新妻プレイ?
「最近は、こういう店も珍しくなくなってきたよなぁ」
「ん?…ああ」
その日の朝練終了後、丸井は一冊の雑誌を開きながら部室である特集についてジャッカルと話していた。
部活動中はテニスに一点集中してはいるが、その時間も過ぎたら彼らも年齢相応の若者たち、ファッションや趣味などに興味を示すのも当然だ。
どうやら丸井が読んでいるのは、同年代の若者達に支持されている、発行部数も多いメジャーな雑誌らしい。
その雑誌の特集として組まれているのは、今世間で話題になっている様々な人気店舗や、そこのスタッフの接客スタイルだった。
「む〜〜、メイド喫茶とか、最初出てきた時には何だかなーと思ってたけど、こんだけ増えてるってコトはさ、やっぱ需要があったってコトかなぁ」
「…じゃないか? よく分からんが」
悩む丸井に対し、ジャッカルは今ひとつ理解しかねるという表情を浮かべる。
確かに中学生の身空で既にそういうものに対して興味を示すというのは、その人の将来が色々な意味で不安だが。
そこに、同じく部室にいた仁王達も話の輪に入ってくる。
「女性となかなかコミュニケーションを取れん、恥ずかしがりの男性も増えとるようじゃしのう…可愛い女子が可愛い格好で接客してくれて、しかもソイツが自分のメイドなんて妄想まで出来るんなら、そりゃあ行きたくもなるじゃろな」
「仁王は行きたいの?」
「まっぴらゴメンじゃ」
一蹴した親友の台詞の後で、紳士という異名を持つ柳生は苦笑しながらも相手に同意する。
「どうにもその動機が…ね。あくまでも喫茶店というのは美味しいお茶とお茶菓子、そして一時の安らぎを静かに楽しむ為の場所だと思いますから」
「ま、確かにそうッスね。笑ってくれてても、それが本当の気持ちなのかは分からないッス」
「営業用ってことだろ? それは俺も思う」
そこで、全員が着替えたことを受けてマネージャーである桜乃が入ってくる。
「お疲れ様でしたー…あれ? 皆さん何をそんなに熱心に読んでるんですか?」
相変わらずほのぼのとした穏やかな雰囲気を漂わせて、朗らかに話しかけてくる少女に、その若者達は一斉に視線を向けた。
『………』
そして、沈黙の後で、丸井がぐっと拳を握って主張する。
「俺、おさげちゃんが接客するなら絶対行く!」
「その勢いならプリクラまで撮りそうじゃのう」
「で、でもいいな、それ…」
わいわいと煩悩の真っ只中で主張する男達に、桜乃がん?と首を傾げていると、それまで黙っていた三強達がやれやれと彼らを諌めた。
「ほら、もうそろそろ止めなよ。竜崎さんが変に思ってるじゃないか」
「全く…そんな話題で浮かれるとはたるんどるぞ、お前ら」
「趣味は個人の自由だが、立海の生徒であるという自覚は忘れるなよ」
そんな三人の台詞の間に、桜乃がひょこんとメンバー達が注目していた雑誌を覗き込んだ。
「うわ……色々なお店があるんですね。メイド…執事…」
「竜崎は興味あるんかの?」
「んー…不思議な世界なので何とも…うわ、一緒にデートするコースって、殆ど恋人じゃないですか」
「ま、擬似恋愛ってヤツだよな。こんなものが流行ってんなら、今度は新婚夫婦みたいなシチュのサービスまで始まったりして」
ひひひ、と笑う後輩に、彼の目付け役であり、且つ非常に厳格な真田がこらと叱る。
「いい加減にせんか。竜崎が困っとる」
「あ、と。すんません…竜崎もすまなかったな」
「いえいえ、いいんですよ」
それからもその話題に花が咲きそうだったが、これからの授業もある為、そこは一時解散となり彼らは校舎へと向かって行った。
昼休み…
(でもそっかぁ…男の人って、ああいうの、結構気にしているのかなぁ…って事は、嫌いじゃないってこと?)
桜乃は図書館に本を返しに行き、その足で図書室の窓際に立ってぼんやりと外を眺めていた。
ああいうの、というのは、当然、朝の丸井が持っていた雑誌の特集である。
考えている内容はやや俗的だったが、憂いを帯びた表情からはそこまでは伺えない。
確かにああいう店は、出てきた時期こそイロモノ扱いだったが、最近は廃れるどころか市場は徐々に拡大し、もう市民権も得ていると言ってもいいだろう。
(…そう言えば、切原先輩、新婚夫婦のシチュがどうとか言ってたけど…真田先輩はやっぱりああいうのは嫌いなのかな…)
ちょっと気になっている先輩の事を思い出し、そんな事を思案している桜乃が気付かないところで、丁度その先輩である真田が同じく図書室へと入室していた。
「……む? 竜崎?」
窓際に佇み、溜息をついている憂い顔の想い人を見て、どき、と純情な男の胸が高鳴る。
(な…何を考えているのだ…?)
彼女にあんな表情をさせているとは…と、非常に気になった副部長は、色々と考えた結果、先輩として軽く挨拶をしようという結論に達した。
自分は相手の先輩だし、同じ部活の仲間でもあるし、話しかけるのは別におかしい事ではない筈…と色々と理論武装して、ゆっくりと彼女の傍へと近づいていく。
一方、桜乃は相変わらず妄想に忙しく、色々と新婚シチュについて思案中。
(新婚さんだったら、どう相手を呼ぶのかしら…ダーリンとかは、ちょっとないわよね。やっぱり、ここは普通にあなた、とか…うーん、じゃあ相手に呼ばれた場合は…)
「…竜崎?」
背後から真田が声を掛けたその直後、桜乃は思いついた新妻の台詞を声に乗せていた。
「お呼びになりましたか? あなた」
ばたっ…
保健室…
「弦一郎が倒れたんだって!?」
「〜〜〜〜〜」
保健室に運び込まれてしまった親友の不幸を聞き、幸村が大慌てでそこに向かうと、何故か顔を赤くして俯いた桜乃が彼に付き添っていた。
「一体何があったの? 彼が倒れるなんて…」
「はぁ…その〜、よく分からないんですが…校医の先生は何か凄いショックを受けたか、自律神経失調かもって…」
「自律神経…?」
どうにも納得出来ない…と思い暫くそこに留まっていた幸村だったが、真田が眠っている場所で騒ぐ事も憚られた。
聞きたい事は確かにあるのだが、眠っている病人を叩き起こす程に無神経にはなれない。
仕方がない、と、幸村はここは一時退く事にした。
「竜崎さんは?」
「あ、もう少しだけ傍にいます…丁度そこに居合わせてましたから、また先生から質問があるかもしれませんし」
「そうか……じゃあ、弦一郎のこと、宜しくね」
「はい」
そう言って、部長を保健室から見送った後で、桜乃は再び真田の枕元に座り…こそりと申し訳なさそうに詫びていた。
「…へ、変なコト言って驚かせてすみませんでした…真田先輩」
「………いや」
実は意識があった真田は、しかしいまだに酷く火照っている顔を背け、布団の奥に隠していた。
少女のあの台詞を聞いた瞬間、燃える程に全身が熱くなると同時に、ほんの僅かな間とは言え意識を失ってしまった…不覚。
しかし、これだけは言っておかねば…その時の自分は……
「…竜崎」
「はい…?」
「……その…嫌ではなかった、から…気にするな」
「!…はい」
そして、それからも彼らは保健室で二人揃って照れ照れ…と、アツアツの新婚さん以上に部屋の平均気温の上昇に貢献していた…
了
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