それから言われるままに桜乃はまた部屋に篭って元の姿に戻り、何事も無かったようにあのメンバー達が集まるテーブルへと戻って行った。
「只今帰りましたー」

『……』

「…あれ?」
 何だか様子がおかしいけど…どうしたんだろ…?
「あのう…どうしたんですか?」
「い、いや別に…」
 日吉が相手を直視出来ずにそっぽを向いてしまった脇で、唯一彼女のオーラを受けて平気な芥川が大はしゃぎで答える。
「君がメッチャクチャ可愛かったから、みんなビックリしてるだけだよ〜〜〜、すっごかった! 俺までドキドキしちゃったもん!!」
「そ、そんな事ないですよ…私なんか地味な人間ですから、普段と違う格好をしたら物珍しく見えるだけなんですよ」
「そかな〜〜〜、けど、やっぱり可愛かったと思うけどな〜〜〜〜」
「は、はぁ……有難うございます」
 照れまくっている桜乃の天然な姿を見た他のメンバーが影でキラーンと目を光らせたコトに、彼女はとうとう気付く事はなかった。
 素直で純朴で料理上手で尚且つあの美貌の持ち主…凄い女性が来たものだ…
 彼らが二度目の共通の意志を持った時だった。
「ご苦労だったな、竜崎…ん? それがお前の作った料理か?」
「あ、跡部さん…先程は有難うございました」
 再び帝王が登場し、桜乃が先に作っていた料理を覗き込んだ。
「こっちが肉じゃがでこっちがきんぴら…これが五目御飯」
「ほう…?」
「取り分けてあげますねー」
 桜乃がにこにこと笑いながら皿に跡部の分を取り分けている間に、忍足達は一斉に跡部へと突進し、質問を浴びせかけていた。
「跡部さん、竜崎さん、ドレス凄く似合ってましたね。やっぱり間近で見たら綺麗でしたか?」
「…まぁまぁだな」
「激ダサなんて言って悪かったぜ…俺の方じゃねぇかそりゃ…」
「…かもな」
「あれ…マジで彼女だったのか? 跡部」
「…ああ」
「ほんまにべっぴんさんやったなぁ…まるで何処かの国のお姫様やないか」
「…フン、当然だ。ウチの服を貸したんだ、そうそう見苦しい姿になる訳がねぇだろう」
 忍足や向日達の質問に答えながらも、何となく跡部は不機嫌そうだ。
「どうしたんですか跡部さん…何か問題でも?」
 日吉の追及に、更に男はむすっとして目を伏せる。
「…いや」
「あ〜〜〜、もしかして跡部、あんまり俺達が彼女の事を聞くからヤキモチ焼いてるとか〜〜?」

 ビキビキッ!!

 明らかに、跡部の周囲に見えない氷柱が立ちまくる。
 これはまさしく…大図星?
「…何をフザけたこと言ってる、ジロー」
「本気だよ〜…でもさぁ、彼女ってカワEからさぁ…青学でも人気あるんじゃない?」

『………』

 意外な盲点に全員が沈黙する中、何も知らない桜乃が取り分けた皿を跡部へと差し出してきた。
「跡部さん、どうぞ? あまりお口に合わないかもしれませんけど…」
「あ、ああ…」
 珍しく憎まれ口を叩かずに素直に受け取った若者が、それを味わっている間に、日吉がさり気なく桜乃に尋ねる。
「…こんなに料理が得意なら、青学でも人気が高いんじゃないのか? お前」
「まさかぁ、全然そんな事ありませんよ。私、まだ一年ですし…」
「じゃ、じゃあさぁ、好きなヤツとかっていないの?」
「え!? そ、そんな…私、まだそんな…何のとりえもありませんし…」
 真っ赤になって向日の言葉を否定する桜乃の答えに、何故かその場にいた男達全員が心の中でガッツポーズ。
 よし、チャンスはある!!
「……美味いな」
 ぽつりと聞こえた声…跡部のものだった。
「…今日の料理より美味いんじゃないか? この俺様が普段食べているものより美味いものを食ってるのか、お前は…」
「え? そんな事ないですよ…食材とか、本当に跡部さんの家は良い物を使ってらっしゃいますから…ああ、でも」
 何かを思いつき、桜乃は首を傾げてにこりと笑う。
「本当に跡部さんが美味しいと感じていらっしゃるなら…それはきっとみんなで食べているからかもしれませんね」
 その笑顔があまりに素直で優しげで、全員が言葉を失ってしまう。
「一人だけだと、どんなに豪華な料理でもあまり美味しく感じられないものですよ…やっぱり食事は賑やかなのが一番です、ね? 皆さん」
「あ、ああ…そうやな」
「ま、確かにそうかも」
「…それは否定しませんが」
「俺も同感です。宍戸さんもでしょう?」
「まぁな」
「うんうん、みんなで食べてお喋りすんのって、たのCよね!」
 全員の同意を得て、桜乃は跡部に再び笑いかけた。
「たまには大勢で食べるのも、いいですよ?」
「!……フン…そう、かもな」
 この瞬間、跡部は、心に生まれた一つの目的の成就を心に誓った。

『…コイツ、氷帝に…』



 それから時は過ぎ…無事にパーティーはお開きとなり、桜乃やメンバーもその場で解散となった。
「今日は色々と大変だったなぁ、竜崎も」
 向日の言葉に、えへ、と笑いながら桜乃は首を横に振った。
「いえ、どうせ今日は洋服を見に行くだけでしたし…朋ちゃんもいなかったから、買ったかどうかも…リストアップはしてたんですけどね」
「リスト?」
 跡部の疑問に、桜乃は持参していた例の雑誌を取り出して相手に見せた。
「これです。付箋を貼ってあるもので選ぼうかと考えていたんですよー。でもまた今度にします」
「…ふん」
 何を意図してのものなのかは不明だが、ぱらぱらとページを捲った後で、跡部はあっさりとその雑誌を桜乃に返し…その動作の中でぎらっと瞳を光らせた。
 眼力…
「え…?」
「…何でもねぇ…帰りは俺様の家の車で送ってやる。せめてこのぐらいはさせろ」
「は、ぁ…助かります」
「それと…」
「はい…?」
「…遊びに来たくなったら、またいつでも来い。ウチでも氷帝でも、お前は歓迎してやる。面白い女だからな」
「はぁ…どうも…」
 それは果たして喜んで良い賛辞なのかどうか…
 微妙だと思いながらも、桜乃は他のメンバー達と暫しの別れを惜しんだ。
「忍足さん、今日は有難うございました」
「元気でな。青学に返すのが悔しいぐらいや、またいつでも来いや…」
「向日さんにもお世話になりました」
「いやいや、俺達も楽しかったからさ…その、また、来いよ、絶対」
「日吉さんも今日はお疲れ様でした。芥川さん、あまり寝てると目が溶けてしまいますよ?」
「ああ。けどまぁ、心配されるほど腑抜けてる訳じゃないぜ」
「へへ…じゃあ遊びに来た時には起こしてね〜〜……ZZZZZ」
「鳳さん、宍戸さん、今日は色々とお騒がせしました」
「いえ…楽しかったです。美味しい手料理もご馳走様でした」
「あーなんつーか、その…有難うな」
 挨拶を終え、最後に桜乃はもう一度跡部に振り返ると、深々とお辞儀をした。
「じゃあ、失礼します…お休みなさい、跡部さん」
「…ああ」
 ヴォン…とエンジンを響かせ、桜乃を乗せた来賓用の高級外車は跡部邸の前から去っていった。
 その姿を視界から消えるまでじっと見つめていた跡部の様子を見た他のメンバーは、彼が桜乃を非常に気に入った事実を最早疑いようがないものと確信していた。

(当分は賑やかになるんだろーな)

 桜乃本人には少し同情の念が湧かないでもないが、しかしまぁ、跡部がそうなら自分達もそれに便乗出来る訳だし…まぁいいか…



 後日…
「きゃ―――――――――――っ!!!!!」
 いつもの様に桜乃が家に戻ると、玄関先に物凄い量のダンボール箱が積み上げられていた。
 そして、大量の紅い薔薇の花…店数軒分の花を買い占めたのではと疑う量。
 それらの宛名を見ると全てが自分宛…送り主は…跡部だった。
「あっ…跡部さん…こ、今度は何を…」
 こわごわと箱の中身を開けると、その中には女性服の新作がぞろりと入っていた。
 あの雑誌の中で取り上げられていた服…付箋を貼っていた分だけに留まらず、雑誌に載っていた全ての服や小物が入っていた。
 しかも…
「…ほぼ、ぴったり…」
 自分の身体に合わせてみると、殆ど手直しの必要がないぐらい…
 まさかあの別れ際に…彼が眼力を使ったのは…
(いやあああ〜〜〜〜〜!! そんなことまで分かっちゃうの〜〜〜〜!?)
 スリーサイズがばれてしまったのかと、それから暫く桜乃はパニック状態だった……
 そして桜乃が混乱の最中にある時、青学では…


「どうした? お前から連絡とは練習試合の申請か?……跡部」
 青学の男子テニス部部長である手塚が、氷帝の帝王直々に電話を受けていた。
 当の跡部は相変わらず優雅に生徒会長専用の椅子に腰掛けながら、自らの生徒手帳を開き、それを眺めつつ受話器を口元に当てている。
「あまり長々と話しても仕方ねぇからな、率直に言わせてもらう…お前のトコにいる竜崎桜乃って女…ウチに寄越せ」
『は…?』
 何を言っているのか、という感じで聞き返す手塚の声を他所に、跡部は手帳の中に挟みこんでいた一枚の写真を眺めている。
 あの日のドレス姿の桜乃を撮ったものだ。
 前もって使用人の一人に命じて撮らせたもので、なかなか上手く写っており、それは跡部の携帯必需品となっていた。
「…気に入った」
 さわ…と写真の桜乃をなぞるように指先で撫で、孤高の帝王は笑う。
「あれ程の女はなかなかいるモンじゃねぇ。青学でただの応援に甘んじさせているぐらいなら、ウチに貰って俺様が直々に可愛がってやる」
『切るぞ』
 無論、「あげます」なんて答える訳も無く、手塚はきっぱりと撥ね付ける。
 そもそもそういう生徒の進退を同じ生徒の自分が決められる訳がない…氷帝のシステムはどうなっているのかは知らないが。
 それからも暫く青学、氷帝の主将は電話越しに話していたが、その後の桜乃の処遇がどうなったのかは、謎のままである……






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