強引なキス


「えーっ!? 桜乃、彼氏いるの!?」
「わわわ、しーっ、しーっ!」
 その日の昼休み、桜乃は学校の友人にうっかり一つの事実をばらしてしまっていた。
「誰、誰!? どんな人!? ウチの学校の生徒!?」
「そ、そうじゃないけど…これ以上はナイショ!」
「えー!?」
 昼休みのささやかな雑談だった場が、一気に熱を帯び、桜乃は一緒に雑誌を読んでいた友人に興味も露に迫られる。
 その手に持たれているのは今月発売されたばかりの若者に人気の雑誌で、その中の特集について一緒に語っている時に、桜乃はぽろりと秘密を暴露してしまったのだった。
 特集の内容は、年頃の若者達がいい食い付きを見せる恋愛事情関係。
 『キスをするのはどちらから?』という項目を読んでいた時に、「…向こうだなぁ」とぽつんと漏らしたのが発端となったのだ。
「意外〜〜〜〜、桜乃って可愛くはあるけど超奥手だから、そんなのまだまだだと思ってた」
「うん…まぁ私もそうだと思ってた…」
 聞き方によっては少々失礼な友人の意見だったが、桜乃は特にそれを否定するでもなく怒るでもなく、いつもののんびりとした様子で苦笑いを浮かべ、頷いていた。
 確かに、自分は呑気すぎる程に呑気で、祖母からもいつもぽ〜っとしていると注意を受けるコトがある。
 しかし恋愛などに興味がないワケではなく、人並みの好奇心は持ち合わせているのだが、他人とのペースを合わせる事がイマイチな自分はまだまだそういう話は早いと思っていた。
 例えば、自分が中学生になりテニスを始める切っ掛けとなった心の師とも言うべき異性の一年ルーキーにも、コミュニケーションを図ろうと思ってもほぼつれない態度で返されてしまう。
 それは自分の所為ではなく相手の性格の問題だよ、と優しい先輩達は言ってくれているが、この奥手で引っ込み思案な性格が一因であるという事実もまた否めない。
 ところが。
 もしかしたら、一生自分はこのまま独り身でいくのかも…と中学生にして早くもそんな危機感を抱いていた少女に、いきなり人生の転機が訪れた。
 切っ掛けを与えてくれたのは、テニス…そして、自分の在籍する青学の男子テニス部の持つ「因縁」だった。
 青学と同じ関東圏内に、テニス強豪校として知られている氷帝学園。
 その男子テニス部とテニスの試合を通じて知り合った事が、全ての始まりだった。
 向こうのテニス部を統べている部長に、跡部景吾という三年生がいる。
 どんな人物かと言われたら…一言で端的に表したら、とにかく『派手』、この一言に尽きる。
 世界屈指の大財閥の御曹司として生まれ、幼少の頃より異国で帝王学を叩き込まれ、右へ倣えの日本の教育には中学に上がるまで一切触れずに育ってきた若き獅子は、見事なカリスマと自己主張を身につけていた。
 財閥の子息とあって金遣いも大胆な一面はあるが、ただ浪費するだけのボンボンではなく、そこには確かに然るべき理由が存在している。
 全てに於いて帝王の道を往き、尚且つテニスに関しても貪欲に上を目指す若者の存在は、氷帝学園内では女子達の注目を常に浴び、羨望の眼差しを受ける対象であり…青学の桜乃にとっては最早雲の上の存在に等しかった。
 なので、練習試合などで相手を目にした時も、とにかくゴージャスだという噂を耳にしていた事もあり、羨望と言うよりは寧ろ『伝説のツチノコ』を見ている様な気分だったのだ。
 氷帝に通うセレブなお嬢様達のお仲間だったらどうなっていたかは最早未知数だが、庶民に過ぎない桜乃は跡部を恋愛対象として一切見る事はなく、試合や合宿の時には祖母に言われるままに淡々と、彼の身の回りの事を世話していた。
 彼女のあまりの興味のなさっぷりに、跡部親衛隊である氷帝の女子達も最初こそ妬んでいたものの、程無く『あの子はもう枯れきっている』とターゲットから外した程だったが、それは或る意味ラッキーだったと言えるだろう。
 さて、一方そんな桜乃に対する跡部の心証だが、最初は、実はこれもまた可もなく不可もなくといった感じだった。
 母校の氷帝学園内で散々周囲の女生徒達から騒がれていた若者は、それが自分に対する当然の賞賛だと受け取ると同時に、やはり多少煩わしさを感じてもいた。
 当初青学を訪れ、向こうの監督から彼女の孫を世話係に紹介された時は内心辟易としていたのだが、意外にも相手は一切の私情を挟むことなく、淡々と言われるままに作業をこなしたのだった。
 多少どんくさかったりおっちょこちょいだったりする面はあったものの、本人のやる気さえあれば、それについては文句はない。
 努力を知る人間は、男女関係無く好感を持てる。
 その件があり、以降、跡部は比較的安心して桜乃に雑用などを頼むようになり、彼女もまた他意なくそれに純粋に応えていたのだが、その内に徐々に人の心理のもたらす魔法が二人にかけられていった。
 人はその魔法のことを『興味』と呼ぶだろう。
 そう、当初こそ雲の上の存在だった跡部も、回を重ねて会う内に桜乃にとっては徐々に身近な存在となり、呑気でおっとりしていた少女は、跡部にとって傍にいたら心地良く、安心出来る唯一の女性となっていったのだ。
 二人が双方奥手だったら興味から恋心へと育てるのにかなりの時間を要しただろうが、幸か不幸か、帝王は欲しいモノは必ず手に入れるという超俺様気質。
 互い…特に跡部が桜乃を意識するようになってからの動きは、それこそ超がつく程に早かった…つまりそれだけもうぞっこんだったというコトなのだが。
 そして或る日、遂に帝王は動いた。
 偶然会った桜乃の左手に幾何学模様が編みこまれたミサンガを跡部が見つけ、それについて尋ねると、桜乃はぺろっと小さな舌を出して笑った。
『えへへ、私が奥手だからって友達が付けてくれたんです。これが切れた時に恋人が出来るんだよーって…でも、結構頑丈だから出会うだけで何年掛かるんでしょうね?』
『…』
 それはあくまでまじないに過ぎず、本当に彼氏が出来るなど何の確証もない事は分かっている…のに、跡部は無性に、心の底からむかついた。
 まじないだろうと何だろうと…俺が狙っているものを他の誰かが奪っていくなど許せない。
 金品なら勝手にするといい、しかし彼女だけは…!
『…樺地、ハサミを寄越せ』
『ウス』
『…?』
 どうしていきなりハサミが…と桜乃が考え始めた時には、既に跡部は傍の男から切れ味の良さそうなそれを受取り、刃と刃の狭間に桜乃の腕に付けられていたミサンガを挟んでいた。
『え…』
 じゃきんっ!!
 何が起こっているのかを桜乃が把握する前に、帝王が何の迷いもなく相手のミサンガを刃で断ち切る。
 輪を解かれ、自分の腕から落ちてゆくミサンガを呆然と桜乃が眺めていると、跡部はハサミを樺地に返しながらいつもの勝気な笑みを浮かべた。
『よし、切れたな』
『切れたじゃなくて切ったんです!!』
『うるせーな、そんなのどっちでもいいんだよ。切れたら恋人出来るんだろうが』
『それは…え…?』
 相手の意図するところが分からず彼を見上げた桜乃に、相手はずいっと直前まで近づき、そっと耳元に顔を寄せた。
『だから、これからお前は俺様の恋人だ…いいな?』
『え…ええっ!?』
『何だ? 俺様じゃ不満か?』
『い、いいえっ! え…て言うか、私なんか…で…』
『じゃあ文句ねぇだろう。受けた以上、もうお前に拒否権はねぇぞ』
 そんな強引極まる俺様論法で、桜乃は見事に帝王の手中に納まってしまったのだった…
(まぁ…恋人になっても景吾さんは相変わらず俺様だし、そんなにこれまでと変わりはないんだけど…強引だけど優しいし、今更だけど格好いいし…でもまさか…)
 結構無意識の中で惚気ている桜乃だったが、一つの事実に思い当たり、頬を染めつつかくりと肩を落とした。
(…まさか、あれほどにキス魔だったなんて思わなかったよう…)
 そう、それが先程まで友人と雑誌を眺めていた時に口をついて出てしまった一言の元凶。
 確かに自分達は恋人同士になったのだ、キスぐらいしてもおかしくはない。
 しかし…
(…一回会ったら、間違いなく一日で二桁ぐらいはされてるよね…キス)
 元がキス好きなのか、それとも幼少時を異国で過ごしたという文化の相違がそうさせているのかは定かではないが、確かに跡部はあれ以来、桜乃に会う時にはやたらと彼女にキスをしていた。
 厄介なのはその手法。
 よくドラマの見せ場である様に、男女が向き合い、愛の言葉を紡いでそれから行為に至るというものなら、その前で桜乃も何とか気付いたり、恥ずかしいなら逃げる事も試みる事は出来る…成功するかどうかは置いておいて。
 しかし帝王はいつも、実に見事に隙を突き、且つ自然な形でさり気なく、桜乃にキスを与えていた。
 例えば、練習試合の時にどちらかの学校がもう片方の学校のコートに来るとする。
 跡部の身の回りの事は桜乃が樺地と共同で行う事は既に習慣となっているので、当然、桜乃は彼の許へと赴き、挨拶をする。
 そこでは別に何でもない会話…『授業の方はどうだ?』だの、『体調の方は…?』だの、別に恋人でなくても交わされるだろう雑談が交わされ、誰が聞いても違和感は覚えないのだが、それが一区切りつき、じゃあ準備の方を…と互いが擦れ違う時に、もう帝王は恋人の頬に手を当て、顔を寄せ、唇を奪っているのだ。
 しかも、そのシーンは当事者の少女が脳内で再現しても、それこそ外国の映画のワンシーンの様にやたらと決まっていている。
 現場では他人に見られてやしないか慌てているばかりの桜乃は、思い直してみると振り回されているばかりで何となく悔しさも感じてしまうのだ。
(人が近くにいる時には止めてってお願いしても、聞いてくれないんだもん…て言うか、絶対私があわあわしているの見て楽しんでる…)
 それが分かっているのに、やっぱり彼の事が大好きだから受け入れてしまう私も私だけど…と、惚れた弱味に悩んでいた桜乃に、雑誌を手にしていた友人がちょっと、と声を掛けて現実に引き戻した。
「桜乃の恋人さんの方が主導権を握っているのは分かったけど、そればっかりに甘えていてもダメだよ桜乃」
「え…?」
「ほらここにも書いてる、向こうがしてくれるからってあんまり相手に甘えてばかりだと、いずれマンネリ化して危ないって。たまには自分からアクション起こして、相手をドキドキさせるのも恋の秘訣だってさ」
「ええ…?」
 言われた箇所を覗き込みながら、桜乃はそれについて少しだけ異を唱えようとした。
「そんな…幾ら何でも私だって何もしていないなんて…こ、と…」
 言いつつ、自分が相手に対してアプローチを仕掛けていた時の記憶を探ろうとしていた桜乃の声が徐々に弱まり、言葉が途切れ、遂には顔色まで青くなってゆく。
 記憶が…無い!
 あれ程にキスの記憶はあるのに、自分からそれを相手に仕掛けた記憶が、見事に一つも浮かんでこないのだ。
(う、嘘…まさか私…一度も…景吾さんにキスしてない…!?)
 今更ながらに気がついた事実に打ちのめされた乙女は、そのままの流れで不吉な想像を脳裏に思い浮かべた。
『てめーがそんなつまんねぇ女だとは思わなかった。もう付き合いもこれまでだ』
 流石に俺様な人間だと、想像の世界とは言え切り捨てる姿も様になっていたが、今はもうそんな事に気を向ける余裕は桜乃には無かった。
(うわあぁぁあ…! 景吾さんならほんっとに言いそう〜〜〜!!)
 つまらない女なんて言われたら自分はとても耐えられない…そんな最悪の事態になる前に何とかしないと…!と桜乃は必死に打開策を考える。
(え、えっと…いきなり景吾さんレベルのラスボス級は無理としても、一歩ずつ頑張っていけば、何とか努力は認めてもらえるかもだよね…うん…じゃあ…)
 先ず、一回でも自分から彼にキスしてみよう…!!
 かくして氷帝の氷の帝王は、己の知らないところで勝手にラスボス認定を受けてしまったのであった。


「…ちょっと勢いに乗りすぎちゃったかも…」
 昼休みの固い決意の後…
 桜乃は放課後、氷帝学園の正門をくぐり、敷地内へと足を踏み入れていた。
 次に跡部に会う時に絶対に目的を果たそう!と勢いづいていた矢先、彼女の祖母である竜崎スミレが氷帝のテニス部に届ける書類を誰かに託そうとしている現場に居合わせた桜乃は、ここぞとばかりに挙手をして名乗り出たのである。
 向こうとしても、氷帝の主要メンバーと既に知己の関係である孫ならば好都合とばかりにあっさりと彼女にその役を任せ、結果、桜乃は今ここに立っているのだ。
 来てはみたものの、今更少しだけ尻込みしていた桜乃だったが、書類を届けない訳にもいかず、取り敢えずはテニスコートへと向かってみる。
 そんな少女を少し離れた場所で見つけた一人の若者が、隣にいた長身の眼鏡をかけた美丈夫に呼びかけた。
「おい侑士、あいつ跡部の彼女じゃん?」
「ん? ああ、ホンマや。桜乃ちゃんやなぁ」
 お互いがダブルスのパートナーである二人、忍足侑士と向日岳人は、それからコートに向かってゆく少女を暫し眺めていたが、再び最初に彼女を見つけた赤い髪の向日が口を開いた。
「なんかやっぱり地味だよなぁ…跡部の彼女にしちゃ」
「恋愛には地味も派手も関係あらへんやろ…そう言えば跡部はまだ生徒会の方やったな。あんまり待たせるのも可哀相やし、ちょっとハッパかけとこか」
「ハッパ?」
 不思議そうに問い返す向日には応えず、代わりに忍足は携帯を取り出すと、メモリーに記憶させていた番号にかけ始めた。
「……もしもし、跡部か? 俺や。ああ、生徒会の会議なんは知っとる、けど一応知らせておこか思てなぁ…」
 詳しくは聞き取れなかったが、向日の耳に、携帯の向こうから少々苛立たしげな帝王の声が聞こえてきた。
 おそらく会議で忙しない時に携帯で呼び出されたのが気に入らなかったのだろうが、責められているだろう曲者は全く気にする素振りもなく、寧ろにこやかな笑顔を浮かべていた。
「いや、珍しい客人がテニスコートの方に行きよったから、部長の自分もいた方がええんちゃうかと…」
『お前に任せる。わざわざ…』
(お、ちょっとだけ聞こえた…)
 岳人がそう思っていると、忍足は更に笑みを深くして見えない相手に頷いていた。
「そうか、分かったわ。安心しぃ、自分の大事な桜乃ちゃんは、俺が手取り足取り優しく相手したるさかいなぁ…」
 ぶつっ…!!
「…切りよったわ」
「そりゃあんなエロい声でいかがわしい台詞吐かれたらなぁ…」
 けろっとした顔でのたまう忍足に向日がげんなりとして答えている間に、向こうは嬉々としてポケットからストップウォッチを取り出していた。
「さて、今日は果たして新記録が出るんやろか…」
 その内容は、跡部が生徒会室からコートに至るまでの所用時間。
「俺、お前と付き合ってると、いつかとばっちりで命落としそうな気がする…」
 相手が相手なんだからいい加減にしとけよ…と言いながら、向日が忍足と一緒に桜乃より少し遅れてコートに向かうと、既にそこには裏の努力など垣間見せない帝王の姿。
「見てみぃ、新記録」
「まぁステキ」
 実際そう思っているのではなく、もう投げやりにしか聞こえない向日の台詞。
 そんな男達の視線を受けながら気付く事もなく、桜乃は跡部の姿を見つけると、とことこと素直にそちらへ向かって行った。
「景吾さん、こんにちは」
「何だ桜乃、来る時には俺に知らせろと言ってたろう? 迎えの車を寄越してやるからと」
「そんな大袈裟なコトしなくても、ちょっと電車に乗ったらすぐですよ」
 本当は『怪しい眼鏡の男に襲われないように…』とも付け加えたかったが、そこはせめてもの友人のよしみで伏せておく。
「で、今日は?」
「お祖母ちゃんから、預かり物です」
 跡部が部室に入るのを受けて、桜乃も一緒に入室する。
 既に部の他メンバー達は外に出ており、そこには二人しかいなかった。
 はい、と封筒を差し出してくる相手に、それを受け取り、眺めながら、跡部は一歩そちらへと歩を進める。
「ああ、この間頼んでいたやつだな?」
「みたいです。遅くなってすまないって…」
「いや、十分だ。感謝すると伝えてくれ」
「はい…」
 ちゅっ…
「!!」
 封筒から視線を外すと同時に顔を少女に寄せ、片手で軽く相手の顔を固定しつつ頬にキス。
 焦りも淀みもない動きで早速己の望みを果たした若者は、桜乃が自分のキスされた頬に手をやった時には既に姿勢を正し飄々としていた。
「お前もご苦労だったな、ゆっくりしていけ」
「ひ、人が来るかもしれない処では…!」
 過去にも幾度となく主張した事を、桜乃は同じく訴えたが、向こうもまた過去に幾度となくした様にそれを撥ねつけた。
「見られて困るもんじゃねぇ」
「恥ずかしいですっ」
「俺様からのキスだぜ、自慢の一つぐらいしてみろ」
「〜〜〜〜!!」
 臆面もなくそう言い切られ、桜乃はかぁと頬を真っ赤にして口篭る。
 その照れている表情を眺めていた跡部は、何故か数秒押し黙り…いや、と言い直した。
「…まぁ、お前はそれでいいのかもな」
「? はい?」
「いや、こっちの話だ」
 そう言って離れ、預かった封筒を所定の場所に置いている男の姿を見ている内に、紅潮した頬も徐々に戻ると共に、桜乃の頭に当初の目的が甦ってきた。
(そ、そうだった…本当は私からキスしようと思って来てたのに、早速ペースに乗せられちゃった…こんなコトで大丈夫かなぁ…)
 しかし、来てしまった以上これはチャンスと考えて実行するしかない、と心に思いつつ、桜乃はいざ実践へ!と活動を開始した。
(えーと…先ずはさり気なく、自然に近づいて…と…)
 近づかないことには目的も果たせないもんね…と、思い、ちょっとずつ距離を詰めていこうと足を動かしていた桜乃だったが…
「…おい?」
 不意に目をそちらに向けた男が、歩いているだけの筈の少女にあからさまに疑いの表情を見せて確認する。
「お前…手と足、一緒に出てるぞ」
「はう!?」
 はっと自分の身体を眺め下ろすと、確かに右の手足が同時に前へ振り出されていた。
 自然に…と思っていた矢先から、明らかに不自然の極み。
「ししし…しっぱいしっぱい!」
 しかも、動揺に任せて大声で叫ぶものだから怪しさも満点。
「ただ歩くだけでも失敗するのかお前…」
 どれだけおっちょこちょいなんだ…と呆れた顔の帝王だったが、それはもう付き合う時点で覚悟していたのか、さして慌てる様子もなく桜乃の頭に優しくぽんと手を置いた。
「じゃ、コートに行くぞ」
「は、はい」
 促され、桜乃は一時跡部と共にコートへと赴いて、部員達の活躍を見学することになった。



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