俺『限定』のプレゼント


「えーと、一番手はこっち、次はその隣町の〜…」
 世は春となり、暖かな陽気に木々が一斉に芽吹き、桜が鮮やかな色彩を誇る頃…
 めでたく立海大附属高校へと進学を果たした丸井ブン太は、その歓びを感じるのもそこそこに、その日も熱心に地方の情報誌を熱心に見つめながら唸っていた。
 場所は配属された教室…因みに休み時間なので、当然彼の行為を咎める相手はいない。
「うーんうーん…」
 授業の時より遥かに熱心に何かを悩んでいるところに、外の廊下を通り過ぎていた幸村が彼の様子に気付いて室内へと入ってきた。
「やぁ、ブン太。何してるの?」
「今年の春の陣についてちょっと…」
「?」
 謎の返事に幸村がひょいっとその雑誌を覗き込み、ああ、と全て納得したと頷いた。
「春は色々と新作が出るからね」
「しかも限定モノも多いからさ、全部制覇するには綿密な計画が必要なんだよい…後は運と軍資金」
「どっちも切実そうだなぁ」
 はふ〜と一息ついてがたん、と椅子の背もたれに丸井が凭れた間に、幸村が「少し見せて」とその雑誌を取り上げた。
 表紙に見えたのは『今年の春限定スイーツ特集』という鮮やかなピンク色のロゴ。
 開いていたページはやはりと言うべきか、立海含む丸井の生活圏内の地域のスイーツ店を網羅している箇所だった。
 その店の一つ一つに、丸井が書き込んだと思われる日にちと時間、そして三桁の数字が記されている。
「このスケジュールでいくんだ」
「部活を休む訳にはいかないからさ、平日はどうしても望みは薄いんだ。だから土日に勝負を賭ける!」
「お腹壊さない程度にしときなよ? まぁ休日の過ごし方は人それぞれだけど…」
「たかが一ホールや二ホール程度のケーキ、何てことないぜい、俺なら」
「食料危機の天敵だなぁ…でも、よく軍資金がもつね」
「春の陣は割と楽なんだよい。この為に生まれてきたようなもんだしさ、俺」
「………ああ」
 相手の言わんとしている事を察して、幸村が苦笑した。
 そうだった。
 彼は、四月二十日生まれ…正に来週、新たに一つ年をとる予定なのだ。
「誕生日プレゼントがその軍資金な訳だ」
「今年も予算申請して無事通過しました」
 ありがたやありがたや、と両手を合わせて丸井がなむなむと拝んでいるのは、スイーツ獲得資金を誕生日プレゼントとして提供してくれた親に対してだろう。
「…君へのプレゼントも一応前のレギュラー一同で考えてるけど、そっち関係の方が良かったかなぁ」
 食べ物じゃないんだよ、と言った友人に、丸井はいや!と激しく首を横に振った。
「それでいい! 流石にメンバーからのプレゼントまで消えてなくなるモノじゃ、ちょっと後々寂しくなるっていうか…多少は形として残しておかないと、数年後の俺がさぁ…」
「君って微妙なところでブレーキ掛かるよね」
 いくところまでいくのかと思えば妙なところで堅実だし…と苦笑した幸村が改めてその雑誌を軽く眺め見て、丸井へと返す。
「一店だけチェックが甘い処があったじゃないか。そこは気に入らないの?」
「ああ…新作マカロンが売りのトコロだろ? 行きたいさ、そりゃあ勿論」
 少しだけ不満げな顔になり、丸井はでも、と続けた。
「限定物を売っているのは都内本店だけでさ、しかも遠いんだよな…通販もその商品はしないって言うしそこに行ったらかなりのロスになるし。行けたとしても目的のものがゲット出来るか分からないし…」
 そして、うるっと瞳を潤ませながら幸村へと顔を上げた。
「どうせ可能性が低いなら、他の店の制覇に費やしてやるもん…別に悔しくなんかねーからな」
(ものすっごく悔しそうな涙目…!)
 全然説得力がないよ、と思いつつ、幸村は敢えてそれ以上は触れなかった。
「けど確かに、春の限定って毎年人気も高いよね。今しか食べられないとなると、人も集まりそうだし」
「そうなんだよ!」
 凭れていた背中をがばりと戻し、両手を握って気を取り直した丸井が力説する。
「限定で数が少ないと、休日でも油断ならねぇの。寧ろ平日に動けるヤツの方が有利だったりするんだよなー」
「学生には叶わない望みだね」
 そして、幸村はふふ、と笑って友人にエールを送りながら教室を出て行った。
「じゃ、週末の善戦を祈願しておくよ、ブン太」
「ん、あんがとー」
 ひらっと手を振って相手を見送った後で、丸井は雑誌の表紙を見てから溜息を一つついた。
「…はぁ」
 そして、そんな友人の姿を廊下へ出た後も見ていた幸村は、歩き出しながらやれやれと同じく軽い溜息をついていた。
「何とかしてあげたいけど、流石に地理的な問題はね…」
 そして自分の教室に戻って何気なく授業で使用する資料を取り出すために鞄を開いてみると…
「…あれ?」
 しまっておいた携帯のライトが点滅を繰り返している。
 メールの着信があったという意味を持つその点滅に、彼は携帯を取り出して中を確認した。
 まだ休み時間は多少残っている。
「…ああ」
 確認してから、彼は何かを納得した様に頷き、深く微笑んだ。
(成る程ね……)
 そして、そのまま幸村の指先は、軽くボタン上を滑ってメッセージを返信欄に打ち込んでいった。

『とっておきの情報があるよ』




 四月二十日当日の放課後…
「うっわ〜〜〜!! 〇×ブランドのテニスウェアー、しかも限定モデルだぁっ!! これ気になってたんだよい! サンキューみんなー!!」
 部活動が始まる前に、前もって準備されていた友人達からのプレゼントを開けた丸井は、高々とそれを掲げ、歓喜の声を上げていた。
 そんな本日の主役に、喜んでもらえたメンバー達も嬉しそうに笑っている。
 いつもは中学生側のコートにいる切原も、今日だけは一緒にプレゼントを進呈する為に、一時ここまで出張してきていた。
「情報源は勿論、柳先輩ッス」
「丸井は表情に出易いからな。何を欲しがっているかを予想するのは容易い」
 言い換えたら「君は単純」ということなのだが、プレゼントに夢中になっている今の丸井にとってはどうでもいいらしい。
「七人揃っていたら、まぁそれなりにイイもんは選べるからの」
「贈る気持ちが金額のみで決められるという卑しい気持ちは持ちたくありませんが、やはり質というのも重要ですからね」
 うんうんと詐欺師と紳士も、至極満足そうに頷いている。
「ありがとー! 部では着られないけど、プライベートで使わせてもらうなっ」
「そこまで喜んでもらえたら、こっちも贈った甲斐があったってもんだなぁ」
「そうだな、気に入ってくれて何よりだ」
 ジャッカルと真田が頷き合っていたところで、ふと幸村がコートの向こうを見て笑った。
「やぁ、お客様だよ」
「ん?」
 同じく他のメンバーが彼の視線を追い掛けると、そこに一人の立海の制服とは異なるものを着た女子がこちらに向かって歩いていた。
 青学の生徒である竜崎桜乃である。
 メンバー全員が彼女とは懇意であるが、今日、誕生日を迎える若者は彼らの中でも一番彼女を気に入っているのだ。
「あーっ! おさげちゃんだっ!」
「お久し振りです、皆さん」
 彼らの傍に来た桜乃は、全員に微笑んで挨拶した後、くるんと丸井へと振り向いた。
「丸井さん、今日がお誕生日だったんですよね。おめでとうございます」
「うん! 有難う!!」
「わ、それ、テニスウェアですか?」
 彼が手にしていたウェアーを見た桜乃が、驚きながらも興味津々の様子でそれを覗きこみ、丸井は得意げにそれを見せた。
「おうっ! みんなが贈ってくれたんだー、カッコいいだろい!?」
 ウェアーを自分の身体に合わせてみて笑う若者に、桜乃がにこっと笑顔で答えて頷いた。
「凄くお似合いですよ。流石に皆さん、センスも良いんですね」
「何が欲しいのかなお嬢さん」
「次の誕生日は楽しみにしていたまへ」
 センスを褒められた切原やジャッカルが、はっはっは、とノリでそんな返しをしている脇で、冷静な柳生達が評した。
「セールストーク一発で騙されるタイプですね」
「まぁ社会勉強じゃ、ほっとけ」
「あ、ひっでーな」
「ジョークじゃないッスか。俺らそんな甲斐性ないですもん」
「自分で言わない方がいいよ、それ」
 幸村が突っ込んだところで、ころころと桜乃が声を上げて笑う。
「ふふ、相変わらず仲良しさんですね…」
 その時、少し離れたコートで、高校のテニス部の部長らしき人から号令が掛かった。
 どうやら、今日の活動が開始される様だ。
「あ、始まるみたいだね…行こうか、皆」
『おう』
 仲間達に幸村が声を掛けている一方で、桜乃が、丸井だけに聞こえる様にこっそりと彼に呼びかけた。
「あ、丸井さん?」
「ん?」
「あの、ささやかではあるんですけど、私からもプレゼントがあるんですよ…今はまだ駄目ですけど、部活動が終わったら、貰ってくれますか?」
「ホント!?」
「ええ…その、他の方には内緒にしてもらえます?」
「? うん、別にいいけど」
 そこに何の意図があるのかは分からないが、こういうのは嫌いではない。
 知りたい気持ちは、時としてびっくり箱を前にした様な高揚感をもたらすものだ。
 しかもそれをお気に入りのこの子がくれるというのなら、部活の時間ぐらい我慢するのは何と言うことはなかった。
 正直、来てくれただけでも…お祝いの言葉をくれるだけでも十分に嬉しかったのだから。
「内緒な?」
「はい、内緒で」
 お互いにしーっと人差し指を口元に立ててこっそりと微笑み合い、そして丸井は軽く手をあげながら向こうへと走っていった。
 今日はいつにも増して、部活にも気合が入りそうだ…


 後のお楽しみがある場合、時間の感じ方がいつもと若干異なることはよくある事で、その日の丸井は部活動の時間がやたらと長く感じられていた。
(あーくそ、まだこんな時間だ…あの時計、壊れてね?)
 校舎の上部に掲げられている大時計を何度も振り返りながら、丸井はラケットを片手に早く時が過ぎるように願った。
 桜乃に、自分の活躍を見せるのも彼の楽しみの一つだったが、今日に限ってはそれよりも相手のプレゼントというのが気になっていた。
(なーんだろな…まぁアイツがくれるんなら何でも嬉しいけど…)
『丸井―、こっちで相手頼む!』
「おっと…はい!」
 上級生からの声が掛かり、彼は気を取り直してラケットを握り、呼ばれた方へと向かった。
 高校に進学してすぐにテニス部に入部を果たしたものの、まだ新参者である事実は如何ともし難く、彼は現在はまだ「ヒラ」の立場。
 しかし、進学することで彼のこれまでの能力値がリセットされた訳ではないので、持ち前のコントロール力はいまだ健在。
 正直、殆どの上級生達と比較しても、「ヒラ」の丸井の方が技術的に優れていると言っても過言ではないだろう。
 だから、彼は焦ってはいなかった。
 ここに入部してまだ一月と経過していないのだ、入部したての一年生なら非レギュラーでも当然だろう。
(けど、絶対にレギュラーになってやるからな…アイツらに先越されて堪るかよい)
 いつもは仲良くしている過去のレギュラーメンバー達だが、それでもテニスに関して言えば好敵手という立場でもあるのだ。
 それなりに付き合ってきたからこそ知っている、彼らもまた自分同様に勝負に関しては非情な程に貪欲なのだと。
 だからこそ負けられない。
 こうして、先輩から相手をする様に言われる程度には実力を認めてもらえるようになったのは前進だが、手放しで喜んでいる訳にはいかない。
 何故なら、それは自分一人の話ではないからだ。
 くるりと周囲を見回すと、自分の他にも幸村や真田達も同様にコートに呼ばれて試合の準備をしている。
 彼らも何気なく振舞っているが、自分とほぼ同じ事を考えているだろう。
 その時、コートの向こうにあの少女の姿も見えた。
 邪魔にならないように静かにしているが、瞳は真剣そのものでこちらを見つめてきている。
 彼女もまた、実力は自分達に及ばないまでも、テニスに向き合う覚悟を持つ者なのだ。
(…アイツに下手なカッコは見せられねーもんなぁ)
 先輩としても、男としても…一番、格好いいトコロを見てもらいたいからさ。
(ま、プレゼントはお預けってコトで、今は天才的な俺を見てもらうか…)
 丸井はぐっとラケットを握り直して、コートの向こうにいる試合の相手に全神経を集中させていた……



丸井編トップへ
サイトトップヘ
続きへ