紳士な守護者


『そういう訳だから、君もしっかり管理してくれなきゃ困るよ』
『はい…申し訳ありませんでした』

「ん…」
 或る日、柳生が所用で職員室を訪れていた時の事…見覚えのあるおさげを見つけた彼の足が止まった。
(何です? 竜崎さんじゃないですか…)
 生活指導の担当教師が、一年生で自分達の部活のマネージャーでもある竜崎桜乃を呼びつけ、何事かをきつく言っている様だ。
 対する少女は、言葉もないといった様子でぺこぺこと頭を下げている。
 おかしい、と、瞬間、柳生は思った。
 あの素直で非行のひの字も知らない様な娘が、どうして生活指導の教師に呼び出されて説教を受けているのか…
「……」
 そこで割り込む事は流石に憚られたが、どうしても気になった若者は職員室を出た後も、桜乃を捕まえる為に暫く入り口で時間を潰していた。
「……竜崎さん?」
「あ…柳生先輩」
 廊下に出てきた少女は、流石に怒られた事が堪えたのか、かなり疲労した様子で痛々しい。
 詳しい理由は知らないが、ここまで叱ることもないだろうに…と眉をひそめつつ、柳生は少女に近寄って、自分より身長の低い相手の為に少しだけ腰を屈めた。
「どうしたんです? 何事かあったんですか?」
「あ…っ、大した事じゃ…」
 言いかけた桜乃だったが、柳生の優しさが傷ついていた心の傷に染みたのか、ぽろっと涙を零してしまう。
「竜崎さん…!?」
「本当に…大した事じゃ…」
 ぽろぽろと涙を零す少女の前に立つ柳生に、『何!? 痴話喧嘩?』、『えっ? あの先輩が!?』と、承諾しかねる言葉が次々と聞こえてきた。
「りゅ、竜崎さん、場所を少し変えましょう。さぁ、こっちに」
 少し慌てて、柳生は桜乃をそこから少し離れた人気のない廊下へと連れ出し、そこに来た時には少女自身もかなり落ち着きを取り戻していた。
「大丈夫ですか?」
「はい……本当にすみません」
 そして柳生に気遣われながら、桜乃はぽつぽつと呼び出された理由について話し出した…


「なに? コンセントの無断使用?」
 その日、桜乃が不在の間に、柳生は彼女から聞きだした情報を三強に伝えていた。
 副部長が怪訝な顔をしながら問い返した後で、納得したと柳が頷く。
「ああ、海林館の廊下や地下室のコンセントを無断で使用する輩がいるという話だな。主に使用目的は携帯の充電だが、勿論これは本来許されている行為ではない」
「ウチの部員にそれをした人達がいたのかい?」
「どうやらその様です」
 部長の質問にこく、と頷いた柳生は、軽く手を上げて説明する。
「実際は、結構前から報告はあったらしいのですが、竜崎さんが彼らに個別に注意をして止めさせようとしていた様です。それでも残念ながら同じ事を続けた生徒がいるらしく、彼女が呼び出されてしまったらしいですね」
「……それじゃあ彼女一人を責めるのは筋違いじゃないのかい?」
 マネージャーという立場上、監督不行届という名目は多少は被る必要はあるかもしれないが、それは自分達三強にも言える話だ、と幸村の視線が鋭いものに変わる。
 その脇では、初めて聞く部員の不祥事に、既に真田が青筋を浮かべて震えていた。
「…そもそも生活指導の関係者には、そういう事があったら即座に俺に報告をしてほしいと言っていた筈だ」
(…だから竜崎さんを呼んだんでしょうね、あの教師は)
 こんな阿修羅の化身を前にしたら、責任を追及したくとも難しいかもしれない…しかし、いかにも素直で気弱そうな少女であれば…話は違う。
「まぁ、生活指導の先生には俺からもよく言っておくよ…彼女一人の責じゃないってね。今回はもう部員の名前については分からないし、竜崎さんも教えてくれないかもしれないけど、次からは対処を考えよう。柳生も、どうか気をつけてあげて」
「分かりました」
 言われるまでもない、と、柳生は部長の願いにすぐに頷いていた。


「ああ、また…」
 その日、放課後の部活中、桜乃は海林館の廊下の死角にあるコンセントを見て沈んだ顔をしていた。
 視線の先にあるのは、沢山の充電器を繋ぎ、更に携帯を繋いだ光景だ。
 どんなに言っても、なかなか改めてくれない…としょぼくれていると、そこにぽん、と肩を叩いた者がいた。
「え…あ、仁王先輩…」
 背後に立っていた銀髪の若者を見て名を呼んだ桜乃だったが、すぐにその視線が訝し気なものに変わる。
「……あの、柳生先輩、ですか?」
「…貴女には見破られてしまいますね…でも、ダメですよ、今は私は仁王です」
 くす、と楽しげに微笑んで、人差し指を口元に立てた後、彼は…柳生は、仁王として振舞いながら例のコンセントを見つめた。
「成る程のう…こいつらの所為でお前さんが泣かされたんじゃな」
「……何度言ってもダメなんですよ…もう没収しかないんでしょうか?」
「その程度の痛みじゃあ、向こうも引き下がってはくれんかもしれんの…ここは俺に任せて、お前さんは先にコートに行きんしゃい」
「え…?」
「ええから…ほれ」
 誰のかも知れない携帯を手に持って弄りながら、仁王の姿をした若者は、桜乃にその場を離れるように指示すると、相手が従って去った後に目の前の携帯を開いては、ボタンを押して何かを打ち込んでいた。
 しかしそれも程なく終了し、彼もそのまま携帯を放置してコートへ戻ってしまった。


 そして部活終了後……
(…結局、あれから柳生先輩、一度もあそこに行ってないみたいだし、一体何をしたのかしら?)
 不思議に思った桜乃が、クールダウンをしている仁王に化けた柳生を見つめていた時に、遂にその理由が明かされる時が来た。

『ぎゃ―――――っ!! 俺の携帯でどっかのエロサイトと契約されてるーっ!!』
『俺のもだ―――――っ!!』
『俺のは外国のサイトに二時間繋がってた〜〜〜っ!!』

 あの例のコンセントがある場所から聞こえてくる悲鳴…
 しかも御丁寧に、『誰だよ、充電中に弄ったヤツ〜!!』と自分達の仕出かした事まで勝手に暴露してくれていた。
「………」
 唖然としてそちらの方を見ていると、同じく視線を向けていた部長がふっと笑って隣の副部長に声を掛けた。
「…指導、宜しくね、弦一郎」
「うむ」
 ずんずんと肩をいからせて歩いて行く男は、かなり怒りが溜まっているらしく、おそらく違反者はこってりと絞られることだろう。
 これだけ痛い思いをしたら、もう不正使用を企む人間はいなくなるだろう事を予想し、桜乃はその切っ掛けを作った詐欺師の仮面を被った紳士を見つめる。
 相手はまだダウンの真っ最中だったが、そこに紳士の姿をした詐欺師がゆっくりと近寄った。
「…もしかして、俺の格好をしとる時を狙ってあんな事やったんか?」
 ああいうやり方は紳士の取る行動ではない、と考えての指摘だったが、相手は速攻でそれを否定した。
「違いますよ」
「……」
 これ以上言い合いを続けても埒が明かないことだと判断した仁王は、やれやれと苦笑しながらもその場を退く。
(ま、理由は十分過ぎる程に分かっちょるし、俺もそれには賛成じゃからの…一つ、貸しとくか)
 そしてようやくダウンを終えた相手はゆっくりと部室に向かいながら、途中で合流してきたマネージャーに何処か満足げな、とても優しい笑顔を浮かべていた……






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