そう言いながら切原が連れて来たのは、正にセンターの中央、人目を引く位置に設置されていた複数台ある機種。
画面を見ると、どうやら格闘ゲームらしく、中のキャラクターが相対する別のキャラと様々な技を駆使して戦っているデモ画面が流れていた。
「…これですか?」
「ああ、最近入ったばかりの新作…っても、シリーズ物なんだけどな。結構燃えるんだぜ、コレが」
「暴力的ですねぇ」
「いーじゃんか、別に現実でやる訳じゃないんだし」
「それはそうですけど…」
コートの上では結構暴力的になってますよ…とは言わないでおこう。
「お得意なんですか?」
「ま、見てろって」
そう言って空いている席に座った切原に倣い、桜乃はその彼の横にすとんと腰を落とす。
椅子は一つだが、その幅が結構あるので、二人で分け合う事が可能なのだ。
しかし幅が広いと言っても、やはり一つの椅子を分けるとなると、身体はやや密着気味になる。
(うわ…腕、触る…顔も、近いし…)
緊張しつつ画面に集中しようとしている切原とは対照的に、桜乃は純粋に珍しいゲームに興味をそそられれているのか、ぴっとりと相手に身体を寄せながらモニターを覗き込んでいる。
「頑張って下さいね」
「お…おう」
見られている以上は、イイトコ見せなきゃなーと張り切りながら、切原は百円玉を投入口に入れてスタートボタンを押す。
もしここに彼の某先輩がいたら、『そんな非生産的なものではなく、勉学でこそイイトコロを見せたらどうなのか』と手痛い突っ込みが来ただろう。
まぁ、二人きりで良かった、というところか。
「よーっし、いっくぜぇ」
早速切原はレバーとボタンを駆使してゲームを開始した。
最初こそ桜乃が傍にいることで緊張の極みにあったが、流石、普段から勝負どころでの度胸は鍛え上げているだけあり、すぐにそちらへと意識を集中させる。
「……まぁ」
見慣れていない桜乃ですら、思わず感嘆のため息を漏らす程に、切原の操るキャラは活き活きと淀みなく動き、相手キャラを完全に叩きのめしていった。
次々と画面が移り変わり、ステージが進むごとに難易度は上がっている筈なのに、それさえ感じさせない程に、彼の技術は卓越していた。
「凄いですねぇ…」
「へへっ、だろ?」
そう言いながらも、男の視線は画面からは一切動かない。
それだけゲームに集中しているのだ。
普通のデートであれば、これだけ長い時間ゲームに集中されたら、女性側としてはあまり面白くないというのが常。
だからこそ、彼は今まで一緒に遊んできた女性達とより深い愛を育む事は出来なかったのだが、今日の相手は今までの女性達とはやや違っていた。
(…ふぅん…)
画面を見つつも、桜乃はちらちらと頻繁に切原のゲームに集中している横顔をこそ見つめていた。
(何だか似てる…テニスやっている時も、赤也さん、こういう顔してるよね…)
戦っている時の高揚感を、全身で表し、表情に乗せてコートの中で暴れ回る…まるで獣の様に…
コートの外でそんな彼を見ながら、もっと間近で見たいって思っていたけど…そっか、ここに来たら、この人のこんな表情も見られるんだ…
(えへへ……何だか得した感じ〜)
にこにこっと思わず笑ってしまったところで、タイミング良く、切原も今のステージを片付けた。
「いよっしゃ! ノーミスクリアー!…ん?」
クリアの瞬間、僅かに集中が途切れて、切原はそこで初めてこちらを見つめる桜乃の視線に気付いた。
あれ? 画面を見ていなかった…ってことは、もしかして…
「…あ…っと、もしかしてさ、その…」
「はい?」
今までゲームに集中していたからこそ、そこでようやく彼は自分が彼女を放置していた事実に気付く。
しまった! つい、いつもの癖で夢中になっちまった!
結構長くやってたから、コイツ、飽きてうんざりしちまったんじゃ…
初めてのデートで早速やらかしたか、と思いつつ、若者は慌てて場を取り成そうとする。
「ワリ! もしかして、退屈してた? 俺、つい夢中になっちまってさ…」
「え? いいえ、全然構いませんよ、私も楽しいです」
意外にも、桜乃は本当にそう思っているのか、にっこりと笑って首を振った。
「…ホント?」
「はい!」
確認の言葉にも頷き…少女は嬉しそうに付け加えた。
「ゲームをしている時の赤也さんの顔、凄く格好いいんですよ?」
「!!!!!」
どっきいいぃぃぃぃんっ!!!!!
何の前準備もなく、そういう爆弾発言をかまされてしまった切原は、再び鼻血の危機。
「ど、どうしたんですか? 赤也さん」
「いや…或る意味、ゲームオーバーって感じ…」
俯き、必死に血圧を抑えようと孤軍奮闘しながら、若者は心の中で白旗を振る。
駄目だ、ゲームはともかくとして、コイツのこういうトコロにだけはどうやっても敵わねぇ…っつか、そんな事言われたらもう、見られながら集中なんか出来そうにないし…
「ま、まぁとにかくさ! 俺ももうすぐこれ終わるし、桜乃、先にここの中見回って来いよ! アンタが好きそうなモンも結構あるし、次に見たいの、探しといてくんね?」
「え? いいんですか?」
「う、うんうん。俺ももうちっとで終わるし、そしたらすぐに追いかけるからさ。折角来たんだし、アンタも何かクレーンゲームとかやって遊んでたら?」
「うーん…そうですねぇ…」
ちょっとだけ考えた様子で桜乃は周囲を見回した。
確かにこういうゲームだけでなく、メダルゲームや景品を取るキャッチャー系の遊具も充実している様だし…やってみてもいいかも。
「…じゃあ、ちょっとだけ」
「ん、じゃあ、後で声掛けるからさ…他の野郎について行くんじゃねーぞ」
「あはは、はい、了解です」
一番言いたかった事はしっかりと最後に念を押した相手に、桜乃は笑いながらぴ、と敬礼で返してその場を後にした。
まぁ、彼女に限ってはそういう事はしないだろう…と磐石の自信を持っていた切原は、そこでようやく息を吐き出し、再度始まろうとしているステージに集中した。
これでようやく最後のステージ…と思っていたところで、いきなり画面が前触れなく切り替わったが、彼はさして驚く様子もなく、ふーんと軽く頷いただけ。
(挑戦者か…へっ、返り討ちにしてやらぁ)
こういうゲームセンターではよくある、対面の機器同士の対戦である。
一方がゲームをやっている時に、別人が反対の機器にコインを入れて対戦を希望したら、その時点で行われていたゲームは中断、人間同士の対戦が開始されるという訳だ。
そして勝利した人間がゲームを続行出来るという単純なシステム…しかし、相手が機械ではなく見知らぬ人間だということで、このシステムはゲームセンターでは根強い人気を誇っている、特にこういう新作に関しては。
無論、ゲームセンターに馴染が深い切原もこのシステムについては既に熟知していた為、乱入があった場合でも驚かなかったのである。
ちらっとゲーム機器の向こうを覗いて見ると、大学生ぐらいだろうか…
しかし、当然切原は、年下だからという理由で退くような気弱な男ではなかった……
「あーん、もうちょっとだったのにぃ」
一方、恋人と別れて個別行動をとっていた桜乃は、早速ゲームセンターの中を見回りながら、UFOキャッチャーに挑戦しつつも見事に撃沈していた。
「う〜ん…こういうのって簡単そうに見えるんだけどなぁ…ちょっと油断するとすーぐ先に行きすぎちゃうし…」
それは単に難しいとかいう問題ではなく、彼女の反応が鈍いだけ…と指摘してくれる人は、今は誰もいない。
「やっぱり駄目ね、私はこういうの合わないみたい。シューティングも慌ててちっとも当たらないし…せいぜいコインゲームぐらいかなぁ、のんびり出来そうなのって…」
でも今度は、それだと彼が退屈しちゃいそう…
(…そう言えば、あれから結構経つけど…まだ終わらないのかなぁ、それとも、もしかして私を探してる…?)
その時、戻った方がいいかな、と思っていた桜乃の脇を通り過ぎた複数の若者達がやや興奮した面持ちで喋りながら奥へと入っていく。
「何かさ、ゲームでいざこざ起こした奴が、相手に喧嘩吹っかけたらしいぜ?」
「馬鹿、ありゃ喧嘩じゃねぇだろ? 腕相撲でケリつけようって事だし」
「だけど、吹っかけた奴は大学生でさ、相手は中学生っぽいんだぜ? どう考えたって無茶だろ?」
「負けた方が土下座するとか何とか言ってるけど、出来レースだよなぁ…」
自分には何ら関係のない話…であるにも関わらず、湧き上がるこの不快感は何だろう…
(ま、まさか赤也さんが…まさかね…)
幾ら負けず嫌いな彼でも、大学生相手にそんな無茶はしない筈…と思いつつも、桜乃はどうしても不安が拭えず、取り敢えずはアームレスリングが行われている中央へと向かってみた。
青学の学生である自分でも、立海のテニス部が無茶な私闘を禁じている事は知っている。
もし彼が本当に喧嘩まがいな意味でそんな事をしているのだとしたら、何が何でも止めなければ…!
焦る気持ちで問題の場所に行くと、誰かの対戦が佳境なのか、物凄い人ごみと熱気だった。
そこに身体をねじ込ませ、必死に前に進んで、ようやくステージ近くへと場所を移動した少女が見たものは…
「っ! 赤也さん!?」
やっぱり!! 彼がそこで対戦相手と腕を組み、争っている最中だった。
体格も明らかに向こうが有利、大人と子供の戦いみたいなものだったが、切原は必死にポイントを取られまいと奮闘していた。
「そろそろ諦めたらどうなんだよ、ゲームでしか勝てないひよっこが出しゃばるからさ」
「けっ! テメーみてーなのに負けたとあっちゃー百年先まで笑われらぁ…ってか、ウチの副部長がおっかねーっての!」
憎まれ口を叩きながらも、切原は心中巻き込まれたトラブルに思い切り罵詈雑言をぶちまけていた。
(あーくそーっ! 厄介なヤツに絡まれちまったなぁ…たかがゲームで連続で十回負かしただけじゃんか! なのに何で喧嘩吹っかけられてこんなトコでこんなコトしてんだ俺!! マジな喧嘩じゃないだけいいけど、負けたら土下座なんてジョーダンじゃねーぞっ!!)
しかし、流石にパワーリストまで付けてこんな奴相手は多少分が悪いかもな…と思っていた所に、更に不運な事には桜乃の声が聞こえてきた。
「ちょ…赤也さん!? またそんな無茶を…」
「げっ! 桜乃〜!!」
最悪っ!!と、切原が接戦中に青くなっている間に、桜乃が更にステージに近づく…と、
「…え?」
何故か、彼女の声が途中で止まり、その視線が一点に定まった。
切原の相手をしている、大学生の男に。
あのジーパン…あのシャツ……見覚えがある…と言うより、忘れたくても忘れられない!!
「〜〜〜〜〜〜!!」
見る見る内に、桜乃の顔が怒りと羞恥で真っ赤になり、彼女は自分でも驚くほどの大声で叫んでいた。
「ああ――――――――っ!! 私のお尻触った人〜〜〜〜〜っ!!」
「ぬあにいいいぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!??????」
信じられない言葉に、切原が一気に怒りを沸騰させる。
桜乃の身体に触っただぁ!? コイツがっ!?
いつもなら切原を諌めるだろう桜乃も、この時ばかりはそこまで冷静ではいられなかった。
「赤也さんっ!! その人にだけは絶対に負けちゃダメ―――――――ッ!!」
ぶんぶんと両手を振り回して、少女は恋人に必死になってエールを送る。
「…この手が!? アイツを…!?」
彼女に触れた!? 恋人の俺だってまだおいそれと触れられないのに…!!
力の拮抗だけではない理由で、切原の腕が、全身が、わなわなと震え出し、彼は顔を下に俯けると……
「……ク…ククッ」
と、小さな笑みを零し始めた。
「…!?」
もう少しで勝利、というところで外野から邪魔が入った大学生が、徐々に強まる相手の力に戸惑い、俯いた彼に注目すると、相手がゆっくりと顔を上げた。
真っ赤な瞳で、こちらを睨みつけながら笑う、悪魔の形相で…
「…潰れろ」
その凄惨な姿に、半瞬だけでも力が抜けてしまったのが運のつきだった。
「俺の女にちょっかい出してんじゃねぇ―――――っ!!!」
憤怒が、肉体の限界を定めていたリミッターを解除し、若者は常時の時とは比べ物にならない力を発揮して、相手の腕を一気にテーブルへと叩き付けていた……
「凄い騒ぎでしたねぇ…骨、折れてないといいですけど…」
「自業自得だっての。別に故意じゃなかったって言ったらいいんだよ、あくまで試合だったんだしな。コッチは土下座勘弁してやったんだし、気にするなって」
「はぁ…」
骨折よりも土下座の方が嫌なんだろうか…男の人ってよく分からないなぁ…と思いつつ、桜乃はセンターの外の壁にもたれていた切原にととっと駆け寄って、するりと腕を相手のそれに絡ませた。
「…っ!」
「こんなに細く見えるのに、結局、優勝しちゃいましたね」
腕を絡めた相手にドキドキしながらも、切原は平静を装いつつ返す。
「…あ、あの試合以降は不戦勝だったろ? みーんな棄権しやがったんだから」
「まぁ、骨折させられたかもしれない相手を見たら納得でしたけど…でも、有難うございました」
「え?」
「…敵討ち、してくれましたもん」
自分一人では絶対に出来なかった、あの悔しさを相手に返す事は…
「……別にアンタの為だけって訳じゃなかったし」
「え…?」
つっけんどんに言い返した若者に顔を向けると、向こうが酷く真面目な表情でこちらを見下ろしていた。
「あかやさ…」
呼びかけようとした唇が、相手のそれで塞がれる。
「…っ」
あの時と同じ…告白の時と同じ熱いキスだった。
「ん…っ」
「…俺の、なんだぜ? アンタは…」
ふ、と離れた若者の唇が、今度は自分の首筋に寄せられ、吐息が掛かる。
「あ…っ」
抱き締めてくる相手の腕の強さと、首筋に感じる唇と吐息の熱に、少女の頭は朦朧とし、そんな意識の中でも相手の声ははっきりと響いた。
「この身体も全部…髪の毛一筋にしたって、全部俺のなんだ…触らせるワケねーだろ」
触っていいのは、俺だけなんだから…
「…今日はよーく身体を洗えよな? 桜乃…」
物凄い独占欲と執着心を隠そうともしない恋人に、ぞくんとする様な声で囁かれ、乙女が思わず頷く。
「は…いっ…」
「へへ…それでいいんだよ。気持ち悪かったろ、あんな奴に触られてさ」
「で、も…あのっ」
「ん…?」
真っ赤に頬を染めながら、潤む瞳を向けた桜乃が恥らいながらも告白した。
「…赤也さんだったら…私、きっと平気…です」
「っ!!!!」
何度も何度も…勝ったと思えば打ち負かされる、この子には…
(あ〜〜〜も〜〜〜っ!! いっそ、襲ってやりてぇ!!)
このままだと、いつか俺が失血死する…!!
「…赤也さん?」
「うん…分かった、分かったから。取り敢えず気ぃ取り直して、メシでも食いにいかね?」
「あ…そうですね」
純粋な恋人を、振り回しているのか、はたまた振り回されているのか…
自分でもよく分からないまま、切原はくい、と相手の小さな手を取って歩き出した。
この動揺は、初めてのデートの所為なのか、それとも、これからもずっと付いて回るのだろうか?
(っても、慣れるってのも大変だぜこりゃ…とんでもねー奴好きになっちまったなあ)
そう思いつつ少女を見下ろすと、向こうは無邪気に笑ってこちらを見上げている。
「……まぁ、アンタで良かったけど」
「はい?」
「何でもねー」
慣れるのか、自信はないけど…このドキドキを楽しむのもいいかもな…
心の中でそんな事を思いつつ、切原は可愛く手強い恋人を、しっかりとリードしながら歩いて行った…
了
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