暴かれた素顔・2


 当日の帰宅時…
 結局、跡部がいないままに練習試合は終わってしまい、彼と対戦できなかった立海勢は、その帰路の間も少しばかり消化不良の様な、中途半端な気分を持て余している様子だった。
「何だったんだろうね、あの跡部が試合を放棄するなんて」
「知りたくもあったが、本人がいないのではな…身内の不幸などの可能性を考えたら、拙速に問い詰める気にもならん」
「そうだね」
 幸村と真田がそんな会話をしている中、他のメンバーも考えている内容はそう違わないのか、特に新たな発言をする様子も無く、マネージャーの桜乃も無言のままに彼らと共に歩道を歩いていた。
「他の氷帝の奴らも、訳分かんないって感じでしたもんね、何が…」
 切原が少し後でそんな事を呟きかけたところで、幸村の携帯が彼のポケットの中で振動を始めた。
「ん?」
 気付いた持ち主がポケットを探ってそれを取り出し、メールではなく通話だと確認する。
「あ、忍足からだ」
「ほう?」
 柳が興味深そうに見詰める中で、幸村は耳元に携帯を運びつつ、通話のボタンを軽く押した…途端、
『幸村か!? 俺や!!』
「うん、忍足だね…どうしたの? 随分と慌てて…」
『自分ら今、テレビ見れるか!? 無かったらネットのトップニュースでも見てみぃ! ぶっ飛ぶで!!』
「?」
 幸村の発言を待たずそのまま矢継ぎ早に言葉を浴びせかけてくる忍足は、普段の彼とは思えない様子でかなり慌てている。
 詳しくは分からないが、そんな相手の様子だけでも、只事ではない事はうっすらと察する事が出来た。
「ニュースって…」
 自分は携帯でこうして通話している以上、これで呼び出す訳にもいかない、とメンバーを振り返ってみると、先程の忍足の声が漏れて聞こえたのか、既に仁王が自分の携帯を取り出し、ワンセグに繋げようとしているところだった。
「イマドキの携帯は、ちょっとしたドラえもんの四次元ポケットじゃよな…よし、これで…」
 程無く携帯の画面に小さなテレビ画像が映し出され、それを囲むように立海メンバーと桜乃が覗き込んだ。
 先ず、彼らの視界に飛び込んできたのは、夜と思われる何処かの外の景色…その暗闇の中に赤く立ち上がる炎の柱だった。
 しかも、普通の大きさではない…よくニュースで見る一軒家の火事とか、そんな生易しいものではない事が小さな画面からでも十分に伝わってくる。
 何処かで、かなり大きな事故か或いは天災が起こったのか…
 皆が沈黙してそれを眺めていると、やや混線気味の音声が続けて聞こえてきて、仁王はすぐに音量を最大へと引き上げた。
『…ちら、跡部コーポレーションの管轄の工場前に来ておりますが、現在規制が敷かれており、これ以上進む事が出来ません。未曾有の大惨事です、炎の熱がここまで迫っており、現在警察や消防団が近隣の住民を避難させて…』

『!?』

 跡部…コーポレーション?
 という事は、今あの画面向こうに見えているのは、跡部の家に関わる建物で、そこで何かが起こっているという事か?
(跡部、さんの…)
 自分と何ら関わり合いのない会社の工場の事故という事であれば、多少の驚きはあれど、普通のニュースとして聞き流していられたかもしれない。
 しかし、その場所が己の知己に縁あるものだとしたら、受け止め方は当然違ってくる。
 桜乃が真っ青になって画面を食い入る様に見詰める中で、周囲の男達もいつもの和やかな雰囲気は陰を潜め、真剣そのものの表情に変わっている。
 全員が、今目の前にある事実が只事ではないと受け取っている証だ。
『見たか?』
 こちらの雰囲気を読んだのか、向こうの若者が確認の言葉を投げかけてきた。
「ああ…」
『驚いたやろ?』
「そりゃ、ね」
 勿論、驚くさ…と続けようとしたところで、先に向こうが更に声を大きくして締め括った。
『あの目立ちたがりの跡部が、あんだけのテレビカメラの前にも出とらんなんてっ!!』
「君もたいがい毒されてるね」
『何がや?』
「…いや、いいよ、お蔭で調子が戻った」
 正しくは、『何かどうでも良くなった』だったのだが、流石にそこまでは声に出すこともなく、幸村は気を取り直しつつ、ついでに携帯も持ち直した。
「事故、だよねコレ」
『ああ、扱っとる薬品か何かに引火したのか原因はまだ分かっとらんのやけど、紛れも無く大ニュースやな』
「跡部が試合そっちのけでいなくなった理由がこれで分かったよ。今は現地かい?」
『いや、事故が起こっとるんは何処か他所の国なんや。そっちの方にはアイツの親が行っとるらしいが…ま、跡部も色々とな』
「…ふぅん」
 何かがありそうだな…と幸村が漠然と考えていたところに、早速やや声のトーンを下げて忍足が切り出してきた。
『で、折り入って自分らに頼みがあるんやけど、ええかな』
「それは聞いてからの返事にするよ」
 大当たり。
 嫌な予感ほどよく当たるものだな、と思っている幸村に忍足が頼んだのは、意外な内容だった。
『…多分、自分らのトコにも何社か報道関係の奴等が来ると思うんやけど…下手な事は言わんとってくれんか?』
「…? 俺達のところに?」
 報道関係者が来る? 何で?
 点も線も結びつかない申し出に、幸村が眉をひそめ、それを目の当たりにした他のメンバーや桜乃が更に輪を小さくして相手に寄って行く。
 携帯で話しているので、彼らにまではなかなか向こうの声が届きづらいのだ。
 と言って近づいても、結局聞こえる事はないのだが、まぁ気分の問題だろう。
「どうして?」
『それはまぁおいおい分かるわ。下手に情報漏らしたら、それが却って墓穴になるかもしれんからな、詳しくは話さん。兎に角、妙な奴等が来ても、知らぬ存ぜぬで通してほしいんや』
「それは、俺達だってそうするしかないよ。実際知らないし存じないんだから」
『まぁな、じゃあそういうコトで宜しく頼むわ』
 言うだけ言って、それからあっけなく忍足からの通話は向こうから切られた。
 それを確認して、幸村も通話ボタンを押し、携帯をポケットに仕舞いこむ。
「…何だって?」
 興味を隠せない様子で丸井が幸村に迫り、他のメンバーも態度こそ落ち着いている様に見えたが視線が明らかに答えを一刻も早く待ち望んでいる様子だ。
「話すのはすぐに済むんだけどね…」
 でも、自分でも腑に落ちないところはあるから、皆も少しは混乱するだろうな…と思ったところで、その優秀な部長は丁度近くにファミレスがあるのを見つけ、そこを指差した。
「…人の往来の中でこういう事を話し込むのも何だし、ちょっと休憩がてらあそこに落ち着かない? ワンセグなりラジオで、もっと情報も集められるかもしれないしさ」
「ふむ…そうだな、俺は時間は空いているから構わない」
「俺もッス」
 他の部員達の了解も取り付けて、幸村は全員を連れて取り敢えずファミレスへと入って行った。


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