どっちもどっち


『私、白石先輩に告白しようと思うんやけど』
『えーっ!』
「!」
 授業の合間の休み時間、とある廊下を桜乃が歩いていると、物陰からそんな声が聞こえてきた。
 決して大きくはない…近場にいた自分もかろうじて聞ける程度の声だったが、それでも聞き間違いではないという程度の自信はあった。
(え…白石…お兄ちゃんのコト、だよね?)
 桜乃は四天宝寺の三年生白石蔵ノ介の妹であり、同校の一年生である。
 兄はテニス部の部長でもあり、身内の自分が言うのも憚られるが非常に男前なので、女性の人気は非常に高く、それ故に告白される機会も多いらしいということは、噂で結構耳にしていた。
 他にもいるかもしれない同姓の『白石』先輩の可能性もゼロではないが…
『昼休みにね、中庭で告白するつもり。もう連絡もつけてるし…頑張ってみるよ』
『そっかあ』
『頑張れー』
 きっと同級生の励ましを受けているのだろう挑戦者の宣誓を聞き…桜乃はそっとその場を離れてぱたぱたと廊下を走って行った。
(お兄ちゃんだったら…納得だなぁ。確かに優しいし格好いいもんね)
 小さい頃からとにかく甘えさせてくれた若者は、桜乃にとって自慢の兄だった。
 目鼻立ちが整い、勉学に秀で、性格も人当たりが良くて柔らかく、その上テニス部部長ともなれば、女性達からは垂涎の的である。
 それなのに。
 妹の桜乃から見ても非常に不思議だったのだが、これまで兄が特定の彼女を持ったという記憶が無いのだ…と言うより、そういう恋愛関係の話が一切ない!
(そう言えば、聞いた事ないなぁ…)
 優しいし、頼りになるのに…どうしてなんだろう?
 過去から現在に至るまで、相手の愛情が、まさか恋愛分も含めて全て妹の自分に向けられているとは、桜乃は露ほども思っていなかった。
(お兄ちゃんに恋人かぁ…出来たらちょっと寂しいかも…お婿に出すみたいで)
 この時点で既に、相手が長男であるという事実はフルシカト。
 桜乃は兄と同じく、『寂しいからお嫁にやりたくない』感情を相手に抱いた…ものの、
(でも、お兄ちゃんがそれで幸せなら我慢しよ)
とあっさりと結論付けていた。
 その点では、この妹は兄よりも優れて(?)いるのかもしれない。
(昼休み、かぁ…中庭ね…)
 ちょっと気になるなぁ……


 そして昼休み…
(ご、ごめんね、お兄ちゃん。覗き見はいけないことだって、分かってはいるんだけど…)
 桜乃はあの女生徒の言った言葉の通り、昼休みの中庭にこっそりと赴き、兄の一世一代の現場を確認するべく壁の後ろに隠れていた。
 その視線の向こうには、確かに呼び出しを受けたらしい兄の姿と、細身で、十分に可愛いと呼べるレベルの女子が向かい合って立っていた。
(あっ、何だかいい感じ…向こうの人も優しそうな人だし…うう、ちょっと乙女としては女の子の方を応援したくなっちゃうなぁ)
 お兄ちゃんには悪いけど…でもでも、この際、お兄ちゃんも一度ぐらい恋人を作ってもいいんじゃないかな…
(頑張れ女の子! ここから私も応援してあげるからね〜)
 そう思いながら、桜乃は両手を組み合わせ、祈るように兄の方を見つめていた。
 一方、その兄である白石は…
(…ん?)
 妹の視線を肌で感じたのか、彼は陰からこっそりとこちらの様子を窺っている妹の姿を見つけていた。
(何や、桜乃…あんな場所で何を…)
 ちょっと待て白石、お前は人の話を聞いていないのか、と突っ込んでくれる人間は残念ながら誰もおらず、彼は相手の告白の言葉もそこそこに、向こうの妹の様子ばかりが気になっていた。
 手を前で組み合わせ、祈るような視線をこちらに向けてくる桜乃の姿を見て、白石が何を考えていたかと言うと……
(あんなに心配そうにこっち見て……そんな心配せんでも、ちゃんと兄ちゃんは桜乃の傍におるからな)
と、何となく嬉しそうな色さえ瞳に称え、相変わらずの妹至上主義。
 心情的には、『モテる男はツライ』という感じなのだろうか?
 そこで互いに思惑のすれ違いがあった事は間違いない。
 妹の視線を誤って解釈したまま、若者は彼女の『支援』を受けながら女子生徒にきっぱりと言った。
「すまんけど、今は俺、そういうん興味ないから。君の事も全然好きやないし」

 が――――――んっ!!

 ショックを受けたのは告白を振られた女生徒のみに非ず…陰でその女子を応援していた桜乃もだった……


 数日後…
「何か最近、桜乃が機嫌悪い様で、あんま笑ってくれへんのやけど…何処か調子悪いんかなぁ…心配や」
「うーん、まぁね〜、身から出た錆と言うか何と言うかホホホ」
 白石は、同じ男性でありながら女子の心を持つらしい友人にそんな言葉を漏らしていたが、相手はなぁなぁの様子で軽く受け流している。
 実は彼…金色小春は既にその少し前に桜乃からも相談を持ちかけられていたのだった。
『くぅ兄ちゃん、冷たーい! 女の人にあんな断り方するなんて〜』
 それが妹に対する愛情の証だと知らせれば、尚更彼女が自分の責任を感じてしまうのは明らかで、それを予想した金色がきっぱりと真実を言える筈もなかった。
 乙女の心は繊細なのだ。
『下手な優しさを見せないのも、イイ男ってもんなのヨ。白石君は不器用だしv』
と何とかその場を上手く誤魔化したのだが…まだ数日はこの状態が続くだろう。
(どっちもどっちよねぇ〜)
 ずずーっと愛用の湯飲みで煎茶を啜った金色の前で、いきなりはっとした様子で白石が緊張感滲んだ声で叫んだ。
「まさか、桜乃っ! お兄ちゃんに内緒で誰かイイ人がっ!!」
「いっそその方がアンタ達二人にはいいんじゃないかしら」
 既に内心は、『やっとれや』と言い捨てたい感じの金色だった。
 これでは当面、この二人に恋人など出来よう筈もないだろうし、周囲も何かと彼らに振り回されてしまうに違いない。

 四天宝寺テニス部の命運や如何に……






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