二つの太陽(後編)


 翌日…
「昨日は竜崎来なかったな…知り合ってから初めてじゃないか?」
「ふ、ふーん……そうだっけ?」
 朝練が終了し、教室に戻ったところで、丸井は相棒のさり気ない指摘に曖昧な返事を返していた。
 胡乱な返事だったがそのぐらいの事は自分も認識しているし…気に掛かってもいた。
 あの話題をした後にどんな顔をして会おうと思っていたら、結局本人は来ないで肩透かし…
 意外だと思ったが、それより意外だったのは、来なかったあの娘のコトが心配になって落ち着かない自分の心だった。
(ジャ、ジャッカルの所為だからな…あんなヘンなコト言うから、意識しちゃってんだ、きっと!)
「お…丸井」
「ん?」
 呼ばれ、ジャッカルが指差した教室のドアの方へと目を遣ると…おさげの少女がドアの向こうからこそこそ、と顔を覗かせてこちらの様子を伺っていた。
「あ、竜崎…」
 昨日の昼と放課後に会えなかっただけなのに、随分と久し振りの様に思え、何故か嬉しく感じる。
 またいつもと同じ様にこちらに寄って来るのか…と思っていた丸井だったが、次の展開はあまりに予想外だった。
『桑原先輩』
「へ?」
「…俺?」
 ぱくぱくと口だけを動かしていたが、明らかに向こうはそう呼んでいた。
 丸井ではなくジャッカルを呼んだ少女は、今もじっと視線をジャッカルの方へと向けている。
 いつもなら丸井の事を呼ぶ相手の意外な行動に、二人ともが困惑したが、やがて呼ばれるままにジャッカルがドアの方へと向かっていく。
 呼ばれなかった丸井は…何となく動けずに、自分の席で彼らの様子を見ているしかなかった。
 桜乃は傍に来た先輩に頭を下げて挨拶し、見慣れたナプキンで包まれた弁当箱を何事か言いながら相手へと手渡している。
(え…まさか…!)
 まさか、今日の差し入れ弁当、俺じゃなくてジャッカルに!?
(何で!?)
 何か理由があるのでは…と淡い期待を抱いた若者だったが、肝心の少女は一言もその理由について語ることもなく、そのまま去ってしまっていた。
 その後、残された弁当を抱えたジャッカルは、困惑した表情のまま丸井の方へと戻って来ると相手が何かを言う前に、その弁当をひょいっと彼の机に置いた。
「…え?」
「お前に渡してくれってさ、今日の弁当」
「え?」
 じゃあ、これってジャッカル宛のじゃなかったのか?
 いつもの通り、俺に持って来てくれた…なら、どうして俺に直接渡そうとしないんだ?
「な、何で?」
「知らん、『渡しておいてくれ』って頼まれただけだ…どうしたんだろうな」
 聞きたかった質問を、逆に問われてしまったことで、丸井は無言を守るしかなくなった。
 学校に来ていた…という事は、昨日から何か病気で休んだりしてはいなかったという事だ。
 それには単純に良かった、と安心出来る。
 けど、昨日来なかった理由と、今日、さっきの彼女の行動…何か意味があるものなのか?
「よくわかんねーけど、昼休みにでも聞いてみるか」
 あいつはいつも、昼休みにも俺の所に押しかけるし、その時にでも聞いてみよう…
 そう思った丸井だったが、その日の昼休みも、そして放課後も、結局桜乃は彼の目の前には現れてくれなかった。
 しかも、その異常な日は一日では済まなかった。

 翌日…
『桑原先輩』
「お、竜崎?」
「……」
 いらっ…

 二日後…
『お早うございます、桑原先輩』
「また俺か?」
「……」
 いらいらっ…!

 三日後…
『お願いします、桑原先輩』
「いいのか? 丸井と話さなくて」
「……」
 いらいらいらっ…!!

 以降の桜乃は、いつもの様に朝の休み時間に教室を訪れるのに、呼ぶのはジャッカルばかりで、彼を通じて弁当を渡してくるようになったのだ。
 仮に自分が寄って行こうとすると、電光石火の速さでその場からいなくなってしまう。
 これまでは女子に傍に寄られない事の方を好んでいた丸井だったが、既に四日目にして忍耐の限界に達していた。
「何でオメーばっか相手にされるんだよいジャッカル〜〜〜〜ッ!!」
「八つ当たりだ〜〜〜っ!!」
 結局その日も桜乃は丸井と一切の接触を持つ事無く去ってしまい、彼はその怒りをぶつける様に相手の胸元を掴み上げていた。
 別に何も示し合わせたりしていないジャッカルにとっては、正に言い掛かりと言う名の八つ当たり。
「俺は何にもしてねーって! お前こそ、何か避けられるようなコトしたんじゃないのか!?」
「してねーよい!」
 苛立たしげに怒鳴ったが嘘ではない。
 もし心当たりがあったら、今の様に悶々とするコトもないのだ。
 相手の意図するところが分からないから…余計に苛々する。
「…ま、だろうな…ホントに嫌われてんなら、弁当とか差し入れ自体なくなってるだろうし」
「……」
「けど、お前にとっては良かったんじゃないのか?」
「あ?」
 この状況の何処がいいんだよ、と睨む相手に、ジャッカルは肩を竦めながら呆れた様子で言った。
「理想的じゃないか。美味しいモノは貰いたいけど傍に寄られるのは嫌なんだろ? 今の状況はお前の理想にぴったりだと思うが?」
「!…そりゃ…」
 そうだけど…確かに俺、そう言ったけど…
 ぎゅ、と持っていた差し入れの弁当のナプキンの結び目を握り締めながら、若者は言われた理想と自分の置かれている現実とを比較する。
(確かに言ったよ、寄られるのは嫌だって…騒がれたくないって…けど…)
 思い浮かんでくるのは、あのおさげの子の人懐こい笑顔。
 よく飽きないもんだ、と憎まれ口を叩きながらも、それでも俺は、アイツの前でなら笑えていたよな。
 アイツになら、寄られるのも悪くなかった、よな…?
「……」
 沈黙の後、丸井は何かを決めた様に自分の席へと戻るべくジャッカルに背中を向けた。
「…取り敢えず、今日は絶対に理由を聞かせてもらう」
「ほー」
 どうやら相手は本気らしいと察した相棒が感嘆の声を漏らすと、向こうは空いている左手でぐっと握りこぶしを作って宣言した。
「んでもしジャッカルに乗り換えたってコトだったら、シメてやる!」
「おいおい、暴力は…」
「ジャッカルを」
「俺かよ!?」



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