秋と焼き芋


 秋も深くなった時期、立海のキャンパスもまた秋の色に美しく色づく。
 この学び舎は自然も多く、至る所で秋の訪れを目で感じることが出来るのであるが…


 午後のテニスコート…
「空は天国、地面は地獄…ってトコっスかね」
「無視したいところだが、そうなるといつまでたっても終わらないしなぁ」
 先程からぶつぶつと、切原とジャッカルが何事かを呟いては手にした箒でざっざっと地面を掃いていた。
 ここはいつもの練習を行うテニスコート…の脇、学び舎と外界を遮るフェンスの側だった。
 何故彼らがコートの中ではなくそんな隅っこに立っているのか…
 それは今日が、立海で大々的に行われている大清掃日だからだ。
 生徒達に施設の清掃を行わせることで健全な精神と、施設を大切に使用する心構えを養うという名目らしく、年に数回行われているらしいが、部活動に入っている人間は優先的にその活動の場を清掃することになっているのだ。
 しかし、男子テニス部に関しては、コートは普段から幸村が整備を徹底させているので今更大きな手入れは必要ない…ということで、そのコートの周囲にある木々の落葉が専ら清掃の対象になっているのだった。
 フェンスの脇に並ぶ形で植えられている多くの木々から、はらはらと風流に落ちてゆく落ち葉が何とも物悲しい風情だが、それを見ている二人は別の意味で物悲しくなる。
「…きりがないよな」
 ジャッカルが手にしている箒をぐ、と力を込めて握り締めて呟き、
「いっそ燃やしますか」
と、切原の目に危険な色が宿った…が、
「こらっ!!」
 早速、そんな二人に容赦ない喝が浴びせられ、例外なく彼らは身を竦ませてしまった。
「わわっ! 真田副部長!?」
「何を休んでいる! もう清掃時間は残り少ないぞ!!」
 二人のサボリオーラを敏感に察知した真田が、彼等の背後にいつの間にか立ち、鋭い目で射竦める。
「だって副部長〜、片付ける側からまたすぐ降ってくるじゃないスか〜〜、どうせ定期的に清掃員の人が片付けてくれるのに…」
「こういう作業も精神修行の一環だ! つべこべ言わずに手を動かさんか、精市を見ろ」
 真田が示した先には、黙々と落ち葉を集めては指定の焼却所に運ぶ部長の姿があった。
 無論、嫌々やっている様子はなく、寧ろ率先して動いているところが彼らしい…
「部長自らあれだけ献身的に働いているのだ、お前達も文句は言えんだろう」
「とほほ…」
 全くもって返す言葉もない…
 渋々、再び作業に殉じ始めた彼等のところに、タイミング良く幸村の声が届けられてきた。
「じゃあみんな、今集めている落ち葉を焼却場に運んで、今回の清掃は終わりにしよう!」
「やった〜〜!」
 正に、今の切原達にとっては天の助けというものだ。
 俄然元気が出てきた現金な切原が、いそいそと足元の落ち葉を運ぼうとした時、そこに続けて丸井の大声が飛んでくる。
「なぁなぁ!! 最後の落ち葉はさぁ! コッチに集めておこーぜーっ!!」
「む? 丸井?」
 真田も視線を向けたその先に、丸井がぴょんぴょんと飛び跳ねながら自分が集めて作ったらしい落ち葉の山を指していた。
 そう言えば、今日は清掃作業の始まりから、やたら彼は元気が良かった…
「何じゃ、丸井、気合入れて集めたのう…」
「焼却場には持って行かないのですか?」
 丸井と同じくダブルスペアの仁王と柳生が歩いてきて、落ち葉の山をほ〜と珍しそうに見下ろすと、丸井は目をキラキラさせて力説した。
「当たり前だって! この後のイベントの為に集めたんだから!」
「イベント?」
 ぞろぞろと他のメンバーも集まる中で、幸村は首を傾げる。
 そんな話、清掃行事の中であったかな…?
 ただ唯一、何かを悟った様な柳だけは、不気味な程に無言のままで成り行きを見守っていたが、そんな外野の様子には気付く事もなく、丸井が胸を張る。
「焚き火と言えば焼き芋だって、焼き芋! その為に俺、頑張って燃料集めてたんだからよぃ」
 こないだもやっただろー?と自慢げに話す少年の話で、思い出した様に、幸村があ、と口元に手を当てる。
 しかしその表情には、思い出したというだけでなく、『しまった』という感情も僅かに含まれていた。
「あ、れ…? ブン太、知らなかったのか…御免、言ってなかった」
「え?」
「違う、精市が悪いのではない。俺が内緒にしていただけだ」
 いきなり謝る幸村と、戸惑う丸井…そこに今度は柳が割り込んできたかと思うと、丸井に向かってばっさりと言い捨てた。
「丸井、今月から校内での焚き火は危険だということで一切禁止になったぞ。だから、焚き火はおろか、焼き芋などここでは出来ん。諦めるんだな」
「!!!!!!!!!」
 声もなく立ち竦む丸井を見た切原は、明らかに哀れみの口調でジャッカルに呼びかけた。
「…何か、この世の終わりみたいな顔ッスね」
「いや、実際終わってるのかもしれんぞ、本人の頭の中では」
「………」
 呆然としていた丸井は、やがてのろのろと動き出すと、そこにあった粗大ゴミを括る為の紐を手にして近くの木に歩いて行く。
「……おい?」
 何となく不吉な予感を感じたジャッカルが声を掛けても返事はないままで、丸井は木の根元に着くと、ひょいっとその枝に紐を投げて輪を作る。
「…死のう」
「ひ――――――っ!!!」
 発想も唐突なら行動も唐突だ。
 いきなり自殺願望全開の相棒に、当然ジャッカルは顔面蒼白になって駆け寄り引き止めにかかった。
「待て待て待て〜〜〜〜〜っ!! 丸井っ! 頼むから早まるな!!」
 脇を羽交い絞めにして引っ張るが、流石に同じく立海のレギュラー、向こうも力では負けてはいない。
「死なせてくれ―――っ!! 焼き芋が食べられないくらいなら〜〜〜っ!!」
 必死な叫びなのはよく分かるが、文面にするとかなり情けない理由だ。
 結構な大騒ぎである筈なのだが、ジャッカル以外に誰もそれを引きとめようとはしないのも、その理由の所為だろう。
「お前らも止めろよーっ!!」
 必死なジャッカルに対し、仁王は最早視線も寄越さず、小指で耳の穴を弄りながら呟いた。
「…そのまま死なせてやったらどうじゃ。本人も望んどるんだし」
「正直、それが丸井君の為かもしれませんよ」
 流石の『紳士』柳生も、今回ばかりは丸井のフォローをする気も起きないらしい。
「お前らそれでも人の子か〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 可哀想なのはジャッカルである。
 自分だって馬鹿馬鹿しいのは分かってる、十分に分かってますともさっ!!
 けど、ここで丸井を放っておけない下手な真面目さが、結局自分の首を絞めているのだ。
 何となく丸井を抑えている腕だけではなく胃の辺りもシクシク痛む気がするのだが、おそらく気のせいではないだろう。
 このままいったら、おそらく幸村の次に入院するのは間違いなく自分だ、ついでに言うと、病名はストレス性胃炎か胃潰瘍、というところまでもう読めている。
「幸村―っ!! 頼むから何とかしてくれーっ!!」
 こうなったら部長直々に止めてもらうしかない、とジャッカルが援軍を頼んだのだが、相手はのほほんといつもと同じ穏やかな顔で断ってきた。
「いや…幾ら俺でも学校で決められた規則を変えることは出来ないな…」
「そうじゃなくて丸井! 丸井を何とかしてくれって!!」
「何だ、そっちの事か」
 何処まで本気で何処までボケているのかよく分からない部長は、要請を受けるとのんびりゆっくりと二人の所へ歩いて行き、ぼしょぼしょぼしょ…と何事かを丸井に囁いた。
「……う〜〜」
 囁いた魔法の呪文は効果覿面。
 丸井はまだ不満げに唸り声を上げはしたものの、今まで暴れていた聞かん坊の動きはぴたりと止まった。
「絶対だな、幸村ぁ」
「うん、いいよ」
「うー…じゃあ、それでいいや」
 ぴたりと止まった相棒の暴動に、ぜーはーと息を荒げながらジャッカルが二人を交互に見つめる。
「な、何だよ一体…」
「今日の帰り、石焼き芋を買うことを許可しただけだよ」
「……」
 俺の努力って一体…とジャッカルが真剣に人生について考えている一方で、丸井はぶすっとした顔で柳を睨んでいた。
「柳〜、何で内緒にしてたんだよぃ! 余計な体力使ったじゃねぇか」
「お前に事実を伝えなければ、作業効率が百二十パーセントまで上がったからな…それにこれは俺のささやかな意趣返しでもある」
 柳の言葉はいつにも増して無機質だった。
「はえ…?」
「先月、お前の焚き火のお陰で俺のマル秘ノートが灰になったからな。生徒会に進言して焚き火を中止にさせて貰った。全く…あれの復元作業でどれだけ無駄な労力が使われたことか…」
「へ…? でも、確かノートって焼いたのは…」
 自分は焚き火はしていたが、焼いていたのは切原だった筈…と過去を思い出していた丸井に、柳は即答を返す。
「連帯責任」
「切原〜〜〜〜〜〜っ!! お前の仕業か〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「ぎゃ――――――っ!!!!」
 自殺願望は収まったが、焼き芋に対する執着は全く失われてはおらず、その怒りの矛先は真っ直ぐ切原に向けられた。
 新たに始まった切原と丸井の追っかけっこを、他の部員はただ眺めるだけであり、『もう勝手にしたら?』と全ての背中が語っていた。
「元気ですねぇ」
「…俺も帰りに食べるかの、焼き芋。幸村、一緒していいか」
「構わないよ。ジャッカルも来るよね」
「…行かないなら行かないで胃が痛むからな…次は何しでかすかと」
「では帰りに皆で集合しよう…ところであの二人はどうする」
「飽きたら勝手に教室に帰るだろう。放っておくぞ」
 冷たく厳しい副部長の言葉で、その場は全員散会となった…



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