福引プレゼント
年末商店街抽選所…
「ハズレがティッシュペーパーなのはお約束で、五等は五百円分の商品券に、四等はサラダオイル…」
年末が近くなり、人々が慌しくなる師走…
その日は関東圏でも珍しく雪が降り、それなりに気温も下降傾向だったのだが、それでも休日の商店街の或る一画では、人々が鈴なりに並んでいた。
年末恒例の、その地域の商店街で開催される抽選会…所謂福引である。
海外旅行といった高価なものは無いものの、買った品物に応じてもらえる券の枚数分福引を行い、日用品が貰えるというこのイベントは、主婦の皆様から例年好評を頂いているイベントなのだ。
その並んでいる列には、やはり主婦と思しき女性達が大多数いたのだが、他にも壮年の男性や子供が混じっている。
その少数派の中に一人、赤い髪の若者がいた。
降って来る細雪を物ともせず、ダウンをばっちり着込んで列に並んでいる彼は風船ガムを膨らませながら券に書かれていた景品の一覧を眺めていた。
「三等は洗剤セット、二等はぬいぐるみ、一等は折り畳み自転車、特賞は液晶テレビ…」
律儀に声に出しながら確認をした若者は、ん〜っと少しだけ唸った。
「他はそれなりに必需品だからいいけど…二等に何でぬいぐるみなんかが来たのかがわかんねい」
彼は丸井ブン太。
立海大附属中学の男子テニス部のレギュラーで、ダブルスを得意とし、天才的なボールコントロールを可能にする三年生である。
中学テニス界では立海の名は当然広く知れ渡っており、そのレベルの高さも練習の厳しさも並の強豪の比ではない。
そんなテニス部のレギュラーにまで上り詰めた男なら、さぞや常日頃から己に厳しい性格なのだろうと思いきや…
「福引終わったらパフェ食べよ、その為に引き受けたおつかいだし。えーと、後は俺のガムを買って…お菓子もそろそろ予備が…」
この丸井という人物に関しては常に自分に対して甘い生活を送っている…特に味覚に関しては。
甘いものがとにかく好きな彼は常日頃から菓子類を手放さず、特にガムは、もしこの世からその類が消えてなくなれば、おそらく彼も生きてはいまい…という程に習慣として染み付いてしまっている。
それだけ食べて、他のレギュラーと比べてやや小柄ながらも締まった体型を維持出来ているのは、やはりテニスに関わる運動量の賜物なのだろうか。
無論、彼は痩せる為にテニスをしている訳ではない。
更に、立海の他のレギュラーにいるような、己自身からテニスを精神修行の一環に捉える様なこともしない。
彼にとってテニスは、ただ楽しいスポーツに過ぎない。
だが、好きだから辛いトレーニングもこなせるし、好きだからこそ、それに関して負けることなど受け入れられないのだ。
何かを心から楽しめて、それに打ち込めるというのは才能であり幸せである。
それが丸井にとってはテニスであったということだろう。
本人は、まるでそれが分かっていない様子だが…
(液晶テレビが当たったら、御褒美でちっとは小遣い上げてもらえるかな〜…自転車は弟達と共同で…)
現金な考えを抱きながらも、ちゃんと弟達のことも考えている良いお兄さんの丸井が、ようやく抽選所の中に入っていく。
そこで、まだ残っている景品の名目の一覧を確認すると、特賞から二等まではまだ誰も引き当てていない。
福引そのものが、始まってまだそれ程の期間が経過していないというのも主な理由だろう。
「余り物には福があるっていうけど、余った物に良いのが残ってるって保証もないからなー、よし、デカイ景品来いっ!」
気合を入れ、福引のアイテムである回転式福引器のハンドルに手を掛けて一気に回す。
今回渡した券は五枚…つまり五回の権利がある。
一個目と二個目はハズレ、三個目と四個目は五等…そして最後の五個目…
ころんっと飛び出してきたのは、見慣れない青色の玉。
「お?」
何等だ?と丸井が玉に注目している間に、カランカランと抽選所のおじさんが派手にハンドベルを鳴らして声を上げた。
「おめでとう兄ちゃん! 二等が大当たりだ!!」
「あー…二等…?」
何だったっけ…と思って顔を上げた丸井の目に…
どんっ!!
「……・」
威圧感をこれでもかと撒き散らし、大きな…巨大なクマのぬいぐるみが現れた。
(でかっ!!)
自分の身長程ではなくても、地面に直置きでも余裕で胴に届く大きさだった。
大は小を兼ねる…と言うものの、ぬいぐるみでそれにどういう利益があるのかは不明。
よりにもよって一番興味を持てなかった景品を引き当ててしまい、丸井は暫くその場から動けなかった。
(…いや、確かにデカイ景品来いって言ったけど…言ったけどさ…そういう意味じゃなくってね、福引の神様…)
人の話をよく聞いて…と心の中で無意味な訴えをしている間に、向こうのおじさんはにこにこと愛想も良く丸井にぬいぐるみを差し出した。
「いやぁ、運がいいねぇアンちゃん! イギリスの有名どころが作ったぬいぐるみだよ」
んな事言われたって、ぬいぐるみの出生地なんて知りません。
(…てか…これを抱えて持って帰れと)
基本的に丸井は大らかな性格で、些細な物事は気にしない…隣の人間とのおやつの量の違い以外は。
しかし、流石にこれだけの大きさのぬいぐるみを抱えて持って変えるという行為は、彼であっても憚られた。
(どんな羞恥プレイだよ…)
しかも、この地区は自分の校区でもあり、いつ何時、誰の目に触れるか分かったものではない。
もし知り合いにそんな現場を見られでもしたら…
(…仁王に見られたら、それこそ一生の恥、酒の肴!!…まだ未成年だけど)
とにかく笑いものになるのは必定である。
「えーと…」
どうしようか、と思っていた彼が視線を彷徨わせていると、はた、と隣のコーナーに気が付いた。
『包装はこちらで致します』
(ラッキー!!)
そのままでの移送は恥ずかしいが、ラッピングしてもらえば人目は誤魔化せる!
「じゃあ、折角だから包んでくれる?」
「おし、じゃあ隣へ進んでくれ」
おじさんがあっさりと頷いて、丸井はコーナーを移動する。
下等は包装する必要性のないものが主なので、比較的ここは空いていた。
ラッピングを担当しているのはおじさんではなく、バイトらしい数人の女性だった。
「ラッピングですね、贈り物ですか?」
「う、うんうん、そーなんだ」
こういう状況で『自分用です』と答える勇気ある男は果たしているのだろうか…
(…幸村なら、さらっと言いそうで恐い)
しかも、違和感があまりないのも恐い!
「はーい、じゃあ少々お待ち下さい」
女性達がぬいぐるみを抱えてコーナーの向こうへと運んでいき、作業をしている間、丸井は今度はそのぬいぐるみの置き場について悩み始めた。
(ウチ、そんな広くないしなぁ…弟達も喜んでくれるかは分かんねーし、どーしよー…かといって捨てるなんてもっての他…)
「はい、お待たせしました〜」
「あ、ども…」
思考を中断して顔を上げた丸井が、今度は氷点下まで意識を凍結させた。
ナニかなコレは…
自分の視界の殆どを埋めてしまうどピンクの色彩と、それを飾る色とりどりのカールリボン…
目が覚めるピンクとはこういうものだろうが、目が覚めるどころか、丸井は自分がそのまま永眠してしまうのではなかろうかと本気で心配してしまった。
よく見ると、ピンク色の正体はあのぬいぐるみを包んだ大きなラッピング袋で、その上部がリボンによって結び止められているのだった。
「どうぞ〜」
「…どうも」
かろうじて解凍した脳でもそこまで答えるのが精一杯で、丸井はよろりら…とぬいぐるみを抱えてよろめきながらその場を後にした。
否が応でも刺さってくる人々の視線が痛いこと痛いこと…
テニスをしている時の人々の視線は心地よいが、今のそれは年頃の若者にとっては最早拷問だった。
(も、いい…今日は寄り道しないで早く帰ろう)
これ以上、人目につくところにいられるか!
袋入りのぬいぐるみを抱えながら、むすっと仏頂面で歩いている時だった。
「丸井さん?」
「っ!?」
いきなり名を呼ばれ、丸井は答えるより先に慄いた。
まさか…知ってる奴の誰かに見られた…!?
「……」
おそるおそる声の方へ振り向くと…
「っ!? おさげちゃん!?」
「あ、やっぱり丸井さん」
彼の視線の先には、人ごみの中で佇む、小柄な少女の姿があった。
まさか…と思ったが、どうやら現実である。
「あ、あれ? 何でここに…?」
「いつも同じ場所で買い物してもつまらないから、今日はちょっと探検がてらのお出かけを〜」
戸惑う丸井に、桜乃はにこにこと楽しそうに答えた。
どうやらこの人々が行き交う商店街は、少女にとっても面白いイベントの一つなのかもしれない。
「ふ、ふーん…そう…」
質問していながら、丸井は落ち着き無くそわそわとしている。
うわ…こんな所でコイツと会うなんて…
「…凄いお荷物ですねぇ、プレゼントですか?」
「あ、ああ、これ!? ち、ちょっとな!!」
「? はぁ」
幸いにもこの素直な少女は、男がこういうアイテムを抱えていてもそれを指を指して笑うような人間ではなかった。
今も不思議そうにはしているが、疑いの色など微塵もない綺麗な瞳で、丸井を見上げている。
(…そうだ!!)
ふとある妙案を思いつき、彼は相手に問い掛けた。
「な、なぁ、おさげちゃん。今ちょっと時間ある?」
「はい? ええ、別に急いでませんし」
「じ、じゃあさ、ちょっとお茶しない?」
「え?」
きょとんとした相手に、丸井は丁度近場にあった、自分が行きつけのカフェスポットを指差した。
「一人じゃ味気ないからさ。さっき福引で当たった券があるから、奢るぜぃ?」
「わぁ…いいんですか?」
「おう! じゃあ決まりだな」
ぐい…
(わ…)
「行こうぜぃ!」
手首をしっかりと握られて、少し照れる桜乃に気付く様子もなく、丸井は彼女を店へとエスコートする。
エスコートと言うにはその動作はあまりにも粗雑ではあったが、彼女の足並みを気遣い、人ごみの中で相手がぶつからない様にとの最低限の心配りは見せていた。
(相変わらずだなぁ…丸井さんってば)
子供のようにお菓子が好きな彼は、子供のように博愛主義だ。
恋愛と言う意味合いでの『好き』ではなく、純粋な好意で誰にでも接する。
だから思春期の男子ではあまりやらない異性との接触も、彼はこうして当たり前のように行うのだろう。
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