、随分と暗い様な…落ち込んでいる表情だった。
 この男にしては非常に珍しい姿だったので、桜乃も何事かと首を傾げる。
「…どうしたんですか?」
「む…い、いや…何でもない」
 何を言おうとしていたのか…結局、彼は語ることはなく、そそくさと部室から出て行ってしまった。
「あら?」
 どうしたんだろう…もしかして、何か相談したい悩み事でも…?
 辺りの部員達も訝る中で、桜乃は気になった真田の後を追いかけることにした。
 目当ての副部長は、少し先に行ってしまっていたが、コートへ向かっていることは確認出来、そのまま小走りで近寄っていく…と、
「あら、幸村先輩?」
 真田は、コート脇に立っていた自身の親友の傍に歩み寄りながら、どうやら相手に声を掛けたらしく、向こうの若者はいつもの様に柔和な笑顔を浮かべて真田を迎えていた。
『やぁ、弦一郎…どうしたの? 何だか浮かない顔だね』
『うむ…少し相談したいのだが…』
 桜乃の耳にもかろうじて聞こえる二人の台詞に、少女はえ?と思いつつ歩みを遅くした。
 傍に寄ったら、真田の言葉を閉ざしてしまうかもしれないと思ったからだ。
『相談?』
『…竜崎の事だが…困ったものだ』
『竜崎さんが…?』
 渋い…実に渋い顔でそう告白する副部長の台詞に、少なからず桜乃はショックを受けた。
(え!? も、もしかして私、何か粗相しちゃったのかな? な、何しちゃったんだろ…)
 思い当たる節があればすぐに謝らないと!と考えた少女の前で続けられた言葉は…
『若い内からあんなに男子を弄んでいるとは…しかし悪意は無い様だし、どう言えばいいものか……イマドキの子は、あれが当たり前なのだろうか…?』
『えーと…先ず、君が中学生だってとこから突っ込んだらいいのかな…?』
(途中から聞かれてとんでもない誤解受けてる〜〜〜〜〜っ!!)
 その誤解、解かない訳にはいかない!と、無論、桜乃はそこに乱入。
「きゃあああ―――――っ!! 嘘です、違います、誤解なんです〜〜〜〜〜〜っ!!」
「むっ?」
「竜崎さん…?」
 それから必死に誤解を解いたが、元々素行が良かった上に部員達の証言もあったことから、桜乃の疑いはすぐに晴れた。
 無論、真田も桜乃に深く謝罪し、幸村は「弦一郎お兄ちゃんが見張っていたら、安心だね」と笑っていたという。

 そして騒動の原因である家庭科のメニューが何になったかは…依然、明らかではない。






戻る
サイトトップヘ