自覚はないけど…


 秋風吹く、穏やかな陽気の中、桜乃はその日待ち合わせた友人達と、オープンカフェで楽しいお茶の時間を過ごしていた。
 ぽかぽかと日の光は暖かで、空は高く澄み渡り、風は優しく頬を撫でてゆく…
 とびっきりの日曜日である。
 テーブルの上に置かれたカフェオレと、カフェ手作りのクッキーは乙女達の何よりの御馳走。
 そしてこの季節に乙女達が盛り上がる話題と言えば…


「秋ってロマンティックよね〜」
「何だかせつない気分になるしぃ、人肌恋しくなる〜」
「やっぱり食欲の秋も捨て難いけど、恋の秋よねー」
「桜乃はどう? 折角、テニス部と付き合い多いんだから、誰かと親しくなってたりはしないの? ほらあの一年のルーキーとか」
「あ、越前君のことだね? 彼、格好いいもんねー! ちょっと無愛想なトコあるけど」
 桜乃以外の四人の少女達はそれぞれの話に花を咲かせていたが、桜乃は特に何を言うこともなく笑って彼女達の話を聞いていた。
 奥手の彼女はなかなかそういう話題には積極的になれないのだが、無論、興味がないワケではない。
「ええっと…リョーマ君は、今はテニスに夢中だから…」
「じゃあ、押さないと!」
「そうそう、そういう子はこっちから積極的にアピールしないと、すぐ誰かにもってかれちゃうよ?」
「そ、そんなあっさり言われても…」
 友人達のアドバイスにすら、既に押されている。
 しかし、そのアドバイスをする友人達にも、今は残念ながら恋人の姿は影も形もないらしく、やがて彼女達は次々にため息を漏らし始めた。
「はぁ〜〜〜、彼氏欲しいよねー」
「うん…青学は男子のレベル高いけど、日常をいつも一緒に過ごしていると、こう刺激が足りないっていうか…」
「…刺激ばかりじゃ、心臓に悪いよ〜」


 そんな仲良しの五人が温かな飲み物を飲みながら、テーブルの上の自分の分のクッキーをつまんで話していた場所から少し離れたところで、ある男子の一群がのんびりと歩いていた。
 その内の、短髪で、ガムを噛んでいた少年が桜乃の集団にいち早く気付くと、ジェスチャーも大きく他の男達にそれを知らせ始める。
 そして、教えられた男達もざわざわとそれぞれが頭を寄せて何かを話していたが…・やがて彼らの足は方向を変えて、少女達のテーブルへと向かい始めた。
 それに気付くこともなく、桜乃達は相変わらず茶飲み話に興じている。
「でも、出会いの場って、学校以外にあるの?」
「そりゃあ…行ってる人は塾とか…?」
「でもそれだって、やっぱり近所とかの子が集まってるんじゃない?」
「クラスが違えば、知らないも同然じゃん。それに環境が違うと気分も変わるし…」
 話していた少女達にす…と陰が差す。
「?」
 え?と顔を上げた桜乃は、そこで意外な面々の姿を見た。
「え…あっ」
「よっ! おさげちゃん」
「奇遇だな、竜崎」
 びしっとピースサインをしながらガム風船を膨らませる丸井と、そのお目付けのジャッカルが珍しい私服姿で少女に挨拶をする。
 その背後には、ぞろぞろっと立海レギュラーメンバーがこれまた私服姿で集まって、桜乃の方を笑顔で見ていた。
 彼らは全員が結構な美形なので、集まっているとかなりの人目につくが、本人達は慣れているのか気付いてないのか、辺りの視線にはまるで意識を向けている様子はない。
 無論、彼女と話していた四人の注視に対しても、だ。
「わ、皆さん…御無沙汰してます」
 彼らのイケメンパワーに圧倒されて動けない友人達の前で、桜乃はかたんと椅子から立ち上がってぺこりとお辞儀をしながら挨拶した。
「いい天気じゃの、お前さんも元気そうで何よりじゃ」
 変わった言葉遣いをする銀髪の若者、仁王が、なでなでと桜乃の頭を撫でる。
「こちらこそ御無沙汰しています、竜崎さん。青学の皆さんもお変わりなく?」
 普段から眼鏡で己の心を隠している紳士、柳生も、この時は笑顔で少女と接していることが分かる。
「はい、みんな元気ですよ。皆さんもお元気そうで…」
「おう、俺達が元気なのはトーゼンだろ、トーゼン。なんたって鍛え方が違うからよ」
 集団の中でもやんちゃな印象がある、くせっ毛の切原は、へへんと胸を張りながらよく分からない自慢をした。
「うふふ…」
 黒を基調とする服を着た艶やかな黒髪の細目の男が、片手にノートを抱えながら、笑う桜乃に視線を降ろす。
「たまには外に出て、気分転換をするのも良い経験だ…ただ、油断して風邪をひいたりするのは感心しない、気をつけるといい」
「はい、気をつけます…あの、柳さん達は、今日は…?」
 その問いには、隣にいた厳格な表情の男、真田が答えた。
 私服がいつもの彼の印象をやや和らげているものの、眼光の鋭さは相変わらず。
 しかし、桜乃はもうそれにもかなり慣れていた。
「今日は部活がオフでな…親睦を図るためにボーリングに行ってきた帰りだ」
「そうだったんですか…」
 楽しそうですね、と朗らかに言う桜乃の視界の隅で、切原が背を向けて身体を震わせている。
 気を抜けば、ボーリング場の従業員に、真田が引率の教師と間違われた時の事を思い出して大爆笑してしまいそうなのを、必死に堪えているのだ。
 しかし、その気配を即座に見抜かれ、切原は早速真田に拳骨を食らわせられてしまった。
『いて――――――っ!!』
 賑やかに騒ぐ切原を苦笑して眺める桜乃に、丸井が猫の様に纏わりつく。
「なぁおさげちゃん…美味そうなモン食ってんな」
「はいはい、どうぞ」
 暗に、瞳をキラキラさせながら『ちょーだいちょーだい』と訴えている相手に、桜乃ももう慣れたもので、あっさりと自分のクッキーを差し出した。
 この少年、桜乃より年上でありながら、甘えっぷりは彼女以上に上手である。
「サンキュ!」
 そこで早速、貰ったクッキーを一気に二個、口の中に放り込む丸井の横から、するり…と流れるように新たな人影が動いて桜乃に近寄る。
「あ…」
「うわ……」
 これまで、場の急な展開と、男達に圧倒されて声もなかった桜乃の友人達が、それ以上の衝撃を受けて声を漏らした。
(すっごい美形〜〜〜!!)
 全員が同様の感想を抱いた一人の若者は、丸井の陰から抜けると、桜乃の前に立って優しく微笑んだ。
「こんにちは、竜崎さん」
「こんにちは。幸村さんも御一緒だったんですね」
 線の細い色白の男子は、桜乃の言葉に頷く。
「うん。たまにはテニス以外の運動もいいからね。こんな所で会えるなんて奇遇だな、お友達と一緒なの?」
「はい、美味しくお茶してます」
「そう」
 にこ、と更に笑顔を深め、幸村は彼女の友人達に視線を移すと、軽く頭を下げた。
「邪魔してごめんね?」
「い、いいえっ!」
「こちらこそ!」
 何が「こちらこそ」なのか、口走った方も分かっていないのだろうが、幸村はそれについては突っ込まず、桜乃との会話を続けた。



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