お買い得な一品


「じゃあ、この中身を取り出して片付けたら、この箱も片付けられますねー」
「そうだな」
 その日の昼休み、桜乃は立海テニス部部室に届けられていた大きなダンボールの中に入って、そこに入れられていた物品を外のジャッカルと切原に手渡している最中だった。
 前々より頼んでいた部室の備品が到着したという報告を受けたので、早速放課後の活動から使用出来る様にと、所定の位置に収納しているのだ。
 桜乃一人では大変だろうということで、後の二人は柳の頼みを受けて彼女の手伝いに来たのだった。
 元々了見は狭くない男達なのだが、特に自分達の妹分である少女の助けとなるなら、といつになく乗り気の二人は、ひょいひょいと箱の中の荷物を引き受けては所定の場所へと仕舞っていく。
 そして遂に最後の荷物も片付いたところで、人一人が裕に入る大きさのダンボールに入っているのは桜乃一人だけとなった。
「はぁ…これで中の物は全部出しました」
「よっしゃ、じゃあ終わりだな」
 意外と早く済んで良かったな…とジャッカルがにこやかに言っている隣では、何故か丸井がダンボール箱の中に入ったままの桜乃をじーっと見つめている。
「? 何ですか? 丸井先輩」
「いや、これが本当の箱入り娘かと思って」
「あはは、何ですかそれー」
 嫌ですね、と言いながらもころころと笑っている桜乃に、ウケたのが気に入ったのか、丸井がにっと更に笑みを深めた。
「いやだって、こんな大きな箱に入れる機会もそうないし、ちょっとは遊び心も満たさないとな〜ってワケで…」
 丁度傍のホワイトボードに付随していた黒ペンを取ると、丸井は桜乃をそこに入れたままでダンボールに何かを書き始めた。

『どなたかこの子を拾ってやってください』

「お前なぁ…」
 注意しつつも、ジャッカルもツボに入ってしまったのか、うくく、と笑いを堪えている。
「ん?…あーっ、ひどいです丸井先輩っ! 私、捨てられちゃうんですか!?」
 上から書かれている文字を確認した桜乃が相手を糾弾したが、それも勿論冗談の範囲であり、彼女本人も笑っていた。
「あー、流石にタダはなかったか…んじゃまぁ」
 ノッてきた丸井は、その文字列を二重線で消した後に、更に何かを書き加えていく。
 どうせ後は焼却処分になる箱なら、別に落書きぐらい構わないだろう。

『竜崎桜乃 大特価 三百円』

「……何か、捨てられるよりもこっちの方がショックですね」
「うん、俺も書いてて気がついた」
 流石に三百円は…と思いつつ、丸井はようやくペンをそこでしまった。
「悪い悪い、おさげちゃん。じゃあ、そろそろそこから出るか?」
「そですね」
 そう言ったところで…

 がちゃ…

 いきなり部室のドアが開かれ、中に銀髪の若者が踏み入ってきた。
「誰じゃ…と、何じゃお前さん達か」
「あ、仁王先輩」
 入って来た時には鋭い目をしていた若者だったが、彼らの姿を見ると、それはすぐに普段の柔和なものに変わっていた。
「どうしたんだ、仁王」
「どうしたんだはないじゃろうが…近くを歩いとったら人影が見えたけ、誰かと思ったんじゃよ。何しとるんじゃ?」
 どうやら不審人物がいるのかと思ったらしい若者に、桜乃がすまなそうに挨拶した。
「ご、ごめんなさい仁王先輩。ちょっと備品の搬入を手伝ってもらっていたんです。でももう終わりましたから…」
「ん、そうか、なら…」
 桜乃に微笑んで応じていた男の視線が、彼女が入っていたダンボールの側面に移った時に、彼の動きが一瞬止まった。
「……」
「…?」
 何だろう?と桜乃が首を傾げている間に、仁王はすたすたすたと早足で箱の傍に歩み寄ると、隣の丸井に呼びかけた。
「おい、丸井よ」
「ん?」
「はい」
「?」
 握った拳を差し出され、思わず丸井がそれを受ける形で掌を見せると、そこにちゃりん、と銀色の硬貨が三枚落とされた。
「???」
 何だろうと丸井とジャッカルが相手を見遣りながら考えている間に、今度はひょいっと相手が桜乃を抱え上げて箱から連れ出した。
「ほへ…?」
 実に自然な動作で箱の中から桜乃を出してやった若者だったが、彼は少女を解放することはなく…
「じゃあの」
「ん?」
「あ…ああ」
 相変わらずきょとんとしたままの丸井とジャッカルに簡単な挨拶を済ませて、さっさと部室から出て行ってしまった。

『…………』

 自分達が恐ろしい事を仕出かした事実に気がついたのは、それから十秒後のことだった。
「はうあああっ!! おさげちゃんが売り飛ばされたーっ!!!」
「もとい売り飛ばしちまったーっ!!」
 しかも、よりにもよって三百円ぽっきりで!!
 きゃーっ!!とパニックに陥った二人は、そこで新たな事実に気付く。
「あーっ!! しかもこれ百円玉じゃなくてゲーセンのメダルじゃねーかよいっ!!」
「あんの詐欺師〜〜〜〜〜っ!!」
 どこまで人を騙して翻弄する気だ!と、二人は慌てて部室から飛び出した。
 無論、桜乃を奪還する為だ。
「どどど、どーするよい、ジャッカル!」
「とにかく取り返すしかねーだろ、アイツにさらわれたら何処のシンジケートに売り飛ばされるか分かりゃしねー!! 最悪幸村達にも報告しねーと!」
「えええええ!!!???」
 そんなの嫌だ! 殺されるー!!と丸井達がパニくりながら大騒ぎを始めていた一方で…


「いただきまぁす」
「ん、どうぞ」
 拉致された桜乃は、それから何処のシンジケートにも売り飛ばされることはなく、仁王に学食で人気のプリンを奢ってもらっていた。
「丸井先輩達に断りなく来てしまって、良かったんでしょうか…」
「仕事が終わったんじゃから、別にええじゃろ。あの箱もいつでも捨てられるし」
「はぁ…」
 はくはく…と何度もスプーンを往復させて、美味しいデザートを食べている桜乃の姿を、詐欺師が嬉しそうな笑顔で眺めている。
「…!」
 その視線に気付いた桜乃は、スプーンでプリンを一かけら掬うと、それを仁王の方へと差し出した。
「はい、仁王先輩もどうぞ」
「ん…?」
「美味しいですよ」
「…そうか、有難うな」
 にこ、と笑い、彼は差し出されたプリンをそのまま口に含んだ。
 彼女の唇に何度も触れたスプーンごと。
「ああ、甘いのう…けど、美味い」
「ですね」
「…ん」
 嬉しそうに笑う桜乃に、仁王は再び笑い返した。
 三百円で、この娘が買えるなんて勿論思っていない。
 つい悪戯心でメダルを渡してしまったが…金を渡したらそれはそれで彼女をモノ扱いした様な感じがして、嫌じゃったからの…
(もうすぐ奴らが血相変えて来るじゃろうが…三百円渡したとしても安いもんじゃったな)
 こんなに甘く、優しい時間なのだから…どんなに高値でもお買い得じゃろ?
 それから二人がレギュラー達に発見されるまで、仁王は桜乃の笑顔を思うままに独り占めにしていた。






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