数時間後…
「何か…恐ろしい程に段取り良すぎやせんか…?」
「何の話です?」
 はふはふ…と夕食を食べている桜乃と向かい合わせに座り、仁王は目の前に並べられた来客用の食器とそれらに盛られた食事を、ひきつった表情で見つめていた。
 本日の夕食、土鍋で鶏雑炊、風呂ふき大根、酢のもの、すまし汁、おまけに仁王限定で卵酒。
 因みに起きだした今、彼はピンクのどてらまで着せられている。
「早く食べないと冷めちゃいますよー。何か嫌いなものがありましたか?」
「寧ろこういう色のどてらをお前さんが持っている事実にこそ疑問を呈したい…」
「寒いだろうっておばあちゃんが送ってくれたんですよ。あったかいでしょ?」
「本気で言うちょるお前さんが素で恐ろしいのう…」
 他の人間の目に触れる様な事があれば、無論断固拒否の格好だが…この天然娘の前では無駄な心配か。
 どてら姿のまま、仁王は已むなく、むぐむぐむぐ…と相手の手作りの夕食に口をつけた。
「…ん、旨い」
「そうですか? 良かった」
「薄味じゃし、さっぱりしとるのー。あまり食欲もなかったんじゃが、これなら食べられそうじゃ」
「疲れている時は、あまりこってりしたもので内臓に負担を掛けるのも良くありませんから。あ、おかわりありますよ」
「うん」
 元々が小食がちで偏食も激しい男だったが、今日のメニューは身体にも優しく、好ましいものだったらしく、ぺろりとほぼ全部を平らげてしまった。

 夕食メニューが効いたのか、卵酒が効いたのか…それから暫し食休みを取った後、流石に男が家に戻らなければならない時分には、かなり彼の調子も改善している様子だった。
「すまんかったのう、ここまで長居するつもりはなかったんじゃが…」
 玄関先で別れを告げる先輩に、桜乃は微笑みながら相手を気遣う言葉を述べた。
「仁王先輩が、少しでも体調が楽になったなら良かったです。でも帰ってからも、お大事にして下さいね」
「ん……なぁ」
「はい?」
「俺以外の奴が来ても、お前さんは…」
「え?」
「……」
 問い掛けた質問を途中で止め、仁王はいつもの皮肉の笑みを唇に浮かべた。
「や、何でもないんじゃ…邪魔したの」
「? はい」
 そして外に出て、玄関のドアを閉め、向こうが鍵をかけた音を確認してから、仁王は息を吐きながら夜空を見上げた。
 街の明かりが眩しく、数多の星達はその姿を隠してしまっているが、月明かりだけは今日も鮮やかだ。
「…どうかしとる…やっぱ、少し熱がある様じゃな」
 訊いたところで、どうにもなりはしないのに…
『俺以外の奴が来ても、お前さんは、今日みたいにそいつにも優しいんか?』
 その答えがどちらであっても、それは彼女の自由であり、自分が口を出せる領域の事ではないのに…
 何より自由を愛する自分が、拘束される辛さを知らない筈がないのに…
 自分は、それを聞いてどうしたかったのか?
 どんな答えを、自分はあの娘に期待していたのだろう?
 自問してから答えを探す前に、詐欺師ははっと自嘲の息を吐きだした。
 やっぱり、今の自分はどうかしている。
(…風邪、早く治さんとなぁ)


 数日後の休日…
「あら?」
 その日、とある総合百貨店に足を伸ばしていた桜乃は、中をぶらぶらと歩いている内、とあるインテリアコーナーの一画で足を止めた。
「へぇ…こういうのがあるんだぁ…」
 物珍しそうにその見本を見ていた桜乃が、ふと視線を上に向けて何事か考える。
「ん〜〜…うーん……うん」
 何か考えが纏まったのか、それから彼女は近くにいた店員に声を掛けた。
「あのう…これ、欲しいんですけど…」


 そして更に数日後の放課後…
「だからどーして毎回毎回懲りもせず忍び込むんですかぁ〜〜〜!!」
「だって居心地いいんじゃもーん」
 すっかり体調不良も全快したらしい仁王は、この日もいつもの様に桜乃の部屋に不法侵入を果たし、こたつでの自分の指定席に潜り込んで暖を取っていた。
 頭をテーブルの上に乗せ、ぬくぬくと温もっている彼の前には、剥かれた状態のみかんの皮が二つ分。
 こたつの上にあった籠の中のそれらを拝借した事は目に見えて明らかだ。
「ちゃんと理由を話してくれたら、拒否したりしないのに…」
「そんな普通のやり取り、面白くもないし退屈じゃろうが」
「お願いですから普通に対応させて下さい…」
 げんなりとした桜乃に構わずごろごろと頭を机の上に乗せていた仁王が、ふと気付いた様に、にゅ、と顔を少女へと向けた。
「…こたつ、変えたんか?」
「? いいえ? 同じのですよ?」
「ふぅん…?」
「…って、何潜り込もうとしてるんですか!」
 また居座る気ですね!?と追及して来る桜乃の言葉を聞き流しながら、仁王がこたつに潜り込んで横になった…ところで、彼は改めてその違和感に気付いた。
 身体が横になっても、上のテーブルに引っかからない!
「…ん?」
 その理由を探るべく、こたつ布団を軽く捲って辺りを検証していた仁王が、脚の末に何か立方体の様な物が装着されている事実に気付く。
 そうか、これの分、こたつの高さが上乗せされていたのだ。
 見ると、単なる硬質プラスチック製品の様だが…?
「これは…?」
「あ、こないだお店に行った時に見つけたんですよー。こたつの高さを調節出来るんですって。仁王先輩、横になる時に辛そうだったから、これがあった方が楽かなって…」
「……ふーん」
「?」
 意味深な男の笑みを含んだ言葉に桜乃がきょとんとすると、向こうがにっと唇を歪めてきた。
「で? 『此処に俺が来る時の為』にわざわざ買ってくれたんか? 金まで払って」
「っ!!」
 言い当てられ、桜乃がは、と口元に手を当てて、真っ赤になってゆく。
 何とも無防備で無自覚な発言をしてしまったものだったが、もう後悔しても遅い。
「あっ、あのっ…! べ、別に先輩じゃなくても私だって横になったりするし…っ!!」
「そーかそーか。じゃあご期待にお応えして、これからも遊びに来てやらんとなー」
「〜〜〜〜っ!!」
 ぱくぱくと口だけを動かし、しかし言葉は継げなくなってしまっている桜乃に背を向け、仁王はもぞりとこたつむりになってしまった。
「…はは」
 何故か、笑みが浮かんでくる。
 何故…いや、理由はもう分かってはいる。
 分かってはいるが、それをあっさりと納得するには勿体ない。
 だから、理解は後回し。
「何笑ってるんですかぁ」
「さての…けど何か、嬉しいんじゃよ……真っ赤になったお前さんが、可愛いからかもなぁ」
「!?」
 だからもう少しだけ…何の打算も策略もなく、ただ心のままに笑ってしまおう。
 拘束とか自由とか、難しい事は考えずに。
 可愛いお前の、照れた顔を眺めながら……





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