「立海…と言えば、山吹色のジャージの学校だったか? 仁王?」
「はい、ええとぉ…銀髪の、少し細身の方なんですけど…ご存知です?」
名前だけでは相手も把握していないかもと思い、桜乃がその若者のトレードマークでもある髪の色を出したところで、鬼と徳川は少し考え込んだ後で思い出した様子で言った。
「ああ、そう言えばいたな…」
「確か奴は帰宅組だった様な…」
「え?」
ぴくーんっ!!
意外な単語を耳にした桜乃が、珍しく素早い動作で反応を示した。
「帰宅組!?」
(しまった―――――っ!!)
自分たちらしくもない失敗を仕出かしてしまった事実に、二人が心中で同じ言葉を叫んだ。
出してはいけない事実だったのに、つい口が滑ってしまった!
実は、仁王が帰宅組だという事実は既に誰の耳にも入っている…と言うよりも公開試合の結果だったので、知らない人間はこの合宿所の中にはいない。
しかし、帰宅組とは名ばかりの呼称で、今は彼ら全員は崖の上での秘密の特訓に明け暮れている筈なのだ。
それはあくまでも秘密裏の事なので、ここに残っている勝者組の中学生達にすら告知するのはご法度となっている。
なので、該当する生徒達の実家にも、そういう知らせは行ってない訳で…
「仁王先輩、まだご自宅には戻ってませんよっ!? え、じゃ、じゃあまさか、何処かで事故に遭われたとか!? けっ警察に…っ!!」
「いやいやいや!」
「ちょっとそれは待ってくれんか、娘さん」
激しく動揺しながら自分の携帯を取りだした桜乃に、慌てて二人がストップを掛けた…ものの、この場を上手く取り繕う知恵は出て来ない。
当然だ。
この場を凌ぐ為の嘘をついたとしても、どの道彼女が彼の実家なりに問い合わせてしまえば、全てがばれてしまうのだから。
かと言って自分達が全てを彼女に話せる様な権限は無いし…
「待ってくれって…だって雅治さんの居所が分からないなんておかしいです! きっと何かが…」
「いや…」
「それは…ぬう…」
「……」
口を濁す二人に、桜乃がぴーんと何かを感じ取る。
おかしい…絶対にこの二人は何かを知っている。
知っていて、自分には言えない何かを隠している…まさか、雅治さんに何か危険な事が…!?
その可能性が、いつになく桜乃を攻撃的に動かした。
「…ふーん」
軽く言いながら、桜乃はぴっぽっと携帯のボタンを軽く押していくと、それをそのまま耳に当て、敢えて大声で呼びかけた。
「おまわりさーん!」
「わーっ!」
「タンマじゃタンマッ!!」
あわわわわっ!と二人が大いに慌てて少女の暴挙を止めようとしたその時…
「あはははは」
「!?」
不意に聞こえてきた笑い声に桜乃がそちらを振り向くと、いつの間に来ていたのか、一人の若者が道の少し離れた場所からこちらを見て笑っていた。
くしゃっとした短髪の、眼鏡をかけた男で、彼もこの二人と同じジャージを羽織っている。
この人も、高校生だろうか…?
「どうしたの、凄腕の二人がかたなしじゃない」
「む…」
「入江?」
唐突にその場に割り込んできた、入江と呼ばれた若者は、きょとんとする桜乃を尻目にすたすたとそちらに歩いてくると、きょろっとその好奇心に満ちた瞳を桜乃に向けた。
「こんにちは、カワイコちゃん。見た目によらず気が強いねぇ」
「え…」
気軽に話しかけられ、流れについていけてない桜乃が面喰らっている間に、既に入江は残りの二人に向き直っていた。
「ダメだよ二人とも、可愛い子を怒らせたりしたらさ…で?」
続けて彼がにっこりと笑って言い放った一言は…
「どっちが恋人か父親かって話かなー?」
「黙れ外道!」
「十字ラケットで上っ面ひっぱたくぞ!!」
こっちは真剣に困ってるんだ!!という空気を思い切り出しながら二人が凄んだところで、けらけらと入江は怯みもせずに更に笑った。
「冗談だよ、言ってみただけ…でも、君達を困らせてるこの子に興味があるのは事実なんだけどね。良かったら僕も仲間に入れてよ」
仲間云々の話ではないだろうことは分かっている筈なのに、敢えてそういう言い方をした若者は、再び桜乃に振りむいた。
「君、さっきおまわりさん呼んでたけど、何か事件でも起こったの? 因みにここは骨折程度の怪我なら日常茶飯事なんだけど…いやマジで」
「あ、いえ…」
完全にペースを狂わされてしまった桜乃は、今はもう通報する事も忘れてしまった様子で、戸惑いながら入江にこれまでの経過を説明した。
「ふーん…君が会いに来た仁王って人が帰宅組らしいんだけど、その人はまだ帰って来てないって事なんだね? で、この二人に詳しく聞こうとしてもなかなか埒が明かないと…」
「はぁ…そうなんです」
「成程ねぇ…」
「あの…えと、入江さん…でしたか? 入江さんは何かご存知ありませんか?」
尋ねてきた少女に、入江は迷う様子も戸惑う仕草も見せず、にっこりと爽やかな笑みを返した。
「さぁね、僕は何にも知らないけど…あ、でも知ってそうな人はいるよ」
「え!?」
身を乗り出して聞き返した桜乃に、入江が笑いながら確認する。
「少なくとも僕達に聞くよりは情報は確かだけど…会いに行くかい?」
「はい! 是非!」
「?」
「?」
『誰だ?』という表情で徳川と鬼が顔を見合わせたところで、さっさと桜乃との話をまとめた入江が彼らにも声を掛ける。
「一応二人も一緒に来てよ、君達も無関係じゃないんだしさ。練習も今の時間は空いてるんだろ?」
「…ああ」
「そりゃ、空いとるが…何処に行くつもりだ?」
「いいからいいから、さ、カワイコちゃんも一緒に行くよ」
「私、竜崎桜乃って名前です」
「へぇ、自分から名乗ってくれるなんて感激だなぁ。役得役得」
「そういう意味じゃ…」
困惑しっぱなしの少女をほらほらと促して、本部の方へと足を向けさせた入江に続き、徳川と鬼の二人もその後に続く。
「何処に連れてくつもりなんじゃ、コイツは…」
「……良い予感はしない」
つまり悪い予感がする、と、徳川はいつにも増して仏頂面だったが、入江の言う通り、無関係者を名乗る訳にもいかない。
どうなる事やら…と考えつつ、彼らと前の二人は一路本部のある建物へと向かって行った。
続
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