サンタとプレゼント
十二月…言うまでもなく年の最後の月。
否が応にも世間が何かと盛り上がる季節である。
寒い中でも人々はせわしなく行き交い、それぞれの手には色々な荷物が抱えられている。
そして、この時期、街の中には赤と白の色が目立つようになる。
クリスマスには欠かせない存在…サンタクロースだ。
「サァー、イイ子の皆には、クリスマス・プレゼントをあげヨーネー」
「わーい!!」
今日も、ある小さな店の前で、ちょっと舌足らずなサンタクロースが大きなお腹を揺らせて子供達と遊んでいる。
言葉は通じるがいかにも出稼ぎの外国人といった口調で、それが微妙なリアリティーを醸し出している。
店からの支給品なのだろう、サンタの背後には小さな可愛い包装をされた箱が詰まれており、サンタはそれを一個一個、子供達の頭を撫でながら渡してゆく。
夕方になって寒さがきつくなっても、流石に子供は風の子、面白そうにサンタに纏わり付いている。
「ほら、帰るわよー」
しかし、子供達は一人、また一人…と母親に呼ばれて去ってゆく。
そして、辺りに子供がいなくなり、サンタの周りが少し広くなったと感じられた時、店の陰からこっそりと覗き込む陰があった。
おさげが腰まである、まだ学生だろう少女は、こそこそと影からサンタと彼の背後に詰まれた箱の山を見つめていたが、何かを決心したようにたたーっと箱の山に近寄ると…
『ぽん』
自分が持っていた箱を、その山の奥に入れ、再びたたーっと走り去って行った。
その箱は、配られていた箱と同じように明らかにプレゼント用の青の包装がなされており、同じ色合いのリボンまで付けられていた。
きっと、誰かへの贈り物…或いは自分が貰ったものだろう。
少女はそれを何も言わず、こっそりと置き去り、その場には明るいサンタとプレゼントの山というクリスマスの何気ない一風景が残るだけだった……
きぃ…きぃ…
夕暮れの赤い光の中で、ブランコが揺れる。
遠慮がちにゆっくりと揺れるブランコを、動かしているのはあの少女だ。
足で軽く地面を蹴る度に、おさげもゆっくりと揺れる。
夕暮れを見つめる瞳には、ためらいと苦悩の色が儚く揺れる。
ブランコを漕ぎ出して、既に十分…ため息の数が二十を数えた時、
『ぽん』
「!?」
肩を叩かれ、振り向いた少女の瞳に映ったのは、真っ赤な色…と真っ白な色
「ハーイ! おジョーさん、元気ナイねー!!」
「ひあっ!」
そして、耳に飛び込むやけに大きな声。
びっくりして肩を竦めてしまった少女の瞳には、あの道端で子供達と遊んでいた、拙い発音のサンタが映っていた。
本当の顔は殆ど白い髭と眉に隠されていて、伺い知ることが出来ない。
老いているのか、若いのかすらも、くぐもった声調からははっきりしなかった。
「は…あ…どうも…」
「ダメよ、おジョーさん、そんなカオしてると福ニゲテくねー! スマイルスマイル!」
本当に、絶妙に多国語が入り混じった台詞…でも理解出来てしまう。
「はぁ…」
やけに明るい空気に押されっぱなしの少女は、おどおどとしながらサンタを見上げ、ブランコから立ち上がる。
「…おジョーさん、ワスレモノね。大事なモノでしょ!」
「あ…」
立ち上がり、こちらを向いた少女に、サンタは手にしていた一個の箱を差し出した。
それは数多く積まれていたものではなく、明らかに少女がプレゼントの山の中に隠しいれた、たった一つの箱。
見た瞬間、それを手放した張本人の顔が明らかに強張り、彼女の表情の変化を、白い眉の向こうに隠れた瞳は見逃さなかった。
「…おジョーさん、何かワケありね」
「…それは…」
ためらいの言葉を呟くも、手を伸ばして受け取ろうとはしない相手に、サンタはぶんぶんと首を振って派手なジェスチャーで応じる。
「いけないネー! 楽しいプレゼント、嬉しいプレゼント、忘れるのはヨクナイよー、でも、捨てるのはもっとヨクナイ!」
きつく責める口調ではなく、寧ろ笑いのこもった口調で諭すサンタは、今にもモンキーダンスまで踊りだしそうな程に無駄に明るい。
(…ラテン系の人なのかな…)
「おジョーさん、お名前ハ?」
「は…はい…あの…桜乃…です」
「オー、サクノちゃん。イイお名前ネー、意味、分カラナイケド」
「…どうも」
褒められても、果たして喜んでいいものなのか、分かりかねる…
「サクノちゃん、これはダメね、これはワタシ、運べないヨ」
サンタは手にした箱を元の持ち主に見せ、残念そうに言った。
「コレ、サクノちゃんの気持ちが入ったプレゼント。そういうのはね、本人しか、運べないノ。ワタシ達が運ぶのは、ワタシ達がソレゾレの子供達に選んだプレゼント。ワタシ達、宅急便ジャないからネー」
「…そう…ですか…」
捨てるぐらいなら、誰か他の人に渡ればいいと思って置いたんだけど…
仕方なく、桜乃はサンタから自分が一度は置き去ったプレゼントを受け取った。
青い包装紙は、いかにも男性向けの贈り物といった感じだ。
「コイビトへのプレゼント?」
「ちっ…違います!」
サンタの質問に、桜乃は慌てて首を振った後、顔を俯けて言った。
「…ただの…お友達、みたいな感じ…ううん、向こうはそうとも思ってないかも。テニスが大好きで、凄く上手い人で…私なんか全然、眼中にないっていうか…」
「ソオ? こんなにカワイイ女のコなのに、勿体ナイネー」
なで…と少女の頭を撫でると、サンタは今度は自分がブランコに乗る。
そして彼にジェスチャーで促され、桜乃も再び彼の隣のブランコに乗った。
「…渡さないノ?」
端的な質問に、桜乃はちょっとだけ唇を閉ざしたが、見ず知らずの相手だから却って答えやすかったのか、少しずつ言葉を選んで答えた。
「何だか…渡しそびれちゃって…誕生日プレゼントのつもりだったんですけど、私、勇気ないからずるずる延ばして…今日まで結局、渡せないで…」
「フーム?」
頷き、髭をいじるサンタは、真っ直ぐに遥か彼方に見える夕日を見つめている。
「多分、この調子だと…明日も明後日も…それにもう、イヤになって」
「イヤ?」
サンタが少女に視線を戻すと、最初より彼女の頭が下がり、顔が見えない位に俯けられていた。
「…うじうじ悩んでいても仕方ないって、分かってるのに…毎日そうするしかない自分が、すごくイヤ…」
「……」
「だから、もう忘れたくなったんです……それを置いて行ってしまえば、もう、渡すこともなくなるだろうって…分かってます、卑怯だってことぐらい…」
「ヒキョウ?」
「あ…ズルいって…ことかな」
「ああ、ああ…ソウ」
何度か頷いたサンタは暫く考え込むとすっとブランコから立ち上がり、ブランコに乗ったままの桜乃の前に立った。
「…サクノちゃん、勿体ナイネー」
ため息と共に呟かれる言葉。
「え?」
「勿体ナイヨ。そんなに悩む程のステキな気持ち、捨テルのは、勿体ナイ」
「…素敵なんて…そんな良いものじゃ」
「違ウネー、ステキな気持ちだから、ソンナニ悩む。小さな気持ちナラ、すぐ忘れるヨ。デモ、ずっとズット悩んでるのは、ソレダケ大事だって知ってルカラね」
「……それは」
桜乃は、返答できずに口を噤む。
大事なのは、自分がよく知っている…
相手のことを考え、店を回り、ずっとずっと吟味してようやく決めた贈り物。
包装紙とリボンをかけたのは贈り物だけでなく、自分の心もそうだった。
そう…大事な気持ちだ。
「ソノ気持ち、このまま捨てるの、勿体ナイ…サクノちゃんしか、伝えられないノニネ」
「だって…多分、あの人には迷惑…」
「…ワタシはネ、タークサンの国を回る。沢山のコドモに会って、ミンナが良い子にナルヨウニ、プレゼントを配るヨ。デモネ、世界にはプレゼントを届けられないコドモもいる、何故か、分カル?」
「……?」
「ソレハネ…プレゼントをシラナイコドモだから。プレゼントが欲しいと思ッテクレナイト、ワタシ達の世界ニハ、届かない。だから、無理」
「…プレゼントを知らない?」
今ひとつ実感出来ない、と首を傾げる桜乃に、サンタの奥の瞳が悲しげに光った。
「ソウ…世界には、プレゼントを知らないコドモ、沢山いる。戦争デ親を亡くしたコドモ、プレゼントじゃなくて武器ヲ貰って、戦争ニ行かされて、死ンデしまう子もいるヨ」
「………」
「日本ハ平和ネー。何でもアル、何でも買エル…コンナニ物に溢れた国は、世界でも珍しい。贅沢、トテモ贅沢…デモ、無駄遣いもオオイ」
サンタはそこまで言うと、桜乃に手渡したあのプレゼントを指差した。
「折角、こんなにステキナプレゼントあるのに、サクノちゃん、無駄にスル…ソレモ無駄遣い」
「う…」
「…サクノちゃん。もしそれをプレゼントして、断られたら、ソレハ無駄になるの? サクノちゃんの気持ち、無駄ダッタと思う?」
「……れは…」
答えられない。
自分の気持ちを打ち明けて、それがもし叶わなかったら…
きっと、悲しいだろう、きっと、泣いてしまうだろう。
それはとても恐いことで、出来れば想像もしたくないこと。
でも、それはきつく辛い出来事であっても、『無駄』と呼べるものなのだろうか…?
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