不幸の手紙
「Hey, Mr.Nioh」
「んー?」
某日、U-18の合宿所に於いて、一人の金髪の若者が、立海の三年生、仁王雅治に声を掛けていた。
リリアデント・クラウザー。
中学一年生で現在は名古屋の中学校に籍を置く一年生であるが、人種の為せる業なのか、非常に長身であり見た目も大人びており、並んだ仁王とほぼ遜色ない。
「なんじゃ?」
「Is this yours?」(これ、君の?)
「ん」
クラウザーが差し出したのは、青色のハンドグリップだった。
それを見た仁王が、顔を綻ばせて頷く。
「おお、俺のじゃ、すまんすまん。うっかり忘れとった」
「Be careful」(気をつけて)
どうやら忘れ物を親切にも届けてくれたらしい相手に、仁王は再度礼を言った後で、しげしげと彼の顔を見つめた。
「…What?」
「あんまり堅苦しい言葉は好かんのじゃ、もっと気楽に呼んでくれてええよ?」
「…………」
許可を受けたにも関わらず、当のクラウザーは少し困惑した表情を浮かべ、首を傾げながら仁王を見返している。
そんな微妙な雰囲気の中で、仁王の後ろから別の人物の声が聞こえた。
「仁王君の訛りでは意味が通じませんよ。もっと分かりやすく伝えないと」
仁王の相棒の柳生が二人の様子を見て、異国の生徒に助け船を出し、それを聞いた仁王はそうかと軽く頷いた。
「んー……Please call me Masaharu…OK?」
「Ah, I see」
ようやく納得したクラウザーと、彼から改めて差し出された手と握手している相棒に、やれやれと柳生は眼鏡に触れながら呟く。
「どうあっても標準語で話す気はないんですね」
「俺のポリシーじゃ」
「では最初から英語で会話したら良いでしょうに」
「面倒じゃ」
「……」
最早何も言うまいと思っている柳生を背中で無視しながら、仁王はクラウザーと軽い会話を続けた。
『忘れ物、届けてくれて助かったぜよ。どうじゃ、日本にはもう慣れたか?』
『どういたしまして。まぁまぁかな…日本人は、感情を読むのが難しいね』
『ああ…』
「ノーと言わない日本人」とか、そういう類の事だろうな…と察しながら仁王が頷いていると、ふと相手の表情が微かに曇った。
『ここの人達は違うけど、僕の見た目をやたら気にする人も多くて…小さい頃はいじめられたりもしたんだけど』
『今は?』
『取り敢えず、磔にしたら黙るから』
『ああ…』
やはりこいつもここに来るべくして来た人間だったか…
ちょっと遠い目をした仁王の背後の柳生も、多分同様の感想を抱いていたに違いない…そんな微妙な表情だ。
『けどまぁお前さん、なかなかイケメンじゃからの。モテて騒がれてもおるんじゃないか?』
『分からない…でも知らない女の人からはよくメールアドレスは貰う』
『…で?』
『どうしたらいいのか分からないから捨ててる』
『…ふーん』
最早「ふーん」としか言えない事なので、仁王のおざなりな返答にも柳生の突っ込みが入る事はなかった。
『日本語の勉強になると思って、最近は届いた日本語のメールも読むようにしているんだけど、殆どが訳の分からない宣伝ばかりで…』
『あー、まぁのう…』
生返事を返していた仁王に、ふと思いついた様にクラウザーが笑いながら言った。
『今はトレーニング中だから持ってないけど、今度、僕とアドレス交換してくれる?』
『ああ、別にええよ?』
厳しい合宿中、トレーニング中は当然携帯の所持は許可されてはいない。
休憩時間やトレーニング後から就寝までの時間ならば、良識の範囲内での使用は許可されているのだが…果たしてこの詐欺師がそれを守っているのかどうかは定かではない。
(磔云々は抜きにして、良い子そうに見えますからね……仁王君の影響を受けて悪い道へ進まなければいいのですが…)
柳生が異国の友人の行く末を結構真剣に案じているところで、またそこに別の人物の声が掛かった。
「あ、皆さーん」
その場に久しぶりに響く日本語は、明らかに女子の声色によるものだった。
姿を見ずとも、その場にいた全員が彼女の正体をすぐに思い浮かべる。
「お、竜崎じゃな」
「お久しぶりです」
「…!」
立海の二人が気軽に声を掛けたのとは対照的に、クラウザーは何故か声が聞こえた瞬間微かに肩を揺らして動揺を示し、それからゆっくりと声の方へと振り向いた。
「…Little Princess…?」
(……ほっほ〜〜〜)
流石は詐欺師の異名を取るだけのことはあるのか、瞬間、仁王はクラウザーの胸の内を読み取って、内心唇を歪めていた。
(プリンセス、か…フツーの感覚じゃあ子供扱いの台詞じゃが、こいつにとってはそうじゃないらしいの…自覚はしとらんようじゃが)
早速そんな思惑を浮かべている間にも、向こうの女子は何も知らないまま無邪気にこちらへと寄ってくる。
「こんにちはー」
「ええ、こんにちは。お元気そうで何よりです、竜崎さん」
「有難うございます、柳生さん」
竜崎と呼ばれたおさげの女子は、丁寧な柳生の挨拶に、同じく丁寧にお辞儀をしながら返した。
合宿参加者はほぼ全員がジャージを纏うこの場所に於いて、セーラー服を着ている彼女は性別の違いからも明らかに関係者ではない。
そのセーラー服も立海のものではなく、名古屋聖徳のものでもない。
彼女は、竜崎桜乃は都内の青春学園の中学一年生である。
女子テニス部に所属しているが、その腕はこのU-18に参加している彼らとは到底及ぶべくもない、ごく普通の中学生である。
しかしそのテニスが縁となり、桜乃は青学のテニス部メンバーのみに留まらず、立海を始めとする他校の選手達とも見知った仲だった。
勿論、それはクラウザーとて例外ではない。
「Hello, Krauser」
「コ…コンニチハ」
お互い相手の母国語で挨拶を返した後、桜乃は相変わらずにこにこと朗らかな笑みを浮かべていたが、クラウザーは仁王達と話していた時とは一転、少し落ち着きを失いそわそわとし始めた。
更によく見ると、クラウザーの顔が若干…僅かに紅潮している様に見える。
基が白色人種なので、そういう点でも変化が分かりやすいのかもしれない。
(わっかりやす〜〜)
ここまであからさまだと最早疑う気力も湧かない…
「ん…何を話してたんですか?」
「おう、別に大した話じゃないぜよ、携帯のメルアドの交換でもするかってな」
「クラウザー君も、日本語の勉強を兼ねてメールを訳す事もしているらしいので」
「まぁ、仲が良いんですねお二人とも」
「かの?」
「!」
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