ラブラブ兄妹


「いよーし、完勝完勝っ!!」
 日曜日、他校での練習試合の為に遠征していた立海男子テニス部メンバーは、この日も如何なく実力を発揮し、全ての試合でパーフェクトな勝利を収めていた。
「どうだ? 蓮二」
「ああ、ほぼ予想通りの試合運びとなったが…赤也の試合についてはもう少し防御の面で詰めたいところがあるな。どうにもマインドコントロールが苦手なのはいけない」
 参謀である柳と副部長である真田がそんな会話をしていたところで、部長の幸村は今日の試合についての軽い反芻を終えたのか、軽く頷いて立ち上がった。
「ビデオにも収めているから、後でまた検討してもいいよ。取り敢えずは片付けと帰る準備をしようか、こっちが場所を借りている訳だしね」
 あまり長居をする訳にはいかないという彼の判断で、それから部員達は制服に着替えて荷物をまとめ、相手校を後にした。
 こういう他校との試合後の帰り道は、部員達にとってもささやかな楽しみの一時である。
「お、うまそー」
 早速ダブルスの丸井などは、通りがかった店のたこ焼きなどを買ってぱくついている。
「見慣れない街を見て歩くのも、結構楽しいからの」
「そうですね、いつも通っている街と違う空気だと、何となくですが心が引き締まる様な気がしますね」
 仁王や柳生も微笑みながら部員達と街並みを歩いていたが、やがて彼らはとある神社の傍を通りがかった。
「へぇ、神社がある…結構広いみたいだね。ちょっと見ていこうか」
 部長の幸村の一声で、彼らは特に断る理由もなく、時間もあった為に、皆で神社の鳥居をくぐった。
 確かに中はかなりの広さがあり、自然も目に美しい。
 軽く敷地を見て回り、お参りを済ませると、彼らはおみくじなどが置いてある授与所に立ち寄った。
「ジャッカル、おみくじ引かない?」
「…あまりいい思い出がないから俺はいい…」
 ダブルス二人がそんな会話を交わしている傍では、幸村達がお守りなどを手に取り眺めていた。
「結構色んなお守りがあるんだね…ITお守り…?」
「そこまで神頼みをせんといかんのか?」
 まるで次元が違う世界なのだが…と真田が首を傾げている。
 その時、彼らの隣で同じくお守りを見ていた切原が、ひょいっとその内の一つに手を伸ばした。
「お、縁結びのお守り見っけ」
「お前には今のところ、縁がない確率が…」
「えーそーですよ、いいじゃないっすか夢見るぐらい」
「人に夢と書いて儚いと読むが…正に言いえて妙だな」
「……」
 参謀の冷酷且つ的確な指摘に二年生エースが無言を守っている隣で、幸村が一つの品を手に取って眺めている。
 意外にも、それもまた縁結びのお守りだったのだが、他のものとは少し趣向が違い、同形で色違いのお守りがセットになっていた。
「それも縁結びじゃな。意中の相手と分け合う類のもののようだが…」
「……」
 仁王の言葉を聞き、暫くそれを眺めていた彼だったが…
「下さい」
 メンバー達が自分たちのお守りの選別に夢中になっている間に、親への交通安全のお守りなどと一緒に、巫女さんにそれを差し出し、買い取っていた。


 その日、自宅に戻った後…
「精市お兄ちゃん、お帰りなさい。試合、どうだった?」
 幸村は妹である桜乃から出迎えを受け、鞄を玄関先に置きながら笑って答えていた。
「ん、ただいま。危なげなく勝てたよ…ああ、桜乃、これお土産。一個あげるね」
「え?」
 幸村が妹に差し出したのは、あの縁結びのセットになったお守りだった。


 後日…
「あれ? おさげちゃんのそのストラップ…」
 部の見学に来ていた幸村の妹の携帯を見た丸井が、それを指差しながら声を出す。
 その指の示す先には、あの日、幸村が神社で買っていた縁結びのお守りの片方が結ばれていた。
「それって、こないだ見たことある。縁結びのお守りだったよな?」
「ええ、そうですよ?」
 にこっと笑って、桜乃はそれを手にとって相手に見せた。
 まさか彼女に恋人がいたのか?と、辺りにいたレギュラー達がわらわらと集まってくる。
「ほ〜う、誰か気になる奴がおったんか?」
 意外じゃ、と詐欺師が冷やかすように言うと、相手はくすくすと笑いながら手をひらひらと振った。
「違うんですよ、これ、お兄ちゃんが勘違いで買ってきたんです」
「……勘違い?」
 切原が訝し気な顔で尋ねる。
 あの妹大好きな部長が勘違い…? しかもこういうアイテムで?
「お兄ちゃん、これを二人分だと思ってたらしくて。恋人達が分けるものなんだよって教えたら凄く残念そうにしていたから、結局二人で分けて付ける事にしたんです。どうせ私、今は恋人とかいませんし」

『……………』

 聞いていたメンバー達の表情が一気に固くなり、ついでに青みを増していく。
 いや、それはおそらく…と言うか絶対に確信犯だと思うんだけど…
「…あ、お兄ちゃんだ」
 固まっている彼らの様子に気付かず、桜乃は遠くに見えた兄の姿を追って、そちらへと走って行った。
 彼女が行ってしまった後で、ぼそりと切原が呟いた。
「…教えてやるべきっすか?」
「教える前に、遺書を書くことを勧める……冗談抜きでな」
 既に真田は諦めた様な表情だ。
 きっとあの男の携帯にも、彼女と色違いのお守りがぶら下がっているのだろう…最初の目論見通りに。
「…いい兄なんだろうけど、ちょっと、度が過ぎている気がする」
「あの子も、幸せなんだかどうなんだか…」
 丸井とジャッカルが小さく呟く傍では、柳がこれまた冷静に分析を行っていた。
「彼女が中学在学中に恋人を得る確率はゼロパーセント…因みにその原因は彼女の気質によるものではなく、外的要因が全てを占める」
「そうでしょうね…あ、外的要因については言わなくても結構ですよ」
「うん、今目の前におるし、毎日仲良く付き合わせてもらっとるからのう…今更紹介されることもないじゃろ」
「…あのお守り…守るっつーより呪うってイメージっすよね。誰であろうと彼女に寄ってくる野郎を」

 それは合っているかもしれない…

 彼らが力なく話している向こうでは、桜乃と幸村が仲睦まじく語らっている。
 もし桜乃に恋人が出来て、そして幸村がその男を認める日が来るのなら。
 もしかしたらその日が、日本、いや、世界が滅亡する日なのではないかと、全員が例外なく心配していた……






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