真夏の夜のデート


 本作品はPS2の「ドキドキサバイバル」というゲームを題材として書いております。
 ゲーム上はオリキャラの女子が主人公ですが、本作品では全てをブッチして桜乃がメンバー達と遭難したという設定になっておりますので、その上でお読み下さいませ〜


 真夏の陽射し、青く抜ける空、翠豊かな自然…
 紛うことなきバカンスの絶対条件…なんだけど……
(遭難してなかったらもっと楽しめたんだろうけどなぁ…)
 青空はこんなに澄んでいるけど、やっぱり心の何処かには晴れようもない暗雲が存在している。
 その理由は分かっているのに、自分ではどうしようもないことがもどかしくて仕方ない。
(おばあちゃん、大丈夫かなぁ……絶対、絶対、ここにいるよね)
 青学の一年生、竜崎桜乃は、自分が何処にいるのかも分からない状況の中で、ここにはいない祖母の身を案じていた。
 どうやら自分は無人島にいるらしい…
 そして、人の気配が無いのにも関わらず、過去に人の営みがあったのだろうと思わせる施設を見つけ、そこを借りて過ごし始めている。
 一人ではなく、複数の同年代の男子達と。
 今、自分は、施設の一つである炊事場で、ぼんやりと空を眺めている。
 どうしてこんな場所に留まることになってしまったのか…
 切っ掛けは些細な事。
 知り合いと一緒に南国でバカンスを楽しもうという企画が持ち上がり、丁度合宿に赴く青学レギュラーを含む男子生徒達と共に大型客船に乗り込んだ…までは良かった。
 ところがその航路の途中で大型台風に遭遇し、船が座礁、沈没(?)した為に自分達は救命ボートに乗り込んで、船を脱出…一夜をボートで過ごして辿り着いた先がこの孤島だった。
 実際…ボートの中でどんな事があったのかは覚えていない。
 沈没、脱出、とあまりに大きなアクシデントが立て続けに起こった所為で、自分もパニックに陥っていたのか、気を失っていたのか…記憶がないのだ。
 船を出てから最初の記憶に残っている光景は…今日と同じ様な青空と、自分を心配そうに覗き込んできていた…
「竜崎?」
「あ…」
 不意に背後から声を掛けられ、振り向いた桜乃が淡い笑みを浮かべると、いつの間にか後ろにいた銀髪の若者も、同じ様に笑みを返してくれた。
「こんにちは、仁王さん。今日も暑いですね」
「ああ、そうじゃの…しかし、暑いからってそんなに口開けて空見とると、ホコリまで食べちまうぞ?」
「え! そ、そんなに大口開けてました!?」
 ぎょっと驚きながら自分の口を押さえる少女に、銀髪の男は今度はにっと意地悪な笑みを浮かべた。
「雛鳥みたいに餌でも欲しいのかと思ったぜよ」
「きゃ―――――っ!!」
 恥ずかしい〜っ!と慌てる少女に、仁王は声を上げて笑い、ぽんぽんと大きな手で彼女の頭を優しく撫でた。
「嘘じゃよ、ま、そんなに言う程じゃない…あんまり気を張らん様にせんとな」
(あ……)
 温かな手で触れられ、桜乃は微かに頬を染めて俯いた。
 こんなに優しくされると、あの時の事を思い出す…この島で目を覚ました時…
『良かった、目を覚ましたようじゃな…大丈夫か?』
 朦朧としている意識の中で、乱れ髪を除け、冷えた頬を優しく撫でながら自分を気遣い励ましてくれた人…それが彼、仁王雅治だった。
 中学テニス界の群雄割拠の中、王者と呼ばれて久しい立海大附属中学という強豪校に於いて、レギュラーの座を得ている若者である。
 最近の試合でも『コート上の詐欺師』と呼ばれていたのは記憶に新しいが、普段こうして話している分には特に害はない…まぁ話をはぐらかされる事はよくあるのだが。
 それでも、初対面が『詐欺師』と呼ぶにはあまりに優しかった為、桜乃はそれ以来すっかり仁王に懐いてしまっていた。
 もし相手が桜乃を避けるようであれば、彼女は無理に近づくことはしなかっただろうが、幸い向こうにその気はないらしく、用事があってもなくても歓迎してくれている。
 それに、遭難時にはぐれてしまった自分の祖母を思いしょげている時には、まるで心の中を読んだ様に気遣ってくれる、丁度今の様に…
「…すみません、ご心配をお掛けして…」
「ええよ、心配して当然っちゅうことぐらいは分かっとる…けど、一人で考えるのは感心せんの、暗い方へ考えがちになるじゃろうが」
「…ここに来てもう三日ですから、慣れたと思っていたんですけど……やっぱり仁王さんにはばれちゃいますね」
「詐欺師の俺を騙そうなんて、お前さんには…」
 そう言いながらじろじろっと少女の姿を眺めた男は、少し考えた後で断言した。
「百億光年早い」
「そんなにー!?」
 まさかそんなには!と、がーんっとショックを受けている桜乃に、当たり前だとばかりに仁王は腕組みをして頷いた。
「お前さんに限ってはのう〜〜…そこまで素直じゃと、こっちもまるで張り合いがないと言うか…」
「そ、そ…そんな事ないですよう…」
「ふぅん…? お、何じゃお前さん、ほっぺにゴミ付いとるよ?」
 ひょいっと自分の頬を示しながらそんな事を言い出した仁王につられて、桜乃もひょっと自身の頬に手をやった。
「えっ? どっちに…」
 しかし、どちらの頬にもゴミなど付いてはおらず……
「言ってる傍からこれじゃ」
「あ―――――んっ! また騙された〜〜〜〜っ!!」
 悔しそうに叫ぶ少女をくっくと面白そうに笑って見ていた仁王のところに、彼の後輩である切原赤也が歩いてきた。
「仁王先輩? 真田副部長が呼んでたッスよ?」
「おうそうか…やれやれ、今度はどんな難題じゃ」
 ここに来ても相変わらずテニスや鍛錬に夢中らしい仲間に苦笑いを浮かべた仁王は、後輩に一回頷いた後に再度桜乃に振り返った。
「邪魔が入ったようじゃ…ま、話せて楽しかったがの。お前さんは今から夕食の支度か?」
「はい…その前にお箸が幾つか駄目になっちゃいましたから作っておこうかと思ってるんですけど……えと、あれ?」
「? どうした?」
 仁王の言葉を切っ掛けに、自分が今からやるべき仕事を思い出した桜乃が、炊事場の小物を収納していた棚を探りながら首を傾げて答える。
「いえ…ここに小刀があった筈なんですけど、誰かが持って行ったのかしら…うーん」
 小さな薪を削って箸を作ろうと思っていたらしい少女は、何度も棚を見返していたが、やはり目的のものは見つからない様子で、ちょっと困った顔をして頬に手を当て考えている。
(包丁を使う訳にもいかないし…戻ってくるまで別の仕事を見つけようかな…)
「竜崎?」
「はい…?」
 そんな彼女の目の前に、見慣れない折り畳みナイフが差し出された。
 仁王が彼女に差し出したそれは、柄の部分も全て金属製の滑らかな輝きを放つもので、結構見た目から管理が行き届いているような印象を受けた。
「これでいいなら貸しちゃるよ。右利き用だしな…・怪我せんように気をつけるんじゃよ」
「え、いいんですか…?」
「ああ」
「わぁすみません、じゃあお借りしますね…え?」
 受け取ったところで、微妙な違和感を感じた桜乃は彼を見上げた。
「…今日って、仁王さん、別に探索とかありませんでしたよね」
「そうじゃよ?」
「テニスのトレーニングと試合ばかりでしたよね、午前中」
「そうじゃな」
「どうしてこんなの持ち歩いてるんですか?」
「ピヨッ」
 肝心なトコロは教えないとばかりに思い切り誤魔化しにかかった相手に、少女はちょっとだけ眉をひそめて苦笑した。
「もう…」
 そして、彼を連れに来た切原と偶然目が合ったところで、相手にも軽く会釈する。
「こんにちは、切原さん。お疲れ様です」
 桜乃はあの生意気な越前と同じ学校ではあるが、彼と比べたら遥かに素直で可愛くて優しいので、切原も彼女に対しては特に敵対心は持たず、寧ろ友好の念を持って接してくれている。
「ああ、アンタも頑張ってんな。色々と俺達のサポートしてくれてサンキュ…にしても…」
 そこまで言った後輩は、仁王と桜乃を交互に見つめてやけに沈んだ表情を浮かべた。
「仁王先輩に目ぇ付けられるなんて気のど…いてててて!!」
「そろそろ行こうかのう赤也…俺まで真田のカミナリを受けるのは勘弁じゃ」
 桜乃の死角で切原の脇腹を力一杯抓った仁王が、にこにこと笑いながら相手を引き摺って連れて行く。
「じゃあの、もし水汲みとか力がいる仕事があれば、呼んでくれて構わんよ」
「はぁ…あ、仁王さん、このナイフはいつ…」
「いつでも用が済んだ時に返してくれたらええよ、ほんじゃな」
 桜乃の質問を読んで、全てを尋ねられる前に答えを返すと、仁王はすたすたすたと切原と一緒にコートへと向かって行った。
「あいててて…いっきなりこれはないッスよ! 仁王先輩」
「やかましい、余計なコト言おうとするからじゃろ」
 炊事場からかなり離れたところで、切原は先輩の仕打に対して苦言を呈したが、相手は謝る素振りは皆無できっぱりと相手の方を断罪する。
「…別に嘘言ってる訳じゃないっしょ」
 むーっとまだ不満を顔に表しながら、切原は仁王に言い返す。
 この先輩は、常日頃から暇があると他人の心を読み、欺き、振り回す。
 自分以外の人間は、全て自分のおもちゃだとは流石に思ってはいないだろうが、何処か冷めた一面を持っているのは確かだ。
 そんな彼が、娯楽が少ないこの島に来たことで、てっきり暇潰しの標的をあの娘に定めたと思っていたのだが…
「あんまり暇潰しで遊ぶと、後で竜崎先生から何言われるか分からないッスよ?」
「先生じゃろうと大統領じゃろうと、俺がそんなのに構うと思っとるんか?」
「…ま、そうでしょーね」
「……因みに、赤也」
「は?」
 呼ばれて振り向いた切原の背筋に、一瞬で液体窒素がぶちまけられた様な冷気が襲う。
 ただ、見据えられているだけなのに。
 何の脅しの言葉も無かったのに。
 相手の…詐欺師の瞳が、言い知れぬ恐怖を後輩の身に直接刻み込んでいた。
 睨んでいるより、今、唇に笑みを浮かべている方が何故こんなにも恐ろしいのか…
「俺がアイツを暇潰しにしとるなんて、噂でも間違ってアイツの耳に入ったら…お前さん、生きてこの島から出ることは期待せんことじゃ」
(いいいい……!!!???)
 脅し…だろう、あくまでも。
 禁忌を犯さない様に、あくまでもきつい戒めをしているのだと思いたい…のに、今自分が感じている身の危険は、明らかに本物だった。
「……返事は? 赤也」
「り…了解ッス」
 身体が震えそうになるのを抑えながら、切原はそう答えるので精一杯だった。


 それから時間は緩やかに流れ、日は高みから山陰に隠れ、それに伴い闇の帳が降りて来る。
 桜乃は無事に箸を作り終えた後も、食べ盛りの若者達の胃袋の管理を一手に引き受けるべく料理に勤しみ、食堂に集まった彼らに手作りの夕食を振舞った。
 元々が料理が得意だったことも幸いし、彼女の作った食事は概ね好評だった。
 しかし、喜んでばかりもいられない。
 食事が終了したら、今度は当然、後片付けが待っている。
(ううっ…何だか旅館の女将になった気分…)
 女将は寧ろ上に立って指揮する立場だろうが、そこまで考えが回っていないらしい。
 水が豊富なのは助かった、と感謝しながらも節水を心がけ、全員分の食器を洗い終わると、炊事場も片して本日の仕事はあらかた終了…
「ふう〜〜〜」
「竜崎?」
「はい?…あ、手塚先輩?」
 青学の部長であり、今回この島での活動を指揮する立場である一人の手塚が桜乃に声を掛けてきた。
「何ですか?」
「うむ、すまんが、それぞれのコテージのランプオイルを確認してくれないか? 残量がそろそろ心許ない処もあるそうだから補充をしなければならんのだが、俺は今から跡部の処に報告に向かわなければならなくてな…」
「あ、そうなんですか」
 この電気がない孤島では、夜の灯りというのは非常に重要だ。
 今のところは危険な動物は認められていないが、全てが把握出来ていない以上は、油断も出来ない。
 幸い、ランプオイルの確認と補充の仕方は前にも見て知っているし、自分でも出来る程度の作業だ。
 それに、きっと他のメンバーは昼の活動で疲れてるだろうし…
「いいですよ? じゃあ、私が見回っておきますね」
「すまんな、有難う」
「いえ、お安い御用ですよ」
 それからまた一仕事。
 補充用のオイルを片手に、一つ一つコテージを見て回り、少なくなったランプは取り外してオイルを補充し、再び所定の位置に取り付けてゆく。
 軽作業ではあるものの、一箇所だけでなく、複数の場所を巡るのでそれはそれで大変だったのだが、結局桜乃はそれを一人でやり終えてしまった。
「よし、終わり…っと」
 最後のコテージを回ったところで、桜乃は大きなのびをして空を眺めた。
 今日は雲も少ない所為か、月光が降り注ぎ、何とはなしに周囲が明るい気がする。
 しかし、それもおそらくはランプの灯りに頼っているところが大きく、これを消せば辺りはたちまち闇に包まれるのだろう。
(広場の人ももう殆どいなくなっちゃったし…もうそろそろ就寝の時間だもんね。明日も早いし、私も戻ろう…)
 それから桜乃は、自分に割り当てられたコテージへと戻り、濡らしたタオルで軽く全身を拭いてパジャマへと着替えた。
 バカンス先で着るつもりだったものだが、どうもこの遭難先でこういうのを着ると場違いに思えて仕方ない。
 それでもやはり身体を休めるにはこれが一番…と自分に言い聞かせながら、桜乃はおさげを解いてその艶やかな黒髪を遊ばせた。
「ふぅ…さっぱりした。明日は時間があったら滝に行って泳ごうかな…」
 そんな事を考えながら、自分が着ていた服を床から持ち上げた時…
 かたーんっ
「!?」
 何か固いものが床に落ちた音を感じた少女が、そちらへと目を遣ってあっと小さく叫んだ。
「いけない! 仁王さんの…!」
 ナイフ…借りたままだった…!!
 夕食後に返すつもりでいたのに、うっかり、ランプオイルの方にばかり気が向いて、ポケットの中に入れっぱなしだったんだ…
「ど、どうしよう…何かずっとばたばたしてたから、返す事も忘れちゃってたよう…!」
 今からでも返しに行こうか…と思っても、もう遅い時間だし、もし眠っていたら起こすのは忍びないし…
(う…あ、明日でもいいよね…そんなに急いでない感じだったし…)
 そうしよう…明日に返そう、と思い、桜乃はそれからコテージの灯りを消してごそごそとベッドに潜り込んだ。



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