「…そんな世話を焼いてくれる恋人の様な奴、持った覚えはないのう」
「右に同じです」
 事実を述べるその中に『恋人でもない癖に余計なことはしないでほしい』という感情が思い切り込められており、それを発した仁王に柳生も柔らかく同調する。
 しかし桜乃はそんな男性陣の本心など知りもせず…
「確かに先輩方は部活の他にも色々と受験でお忙しいでしょうから、寧ろ注意してもらえて良かったです! 余計に甘えてしまうところでした」

(いえいえ、甘えてくれて大いに結構なんですけどね…)

 寧ろこの子に限っては、こちらとしてはウェルカムなんだけど…とこそりと全員が思う中、ひょいひょいと柳が桜乃へ手招きして近くへと呼び寄せる。
「? 何ですか?」
「お前に注意をした、その女性のことなんだが…」
「?」
 彼が手にしているのは愛用のPC。
 その画面を、他の男達に背を向ける形で、柳が桜乃だけに見せて何事かをぼそぼそと話し込んでいる。
 やがて…
「…あ、この方でした」
「ふむ」
 何となく…この状況を鑑みるに…どうやら柳のPCには全校生徒の顔写真その他諸々のデータまでもが入っている様だ。
 参謀が本人から確認を取ったところで、こそこそこそ…と今度は詐欺師がそれを覗き込みに行き、そんな様子をジャッカル達が遠巻きに眺めていた。
 暫く二人が沈黙すること数秒間…
 そしてくるっと振り向いた詐欺師は、ふっと妖しい笑みを浮かべつつ、ぼそりと不吉な台詞を呟いた。
「…中年オヤジに、援交紛いのコトやっとるクセによう言うのう…」
(バラす気満々っ!)
(俺、こいつだけは一生敵に回したくねぇーっ!!)
 何処まで生徒達の裏の個人情報握ってるんだ!とジャッカルや切原が恐れおののいている脇では、穏やかな顔の部長が仁王を諌めるでもなく優しい笑顔で桜乃に言った。
「そう…ウチの子にそんなに親切に忠告してもらったなんて、部長の俺も嬉しいよ…その人には俺も後から直々にお礼を言っておかないと、ね…ふふ」
「うふふ、幸村先輩ったら、ウチの子だなんて」
(いや、そこは笑いどころではないのだが…)
 別の言い方に変えたら、死刑宣告にも等しいのだが…と思いつつも、長年の付き合いでもある真田は親友を止める術は最早ないものと悟り、口を閉ざしたままだった。
 桜乃には、ここは和やかなまま、誤解したままいてもらった方がいいだろう。
 多分、後ろでキーを叩いている柳は、問題の女子をブラックリストに入れる作業中。
 自分も少なからず桜乃を気に入っている以上、彼らを止める立場にはなれないものの、真田はほんの少しだけ、相手の見知らぬ女子に対し同情する気分になった。
「他の生徒がどう言っても、俺達が君を気にかけているのは事実だからね。周りの声には惑わされず、来たかったらいつでもおいで」
「はい」
 そつなく幸村が桜乃にそう言って締めたところで、部活の朝のミーティングも終わり、彼女は師匠となる柳の後ろにとことこと素直について行った。
 そして残った男達が再び円陣を組む。
「折角立海に来てくれたのに、また会える機会が少なくなるのはちょっと嫌だなぁ」
 ジャッカルが素直な感想を述べると、柳生が相手に頷きながら自身の見解を語る。
「しかし、もう注意を受けてしまった以上、彼女が気を遣うことは間違いありませんからね。私達が断っておいたとしても、やはり遠慮はしてしまうでしょう」
 それについては誰も異論、反論のしようがない。
 付き合っている期間は長くはないが、あの子の素直な性格は非常に読み易いので、皆よく分かっているのだ。
「部活では会えるから、全くという訳でもなかろう?」
「けど、部活の間だけじゃあまり話せないじゃん。練習中に遊んでる訳にはいかないだろい、仮にも俺ら常勝立海がさ」
 部活はしっかりとやるつもりだが、そうなるとマネージャーである桜乃と雑談ばかりという訳にもいかない、と丸井が珍しく尤もな言葉を述べると、相手の真田も納得して頷いた。
「確かにな」
 部ではマネージャーとしての立場に集中してもらいたいが、普通の先輩・後輩としての時間も出来るだけ共有したい…と、少しばかり我侭な望みを皆が持っていたところで、切原がぼそっと口を挟んだ。
「…じゃあ向こうが来なきゃ、俺らが行きます?」

『…あ』

 その後輩の一言が決定打となった…


 その後…
「こんにちは、竜崎さん」
「まぁ、柳生先輩、こんにちは」
 某日の授業合間の休み時間、桜乃が教室の席に座っていると、一年生の教室に何故か三年生である柳生が姿を現した。
 何をするでもなく、ぼんやりと肘をついていた少女は、先輩の来訪に驚きながら軽く立ち上がって挨拶をする。
 立海の中でも特に人気が高い男子テニス部レギュラーが一年生の教室に来ている様子は、十分他の視線を集めていたが、桜乃は相手に視線を集中させているので何も気付いていない。
「たまたま近くを通り掛かったものでしたから、ついでに立ち寄ってみました。どうですか、調子は?」
「はい、お蔭さまで絶好調ですよ、有難うございます」
「それは何より」
 軽い会話を交わした後、柳生はまだ消されていない黒板を見遣って眼鏡に手を触れた。
「…前の授業は英語でしたか…何か分からないところはありませんでしたか?」
「うーん…大体は分かったつもりですけど…あ、でもちょっと不安なところがあったかも」
「宜しければお教えしますよ。幸いこの休み時間は私も暇ですし」
「わ、じゃあ、ついでにいいですか?」
「ええ、ついでにね」
 互いに微笑み合って、二人は早速英語の補習状態になった。
 桜乃が質問して柳生が懇切丁寧に答える…そんなやり取りの中で…
「…そう言えば〜」
「はい?」
 不意に、桜乃が気がついたことを柳生に語った。
「前の授業の合間には切原先輩にお会いしたんですよ。たまたま通り掛かったそうで」
「そうですか」
「何だか最近、休み時間にレギュラーの皆さんに偶然お会いすることが多い気がするんですけど…気のせいでしょうか?」
「気のせいでしょう。多くの先輩を持てば、その分見知った誰かに会う確率は間違いなく上がりますから」
「それはまぁ…でも、次の授業の後は教室の移動がありますから、流石に会う事はないと思いますけどね」
「教室の移動?」
「ええ、先生の都合で、ちょっと変更があったんですよ」
「ほう…」
 そして、英語で分からなかった箇所も優秀な臨時教師のお蔭で綺麗に消化してから、休み時間も残り少なくなった為に桜乃はそこで柳生と別れた。
 次の授業も特に何事もなく終わり、桜乃は柳生に教えた通り、教科書などを抱えて別の教室へと移動を始めていた。
 その道すがら…
「おう、竜崎」
「ん…あっ、仁王先輩!」
 何という偶然(?)か、銀髪の美丈夫が、廊下の向こう側から歩いて来るところだった。
「何じゃ、別の教室で授業か?」
「そうなんですよー、柳生先輩にもお話していたんですけど、急遽、予定変更で」
「ほうほう」
 廊下に立ち止まり、質問に応じていた桜乃が、相手が足を完全に止めている様子に気付いて軽く慌てた。
「あ、すみません、お引止めしちゃって…私、そろそろ行かなきゃ…」
 踵を返そうとした桜乃を、仁王がぽんと肩を叩いて呼び止める。
「ちょっと待ち」
「はい?」
「予定の時間を過ごせんのは、他の奴らに比べたら損じゃのう…」
「…はい?」
「あ、いや、こっちの話…うーん」
 何かを悩んでいる様子だった仁王が、ふと、思いついた表情からにま、と笑顔に変わり…
「あ、そうじゃ。俺、今日は真面目に授業受けて疲れとるけ、慰めてくんしゃい」
と言いながら、徐にぎゅーっと桜乃を抱き締めた。
「きゃ〜〜〜〜!」
 いきなりの抱擁に桜乃が大いにたじろいだが、相手は少ししてすぐに桜乃を解放してやると、満足げにうむと頷いた。
「充電完了じゃ…元は取ったぜよ」
「な、な…何の話ですか?」
「じゃからこっちの話…ほんじゃあな、これからも勉学に励みんしゃい」
 そして、動揺も露の少女を上手く誤魔化して、先輩はさっさとその場から立ち去ってしまった。
「???」
 残されたのは、先輩達の企みにいまだ気付けていない娘一人…
 かくして、休み時間にも桜乃の目付けも出来るという大義名分も兼ねるということで、レギュラー達の『通い妻』ならぬ『通い兄貴』が習慣付けられたのであった…





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