「俺達もこれからまた街に行って色々と回るつもりなんだ。君が一人だったら是非誘うところなんだけど、あんまり楽しそうに友達と話してるからね、次の機会にするよ」
 これは聞く人が聞けば一気に舞い上がってしまいそうな台詞であり、人によっては友人を捨ててでも彼らとの同行を願う場面でもあるのだが…
「わ、有難うございます。私も御一緒出来なくて残念ですけど、是非また誘って下さいね? 今日は皆さん、是非楽しんできて下さい」
 桜乃はごく自然に友人達との約束を最優先とした。
 その反応に、幸村達は寧ろ嬉しそうに微笑む。
 彼等は、決して常日頃からどの女子に対してもこんな態度を取っているわけではない。
 スポーツマンであり、見た目も悪くない彼等は、立海という集団の中にあって当然、女子の視線を集めている。
 中には、決してそういう女子ばかりではないのだろうが、残念ながら他より彼等に近づきたいが為に、好ましくない行動を取る者もいる。
 しかも幸村達が愚かではないからこそ、そういう行動はすぐに分かってしまい、それは少なくとも彼等を、同じ立海の人間として落胆させてしまうのだった。
 そして他校の女子については…更に残念だが、彼らとそう会える機会が無いという現実が彼女達を焦らせるのか、より行き過ぎた行動が目立つのだ。
 しかし、この竜崎桜乃という少女は違った。
 立海の人間ではない、しかし他校の人間としては自分達に近く、丁度良い間隔を保っている。
 そして自分達に友愛の情は向けるが決してそれを強制することはなく、かと言って蔑ろにされているわけでもない。
 傍にいても、ここまで安心出来る女性は彼女が初めてとも言えた。
 もし桜乃がそういう少女でなければ、幸村達が向こうからわざわざ声を掛けることは無かっただろう。
 桜乃にその自覚は全く無い、それもまた立海のメンバーには好ましいことだった。
「…有難う、君も良い休日を」
「はい」
 最後に、幸村はさわ、と桜乃の頭を優しく撫でて、仲間達へと振り返った。
「じゃ、俺達も行こうか。あまり邪魔したら悪いし」
「そうだな」
 真田が頷いて、全員がその場から離れる。
 皆がそれぞれに手を上げたりして桜乃と別れた後には、そこには最初の時と同じ世界が戻ってきていた。
 しかし見た目から賑やかな彼等がいなくなると、同じ風景でも何となく寂しくなった気がする。
「まぁ…」
 桜乃は立海のメンバーが来る前の話題を思い出しつつ、ん〜と宙に視線を逸らせた。
「大学生とかと違って、私達は中学生だから出会いの場は少ないよね」
『アンタ以外はね』
 他の四人が、怪訝な視線も露に、桜乃に揃って言い放つ。
「え?」
 きょとん、とする相手に、四人はずずいっと迫ってきゃーきゃー捲し立てた。
「誰よあのイケメン!!」
「青学の人達じゃないわね!?」
「何であんな人達と桜乃が知り合いなワケ!?」
「桜乃ってそういうのオクテだって思ってたのに〜〜〜!!」
「え? え? え?」
 どうやら、桜乃に、立海のメンバーに特に気に掛けてもらっているという自覚がないのは、根っからの天然気質によるところが多い様だ。
 後は、青学のレギュラー達との関係が似ているということもあるだろう。
 友人達の激しい尋問に、桜乃は答えようにも答え方が分からず、ただおろおろとするばかりだった…


「あの子、ホントいい子だな〜〜」
「…お前のいい子というのは、モノをくれるからだろうが」
 にこにこと機嫌のいい丸井に、呆れた様にジャッカルが突っ込んだ。
 向こうはもう丸井の性格を知っているからこそ、ああやって優しく応じてくれているが、相棒としてはなかなか恥ずかしいものがある。
 しかし、それを言ったところで相手は聞く耳持たないだろう…
「だが、『悪い子』ではない。俺の主観的見地からいっても、竜崎は素直で純粋だ」
 その褒め言葉さえ柳が言うとデータの一つとして聞こえてしまうが、それだけ彼が彼女のことをそう認めているという何よりの証だ。
「勿体無いっスよね…青学の応援させんの」
 ちょっと面白くなさそうに、切原が腕を頭の後ろで組んで呟くと、それに応じる様に仁王が唇を歪めた。
「…もし青学のヤツらと一緒におったら、意地でも引き抜いてきたんじゃがのう」
「…仁王君、君は…」
 柳生の静かな声に、相手はふ…と視線を逸らせて声のトーンを落とす。
「まぁ、柳生とは長い付き合いじゃ…俺の心なんてもうとっくに分かっちまってるよな…」
「え…っ?…ええっ!?」
 嘘っ!? まさか仁王先輩、いつからそこまであのコのことを…っ!?
 思わず切原は仁王をじっと凝視したが、柳生は当然ですとばかりに眼鏡の縁を押し上げた。
「楽しそうだからですね?」
「当たりっ!!」
 ぐっ!!と力一杯親指を立てて詐欺師は笑い、見事に嵌められた切原は一気に脱力。
(やっぱ…この人分かんねぇ…)
「お前ら…」
 いい加減にしろ、と呆れて叱る真田の隣で、幸村は朗らかに笑うだけ。
「でも、今日はついてるよ。まさかあそこであの子と会えるとは思ってなかった」
「…精市も、竜崎のことを随分気に入ったみたいだな」
「弦一郎だってそうだろう? 向こうは全く自覚はなさそうだけどね、でもそれが良い」
「む…」
 否定しない、出来ない親友に、幸村が笑顔を深くした……


 後日……
「じゃあ、今日の練習は乾の練習メニューに併せて、それぞれの練習試合も組み込んでいこうかね」
「はい」
 青学の職員室で、竜崎スミレと副部長の大石が当日の部活内容について話し合っているところに、偶然通りかかった桃城が立ち止まった。
 どうやら、担任の教師にプリントを配るように言いつけられたらしく、その両腕は厚い書類の山で塞がっている。
「あ、竜崎先生」
「なんじゃ、桃城か、どうした?」
「あ〜、いや…最近、竜崎について変なウワサ聞いたんっすけど…」
「ウチの桜乃の?」
「はぁ」
 言い出した桃城本人も、納得いかないような、信じていないような、実に奇妙な表情を浮かべている。
 それが却って祖母の心配を誘った。
「一体、どんな噂だい?」
「いやそれが〜…なんか、青学以外のイケメン男子を多数はべらせているとか、ボーイフレンドを九股ぐらいかけてるとか、その内の誰かには食べる物も与えてやってるとか…」
「お、おいっ! 桃城っ!! 幾ら何でもそれは無理があるだろ、あの桜乃ちゃんだぞっ!?」
 無論、副部長の大石は桃城の言う噂を声を上げて否定し、桃城も首を傾げながら頷いた。
「いや、ですよねぇ。俺も人違いだと思ってるんスけど、何か、聞けば聞く程に、竜崎しか当て嵌まらないんすよ…・」
「まさか…」
 ばたっ!!
「う!?」
「え!?」
 二人がはっと音の方を振り返ると、机の上に竜崎スミレが突っ伏していた。
「うわ――――っ!!」
「竜崎先生っ!?」
 う〜〜んと呻き声が聞こえるという事は、どうやら一時的に意識を失ってしまったらしい。
「桃城―っ!! お前が変な噂なんか聞かせるからだぞっ!」
「俺が流したウワサじゃないッスよ! しょーがないじゃないスか!!」
「とにかく保健室だ保健室――――っ!!」
 職員室の一画がやたら騒がしくなり、早くもそこには人が集まってきていた…

 結局、桜乃の祖母は単に軽い失神で済み、その日は早めに帰宅するだけで事なきを得たが、同日夜に桜乃が家族会議にかけられたのも言うまでもなかった。
 無論、常日頃から風紀を乱すような娘、孫ではなく、彼女の必死の説明により単なる誤解であることも即日判明し、それで全ては決着したのだが…


 後日、青学と立海の非公式練習試合において、やたら青学側が立海に対して怒りと恨みを込めた攻撃を行ったらしいのだが、それはまた別の話……






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