兄妹ウサギ


「この雪が、今年最後でしょうか?」
「そうだな、天気予報でもそんな事を言っていた」
 或る日の立海テニスコート。
 そんな会話が部活動の合間に交わされていた。
 話しているのは、マネージャーである竜崎桜乃と、部の参謀でもあり彼女の師匠でもある柳蓮二だ。
 彼らの見渡している目前のコートはいつも通り部員達の元気な姿と掛け声に満ちていたが、コート脇の各所には、積まれた小さな雪山が複数出来ている。
 今日の部活動前に、みんなで全面に積もっていた雪を除雪した名残であるそれらは、所々は泥に汚れていたが、真っ白な部分も沢山残されていた。
 関東は、今年も数回の降雪は認められたものの、テレビで見るような雪国のそれには遠く及ばない。
 明日は一転、晴れだという予報もあり、そうなったら雪の小山達も綺麗に溶けてなくなるだろう。
「あまり雪の降りが激しいと部活動そのものが危なくなりますけど、止んでくれて良かったですね」
「ああ」
 マネージャーの仕事をこなしながらコート脇を駆け回っている桜乃は、その日も柳の指示を受けながら部が終了するまで殆ど足を止める事はなかった。


 終了後…
「お疲れさーん」
「うー、もう寒くなってきた、早く着替えようぜい!」
 部活動を終えた男子生徒達が部室内に篭って着替えている間は、当然、女性の桜乃は外で待機という事になる。
 その間は彼女は設備のチェックなどを行うのだが、それらが済めば特にやる事もないので、割と自由な時間を持てるのだ。
 その時間、今日の彼女は部室の隅に積み上げられていた雪山へと足を伸ばし、暫くそこでしゃがみこんでいた。
 やがて、着替えも無事に済ませた若者達が出てきて、レギュラー達が自然と寄り集まると、部長の幸村が桜乃の姿に気がついた。
「竜崎さん?」
「あ、幸村先輩…皆さんも」
 は、と呼びかけに振り返りながら立ち上がり、桜乃はぱたぱたと小走りに彼らの許へと走り寄った。
「お疲れ様でしたー」
「うん、君もお疲れ様。今日は特に寒かったから、身体を大事にね」
「俺達と比べて、お前はそんなに激しく動いている訳ではないからな。身体は冷やさない様にしなければ」
 幸村と真田のねぎらいの言葉を受け、少女はこくんと深く頷いた。
「はい」
 そして、頷いた後の頭は、今度は暗くなっていた空を振り仰ぐ。
「…雪も止んで、明日は晴れで…そうなったら積もった雪も溶けちゃいますね…残念です」
「まぁ、純粋に綺麗じゃからの」
「寒いのは嫌だけど、降っているの見るとワクワクするよなぁ」
「雪が降ると音を吸収してくれますから、非常に静かな時を過ごせるのは良いですね」
 仁王にジャッカル、柳生も、桜乃の言葉にしみじみとそう言った。
「ふむ、消えゆく様は諸行無常の在り様を見せてくれる……惜しいとは思うが、それが雪の良いところだな」
「そうですね…あ、そうだ」
 ふと思い出した様に、桜乃は再び、先程自分が立っていた雪山の方へと走っていき、レギュラー達を手招いた。
 何事だろうと彼らが向かって行って、彼女が示した先を見ると…
「待っている間、ちょっと作ってみたんですよ? これが皆さんの分のウサギさんで、これが私のウサギさん……兄妹みたいですね」
 並んでいたのは、即席ながらも出来のいい雪ウサギの一群だった。
 丁度傍にあった南天の実と葉を用いて目と耳を作り、その大きさや目の傾き、特別に加えた眉の特徴を示すことで個性を出している。
 一番小さな雪ウサギを、他のウサギ達がぞろっと見守るように囲んでいる光景は、非常にほのぼのとしており、微笑ましいものだった。

『……………』

 あれが切原先輩で、あれが真田先輩で…と指差しながら説明してくれる桜乃の声を、暫く無言で聞いていたレギュラーだったのだが…

 三分後…
「冷凍庫、全部空けちまえ、全部!」
「みんな入るかのう…」
「何だコレ、アイス? 丸井、片せ」
「おうっ」
 部室に備え付けていた冷蔵庫の冷凍室を開けて、各自の雪ウサギを抱えた部員達が特攻を掛けていた。
 明日以降は保冷ボックスなどを持参して皆が持ち帰る事とし、今日は何とかここで凌ごうというつもりらしい。
 そんな彼らの様子を、きょとんとした桜乃が暫く無言で見つめていたが…
「……諸行無常って…」
「…聞かなかったことにしてくれ」
 ぽつんと呟いたが、渋い顔で応じた柳が彼女と視線を合わせる事はなかった。


 その後、確かにウサギ達は翌日には部室の冷凍室からは姿を消したのだが、唯一、残った謎がある。
 それは、『桜乃の分の雪ウサギは誰が持ち帰ったのか』ということだった…






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