羽根つきDEATH MATCH


「竜崎、あけおめー!」
「あ、あけましておめでとうございます、切原先輩」
 三学期最初の日、桜乃は立海の門をくぐったところで先輩である切原に声を掛けられていた。
 息も白くなる寒空だが、二人は元気に挨拶を交わす。
「冬休みも部活で終わった気がするなー。そう言えばアンタ、何か女子限定のマネージャーの集まりがあったって聞いたけど…」
「はい、生徒会の好意で同じ女子同士の親睦を深めるという目的で、遊びに行きましたー」
「何か、女子ってそういう集まり好きだよなー」
「あ、もしかして羨ましがってます?」
 早速賑やかに、しかし楽しげに、彼らはそれからも話し合いながら校内へと入っていった。


 往々にして、こういう学期の初日という場合は、先ずは全校生徒が集められ、校長の訓辞などを聞くのが倣いとなっているものだが、それは立海でも例外ではなかった。
 中学生全員が朝の始業式の為に校庭に集められ、そこで一通りの式の行事を終えた時、最後に生徒会から不思議な宣告が下される。
『えーそれでは恒例の部対抗羽根つき大会を行いますので、各部部員は指定の場所に集合し、代表者を選んで下さい』
「?」
 何?と思って桜乃がきょろっと校庭を見回すと、確かにトラックに沿う形で、外周部に各部の名前を記したプラカードが立てられている。
 そこへ集まりつつあるレギュラー達に、桜乃も半ば慌てて走り寄っていった。
 見ると、彼ら全員はもうこの行事を知っていたかの様にいつものウェアーをしっかりと着込んでいる。
「あ、あのう、皆さん…今から何があるんですか?」
「おっ、おさげちゃん! あそっか、おさげちゃんは転校して初めての事だから知らなかったんだっけ」
 丸井がそんな事を言っていると、脇から仁王が口を挟んできた。
「ウチの学校の恒例行事でのう。新年の企画ってコトで、三学期の始業式には各部活の代表が羽根つきをして、勝負をするんじゃよ。勝負は一戦のみのサドンデスで勝ち抜き戦。優勝した部には次期の予算にお年玉分を加算されるんじゃ…後は副賞があるぐらいかの」
「まぁ、そんなイベントが…」
 でも楽しそうですね、と笑う桜乃に、真田が苦笑する。
「部同士の交流目的もあるが、殆どはイベントだな。まぁ割と盛り上がるから全校生徒にもウケはいいらしい」
 そこで、柳が部長でもある幸村に声を掛けた。
「で、代表はどうする? まぁ副賞は去年と同じなら図書券だったと記憶しているが…」
「そうだね…」
 うーんと口元に手を当てながら柔らかな笑顔で考えていた幸村は、その手を離しながら答えを出した。
「あくまでレクリエーションだからそこまで本気を出す必要はないと思うけど…まぁレギュラーから出すのが自然かな。出たい人がいたらその人優先、いなければジャンケンででも…」
「ふむふむ」
 丸井が興味津々で頷いているところに、生徒会から更にアナウンスがなされた。
『えー、因みに今年の副賞には、生徒会主催の女性マネージャーのみが集められたボーリング大会、及びスパでのマル秘写真アルバムもつきまーす。因みにスパのは浴衣姿ですので皆さん頑張って』
「またよく分からないものを…」
 何だそれは…とジャッカルが呆れていたところに、きょとんとした桜乃がさらりと言った。
「あ、私も参加したイベントですね…って、浴衣姿―っ!?」

『!!!』

 桜乃の…浴衣姿? 優勝しないと他の部に渡る…?
 立海メンバー全員、硬直。
 数秒後、何とかそれから逃れた丸井が、グラウンド中央の試合会場を見遣ると…
「あああっ!! 幸村がもうあんなトコロに羽子板持ってーっ!!」
「舞ってるっ! 砂埃舞ってるっ!!」
「羽根つきで『無我の境地』発動してるぞ――――っ!!」
 切原やジャッカルが加わって大騒ぎになっているところで、既に先行きを予想した仁王が、やれやれといった様子で桜乃の目を後ろからそっと塞いだ。
「う?」
「はーい竜崎、ちょっとこのままでいようかのー」
 そんなレギュラー達を尻目に、幸村が早速一回戦を始めようとしていた。
 相手は野球部レギュラーの四番バッター。
 そして一回戦…
「スポーツは顔でやるんじゃないんだぜ!?」
「知ってる」

 どごっ!!
『ぐおああああっ!!』
 勝者、立海男子テニス部。

 続けて二回戦相手は男子水泳部
「テニスと羽根つきは別モンだろ」
「そうだね」

 ずがっ!!
『ぎゃああああっ!!』
 勝者、立海男子テニス部。


「つ・ぎ・は?」
 ふふ…と微笑みながら羽子板を持つ幸村の背後に、鬼神の姿を見た生徒はどれだけいただろう…
『キケンッ!!』
『キケンします〜〜〜〜〜っ!!』
 次々上がる棄権コールの中、たった二戦のみで男子テニス部はあっさりと優勝を攫っていってしまった。
 取り敢えず、桜乃の浴衣姿の流出を防いだ部長の勇姿を、ビミョーな顔で他レギュラーが眺めている。
「…羽根つきって立派な格闘技だったんスね、真田副部長」
「………」
 渋い表情で返事を返せずにいる真田の隣では、やっぱりといった様子で仁王が桜乃に目隠しを続けている。
「ウチに入部したら、もれなくアナタも羽根つきで人が殺せますって勧誘してみたらどうじゃ?」
「この年で事情聴取はちょっと…」
 嫌だな〜という表情も露にジャッカルがそう答えている間に、何も知らない桜乃がうーと目隠しされながら首を横に振る。
「仁王せんぱ〜い、見えません〜〜」
「あ、すまんすまん、もうええよ?」
 地獄の現場は終わったからの…と思いながら仁王が彼女の視界を解放してやっている間に、しっかり副賞を奪ってきた部長が皆の処に戻って来た。
 グラウンドではまだ二位以下を決める勝負が続いていたが、彼らの興味はもうそこには無い。
「はい、蓮二。データ保存宜しく」
「うむ」
「焼き増しは写真の裏に名前?」
「あ、俺も」
 早速、丸井と切原が桜乃のマル秘ショットの焼き増しを狙って特攻を掛けている。
 テニス部の活躍がもう終わってしまったと知った桜乃が『あーんっ!! 幸村先輩の活躍見損ねた〜〜〜っ!! 仁王先輩の意地悪〜〜〜〜〜っ!!』と騒いでいる間に、幸村は更に柳とこそこそと話し込んでいる。
「竜崎さんが入っていない写真は、裏で流して部費の足しにしても…」
「うむ…特に必要性はないからな」
 知らぬが仏とはこの事か…桜乃は怒っていたが、本当は仁王には感謝すべきなのかもしれない。
「ウチはいつからどこぞの秘密組織に…」
 遠い目をする真田に、仁王が爽やかな笑みで言い切った。
「何を今更…何で俺がこの部に入ったと思っとるんじゃ?」
「テニスをする為じゃなかったんですか、仁王君…」
 自分まで巻き込んでおいて…と柳生は思い切り顔色が悪くなっている。
 本当に、この部は今年はどうなるんだろう…
 新年早々、希望と同じ位に不安も湧き上がった、或る始業式のひとときだった…






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