雨雨ふれふれ


 曇り空から降る雨に、一時的に練習を邪魔された立海テニス部レギュラー達は、部室に避難していた。
「雨はそんなに強くないけど、風が厄介だね…結構吹いているよ」
 窓の外の揺れる樹木の枝を見ていた幸村がそう言うと、同じく参謀の柳が窓に近づいて空を見上げた。
「…現在の風速と風向き…今日の天気図から予想すると、あと二十分もしたら雨そのものは小降りになる可能性が高い。みんな、それまで濡れた身体を十分に乾かしておいてくれ」
「ほーい」
 濡れたままでいるとそれで身体の熱が一気に失われ、風邪を引いてしまう確率が高くなる事を懸念した参謀の指示に、後輩の切原がわしわしと頭をタオルで拭きながら答える。
 急な雨だったので全員、多少は濡れてしまったものの、少し部室で待機したら乾く程度で済んだのは不幸中の幸いだ。
「すまないな、俺の読みではもう少しもつと思っていたが…」
「仕方がないことだ、自然が相手なのだから」
 参謀の自戒の言葉に副部長が労いの言葉を掛けてやる脇では、少しだけでも休む口実が出来たと丸井が上機嫌で鼻歌まで歌っている。
「へへへ、でもまぁ濡れるのもたまにはいーじゃんか。ほら、よく言うだろい? 水も滴るイイ男ってさ…幸村なんかが敢えてセクシーに濡れながら試合なんかしたら、応援の女子全員、鼻血吹いちゃうんじゃねい?」
「そういう応援は嫌」
 あっさりと拒絶した部長に続き、副部長も何を言っていると苦言を呈す。
「何をたるんだことを言っている、雨に濡れようとなんだろうとそういう事で惑わされて…」
 とんとんっ…
 言葉の途中で部室のドアがノックされる。
「? はい?」
 幸村が入室の許可の意味も込めて返事をすると、開かれたドアの向こうに一人の少女が立っていた。
 青学の一年生…竜崎桜乃だ。
 全身がびっしょりと雨に濡れ、いつものおさげも今は解かれた状態で、艶やかな黒髪も水を含んだ所為でより色気を増している。
 制服がぴっとりと肌に張り付いて、普段より身体のラインが露になったその姿は、本人が知らない間に勝手に悩殺スタイルに変貌を遂げていた。
「すみませ〜ん…はうぅ…途中で急に降られちゃって…」
 髪を解いていたのは、部室前に着いてから濡れた髪の束を手で軽く絞っていたかららしい。
「ま、ま、ま、まど…まどわさ…!」
 メンバー達が意外な目の保養に歓喜している一方、途端に赤面してどもってしまった真田を楽しそうに見つめながら仁王が冷やかす。
「ええのう、セクシー…白石の奴を呼んであの一言を言わせたいぐらいじゃな。それともいっそイリュージョンで…」
「だ、だだだだ…黙れ…っ」
 しかし、無論、喜んでばかりもいられない。
「竜崎さん!? 大変、タオル持って来て!」
「は、はいッス!」
 切原から渡されたタオルで、幸村がばふっと少女の頭を覆い、そのままごしごしと軽く頭の水気を拭き取ってやる。
「どうしたの、こんなにびっしょりに濡れちゃって…傘は?」
「手持ちの折りたたみはあったんですけど、風で壊されちゃいました…」
 部長が少女と話している間に、ジャッカルがヒーターの前にいた丸井に声を掛ける。
「丸井、その場所、竜崎に譲ってやってくれ。服も乾かさないと」
「おうっ、あ、スイッチ最大にしとくな」
「私は紅茶を淹れましょう、中からも暖めた方がいいですからね」
 メンバーがてきぱきと桜乃を迎える準備を整えてくれた後、彼女は幸村に連れられてヒーター近くへと移動する。
「わー…あったかいですね〜」
「よく拭くんだよ」
「はい」
 水に濡れた桜乃の姿もなかなかのものだったが、もこもこタオルに包まれた少女の今の姿も、これはこれでそそるものがある。

(いいな、雨…)

 ちょっとだけ年齢相応の煩悩を抱えつつ、みんなが桜乃の濡れた姿を目に焼き付けている間に、柳生が暖かなミルクティーを淹れて持って来た。
「どうぞ、竜崎さん」
「わ、有難うございます〜」
 嬉しい〜と、早速それを桜乃が頂いている間に徐々に外が明るくなってくる。
「ん? 晴れたのか?」
「一時的にな…暫くは大丈夫だろうが、帰りの時には小雨程度だが降っている可能性がある」
 ジャッカルの言葉に柳が答える脇では、ちぇーっと切原がつまらなそうに唇を尖らせた。
「流石にカラッと晴れるのは無理かもですけど、やっぱテニスやる時にじめじめしてると何かノッてこないっすよね。かと言ってカンカンに晴れていても、それはそれで身体がだるいし」
「何を情けない事を…天気に左右される程度の心構えでどうする」
 ようやく心が落ち着いたらしい真田が改めて相手に説教していたが、暫く静かに考え事をしていた仁王が柳に顔を向けた。
「…これからの予定は、俺らはそれぞれで練習試合じゃったかのう?」
「そのつもりだ。もうすぐ雨も止めば、コートも使えるだろう」
「そうか、よし赤也」
「んあ?」
 銀髪の先輩が、楽しげな笑みを浮かべながら相手に呼びかけた。
「そんなウェットなお前さんに、大いに燃える練習をくれちゃろう」
「は…?」
 一体何だろうと考えている切原の前で、仁王はホワイトボードの前に立つと、そこの黒ペンを持ってきゅきゅきゅ〜〜〜っと大きく何事かを書き出した。
 因みに、ボード前に集まってきたメンバー達の身長の所為で、桜乃には何が書かれているのかは見えない状態。

『練習試合の勝者には、竜崎と駅まで相合傘の権利』

 確かに彼女は折り畳み傘を既に壊している!
 ということは、必然的に帰りは誰かの傘に入って駅まで向かう事になる訳で……

『……………』

 めらっと、物凄く熱いオーラがレギュラー全員から燃え上がった。
 いつにも増して彼らが本気になっているのは間違いなく、ご褒美が嬉しいと思う反面、切原はかなり複雑な心境だった。
「な? 燃えるじゃろ?」
「あの業火の中に飛び込めと…」
 幸村を始めとする、強豪たちの本気の炎の中に…?
 なかなか素直にお礼を言う心境になれずに思い悩む切原のその一方では、ボードに書かれた内容について知らないまま、一気に上がった気がする室温で身体を暖めていた桜乃が不思議そうに首を傾げていた……






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