二週間後…
 立海・男子テニスコート
「ブン太の調子はどう?」
「…別に変わりない。テニスに関しては」
 部長である幸村の問い掛けに、相棒であるジャッカルは虚偽のない言葉を述べた。
「……あれから、まだ?」
「ああ、毎日病院に通って見舞ってる…担当医の話だと、過去に親しかった人間と話したり、そういう事を繰り返す事で記憶が戻ることもあるんだそうだ。必要なのは、過去の記憶を揺さぶる刺激だとよ」
「…そう、なら確かにブン太が一番適任だね」
 あの子と一番仲が良かったのは彼だから、と同意した相手に、しかしジャッカルはくい、とコート向こうに立つ丸井を親指で示した。
「だが、テニス以外のところだとどうも調子が狂ってなぁ……見てくれ、アイツ殆ど口も利かなくなって、ガムも噛まなくなっちまった…あれなら、騒いで迷惑掛けられた方が何倍もマシだったさ」
「……互いに、心の傷は深いね」
 確かあの子が救助された時、手にはガムが握られていたと聞いた。
 それを見る度に、丸井の脳裏にあの日の悲劇が繰り返されてしまうのだろう。
 様子見の入院だった筈が、記憶喪失が発覚した時点で予定は大幅に伸び、あの少女は今も病室にいる。
 毎日、記憶を取り戻す為に簡易なリハビリと…後はただひたすらに安静の日々。
 健全な青少年には退屈で仕方がないだろう…自分もかつてそうだった。
 そして、心の中は、言いようのない不安と焦燥で一杯のはずだ。
(…ブン太が、少しでもあの子の心の慰めになってくれたらいいけど…けれど、ブン太も辛いだろうな)
 あの日以来、丸井は毎日桜乃の元に見舞いと言って通い続けている。
 勿論…彼女には只の友達だったと言って。
 最初こそ、記憶が失われていた事による動揺で丸井を拒絶したかの様な態度を取っていた桜乃だったが、あれから何とか落ち着きを取り戻し、自分の状況を認識してからは、徐々に相手を受け入れる事が出来るようになっていた。
 生来、人懐こい性格だったのも幸いしたのだろう。
 丸井も、自分が完全に忘れ去られていた事はかなりのショックだった様だが、いつか記憶が戻る可能性もあるという主治医の言葉に縋るように、日々、桜乃に会っては他愛のない話をしていた。
 親しかったと言うときっと気を遣ってしまうだろう桜乃を思い、それ程に深い仲でもなく、しかし見知らぬ仲でもない…ごく普通の友達だったということにして。
 自分の心を何も語れず、じっと陰では唇を噛み締め、顔ではおちゃらけた笑みを浮かべて…
 ひたすらに、丸井は桜乃の入院生活が退屈なものにならないように、笑顔で話しかけ、励まし、ねだられた時には過去の話もした。
 そしてその日も、丸井は部活が終わると同時に立海を飛び出し、一路、桜乃のいる病室へと向かっていた。
「ちーっす、おさげちゃん、元気?」
「あ、丸井さん!」
 病室に入りながら挨拶をすると、あの朗らかな声が返って来る。
 あの事故が起きる前と、まるで同じ…違うのは、彼女がかつての『彼女』ではないということだけ。
 それでも彼女は…他でもない『竜崎桜乃』なのに。
「お、元気そうじゃん。良かった」
「もう退屈ですよ〜〜。あ、でもね、明後日には退院出来るみたいなんです、私」
「え? そうなの?」
 だって記憶がまだ…と言おうとして、丸井は口を閉ざす。
 ダメだ、そんな事言ったら、またコイツ、落ち込んじゃうじゃんか…
「まだ完治はしてませんけど、後は家でゆっくり養生した方がいいいだろうって…日常に戻った方が記憶を戻すにもいいんだそうです」
 にこ、と笑う少女だったが、気を遣っているのは明らかで、丸井はそれを不憫に思いながらも極力明るく返した。
「そ、そっかぁ、良かったじゃんか! じゃあ、後は家でリハビリだな。こうして毎日会えなくなるのは寂しいけど、それもおさげちゃんの為だもんな」
「!……え?」
 意外な言葉を聞いた様に問い返す少女に、丸井はだってさ、と説明した。
「おさげちゃんの家に戻ったら、かなり遠くなるしさ。行ったとしてももう夜だし、流石に家の人にも迷惑だもん。けど、俺、いつでもアンタの応援してるからさ」
「……は、い…」
 何となく気が抜けた様な返事だった、いや、実際、抜けていた。
(…そう言えば、そうだった……丸井さん…)
 確か、立海っていう学校の生徒さんだから…そこから都内の自分の家だと距離がある。
 分かっている、納得しないといけない、相手に我侭も言えない…けど…
(…会えなくなるのは…嫌)
 毎日会う内に、明らかに自分の心が相手に傾いていくのを、桜乃はこっそりと感じていた。
 どうして? 記憶は失ってしまったけど、彼と私は只の友人でしかなかったって…
 なのにどうして…こんなに短い期間で、この人の事がこれ程に気になってしまうの?
 私は、本当に…この人と、只の友達でしかなかったの…?
「…そうです、ね」
 頷いた桜乃に、丸井はに、と笑った後であーと少し気が抜けた声を上げた。
「あー、疲れた。今日も結構部活がきつくてさ〜、真田の奴、全然手加減してくんねんだもん…身体はきついし、腹は減るし…」
「うふふふ…本当に、聞いていると大変そうですね…そうだ」
 かつては自分も見ていた筈の立海の部活動についても、まるで未見の様な喋り方をした桜乃が、ぽん、と小さく両手を叩いた。
「…じゃあ、丸井さんに良いモノあげますね」
「良いモノ?」
 何だろう、と思っている丸井の前で、桜乃はベッド隣にあるキャストの引き出しを開けると、そこから未開封のガムを取り出して、はい、と彼に差し出した。
 グリーンアップルのガム。
「!!」
「今日、売店に行った時に、何となく気になって買ったんです」
 声を失っている若者に気付かず、少女は微笑みながらそれを見つめつつ続けた。
「おかしいですよね。私、そんなにしょっちゅう口にする訳でもないのに、気がついたらガムばかり買ってるんです。グリーンアップルだったら、もう間違いなく籠に入れるぐらい…記憶がなくなったら、一緒に嗜好も変わるんでしょうか?」
 はい、と手渡された丸井は、しかし、それに気の利いた答えが返せない。
「…そう、なんだ?」
「それに最近は、時々、ふっと何処かのコンビニが思い浮かんだり…何処かに行かないといけないって思うようになって…行き先は分からないのに、誰かに会いたくてやたらと心が逸ったりして…思い出そうとしたら、頭痛がするんですけどね」
「……」
 そんな残酷な言葉を聞きながら、丸井は、久し振りに味わうガムを思い切り歯で噛み潰した。
(ああ、何だ……やっぱりいるんじゃん…アンタ)
 記憶がなくなって、いなくなったみたいに感じてた時もあったけど、やっぱりアンタはここにいるんじゃん!
 俺の事を知ってるアンタは…まだここに生きてる…また会えるかも、しれない…
「…丸井、さん…?」
 その時、桜乃は確かに彼の瞳に涙が滲んでいるのを見た。
 不意に感じるその違和感に、少女は言葉を失った。
 ありえない…たかがガムを噛んだ程度で男の子が涙を浮かべるなんて…
 そう言えば、彼がガムを噛んでいるところなんて今まで見たことなかった…のに、この光景、初めて見た気がしない…
 でも、どうして……?
 考えていた少女の脳裏に、一つの可能性が閃いた。
(もしかして……この人は…)
 この人の涙の理由が、ガムじゃなくて…私の言葉にあるのだとしたら?
 私は何でガムを買っていたの?
 私は何処に行こうとしていたの?
 私は誰と会おうとしていたの?
 あんなに心を躍らせる程に……会いたいと思っていたのは…誰?
「あの…丸井さん…」
「な、何でもねいっ! ちょっと、ゴミ入った…」
 ぐい、と袖口で涙を拭く男の声が、微かに震えている。
「…丸井さん、私達は、本当に只の友達だったんですか?」
「…え?」
「そんな…何でもない関係だったなら…何で、貴方はここまで毎日、来てくれるんですか…?」
「!……そ、れは…その…単に心配、だから」
 しどろもどろになっていく相手の言葉に、畳み掛ける様に桜乃は続けた。
「じゃあ何で……私、こんなに毎日、丸井さんの事ばかり、考えてるんですか…?」
「え…」
 ぎゅ…
「!?」
 丸井の身体に縋りつき、桜乃はその細い腕で彼の存在を確かめるように抱き締める。
 少しでも、そうする事で彼についての過去を探そうとするように。
「おさげ…ちゃん?」
「……好き、だったのかもしれません」
「!…」
「記憶を失くす前、私、丸井さんの事が好きだったんだと…思います…今だって、大好き……記憶を失くした私が言っても迷惑なだけだと分かってるけど…これだけは、聞いて欲しかったから…」
「……」
 涙で滲んだ相手の告白が甘く痛く丸井の心に突き刺さった。
 本当に、何処まで運命は皮肉なものなんだろう。
 あの日、自分がそれを言うはずだったのに…それを聞く筈だったアンタは、今は記憶を失っていて……
「……俺…」
「……ごめんなさい」
 丸井が何か言う前に、桜乃が先に謝って、ゆっくりと相手を解放した。
 まだ少し涙の跡は残ってはいたが、もう新たなそれは見つけられない。
「…おさげちゃん?」
「……無理に、答えを言わせるつもりはないんです……もしかしたら、私の片想いだったのかもしれないし…こういう聞き方は、フェアじゃないですよね」
 笑おうとしている相手の顔を見つめて、若者は椅子に座ったまま暫く身体を揺らしていたが、意を決した様に口を開いた。
「…あの日さ…俺、おさげちゃんに言わなきゃいけないコトがあったんだ」
「…?」
「どうしても言いたい事だったんだけど……結局言えなくてさ。今のアンタにも言える言葉だけど、そうしたら、きっと気弱になってるアンタの心につけこむ事になっちまうだろうから…だから言えない」
 そこまで言って、彼は居住まいを正して桜乃に真っ直ぐ目を向け、断言した。
「でもいつか…いつかアンタの記憶が戻ったら、その時にはちゃんと言うから」
「丸井さん…」



「…いつか、か…いつになるかも分からねーのに」
 その夜の帰り道、丸井はあのコンビニの前の、事故現場に立って呟いていた。
 あの日から毎日…病院通いが始まってからはその帰り道、丸井は決まって必ずここを訪れていた。
 別にあの子が死んだ訳ではないし、寄る必要もない。
 只、彼女の失った記憶の欠片のようなものが、その辺りに落ちているのではないかと、そんな馬鹿な妄想が止まらないのだ。
 ここに暫く佇んで…辺りの変わらない道を見つめ…何も変わらないままに溜息をつきながら帰路につく…そんな毎日だ。
「…俺って、現金な奴」
 あの子があんな不幸な目に遭っているっていうのに…今日、自分は告白をされて、嬉しいと思ってしまっていた。
 そのまま、その告白に便乗してしまいそうになっていた浅ましい想いは、何とか押え付けたけど…正直、やばかった。
(けど…いつまでもつかな……次に会うのが、何だか恐いや…)
 あんな事を言ったけど、果たして我慢出来るだろうか…?





「……ここが私の部屋?」
「ああ、そうだよ。自分の家なんだから、気にせずに自由に振舞っていいんだ。もし困った事があったら、何でも言うといい」
「有難う…お祖母ちゃん」
 二日後、桜乃は丸井に伝えていた通りに退院を果たし、自宅の部屋に戻っていた。
(…結局、あれから来なかったな…丸井さん…)
 祖母の仕事の都合で午後遅くの退院になった為、今はもう夕方だ。
 斜陽が射し込む部屋は、何処か懐かしいような…しかし、やはり思い出す事は出来なかった。
 祖母が席を外して一人きりになった後も、桜乃は暫く、所在なさげにその場をうろうろと歩き回っていたが、徐々に家具や調度品に触り始めた。
「机…こっちにタンスがあって…ベッド…ここで生活していたんだ…私」
 どんな事を考えて、ここに座っていたのかな…勉強して、時々遊んだりもして…
「…あれ?」
 何だろう、フォトアルバムが立てかけてある…
 何気なくそれを取って開いてみた瞬間、桜乃の目が見開かれ、意識は完全にそちらへと向けられた。
(……丸井、さん…)
 彼だ。
 自分と一緒に映っている彼が、こちらに視線を向けて、笑っていた。
「……」
 夢中になってページを捲っていっても、全ての写真に彼が映っていた。
 時には彼だけの写真で…時には自分と一緒にテニスコートで…
 ああ、やっぱり…彼は私にとっては只の友達なんかじゃなかったんだ。
 だって、こうして彼が写っている写真ばかりをこうして収めて、こんなすぐ傍に置いていたんだもの…!
 ずきん…っ
「…っ」
 痛み出す頭を押えながら、桜乃は、脳内をぐるぐると巡る情景を見ていた。
 コンビニ…道路…腕時計…ガム…ペットボトル……
「…なに…これ…っ」
 その情景の向こうに、あの人がいる…赤い髪の優しい人が…笑っている。
(痛い…! けど…行かなきゃ…!)
 何故かは分からない…でも、行かなきゃいけない気がする…
 桜乃は必死に痛みを堪えながら、家の外に出て、ふらふらと歩き出した。
 目的の場所も分からないのに、足がいつかの記憶を頼りに勝手に動いていた。
 治まることのない頭痛に苛まれたまま前を見ると、もう一人の自分が先に立って歩いている。
 見慣れない服を着ていたけど、間違いなく自分の後姿。
「……こっち、なの…?」
 ゆっくりゆっくりと、桜乃はもう一人の自分の後姿に導かれながら、知っている様で知らない道を進んで行った。
 どれだけの時間が経過しただろう…見たことはあるだろうが、覚えのない景色と、常に苛む頭痛に邪魔されて、正しい時間の感覚が掴めない…それでも彼女は歩き続けた。
 そして、緩やかだった少女の歩みが、一つの曲がり角を曲がったところで…急ぎ足になった。
(あそこは……!)
 見覚えがある、あの交差点と、傍にあるコンビニは…いつも自分の脳裏に浮かんでいた場所だ。
「……え?」
 そして、コンビニの前に近づくにつれて、桜乃は再び歩みを遅くする。
 あそこにさっきから立っているのは…もしかして…?
「…丸井、さん?」
 間違いない、彼だ。
 鞄とテニスバッグを持っているところを見ると、部活の帰りだろうか?
 コンビニに寄っていたのかと思ったものの、彼はずっと道端に佇んでその角ばかりをじっと見つめるばかりで、買い物にしては様子がおかしい。
「…丸井さん?」
「…っ!?」
 名を呼ばれ、呼んだ相手の正体を知った丸井の表情が強張った。
「…おさげちゃん…?」
 彼女が退院した後も、やはり癖が抜けなくて今日も目的もなくここを訪れていた男にとっては、予想だにしていない再会だった。
 何で、アンタがこんな所に…?
 まさかここで自分が事故に遭ったのだとは知りもしない少女は、偶然出会った若者の存在に驚きながらも、久し振りに会えた嬉しさに頭の痛みにも構わずに駆け出していた。
「丸井さん…っ」
 しかしその途中、既に暗くなっていた辺りの所為か、足元にあった小石につまづいて桜乃は大きく前に傾いでしまう。
「っ!! 危ないっ!!」
 転倒する間際、流石に反応が速かった丸井が急いで数歩前に踏み出し、少女の身体をしっかりと胸の中に抱きとめた。
 多少の衝撃はあっただろうが、固い地面に激突するよりは余程ましだっただろう。
「…大丈夫かい? おさげちゃん…」
「…………」
 相手は、転倒を免れた後、丸井の胸の中に留まったまま、何も言わない。
「……おさげちゃん…?」
 どうしたんだろう…と顔を覗き込もうとした彼と、ようやく顔を上げた桜乃の視線が合って、そして、彼女は不思議そうに若者に尋ねていた。
「………あれ…? 丸井さん…私…どうして、あれ?」
「え…?」
 何か、驚いて動揺しているのかと思ったら、今度は桜乃は丸井の胸の中から立ち直りつつ、きょろきょろと辺りを見回し、目を大きく見開いている。
「え!?……な、何でもう夜、なんですか?」
「…はい?」
 何を言っているのだろう…と困惑が丸井にまで伝染する中で、今度は自分の服を見直した少女がいよいよ大騒ぎを始めた。
「うそっ!? 服まで変わってる…!! な、なに? どういう事!? あれ? ガムとお水もない…ええ!?」
「ちょ…お、おさげちゃん、まさか…っ」
 まさかこれって…都合のいい自分の希望なのかもしれないけど…!
 丸井は勢いのままに相手の両肩をがしりと掴み、じっとその瞳の奥を覗き込んだ。
 もし、自分が思っている事が正しければ…彼女はきっと予想している答えを返してくれる筈だ。
「あ、あのさぁ、おさげちゃん……今日ってさ、何月何日だったっけ?」
「え…?」
 どうして?と首を傾げる娘だったが、相手のあまりに真剣な表情に圧されてしまったのか、理由を尋ねる事もなく、問われるままに答えた。
 あの運命の日…忘れようもない、その日付を。
「〜〜!! おさげちゃんっ!!」
 記憶が…戻ってる!!
 何故、どうして、と疑問を感じることよりも先に、丸井は思い切り相手に抱きついていた。
 久し振りに、心からの笑顔を浮かべて。
「きゃ!!」
「おさげちゃん! おさげちゃんが戻って来た!! おさげちゃんっ!!」
「まっ、丸井さん!? ど、どうしたんですか!?」
 あの日、あの瞬間の前に時間が戻ってしまった桜乃は、何が起こっているのか全く分からない様子で、ただ丸井になされるがまま声だけを掛けていた。
 どうやら、過去を失っていた間の記憶は、すっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。
 デートに出かけて、気がついたら午前中だった周りが夜の光景に変わっていたら、それは驚きもするだろう。
 自分だって驚いている…けど…それ以上に嬉しい。
「は、はは…良かった…」
「……一体、何が…」
 戸惑うばかりの少女に、ぐっと顔を離し、しかし相手の間近にそれを寄せたまま、丸井は遂に約束の言葉を言った。
 約束をしていた…記憶が戻ったら必ず言うと…だから!
「…あのさ、俺、アンタが大好きなんだ」
「っ!? ちょ…」
「一杯話さなきゃいけないコトがあるんだ、説明もしなきゃいけない…! 沢山やる事あるけど、でも、今はこれだけ言わせて! 俺、おさげちゃん…桜乃が大好きなんだ!」
 初めてのデートを始める前にいきなりの告白をされた事になる桜乃は声を失い、見つめてくる相手の真っ直ぐな視線からそれを逸らすことが出来ない。
(ど、どうしよう……どきどきしちゃう…まさかそんな、いきなり…?)
 実は夢見ていたことではあったけれど、心の準備もないままに聞かされたら…心臓まで止まってしまいそう…!
「あ、あの…」
 戸惑いはしたが、桜乃の心の中で答えはもう決まっていた。
 上擦った声で、緊張のあまりに途切れがちになった桜乃の声が、小さいながらも相手の耳に届く。
「あり、がとうございます…私も…」
 決死の覚悟を以って、桜乃は相手に答えた。
「……すき、です…丸井さん」
「…うん…知ってる」
 そう言われた桜乃が、不思議そうに彼に尋ねた。
「…知ってる?」
「ああ、アンタが教えてくれたんだ…こないだ」
「ええ!? い、い、いつですかっ…?」
 自分、全然覚えてないんですけど…!?
 慌てふためく少女に笑いながら、丸井はそっとその鼻先にキスをした。
「!?」
「…それも、ちゃんと教えてやるから」
 だから、約束してよ。
 もう二度と、俺の傍から離れたりしないで、ずっと一緒にいるってさ……






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