「サクノちゃんが諦めたら、ホントウの無駄ネ」
「!」
「渡して悲シイ結果ニナッテモ、ソレデモ、君ニハ大切な思い出が残るハズ。痛イかもしれない、辛いカモシレナイ…デモ、キット大切ニナル思い出……恐いカナ? 傷ツクコトハ。ジャア、心ヲ無駄ニするのと、ドッチが恐い…?」
「………」
桜乃は、悩んでいる様子でじっと自分の手に戻された箱を見つめている。
そしてサンタは、そんな少女を上から見下ろし、見守っている。
「…サンタさん」
サンタを振り仰いだ少女の瞳には、まだ不安の色が見え隠れしている。
「ナーニ?」
「…迷惑…じゃないって思いますか…? 私の勝手な気持ちを…相手に押し付けるのは」
「ワタシ達サンタは、一年のウチたった一日…クリスマスのタメだけに、子供達にプレゼントを考え、選んで、ソシテ、喜ンデくれるコトを願って生キテイルヨ。プレゼントはトテモ尊いモノ。ソノ人を想イ、手にする時を思イ、笑ッテくれる瞬間を想う…ソノ人を認メ、祝福スルコト。迷惑トイウモノトハ、最も遠イ」
「そう…かな…」
「ソンナ人だと思ウノ? 君ノ好きな人ハ…?」
「…いいえ」
「ジャア、ダイジョウブ」
ぐっと親指を立てて、サンタが髭と眉の奥で笑い、桜乃もつられて笑った。
「…お帰リナサイ、サクノちゃん。そのプレゼント、君モ幸せにナルことを祈ッテイルヨ」
もうすぐ暗くなる。
冬の夜が訪れるのは、夕暮れからは本当にあっという間だ。
サンタに促され、桜乃は言われたとおり、家へ帰ることにした。
「サンタさん、有難うございました…あの、お名前は…?」
「ハハ、サンタはサンタネー。ニポンのコとこんなに話シタのは初メテ。楽シカッタ!」
豪快に笑ったサンタは、桜乃が先の曲がり角を曲がるまで見送り、振り返る彼女に手を振り返した。
「…さて……」
一言、呟く。
今までとは明らかに違う声…
少女が消えた後、サンタもまた元来た道を辿り、最初に立っていた店の前まで戻った。
辺りが暗くなり、彼がそこに戻って程なく、店の中から声が掛かった。
「お疲れさーん、もう上がっていいよ」
サンタに店員が声を掛け、その声に従って彼は店の奥の倉庫へと移動する。
そこには、店の責任者と思しき中年の男性がエプロンを掛けて在庫の確認をしていたが、サンタの帰還を見て白い歯を見せて笑った。
「よう、お疲れさん。今日はすまなかったなぁ、お父さんの関係でこんな雑用任せちまって…」
「…いや? 稼がせてもらいましたよ」
さっきまで桜乃と話していた時の舌足らずな口調や、賑やかな性格は既に無く、サンタは至極冷静で、流暢な日本語を操りながら、ぐいと帽子を取る。
そこから現れたのは、眩いばかりの銀の髪。
続いて付け眉と付け髭をむしりとり、彼はようやくその素顔を晒した。
「おや、そうなのかい?」
「ええ、欲しいラケットあったんで、父親にそれを条件として呑んでもらいました」
「ははは、そうかそうか、そう言えば、雅治君はテニスをしていたね」
店長が笑いながら話す間、サンタの正体…仁王雅治は、じっと脱いだ帽子と付け髭を見つめていた。
(まぁ…楽しかったしのう)
楽しかった、と心で言いながら、その表情は冴えない。
(…ありゃあ多分、相手は越前だな…全く、相変わらずの鈍感振りじゃよ……しかし、俺もまたお人好しな真似をしたもんじゃ…)
こっそりプレゼントらしき箱を置いていった少女の態度がおかしかったから、こっそり付けてみたが…あんなに寂しそうな背中を見た所為で、無視も出来なくなってしまった。
話を聞いてやってから、つい背中を押す真似をしてしまったが……
「…惜しかったかのう」
あの子がウチの部と交流を持つようになってから、自分自身、何とはなしに気になっていた。
素直で、可愛い…守ってやりたくなるような、とてもいい子だ。
あの子が越前に目を向けてなければ、俺を好きだと言わせてみても良かったが…意中の人がいる相手に流石にそこまで悪人にはなれん。
自嘲気味に呟かれた言葉は、本人以外に聞かれることはなかった…
翌日
「仁王君、今日は練習には参加するんでしょう? 昨日は家の都合があると言ってましたが…」
「ん? おう、今日はいつも通り参加じゃ」
立海で、仁王はいつもの様に授業を受け、放課後に同じダブルスの柳生から部活参加の是非を尋ねられていた。
「今日はクリスマスですね」
「ああ、俺達には関係ないがの…ま、刺激的な出会いってのもそうないじゃろ」
「刺激的…ですか?」
「そ、こう心臓撃ち抜かれる様な、そういう出会いがあったらのう…俺もその気になるっちゅうもんじゃが、なかなかおらんの。そういう相手は」
「…仁王君は、理想が高いと思いますね」
「そうかの」
「あなたと張り合える程に詐欺が上手い女性となると…却ってお付き合いを止める事をお勧め致します。捕獲するための罠かもしれません」
「柳生よ、お前の頭の中では、俺は一体何処に売り飛ばされるんじゃ…」
親友の忠告にしても物騒すぎる…
はぁ、やれやれ…と頭をかきながら、仁王はいつもの通り部室へと向かった。
「あ、仁王先輩?」
部室に行くと、非レギュラーの部員の一人から声を掛けられる。
それ程親しくはないが、顔は覚えており、間違いなくウチのテニス部部員の一年生。
「おう、どうした?」
「丁度、伝言を預かりました。サクノって人から、時間があったら少しだけ正門前に来てくれないかと。時間は取らせないと言ってました」
「…桜乃」
昨日の今日で、今度は一体何の話だ…?
いや、昨日は少なくとも、あのサンタが俺だとはバレてはいない筈…
(何じゃ?)
バレてはいないとは思うが、かなり気になる…
「…分かった、ありがとさん」
一年に礼を言うと、仁王はすぐにそのまま正門前に向かう。
立海とは違う制服のお陰で、少女の姿はすぐに確かめることが出来た。
部活はこれからだが帰宅組の下校時間は既に過ぎており、今日という日のイベントもあってか、人通りは殆どない。
「よう、竜崎。どうしたこんな所まで」
「あ、仁王さん…こ、今日は」
相変わらず長いおさげを揺らして、桜乃は仁王に律儀に一礼する。
昨日会ったばかりではあるが、仁王は無論、それを匂わせることもなく普段どおりの反応を返した。
「ああ、久しぶりじゃの。俺に用とは何じゃ? 悩み事なら、出来る限りで相談には乗るぜよ。詐欺の遣り方については企業秘密だがな」
昨日、サンタの姿で背中は押したが、まだ足りんのか…?
もし自分に同じくアドバイスを求めるというなら、まぁ、もう一押しぐらいはしてやってもええの…と思っていた仁王の目に、鮮やかな青の色が飛び込んできた。
「これ…仁王さんに」
「あ…?」
青の物体をよく見た仁王の瞳が大きく見開かれ、一瞬彼の言葉が失われる。
(あれは…!)
バレないようにとあくまでも普通に振舞い、いかにもそれを初めて見たというような反応をしつつも、この時ばかりは、流石の仁王もかなり苦労した。
あれは…昨日の、あの青い箱…!?
越前にやるんじゃなかったのか…!?
「は…え?」
「す、すみません…本当は…本当は、お誕生日に…あげたかったんですけど…ダーツの矢です…お好き、でしたよね?」
「………」
そう言えば…自分、越前と同じ十二月生まれじゃったの……
そして、青色が好き…それもリサーチしとったんか?
「おっ…遅くなって、今日になってしまったんですけど…! あの…貰ってもらえればって、思って…」
桜乃は真っ赤になって、こちらとまともに視線を合わせることも出来ず、かなり緊張している。
対し仁王は…まだ、目の前の状況が信じられない様子だった。
昨日のサンタの正体を知らない桜乃から見たら、突然のことで戸惑っているように見えただろう。
「あの…ダメ…ですか?」
「あ…ああ、いや…」
桜乃の質問に、はっと我に返った仁王は、取り敢えずはその箱を受け取るとそれと桜乃を交互に見つめ、箱を持ち上げながら言った。
「こういうのは…お前さんは越前にやるもんと思っとったがのう…それとも、誕生日にはみんなにプレゼントしとるんか? 律儀じゃの」
「い、いえ、違います……その…仁王さん…だけ…」
「……」
更に顔を赤くして、それだけ言って俯いてしまった桜乃に、仁王はじっと視線を向けて離さない。
俺だけ…?
じゃあ、昨日の、テニスが好きで、桜乃をお友達とも思っていない様な鈍感男というのは…もしかして、自分!?
「…え、越前君は…テニスの楽しさを教えてくれたけど…私、が…一緒にいて一番楽しいのは……仁王さん、だから…」
「…俺と?」
「…はい」
「……」
そんな事を言われるとは、流石の詐欺師も思っていなかったのだろう。
(…何だか…ミョーな感じで、嬉しいのう…)
今まで告白されたことは無いことはないが…こんな感情は初めてじゃ…
それに、今までの告白に対しては断ってばかりだったが、彼女は…
珍しく、運動以外のことで心拍数が上がっている。
「仁王さん!」
「え…?」
不意に呼びかけられて再び桜乃に目を向けた仁王は、そこで先程とはまるで違う表情をした彼女を見た。
強い意志…何か大きな覚悟をしている人の目だ…
これが…さっきまであの気弱そうな表情を浮かべていた少女なのか…!?
「私…後悔しませんから! 仁王さんが、どんな答えを返しても…絶対後悔なんかしません!」
「……」
「迷惑なら、はっきり断って下さい。私、仁王さんのお邪魔はしませんから…だから、私に遠慮して、優しい詐欺にかけたりはしないで下さい」
昨日、自分と別れてから、どれだけ彼女は思い悩み、そして決意したのか…
きっぱりと強く言い切る少女に、揺ぎ無い覚悟が見える…
その覚悟を真っ向からぶつけられ、仁王は滅多に覚えることのない戦慄をゾクリと背中に感じた。
(何じゃ…これは…)
テニスの勝負の時とはまた違う、この心の高揚感は、何だ…?
胸に銃口を押し付けられているような、そんな感じにも似ている。
もしかして、サンタの時に、俺は彼女の何かのスイッチを押してしまったのか…?
「…詐欺師の俺は手強いぞ」
心に喜びすら覚えさせる震えをもたらした少女に、仁王は挑むように笑って言った。
そして…
「…じゃあ、私がその手の内を全部、見てあげますから」
「!」
引き金が、彼女の手によって引かれた…
怯むこともなく、『かかってらっしゃい』と言わんばかりの宣戦布告…しかも笑いながら。
どん、と胸を強く叩かれたような感覚に、僅かに仁王の身体が傾いだ。
越前が好きじゃなければ…と思っていたら、実は自分が好意の対象で、更に、好きと言わせる為に画策する前に、向こうから先制攻撃を食らってしまった。
俺の目はいつからこんなに鈍くなった?
いや、それとももしかして、彼女相手だったから……?
(…もしかして…俺は、ずっとこの子を見誤っとったんか…? この、俺が…?)
「? どうしました仁王君、上の空ですよ」
「……ああ」
部室で、テニスウェアに着替えた相棒が呼びかけても、仁王は暫く無言のままで、部室のベンチに座っている。
「気分でも悪いんですか?」
「いや…そうじゃない……ちょっとな、ダメじゃ」
「はい…?」
「…撃たれた」
言って、自身の胸を指す。
「心臓を、一撃……致命傷じゃ」
「は…?」
「…俺としたことがのう…」
まさか、あの子が…越前ではなく俺に…
そして、自分がこんなにも…あの子を欲しいと思ってしまうなんて…
(本当に…やられた…こんなクリスマス・プレゼントは初めてじゃ)
ここまで不意打ちを食らったのは、サンタの姿を騙った罰なのだろうか?
してやられた、と思いながらも、あの戦慄を思い出すと笑みが自然とこぼれてしまう。
騙し返す、ではなく、そのまま受け止めるってことか…
(…お前さんなら、出来るかもしれんな…いや、逆に騙す気も失せちまうか)
それもいい、と思う。
時には、騙すことも忘れ、本音を言い合うことも…相手がお前なら…
了
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