意外な一面?
「ん〜〜〜〜…おはよ〜〜〜っ!」
ある日曜日の朝、桜乃は心地良い目覚めと共にそんな宣誓をベッドですると、ぴょんっとそこから飛び出した。
「今日は楽しい日曜日〜〜…さて、着替え着替え」
早速私服に着替えると、彼女はぱたぱたと居間へと向かう。
そこには誰もいなかったが、据え置かれている卓上には、今日の朝刊が置かれていた。
「そう言えば、そろそろあそこの店でセールやらないかなぁ」
実はこの娘、彼女の家の中で一番金銭感覚がしっかりしている。
決して貧しい家ではないのだが、無駄な浪費を嫌う彼女は、朝刊チラシを見て買い物の予定を立てるのが日課となっていた。
こう聞くとケチな人間に聞こえるが決してそういう訳でもなく、例えば友人の誕生日などには多少値が張るものだとしても、その子が喜んでくれる贈り物を選ぶ器量は備えていた。
そんな彼女が、早速本日の日課を済ませようと新聞に折り込んであったチラシを引き出して、丁寧かつ素早く中身を確認してゆく。
「えっと、マンション、マンション、スーパー、フィットネス、塾、スーパー、土地、スパ…」
チラシの内容を口に出しながら、彼女は結果、二枚の特売情報を手に入れ、今度はそれらをじっくりと読んでゆく。
本来は中学一年生の筈なのだが、その姿は既にやり手の主婦の貫禄。
「……あっ! お米が安い! しかも新米っ!!」
一つの項目に、桜乃がチラシに顔を近づけて興奮する。
この時期小麦や乳製品よりはまだリーズナブルなお米だが、それでも食の柱になるものである以上、良いモノが安価で手に入るのなら見逃せない。
しかも自分の家ではパン食は習慣ではないので、必然的にお米を主食にする日々が殆どなのだ。
そう言えば、そろそろ家にあるお米も少なくなってきていたし…
「わー、丁度いいかも。今日ならお休みだし今から行ってもまだ十分間に合うし…あ」
早速行こうか…と思っていた桜乃は、ふとチラシの注意事項を見て動きを止める。
「…うーん、十キロのものしか安くないんだ…」
五キロぐらいなら何とかなるけど、流石に十キロは乙女の腕では難しいし…
(でも、諦めるには惜しいなぁ…ここまで安いのはその所為もあるのかも…あ、そうだ)
何かを思いついた桜乃は、そのまま台所に行って手早く朝食を済ませると、何故か物置へと向かい、奥から一台のキャリーバッグを引き出すと、それを持って玄関へと向かった。
「えへ、これに乗せて運んだら大丈夫だよね、私ってば賢い!」
寧ろ、わざわざそういうグッズを持ち出す辺りがしっかりしている。
早くしないとお米が売り切れるかも!と気にしながら、桜乃は少し急いだ様子で靴を履き、出かける準備を整えた。
「それじゃ、行ってきまー…」
がらっ…
元気よく外出するべく声を上げながら玄関の戸を引くと、その目の前に丁度誰かが立っていた。
客人かと思い、視線を上に上げると…
「あ、蓮二お兄ちゃん」
「桜乃?」
自分の実兄である柳蓮二が、脇に本を抱えた姿でそこにいた。
どうやら、いつもの習慣である朝の散歩がてらの公園での読書から戻ってきたところの様だ。
中学生ながら、普段着が和服というのがまた渋い…
「お帰りなさい、蓮二お兄ちゃん。ごめんなさい、今、急いでいるから…」
「ん…?」
せわしなく何処かに行こうとする妹の様子を見た柳は、彼女が手にしていたキャリーバッグを見た瞬間、ばさっと手にしていた本を取り落としてしまった。
「さ、桜乃…っ!?」
「はい?」
落とした本を拾おうともせず、柳はいつもの冷静沈着振りとは裏腹に、焦った様子で桜乃の腕を掴んで引き止めた。
「お兄ちゃん?」
「その…桜乃…」
相手が明らかに狼狽している様子に桜乃も何事かと首を傾げたが、彼は一度深呼吸して遠慮がちに申し出る。
「も、もし悩みがあるのなら、俺が相談に乗るぞ?……お、お兄ちゃんでは頼りないかもしれないが…」
「……」
いきなりの兄の言葉に一瞬きょとんとした少女は、彼の真意に気付くと、はーっと溜息をついて断った。
「あのね、お兄ちゃん…私、家出するワケじゃないから」
「え…?」
「これから行くスーパーにお米買いに行くだけなの。重いから、これで運ぶの」
「!…そ、そうか…」
桜乃の説明にほっと胸を撫で下ろした柳だったが、それでもまだ不安は全て消えないらしく、落ち着かない様子で妹を見つめている。
「………お兄ちゃんも一緒に行く?」
彼の視線を痛いほどに感じた桜乃は、仕方なく兄にそう尋ねた。
このまま一人で出かけたとしても、この心配性の兄は後ろを尾行するぐらいはやりかねない…それなら一緒に行った方が、お互いに余程気を揉まずに済むだろう。
「む…そう、だな…特に予定も無いことだし…」
予想通り、柳はすぐにそれを了承すると、桜乃と一緒に並んで歩き出した。
「もう…私が家出なんてする筈ないじゃない…お兄ちゃん、本当に学校で『参謀』って呼ばれているの?」
「…一応」
決まり悪そうに答える兄に、妹はくすりと笑う。
「…でも、いつも心配してくれて嬉しい。有難う、蓮二お兄ちゃん」
「う、うむ…」
心からの感謝が込められた妹の笑顔に、兄も嬉しそうに笑う。
それは部活の仲間でも滅多に見た事はない和やかなそれだった。
そして二人はスーパーに着くと…
「あー、良かった間に合った〜、十キロ新米〜〜」
もう残り少なかったが、当初の目的である品物を入手出来て桜乃は安堵のため息をつき、柳は改めて広告を確認していた。
「…確かに安いな…お一人様一袋なら、お前と俺で二袋買えるが」
「それはそうだけど…流石にキャリーでも二袋は重いよ〜」
「では一つは俺が持とう」
「ええ!?」
自分が言った通り、柳は別の一袋をひょいと軽々と抱えて、それからも妹の買い物に付き合っていた。
「えーと…こっちは特売で百円引き…こっちは三割引かぁ…今日中に消費するものだから消費期限は気にしないでいいとして、どっちがお得かな?」
「ではこちらが十三円分安い」
「あ、じゃあこっちにしようっと」
簡易計算機になって妹の手助けをしている柳は、抱えている米袋の所為もあって周囲の買い物客からも一際注目されていた。
『ご夫婦…じゃないわよね?』
『よく分からないけど、苦労しているのかしら…』
『あら違うわ、柳さんの家のお子さん達よ。お兄さんがとっても頼りになって、妹さんの事もいつもああやって助けているの』
『まぁ、理想的な御兄妹ねぇ』
理想的な兄が、会って早々に妹の家出の心配をするものなのかはさておいて…
図らずも一家の株を上げるのに貢献した兄妹だったが、無論二人は最後までそれに気付く事もなく、相変わらず休日の買い物を楽しんでいた……
了
戻る
サイトトップヘ