迷子預かり所


「…ありゃ?」
 ある日の昼下がり、立海大附属中学の二年生、切原赤也はとあるデパートの中をぐるりと巡っていた。
 彼は、先輩達と一緒にここに来ていたのだが当初の目的も無事に果たし、今は待ち合わせまでの自由時間を楽しんでいる真っ最中。
 ゲーム好きな彼は早速玩具売場へと足を延ばして新作を眺めていたのだが、そこから少し離れた意外な場所で、意外な人物と出会ったのだ。
「…竜崎?」
 人違いかと思ったが、間違いない。
 青学の学生であるが、自分達立海の男子テニス部レギュラーにとっては非常に見知った女性である竜崎桜乃だ。
 何故、切原が最初に人違いかと思ったかと言うと…
「…な、何でアイツがこんな場所に?」
 彼女の姿が見えた場所が、あまりに予想外の場所だったからだ。

『迷子預かり所』

 何度見直してみても、そのフロアーの入り口には堂々とそう書かれている。
 そして確かに、彼女以外にそこにいるのは幼稚園児か小学生低学年とおぼしき子供達ばかり。
「えええ?」
 理由が分からない…と切原は足を止めて、じーっと向こうを覗いていたのだが、あの娘はそこにいる子供達と一緒に和やかに遊んでいる。
(バイトかな…)
 ちょっと強引な考えかもだけど、と思いつつ、切原は遂にそこのドアを開けて中へと踏み込んだ。
 特に急ぐ用事もないし、折角彼女に会えたのだから、挨拶ぐらいはしようと思ったのだ。
「えーと…」
「あら、お迎えの方ですか?」
 そこのフロアーにいる女性の職員らしき人が話しかけてきたが、勿論切原はぶんぶんと手を横に振って否定の意を示した。
「あ、や、違うッス。知り合いがいるんでちょっと…」
 そんな彼らの話に気がついたらしく、ふと桜乃が振り返ってこちらを見た。
「あら? まぁ、切原さん!」
「よ、よぉ」
 驚く相手に軽く手を挙げながら、切原は入り口の奥まで歩を進めた。
 そして、それ以上先に行くには靴を脱がないといけない所で、彼は改めて足を止めた。
「おひさ。何してんだよこんな所で…バイト?」
「あ、いえ、違います」
 言われて、桜乃は恥ずかしそうに顔を赤くして答えた。
「えーと、迷ったのでここでお迎え待ってます」
「…………」
 しばしの沈黙の後、切原は思わずずずいっと相手の顔に自分のそれを寄せて聞き返した。
「はい?」
「いや、だから…迷っちゃったから、ここで迎えを待ってるんです」
「中学生だよな!? アンタ!」
 思わず迫ってそう尋ねた切原に、桜乃が涙目になって反論する。
「しょうがないじゃないですかぁ〜! ここに来たの初めてだし迷うものは迷うんですから!!」
「いや、自慢になってないぞソレ…」
「うう、自慢じゃないもん…」
 めそめそと嘆く桜乃は、改めて相手に説明した。
「自分は下手に動くより、こういう場所で待ってくれていた方が有り難いからそうしろってお祖母ちゃんに言われてるんです…今日も一緒にお買い物について来たんですけど…」
「あ、ああ…そう、竜崎先生と」
 成る程…取り敢えず、デートとかそういう類じゃなかったのは安心だな…とこっそり切原が考える。
(ふーん…じゃあ、もしコイツとデートとか出来るようになったら、迷子になる可能性を盾にくっつけるワケか…ラッキー)
 そんな事を彼が考えている時だった。
 桜乃の傍に、とことこと小さな幼児が泣きながら歩いて来る。
「ママ〜、ママがいないよう!」
 迷子の常套句を叫びながら預かり所から出て行こうとしている子を、慌てて桜乃が引きとめ、胸の前に抱っこしてあやした。
「はい、泣かない泣かない…ママ、すぐに迎えに来るからねー」
 そうしている間に、また似たような事を言いながら泣いている女の子が傍を通り過ぎ、桜乃はその子の事も腕を引いて優しく慰める。
「よしよし、大丈夫だからね、いい子で待ってようね」
「……」
 最早、プロの保母さん並のあやしっぷりに、切原がほーっと感嘆する。
「…慣れてるもんだなー」
「毎回お世話になってますから…何処の預かり所でも似たようなものですし」
 迷いはするが精神年齢は年相応なので、こういう場所では幼児達をあやしたり慰めたりするのが彼女の習慣…癖になっているのだろう。
「ほら、寝ちゃったら風邪引くよー。一緒に積み木で遊ぶ?」
「うー…」
 抱っこしていた男児が、ぐずって疲れたのかうとうととしていたところに桜乃が声を掛ける…と、
 ちゅう…
「!!」
 切原の目前で、その子は寝惚けたまま桜乃の頬にちゅうをした。
 勿論、男女のそれを思わせるものではなく、母親に甘えるスキンシップに等しい。
「きゃー、おませさんだねー。ママと思っちゃったのかな?」
 桜乃もそれについてはあっさりとスルーし、寧ろ嬉しそうに無邪気に笑いながら、その子を抱えて立ち上がった。
「うーん、やっぱりおねむかな、何処かに寝かせるベッドがあればいいけど…あ、じゃあ失礼しますね、切原さん」
「お、おう…」
 子供を連れて行く為にそこから離れないといけなくなった桜乃は、にこりと笑って彼に挨拶をし、切原もそれに軽く手を挙げて答えた…が、どうしてもその若者は、笑顔を浮かべる事は出来なかった……


 そして切原は待ち合わせ場所に指定された時間には戻ったのだが…
「結局、男も女も何だかんだ言っても若いコの方がいいんですよねー」
「??? 何をわけの分からんやさぐれ方をしとるんだお前は…」
 何故か、二年の後輩がやけに拗ねた表情でそんな言葉を呟いているのを見て、副部長の真田が眉をひそめる。
 普段から、ゲームなど自分には興味の無い分野についての知識はたまに覗かせる若者だが、今日のこの発言に何の意図があるのかは、まるで分からない。
 悩む相手を他所に、切原は相変わらず拗ねた表情のまま、忌々しそうに吐き捨てる。
「ああくそ、いーよなぁ、子供はさぁ!」
「?????」
 尚更、わけが分からない…
 子供はいいと言っているが、そういうお前も十分に子供だ…
 他のレギュラー達にも目線を配ってみるが、やはり全員、何だろう?という意思表示のそればかり返って来る。
 何だどうしたと訝るメンバー達の興味の中で、切原は十近くも年が違う幼児に見事に嫉妬していた。
(今日は雰囲気に押されちまったけど、またいつか会ったら、今度は絶対に竜崎をあそこから引きずり出してやる)
 どんなに自分より小さい子供でも、俺よりアイツといちゃいちゃしててしかもキスまでするなんて…!
(ぜーったいに許さねぇかんな!)

 それから、切原がデパートなどに行った時、真っ先に迷子預かり所を覗く事が習慣になったのは言うまでもない……






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