理想の女性は?


『ねぇ、竜崎さんって男子テニス部のマネージャーなんでしょ!? じゃあ、お願い!!』
『…え?』

 或る日の立海テニス部部室にて…
「…そういう訳で、理想の女性像を聞いて来いと奇襲されました…」
 断りきれなかった己の非力さをめそめそと嘆きながら、おさげの少女・竜崎桜乃は、彼女の先輩で校内でも大人気のイケメンレギュラーにそんな質問をかましていた。
「どういう訳だ?」
「俺らの妹分を襲おうとは度胸のあるヤツじゃのう…」
 聞いたレギュラーの内、副部長の真田と詐欺師の仁王が早速反応を示したが、どうやら強く反応を示したのは寧ろ最後の台詞の方らしく、慌てた彼女が補足する。
「いえいえいえ…あの、ウチのクラスの女子が、皆さんが全員フリーなので、余程女子の理想が高いか、こだわりがあるんじゃないかって…」
「ああ…」
 そういう訳ね…と納得はしたらしいが、切原は正直乗り気ではないといった表情だ。
 こういう事を聞かれるのは、どうやら初めてではないらしい…まぁ、仕方のない話。
 何しろ、超マンモス校であり結構なイケメンも揃っているこの立海の中で、女子達の憧れの視線を独占している男達なのだ。
 その気になれば相手を得るなどよりどりみどりな立場の彼らだが、モテる男には彼らなりの苦労も多い。
 テニスに夢中になっているところに周囲で騒がれて辟易した事も一度や二度の話ではなく、応援してくれているのだとは分かっていても、正直、うんざりした経験もあった。
 しかも今度は本人ではなく、マネージャーであり自分達の大のお気に入りである桜乃を使って聞き出そうとしてきている。
 尋ねた相手がこの娘でなければ、ノーコメントで通したいところだった。
「敵さんも、竜崎の優しさスキルを最大限に利用してるッスね…」
「ふふふ、大っ嫌い、そういう女性」

『……………』

 桜乃に聞こえていないところであっさりにこやかにそう言い切った部長の台詞で、他のメンバー達の体感温度が五度下がった。
(これで、どんなに竜崎が詳しく調べて報告したところで、徒労と終わる結果が確定したな)
 この時ばかりは、そういう予想を上げたのは参謀の柳だけではなかっただろう。
 そんな男性たちの思惑には気付く訳もなく、桜乃は自分の持っていたノートを開いて言った。
「因みに、ウチのクラスの男子に理想の女性像を聞いたら、『年収六百万以上の甲斐性があって、美人で可愛くて素直で優しくて、一途に尽くしてくれるタイプ』だそうで」
「『宇宙の果てまで夢見てろ』っつっといて、ソイツに」
「フツーの女も逃げるわ、そんなワガママなヤツは」
 けっと丸井とジャッカルが気の向くままにやさぐれた台詞をのたまっている脇では、くすくすと部長の幸村が面白そうに笑っていた。
「凄いね…そんな人が彼女だと、却って彼氏の方が居心地悪くなりそうだけど…余程自信があるのかな?」
「あー…確かに」
 言われてみたら、と桜乃はこっくりと頷いた。
 聞いてみたら男性にとって非常に都合のいい女性だが、そこまで非の打ち所がないと、それなりに男性も高スペックでないと、逆に彼女への劣等感で苦しんでしまうかもしれない。
 そう考えると、そんなカップルが長続きするとも思えない…
「ん〜〜〜…でも、皆さんだったら大丈夫な気もしますけど…皆さんの理想は違うんですか?」
「り、理想…と言われてもな…俺達はまだ中学生だし、他にやる事が…」
 こういう話題はひたすらに苦手な真田がややどもりがちになり、そっぽを向く。
 そんな照れ屋の親友をフォローする様に、参謀の柳が答えた。
「…言わなければ、今度はまたお前が襲われそうだな…理想を言うだけなら、相手を思い遣れる思慮深い女性が好みだが」
「ははぁ、成る程…」
 彼らしい、と感嘆していると、他のレギュラーも各々の好みについて思案し始めた。
「…退屈な女性は苦手じゃからの。何か、こっちを驚かせてくれるような意外性をもった女性は興味あるんじゃ」
「私は…清楚な女性がいいですね。傍にいて心が安らげるような」
「俺は元気でノリがイイ奴がいいなー。ゲーセンとかにも一緒に行ける奴」
「ふむふむ」
 彼らが語っている内容を、桜乃はメモメモ…と真面目に書き込んでいく。
「丸井先輩達は?」
「んー、やっぱ美味しいお菓子とかさ、料理作ってくれる奴。一緒にいたらその分ソイツの手作り料理を食べる機会が多くなるだろい? 美味しい方がいいに決まってんじゃん」
「うーん…高望みはしないが、気軽に話せて、でも時々女性らしさを感じさせるというか…む、難しいな。何しろこういう男所帯の中にいるだろ? 女性との付き合いはなかなか慣れてなくてなぁ」
「あー、でも言いたい事は分かる気がします」
 うんうんと頷いた後、桜乃は部長と副部長の方へと顔を向けた。
「お二人は、どうですか?」
「う……ま、まぁ…勉学に励み、何か自分を磨く事に生き甲斐を感じている女子は…好ましいが」
「結構手強い病気を長く相手にしていたからね…どうしてもその人の健康には気が向いちゃうな…しっかりと自己管理出来る意志の強い人なら、安心して付き合えそうだ」
 最後の二人の意見もしっかりと書きとめて、桜乃はうんうんと頷いた。
「有難うございます〜…でも、こうして改めて見ると、やっぱり皆さんの個性が出ているような…」
 言いながら、改めて桜乃は自分がメモした項目を見比べてみた。
 自分のクラスの男子の意見と、レギュラー達の意見……
 どう見ても、クラスメートよりレギュラー達の方が遥かに高スペックな男性達なのだが……
「……」
「…どうしたの? 急に黙り込んじゃって」
 貝になってしまった少女に、幸村が声を掛けると、向こうはうーんと首を傾げながら言った。
「……いえ、普通の人ほど、理想が高いと言いますか…注文が多くて、しかも具体的という感じがしますねぇ」
 レギュラー達の希望は、確かに応えてくれてはいるのだが、どれも或る意味漠然としている。
「んー…でも、やっぱり皆さん、理想は凄く高そうです」
「……いや」
 じっと桜乃を上から見つめていた幸村が、そんな彼女の言葉に否と答えた。
「…意外と俺達、理想の女性像はちっちゃいかもね」
「? ちっちゃい? 低い、とかではなくて『ちっちゃい』んですか?」
「うん」
 にこ、と笑って、幸村は自分よりかなり低い身長の少女を眺め下ろしながら更に答える。
「みんなにとっては、ちっちゃくて、可愛い理想だと思うよ?」
「???…難しい理想ですねぇ」
 何だか謎掛けみたいです…と、う〜んと悩んでいる少女を、こっそりと傍から眺めていた男達は、当然部長の真意に気付いていた。
 そして、気付いて、否定する事も出来なかった…当たっていたからだ。
 彼らの理想は、今、正にこの部室内に存在しているということが。
 しかし桜乃は一向に気付く気配もなく、相変わらず首を傾げて悩んでいるばかり。
『うーん、流石は天然ボケっ娘じゃのう…』
『あれ、やっぱ気がついてないよなぁ』
『そういうところがまた良いと思ってしまう俺達も俺達だけどよい』
『なんか…アイツが立海に来て、俺、マゾ気質が磨かれてきたよーな気がするッス』
『謙虚である事は美しいものですが…もう少し自分に自信を持って頂きたいですね』
 そんな他のレギュラー達の囁きを遠巻きに聞いていた参謀と副部長は、彼らに肯定の意志も否定のそれも示すことはなく、微妙な表情を保つのみだった。
「……もし彼女が精市の言葉の真意に気が付いたら、その時点で、壮絶な戦いが自分達の中で始まる事を奴らは認識しているのだろうか…」
「…さぁな」
 参謀の懸念は副部長も容易に想像出来るレベルのものだったらしく、真田は答えずに曖昧な表現に留めた。
 そう考えると、あの娘がかなりの鈍感であったことには感謝しなければならないだろう。
 そんな温和で鈍感なマネージャーのお陰で、立海男子テニス部は今日もすこぶる平和だった…






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