萌えツボ


「…ふむ」
 或る日の部活前の立海テニス部部室内に於いて、参謀である柳が、一冊の本を非常に興味深そうに黙読し、時折頷いていた。
「どうしたの、蓮二。随分熱心に読んでいるんだね?」
「何か、新しいトレーニング法でも?」
 親友でもある部長の幸村と、同じく副部長の真田が相手に呼びかけると、彼は視線を久し振りに上に上げつつ首を横に振った。
「いや…今読んでいるのはツボについての本だ」
「ツボ…ああ、鍼灸とかの?」
「うむ。別に針や灸など道具を使わなくても、押すだけでも効果は期待出来るからな。上手くトレーニング前後のアップ、ダウンの一つに取り入れられたら、より心身のフォローが可能になるかもしれない」
「成る程な」
 それは確かに納得出来る話だ…と真田もその案については納得の頷きを返したのだが…問題はそこからだった。
「…さて」
 わきっと右手を動かしながら柳が本題に突入。
「その実現の為には、やはり身体で覚えないとな…という訳で、誰か実際に被験者を…」
「お、俺、今日は用事があるからっ!!」
「あっ!! ずりーっ、逃げる気ッスねジャッカル先輩!? 俺だって暇じゃないッスから!」
「嘘付けーっ! オメー、帰りにゲーセン寄るっつってたじゃねーかよいっ!!」
 次々と、その場から逃走を図るメンバーが続出。
 何かを飲まされるとか、食べさせられるのも嫌と言えば嫌だが、ツボという身体の一部を直接触れられて、何か不具合が生じてしまう可能性も恐ろしい。
 理論の証明や研究の実践にかけては、どんな犠牲を払うことも厭わない並ならぬ情熱を費やす相手であればこそ、ここは出来れば彼の魔手からは逃れたいところだ。
「…最近、疲れやすいと言っていましたね、仁王君。ご相談してみては?」
「安易に生贄になるんは主義じゃないのう…」
 詐欺師と紳士も、明らかに乗り気ではなさそうだ。
「……」
「……」
 幸村と真田も、互いに視線を交わしあい…『嫌だな』とこっそりと意思を伝え合う。
 そんな時に、部室のドアが外からノックされ、ひょこんと一人の少女が顔を覗かせた。
「あのう…お邪魔します。見学に来たんですけど…」
 竜崎桜乃…青学の一年であり、立海レギュラー達の共通した友人…いや、今はもう妹分の様な親しい仲になっている少女である。
 どうやら、今日も立海のテニス部活動の見学に来てくれたらしい。
 男達のいつにない緊迫した様子に、彼女は部屋に入りながら尋ねた。
「どうしたんですか? 何だかいつもより賑やかですね」
「ああ、竜崎か…実はな…」
 そこで、いつになく饒舌になった柳がこれまでの経緯を簡単に説明して聞かせる…と、桜乃は全く警戒する素振りも見せず、実にあっさりと頷いた。
「あ、何だ…じゃあいいですよ、私で試してみて下さい」
「そうか、助かる」

(この確信犯〜〜〜〜〜っ!!!)

 全員一致でそう心で叫んだものの、もう既に手遅れだった。
 今更変な入れ知恵をして、桜乃を怖がらせるわけにもいかない…しかし、もし彼女に何か害があったら…とは言え、今更代替を買って出るのもあまりにも不自然だし……
 悶々とする他のレギュラー達が見守る前で、桜乃は柳に指示されるままに、ちょこーんとパイプ椅子に座った。
「ふ、服は脱がなくていいですよね?」
 流石にそこまでは、と確認する少女に、参謀は当然だと頷いた。
「必要ない。取り敢えず、手始めに肩からやらせてもらいたいのだが…」
「あ、はい…丁度、凝ってたんですよねー」
 宜しくお願いします、とにこやかにお願いしている桜乃の姿を見て、他の部員は一様に不安顔。
『だ、大丈夫かなぁ、おさげちゃん…』
『い、いきなり秘孔を突く様な無茶は、流石にやらかさないと思うが…』
『ヤバいと思ったら、すぐに止めるでしょ…部長達が』
 切原達がそう小声で話している間に、いよいよ柳の細い手が、彼女の小さな双肩に触れた。
「では、もし痛かったら言ってくれ」
「はい」

 ぎゅっ…
「あ…っ」
 びくっ……

 ぎゅぎゅっ…
「ふぁん…!」
 びくびくっ…

 ぎゅうう〜〜…
「んああ…っ」
 びくびくびくっ…

 あまりにも艶やかな少女の喘ぎ声と、陸に上げられた魚の様に細やかに悶える身体…
 ほんの三押しで、柳に速効でストップが掛かった。
「やめろ蓮二―っ!! もうやめてくれ―――――っ!!」
「みんながっ! みんなが死んじゃう―――――っ!!!」
 滅多に見ない幸村達の慌てっぷりの向こうでは、哀れ他のレギュラー達が全員瀕死の状態だった。
 各々が机や椅子に縋りながらも膝をついてがくがくと震えつつ、顔を真っ赤にして何かを必死に耐えているその向こうでは、切原がだくだくと自身の鼻血の海に溺れるように倒れてしまっている。
 確かに…止めなければと思う程に、ヤバかった……
「…ん?」
「どうしたんですか?」
 自分達が何を仕出かしたのかなど、全く分かっていないらしい当人達は、きょとんとした様子でそんな周囲の人間たちを見回していた…


 その日の帰り道…
 桜乃から別れたレギュラー達は、その帰りの途中にある本屋へと立ち寄っていた。
 レギュラーの殆どが速効で向かった先は、趣味・実用書の棚。
 ほぼ全員が、柳と同じくツボや肩凝り解消関連の本を漁りまくっている様子を見て、唯一冷静な参謀がぽつりと呟いていた。
「……何かあったのか?」
 もしかして、桜乃に『柳さんって、肩揉み、お上手ですね〜。またお願いします』と、褒められたのが羨ましかったのだろうか…?
 揉んでいる最中は一切他の情報は耳に入っていなかった参謀には、彼らの邪な思惑など分かる訳もなく…取り敢えず、全員がこの案に理解を示してくれたのはいい事だと、素直に考えていた……






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