『…完全にその気ありだろ、アイツ』
『うーむ…けど、確かにあの可愛さならちょっと…』
揺らいでしまうな…と思っている間に、桜乃は手にしていた缶を開けてくぴくぴと中身に口をつけつつ、再び刺身などにも手をつけ始めていた。
「ん……やっぱりおいひ…」
にこにこと上機嫌で笑いながら桜乃が食事を摂り、それに若者達が気を取り直して追随していると、その内、知念がある異変に気付いた。
「竜崎…気分でも悪いのか? 顔が赤い」
「そんなこと、ないれふよ?」
……ないれふよ?
『……』
明らかに様子がおかしい少女に全員が疑惑の目を向けるが、桜乃は相変わらず上機嫌で手にしている缶ジュースを飲んでいる。
「ふぁ…気持ちいい」
「…ちょっと失礼」
木手が実に自然な形でその少女から缶を取り上げて、よくよく中身を確認すると…
「……これは誰が持ってきたものですか?」
と、静かに尋ねた。
答えたのは…甲斐だ。
「え? 俺らが適当に近くのコンビニで放り込んできたものだけど…?」
「色々とあったから、お茶とかジュースとか…」
「チューハイとか…もですかね」
「え?」
言った木手がびしっと示したその缶の注意書きには、しっかりと『これはアルコール飲料になります』という赤字が記されていた。
「未成年者飲酒補助」
『うそん!!』
甲斐と平古場が一気に顔を青くして叫んだと同時に、知念が珍しく大声で彼女を呼びながら身体をこちらへと向き直らせた。
「!? 竜崎!?」
つまり彼女は…酔っ払っているのか!?
「ふぇ…?」
改めて見た少女は頬がうっすらと上気し、瞳は潤み、恐ろしい程に色気が急上昇。
ぐらっと眩暈を覚えつつも何とか堪えた知念がどうしたものかと悩んでいると、相手の方が微笑みながら彼に近づいて、ぴとりとその逞しい腕に縋りついて身体を寄せた。
「!!!」
「わぁ……知念さんって海の匂いがしますね」
すんすんと微かに鼻を鳴らす音が聞こえてきて、桜乃がすり…と知念の腕に頬擦りをする。
(凶悪に酔ってる〜〜〜〜〜!!)
いつもの桜乃とは考えられない大胆さに、甲斐と平古場が激しく引きながらも妙な心の高揚感を覚えたのは、中学生という若さ故だろうか?
しかし、木手だけはそんな高揚感を覚えながらも、慌てず騒がず徹底した冷静さで事の対処に当たろうとしていた。
「取り敢えず、その酔っ払い娘を押さえつけておいて下さい知念君…全く、未成年者に酒を飲ませてしまうとは……しかし少々酔いすぎですね、たかがチューハイ口に含んだぐらいで」
何処に掛けようとしているのか、平古場達がうろたえている間に彼は自分の携帯を取り出しながらそう命じた。
「押さえつけ…って…」
「知念、完全にテンパってるし…初めて見るぞ、アイツのあんなマジ顔」
桜乃に縋られてしまった若者は、木手に言われた言葉も耳に入っていない様子で、間近の桜乃の顔にまじまじと見入っている。
そんな彼の表情にも構わず、桜乃は完全に酩酊した状態でくすくすと笑いながら相手の顔を見上げつつ、ぎゅーっと更に彼の腕に縋った。
「…うふふ……あったかい…」
「!?!?!?」
そして、そこまでが少女の限界だったのか、いきなり彼女の膝ががくんと折れてバランスが崩れ、慌てた知念に抱き止められた。
「りゅ…!」
「…すぅ……」
「……」
寝入ってしまった少女に、再び沈黙してしまった知念だったが、その後彼女を抱えたままに甲斐達の方へと振り向いた。
「……ちかねーいん(飼う)」
『いやいやいやいや!!』
小動物好きは知っているけど、流石にそれはマズイだろうと平古場と甲斐が大いに突っ込んだ。
「と、取り敢えず、ここに寝かせろ」
「そのままじゃ身体、潮風で冷えるだろうからな」
それから、二人も手伝って桜乃を自分達の上着を使用しての即席寝床に寝かせてやったが、その作業の間に、彼らまでも動悸が激しくなってしまった。
(や…柔らかいんだな…)
(女の寝顔なんて、初めて見たさ…)
無論、桜乃が女子だという事は知ってはいたものの、それまでの彼女への対応は殆ど『妹』感覚だった。
ここにきて初めて彼女を同年代の『異性』である事を認識してしまい、知念も含めた三人は落ち着かない様子でいきなり挙動不審になってしまった。
「た、ただの知り合いで良かったさ」
「…下手に親しかったら、逆にヤバかったな」
「……」
そう言いながらも、じーっと少女の寝顔から視線は外さなかった三人だが、やがてそこに何処かに電話を掛けていた木手が戻って来た。
「…どうやら彼女はアルコールに過度に敏感な様ですね、先程竜崎先生から聞きました」
「ああ…あの人に電話してたのか、永四郎」
「でもまぁ、一番正しい方法さ」
「……大丈夫、なのか?」
三人のそれぞれの反応を受けて、木手はこってりと眠り込んだ桜乃をふいっと眺め遣り、こくと頷いた。
「…アルコールが抜けさえしたら元に戻るそうですが、『キズモノにしたら承知しないよ』ときつくお達しを受けました…全く、酒乱だとは思ってもみませんでしたが、このままではホテルに帰すことも出来ませんね」
「…キズモノ?」
「…酒乱?」
「……」
知念の脳内思考はともかくとして、平古場と甲斐は相手の台詞に首を傾げた。
「…いや、幾ら何でも俺らそこまで獣じゃ…」
「別に酒乱でもないやっし…寝てるだけなんだから」
そんな仲間達の疑念を他所に、リーダーはてきぱきと彼らに今後の指示を与えた。
「まぁ、バーベキューも一通り楽しみましたから、ここはお開きとしましょう。片付けて…この道具は甲斐君のものでしたね」
「ああ、家から持って来たんさ」
「では手分けして、私たちで運びましょう。ついでに、竜崎さんも目が覚めるまでそこに置かせてもらいましょうか」
「いい!?」
驚いたのはその甲斐である。
「何で!? ンなコトしたら、俺が家族に何言われるか!!」
「こっそり部屋に運べばいいでしょう。私達も一緒ですから、最悪、本当の事を話せばいいだけですし」
「ででででででも!!」
年頃の女性を、自分の部屋に!?
まだ決心がつかず決断が下せない相手に、木手が眼鏡の奥で怪しい眼光を放った。
「…新鮮なゴーヤーが手に入ったんですけどね」
「好きにしろよもう!!」
下手な噂が立つという危機よりも、木手のゴーヤー責めの方が恐ろしいというのも何だが、結局、これで桜乃の一時避難場所が決定したのだった。
「こちらにとっては願ったりでしたね、誰にも気付かれずに入り込むことが出来て」
「と言うか、誰もいないってどーゆーことさ」
「……」
どうやって家族を誤魔化そう、と悩みに悩んでいた甲斐の苦悩が全て無駄になった形で、彼らは荷物と桜乃を持って甲斐の実家に身を寄せていた。
「おかしいな…あれ? 書置き」
しんとした家の中に最初に入ったその住人は、居間のテーブルに置かれていた書置きに目を留めた。
『裕次郎へ あんまーたーんふかにかみーがいちゅいびん(お母さんたちも外に食べに行きます)。やーばんゆたしく(留守番よろしく)』
「……」
何だか納得出来ない…と黙り込んでしまった甲斐を他所に、他のメンバーは勝手知ったる他人の家、とばかりに相手の部屋へと入って行った。
中学生のテニス小僧の部屋らしく、中にはトレーニング用の小道具やら、ラケットが数本、無造作ながらもまとまって置かれている。
部屋の所々に掛けられている写真は、滅多に帰ってこない漁師の父親と家族と撮った微笑ましいものばかりで、若者の家族を想う心が伺えた。
しかし、そこに酔いつぶれた少女が運び込まれたところで、その感慨も何処へやら。
そんなこんなで、桜乃を背負ってきた知念が、ゆっくりと彼女を甲斐の部屋の床に下ろした時、木手が怪しいアイテムを取り出していた。
「さて…と」
彼が手にしているのは長めの…ロープ。
「……」
「……」
「……」
目を丸くしている三人を他所に、木手はそれをびしっと両手で張りながら桜乃を見下ろし…ぼそりと呟いた。
「では、早速縛りましょうか」
『わ”〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!』
いきなりヤバイ世界になってしまった部屋で、三人が必死に木手に取り縋った。
「いいいいい! 幾ら何でもヤバイってそれは!!」
「…ロープ、何処から…」
「先程、甲斐君の家の納屋から拝借しました」
「勝手に人ん家の備品持ってくな〜〜〜〜っ!!」
自分の部屋がいかがわし過ぎる犯罪現場になる危険性に、甲斐は涙目になりながら相手を糾弾し、そんな仲間の剣幕に一度は木手も引き下がった。
「……そうですね、いきなり縛るのはあんまりでしたか…」
「いや…いきなりも何も…」
「健全な青少年がやる事じゃ…」
ぜいぜいと早くも息切れしていた平古場達だったが、次のリーダーの台詞は更に無情なものだった。
「やはり布団ぐらいはないと」
『だから健全な青少年だろ、俺ら―――――っ!!!』
人の話を聞きやがれ!!と甲斐と平古場が半分泣きながら親友を諌めようとするも、二人は逆に相手に怒鳴り返されてしまった。
「いいから布団を出して、とっとと彼女を包んで下さい!!」
『……』
「…はい?」
「包む…?」
平古場と甲斐がどういうことだと固まっている間に、知念が素直に木手の言葉の通り部屋の掛け布団を拝借する。
そして、すぴすぴと眠っている桜乃の身体の下にそれを敷くと、そのままくるくるっと布団ごと転がして、桜乃の特製太巻きにしてしまった。
身体は完全に布団の中に包み込まれ、頭だけがかろうじて外に出ている状態。
「…これで」
「結構です」
この二人は言葉以外に何か電波で意思疎通をしているのではないかと思う程の手際で、今度こそ木手が、その布団ごと桜乃をロープで軽く縛り、身動きが取れない様にしてしまった。
勿論、甲斐と平古場には、その理由が分からない。
休ませるだけなら布団に寝かせるだけでも大丈夫だろうに…何で太巻き?
「えーと…何でここまで過剰包装にする必要が? 永四郎サン」
「ここ最近の流行はエコですヨ?」
「いきなり何を言ってるんですか、君達は」
そう言いながら、いきなり桜乃を太巻き状態にしてしまった木手は、用済みになったロープをぽいとその場に投げ捨てながら息をついた。
「…酒乱で暴れる人間をキズモノにしない為には、動きを封じるのが一番でしょう」
『……』
更に意味が分からなくなる。
「…ちょっと酒乱とキズモノについて復習を」
はい、と挙手した平古場に次いで、甲斐が木手に質問する。
「…竜崎が酒乱と判断した理由は?」
「竜崎先生が『キズモノ』にするなと言っていたからです」
「じゃあ、『キズモノ』ってどういう意味だと?」
「当然…」
けろっとした顔で相手は断言。
「酒に酔って暴れて自分が傷を負うということでしょう」
『……』
何だか今日は賑やかに騒いだ反面、揃って沈黙している記憶も多いな…と思っていた男達は、甲斐を代表して最終確認を行った。
「え、つまり永四郎は…竜崎を『キズモノ』にするなって言った竜崎先生の言葉を、酒乱で暴れるかもしれない彼女に怪我を負わせるなって事だと判断した、と?」
「そうです」
(コイツ、本気だ!!)
違うだろう!! 女性をキズモノにするというのは、つまり、男性がその人に対していかがわしい真似をごにょごにょ…(以下自主規制)と、甲斐と平古場が悶々としていると、全く理解出来ていない様子で、逆に木手が問い掛けてきた。
「……一体、他にどういう意味があると?」
『!!!??!!!?〜〜〜〜〜〜〜っ!!!』
大声で説明してやりたいが、勿論そこまで恥さらしになる勇気も持てず、親友を汚す度胸もなく、二人は口をぱくぱく、両手をぶんぶんと思い切り振り回し……
「…いえ」
「…貴方が仰るとおりの意味で」
結局、双方ともがっくりと項垂れ、真実を語る事は控えた。
ほら見なさい、二人とも少し頭を冷やしたらどうなんです、と謂われない注意まで受けてしまいながら、彼らはがくりとその場に倒れこみ、しくしくと今日の不運を嘆くしかなかった。
「アイツがあそこまで純粋だとは……」
「俺、今日、自分が薄汚れてることを初めて知ったさ…」
そんな男達の騒動など、桜乃は全く気付く様子もなく相変わらずすぴすぴと眠りこけており、唯一騒動から外れていた知念は、そんな彼女の寝顔を覗き込みながら、時々その頬をつついて遊んでいた……
桜乃が太巻きにされて約一時間の後……
甲斐の部屋から離れ、まだ家人が戻って来ていない居間で木手と知念がのんびりとテレビを見てくつろいでいた時、その瞬間は遂に訪れた。
『きゃ〜〜〜〜〜っ!! 何なの何なのこれって何〜〜〜〜〜〜!?』
「…ああ、目が覚めた様ですね」
「……解きに行く」
あっさりと向こうで起こった事を予想してそういう発言をしていた彼らがいる一方で、今回の騒動の一番の犠牲者でもあるだろう甲斐と平古場は、少し離れた場所の床にふて寝して寝転がっていた。
「てやんで〜〜〜〜…」
「男なんてよ〜〜〜……」
「…君達、今日は何かヘンですよ」
よく分からないやさぐれっぷりに、何も知らないもう一人の元凶は、ただひたすらに呆れている。
それから桜乃は、誤ってアルコールを飲んで酩酊したので、風邪を引かない様に念入りに布団に包んでおいた、という行き当たりばったりの簡単な説明のみを受けたのだが、それでもあっさり信じてしまい、彼らにとても感謝しながらタクシーでホテルへと帰って行った。
何とか無事に騒動と、或る意味の危機を乗り切った比嘉のメンバー達だったが、その中で若干数、若い心に傷を負った者達がいたのは間違いない……
了
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