編みぐるみ


「ありがちですけど、これ、皆さんに贈り物です」

『わ―――――――いっ!!』

 或る冬の日、立海男子テニス部部室内で、レギュラー達の歓声が上がっていた。
 歓声の中心にいるのは、部のマネージャーを務める中学一年生、竜崎桜乃…彼らの妹分になる女性である。
 その日の部活も無事に終了した後、桜乃は紙袋をレギュラーの人数分準備し、それぞれの名を記したものを該当するメンバーに手渡した。
 中身は、この時期定番の贈り物である手編みのリブ編みマフラーだった。
 しかもその隅にはしっかりとそれぞれのイニシャルと立海の校章も編み込まれている。
「うお、スッゲー! 手が込んでるなぁ!!」
 ジャッカルが目の前にそのマフラーを広げて感動の声を上げる隣では、早速丸井が着てきた学校指定のマフラーを鞄の中に仕舞い込んでいた。
 もうそれを着けることはなく、桜乃のプレゼントに切り替えるという事だろう。
「えーと…俺らレギュラーでも八人いるけど…た、大変だったんじゃねーの?」
 切原の台詞に、桜乃は口元に手を当てて小さく笑った。
「うふふ、慣れたらそうでもないですよ。それに実は秋口からこっそり準備していましたから…使って下さいますか?」
「当然じゃろ」
「喜んで使わせて頂きますよ。竜崎さん」
 仁王や柳生がうんうんと頷いている向こうでは、早速首にそれを巻いた幸村が嬉しそうに微笑んだ。
「触り心地もいいし、あったかいな…これなら、寒い中でも平気だよ」
「こんな手の込んだ贈り物をもらえるとはな…感謝するぞ、竜崎」
「大事に使わせてもらおう」
 真田や柳も幸村に続いて桜乃に心からの謝辞を述べた。
「いえいえ、お役に立てたら何よりです…あ、それと…」
 そう言って、彼女は徐に自分のポケットを探り…そこから何かの物体を取り出してみせた。
「これ、お好きな方がいたらどうぞ…でも、男性の方はあまり興味はありませんか?」
「なになに?」
 好奇心が非常に強い丸井が、早速桜乃が差し出した物体を確認すると、それはおそらくマフラーを編んだ毛糸で作ったと思しき、クマの編みぐるみだった。
 掌に丁度乗るぐらいの大きさで、目はしっかりと大きめのビーズで作られているなかなかの本格仕様である。
「うわ、かわいー。アンタの手作り?」
「はい。初めて作ったんですけど、結構上手く出来ました。お守り代わりにどうかなって」
 切原に嬉しそうに答える桜乃の向こうでは、メンバー達が早速それについて獲得の意志を見せていた。
「はーいはいはい! 俺欲しい」
「あ、俺もッス」
「竜崎の手作りかぁ…いいなぁ」
「確かに、魅力的なアイテムですね」
「俺も欲しいな…それ」
 部長の幸村までそんな台詞を述べたところで、複数による争奪戦が生じると見た仁王がぽん、と手を叩いて全員の注目を促した。
「結構な人数が欲しがっとるようじゃから、ここは一つ公平に決めんか?」
「そうっすね、言っててもキリないですし」
 そして、部室の一画にわらわらとレギュラーの殆どが集まってゆくのを、桜乃と、傍の副部長である真田が見つめていた。
「あらら、結構騒ぎになってしまいましたね…」
 大したものじゃないんですけど、と苦笑する少女に、真田も苦笑いで返した。
「そうでもないぞ? 公平と言うのならまぁジャンケンの類だろうが…俺も参加してみるか」
「え、真田先輩もですか?」
 桜乃がそう返しているところで、向こうではジャンケン…ではなく…
 こ―――――んっ!
「はい、それじゃあオークションナンバー一番、竜崎の手作りプレミア編みぐるみ。五百円からスタート」
「六百円」
「八百円!」
「ここは大きく千二百円!」
 仁王がテーブルをペットボトルで叩いて木槌代わりにし、そこは即席のオークション会場に様変わり。
「えええ〜〜〜〜〜〜っ!!??」
「待て、そこの薄汚れた中学生ども…」
 桜乃が大いに驚いている傍で、真田が眉間に皺を寄せて彼らに容赦ないツッコミを入れた。
「何処が公平に、だ! 嘆かわしいっ!!」
「一番単純明快な方法と思うんじゃけどなぁ」
 ちぇっと舌打ちをしている銀髪の詐欺師が、真田の物言いで仕方なくオークションを止めた脇では、珍しくその真田が幸村にも小言を言っていた。
「お前もお前だぞ精市。部長がそれでは他の奴に示しがつかんだろうが!」
「ごめんごめん、面白そうだったからつい」
 両手を合わせて相手に謝る幸村は、しかし相変わらず穏やかな笑みを浮かべて何気に楽しんでいる様だった。
 まさか、編みぐるみ一個でここまで影響を及ぼしてしまうとは…
「…ええと、お時間頂いて、また全員分作ってきますから…」
 桜乃がそんな約束を全員と交わし、結局数日後には八個の編みぐるみが出来上がり、それぞれ一個ずつメンバーの手に渡る事になった。
 そしてそれらは彼らの鞄に付けられ、以降マスコットとして愛されることになったのだが…



「あれ? 幸村先輩。編みぐるみ、取っちゃったんですか?」
「あ、うん…」
 その日、桜乃は幸村の鞄を見て、そこに付けられていた筈の編みぐるみの姿が消えている事に気がついた。
「やっぱり、男の方には可愛すぎました?」
 苦笑する少女に、しかし相手はふるっと激しく首を横に振った。
「いや、そんな事じゃなくてね…ええと…」
 ちょっと困った、という様子で、相手の若者は眉をひそめつつ首を傾げた。
「俺達レギュラーが全員あれを付けてたら、いつの間にか立海の中で必勝アイテムっていう噂が広がっちゃって…狙ってる人もいるらしくて、みんな自宅に避難させてるんだ」
「…有名なのも大変なんですね」
「鞄に付けるの、気に入ってたんだけどなぁ」
 どうやら、立海レギュラーには彼らなりの苦労もあるようだ…
 桜乃は意外な形でそれを知ることになり、感嘆の溜息を漏らしていた。






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