一方新聞組は、皆が或る記事を先へ先へと読み進めていた。
「え? ○△町で、詐欺グループ逮捕…」
「ああ、知っている。ここ最近ウチの地区で起こっている振り込み詐欺の犯人だろう、結構大きな被害額で、俺も逮捕されたということしか知らなかったが…」
「逮捕の決め手になったのは、ある匿名の通報だとよぃ」
新聞組が静かに新聞に集中している様子をちらっと珍しそうに柳生が見て、そして彼は続けて仁王に向き直った。
「仁王君なら、固定商品になるように働きかけられませんかね」
「何じゃ、いきなり」
「いえいえ、仁王君の能力なら、その会社の開発、営業担当者も上手くその気にさせられるのではないかと」
相棒の評価に、仁王は口を開けて笑った。
「ははは、そりゃ幾らなんでも買いかぶりすぎっちゅうもんよ、柳生。幾ら俺が詐欺師と言われとっても、そこまでは出来んじゃろ。向こうから見たら俺はただの中学生じゃよ」
「うーん…そうですかねぇ」
出来そうな気がするんですが、と食い下がる柳生の前で、制服に着替え終えた仁王はネクタイの締めに取り掛かる。
それを見る柳生の耳に、あの三人の新聞の音読が聞こえてきた。
「郵便局で、老女が詐欺グループに騙されてATMに振り込もうとした時に、不審に思った隣の客に引き止められ…」
「その中学生か高校生ぐらいの客は、老女の携帯を受け取ると孫と偽って相手と話し出し、その詐欺グループを逆に騙して相手の裏口座を聞き出しながら、見回りの警官に通報…その後も巧みな話術で時間稼ぎを行った」
「口座は緊急措置で凍結され、この時の逆探知によりグループも後日全員逮捕。しかしお手柄のこの男は何も言わずに立ち去っており、現在、警察が名乗り出るよう呼びかけを行っている。特徴は長身の細身、銀色の髪…」
『……えっ?』
暫くの間、沈黙が続いた…
誰も何も言わなかったが、彼らの視線は一点に向けられている。
途中から話に聞き入った柳生も、ある程度までは理解し、肝心なところは少なくとも完全に理解していた。
全員、何となく顔色が青い。
まさか…まさか…
いや、そんな、だって、中学生が…って、新聞にそう書いてあるし…
幾らなんでもそこまで…本物の、プロの詐欺グループ相手に立ち回れる中学生がそうそう二人もいるわけない…ってか、いたら困る。
考えたくはないが、俺の持っている全ての情報を併せて考えてみても…やはり、考えたくない。
意を決して、最初に声をかけたのは、パートナーの柳生だった。
「に…仁王君…?」
その時には仁王は既にネクタイを締め終わり、ドアの方を向き、結果彼等には背を向けていた。
柳生は呼びかけたものの、どうしても後に言葉が続かない。
果たして、帰ってきた返事は…
「ピヨッ」
顔は見えないが、何となく、笑みを含んだような声。
肯定でも否定でもない一単語だったが、それで察するには十分だった。
(やったのか…!!)
(やったんだな!!)
(この仮定を否定する因子、完全に消滅…)
犯罪を犯した訳ではないが、プロの詐欺グループを騙し、人生のどん底へ叩き落した相手の影の所業。
それを知って脱力した皆を残し、当の本人である仁王はさっさと部室を後にする。と、去り際に、手にしたペットボトルを軽く上げ、振り向いて柳生ににっこり笑顔。
「柳生、有難うな」
詐欺師の笑顔
その屈託のない笑顔に更に新聞組は毒気を抜かれたが、流石に相棒は立ち直りも早かった。
「…どういたしまして」
仕方ないですね、と笑う柳生の向こうでは、丸井とジャッカルが心なしか震えながら小声で囁きあっていた。
『俺、ぜってー仁王は怒らせねぃ…きっとケツの毛まで毟られる…』
『良かったな…予習のお陰で良い事一つ学んだじゃねぇか、点数悪くても気にするな』
そこに、仁王と入れ替わりで真田達が入ってきた。
「仁王は行ったか…ん? どうした皆?」
無論、事情を知らない副部長は顔色の冴えない部員達を訝しそうに見回したが、誰も理由を答えない。
唯一彼の片腕でもある参謀の柳だけが、その細い眉を僅かにひそめて応じた。
「答えることは出来るのだが…俺の心の奥の何かがそれを拒否している。多分皆も同じだ。テニスに直接関わりはないし、皆の健康状態に支障を及ぼすものでもない…気にするな」
「ふむ…? お前が答えられんとは珍しいこともあるものだ。しかし、別に答えられんというものを無理に言わせるつもりもないがな」
柳の言い分に嘘偽りはなかったが、真田の潔さに今回は救われる形になった。
「すまないな、弦一郎」
謝る柳の前で、既にその話題を忘れた様に真田が切原の頭を小突いていた。
「赤也! 急がんと授業に遅れるぞ!」
「いってーっ! 暴力反対ッスよ! 副部長!!」
最後まで賑やかな二人だったが、実は彼らこそが事実を知らずにいられた、ある意味での果報者だったのかもしれない…
それから時は少し過ぎる…
「……」
ある朝、柳生は通学路の途中の自販機前で足を止め、その見本の一つを見つめていた。
見覚えのあるボトル…いつか仁王に気を利かせて買ったことがある。
季節限定販売という触れ込みだったのだが、『意外と』人気が高くリクエストも多かったということで、再生産が決まったという話を何処かで聞いた。
(…やっぱり)
真実はどうだったかは知らないが、柳生は何となく予想していた結果にそう心で呟いた。
「よっ、柳生。おはようさん」
「あ、仁王君、お早うございます。今日も良い詐欺日和で」
後ろから呼びかけられて振り向くと、自分のパートナーがいつもの様子で立っていた。
柳生が自分に向き直っている間に、仁王は相手が何を見ていたかを何となく察し、少しだけ笑みを深くして自販機に近づいた。
「ああ、これ、再販売が決定したんじゃと」
「その様ですね、仁王君も嬉しいでしょう?」
「おう、結局あの時の限定販売モノの中で、これ以上のお気に入りは無かったしの。これは今も結構飲んどるし」
「そうですか」
会話の合間に仁王はそのボトルを二本買うと、一本を柳生へと軽く投げた。
「おっと」
「ごちそうしちゃる、飲みんさい」
パスされたボトルと相手を見比べて、柳生も笑った。
「いいんですか?」
「ああ、あん時のお返しじゃ。何だかんだで奢られっぱなしじゃったからな、これであいこじゃろ」
仁王の気遣いに、柳生は素直に頷き、ボトルを受け取ることに決めた。
「では遠慮なく頂きますよ」
「おう」
「詐欺師なのに、律儀ですねぇ」
「何言うちょる、俺と柳生は親友じゃろ? 詐欺師は相手を選んで罠に掛けるもんじゃよ」
「…なるほど」
そこまであっさり言われると、最早返す言葉もない。
『行こう』という相手の腕のジェスチャーに、柳生は相手と共に歩き出した。
「ぼちぼち行くぜよ、遅れて真田にどやされたらたまらん」
「ええ、行きましょう」
今日も、良い天気である。
了
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