「…で?」
「結局あれから校庭十周はしたッスよ…あー疲れた」
部活動も終了し、幸村が約束した通り、レギュラーメンバーはそれから下校途中に道端で止まっていた石焼き芋の販売車の側で、焼きたての芋にぱくついていた。
普通はそう都合よく車には出会わないものだが、何故か幸村は車がいる場所を予見して、皆を案内してきたのだ。
『帰り道の途中でよく会うんだよ。だから覚えてるんだ』というのが彼の弁だ。
その証拠に、幸村が顔を見せると、販売人のいかつい中年男性が煤で汚れた顔とは対照的な白い歯を見せて彼を歓迎した。
「おう、今日は随分と大所帯だねぇ、兄ちゃん」
「こんばんは、おじさん」
初対面では有り得ない挨拶に、他の部員は一様に首を傾げる。
「…精市、よく利用するのか?」
「ん、帰りがけに顔を合わせるから、それで覚えてもらってるんだよ、きっと」
「ふむ…確かに買い食いは禁止されているからな。今日はまぁ…自殺されるぐらいなら許可した方がましだが」
本気だった筈はないだろうが…と渋い顔をする親友に、幸村が苦笑して頷いた。
「分かってるよ。折角だから、今日はそういう固いことは言いっこなしで、味わっていこう」
「…そうじゃの」
「美味しければ何でもいいじゃんか!」
仁王が苦笑いをする脇では、早速二個目に手を出している丸井が上機嫌で笑っている。
切原を校庭十周分追い回したのだ、それは空腹にもなるだろう…
「兄ちゃん凄いね、気持ちいい食いっぷりだ」
「トーゼンッ! 育ち盛りの子供だからなっ! ってワケで次のはおっきいのおまけして!」
堂々と賑やかに騒ぎ立てる丸井の背中を、柳が少し離れた場所から黙して見守っていたが…
「…丸井、お前は確かこの前、『アンニュイなオトナの男』を目指すと……まぁ、どうでもいいが」
おそらく丸井の目標、当面達成されることは無いだろう…
そして彼の視線はそのまま部長の幸村へと向けられた。
「……」
幸村は、販売者の男性と何かを話し込んでいる。
通行人で顔見知り…だけでは無いようだが…?
ふと視線を隣に逸らすと、同じくこちらに視線を動かした銀髪の男と重なる。
「……」
何も言わず、相手の仁王がにやりと笑った。
『お前さんも、そう感じたか?』
無言で彼がそう言っていると感じた柳は、こくんと頷く。
しかしそれ以上は視線での意志の疎通は行われなかった。
その前に、幸村が興味深い動きを見せたからだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
「?」
不意に、販売人が幸村を手招いて呼び寄せ、二人は他のメンバー達がそれぞれ芋を食べて雑談に花を咲かせている隙に車の陰に移動する。
「娘がまたアンタと喋りたいってよ、モテるねえ」
そう言いながら男性が幸村に差し出したのは自身の携帯電話で、その画面にはまだ幼稚園児ぐらいの女の子が映し出されていた。
少々画面は雑だが、数秒おきに若干アングルが変わっている…通話している向こうの顔が映されているのだ。
「あ…久し振りだね」
幼女の顔を見た幸村はにこっと笑って挨拶し、向こうもまるで以前から知り合いだった様に幸村に手を振って笑った。
『おにーちゃん! げんきになってよかったねー!』
「うん、君のお父さんのお芋のお陰だよ。有難う」
『えへへ』
幸村の満面の笑みで父親を褒められたのが嬉しかったのか、向こうの子供は弾けるような笑顔を見せた。
「…本当になぁ、最初に兄ちゃんを病院で見た時には、今よりももっと女みてぇに細っこかったもんだし、顔色も良いとは言えんかったからなぁ…元気になったのは本当に良かった」
しみじみと語る男性に、幸村は無言で…しかし暖かな笑顔を見せた。
過去のことが思い出される…
自分が入院していた頃、病院の外を、いつも大体決まった時間に通り過ぎていた石焼き芋屋が、この人だった。
別に、最初に会った切っ掛けは覚えていない…そのぐらい些細な事だったが、病院前に少しだけ停車して焼き芋を売る男性と、幸村はたまに話すようになった。
見舞いに来る友人達との会話も楽しかったが、北の方から出稼ぎに来ているという彼の話も、知らない世界を知る喜びに満ちており、疲れた心が随分と癒されたものだ。
そしてこうして画面越しでしか話せない、小さな友人も出来た。
今は幼稚園に通って、来年には小学生になるそうだ。
幸村が病人であることを知ると、頑張って、と小さい窓の向こうから心からのエールを送ってくれた。
自分も冬になればお父さんが遠くに行ってしまうから悲しいけど、頑張っているんだよ、と必死に話してくれた子供の言葉は、心に染みた。
そして自分は無事に退院し…偶然、帰り道で彼は懐かしい顔と再会を果たしたのだった。
それ以降、幸村はよく石焼き芋を買って帰るようになっていた。
ささやかではあるが、それがあの娘へのプレゼントにもなるかと思い……
これはメンバーにも何となく照れ臭くて話していなかった話。
『おにーちゃん、おイモ、いっぱいかってねー』
「あはは、うん、そうする…」
こくこくと頷いた幸村が、ふと、向こうの子供の顔が不思議そうに何かを見ているのに気付く。
「…え…?」
何…?と思い、彼女の視線を追って後ろを振り向くと……
「え……っ」
いつの間にか、芋を食べているとばかり思っていた仁王や柳を始めとする他のメンバー全員が、ごそっと背後に集まってこちらを覗きこんでいた。
「あ…あれ…?」
もしかして、聞かれていた…?と幸村がぎこちない表情を浮かべると、切原や丸井がにま〜っと答えになる笑みを浮かべた。
「なーるほど、そういうコトっすか! ニクイっすねぇ部長!!」
「何だよすっかり騙されちゃったじゃん!! でもそういうコトなら全然いーけど!?」
結論…バレた。
「…バレちゃったか…やっぱり、仁王と蓮二がいるから危ないとは思ったんだけど」
はぁ、とため息をつく幸村が苦笑いを浮かべ、名前を指摘された二人はしてやったりという笑みを浮かべた…が、そこには悪意はなかった。
「すまんの、幸村。これも性分じゃ」
「しかし、そういう事であれば、俺達に言ってくれて良かったぞ」
水臭い…と蓮二が続ける隣で、真田もうむと深く頷く。
「大体は把握した。お前の入院中に世話になった方とは、知らなかった。言ってくれさえしたら…」
「俺が無理強いする訳にもいかないよ。今日は本当に良い口実が出来たって思ったからね…黙っていたのは済まなかった」
「何を言うんです、幸村部長」
謝罪する相手に、逆に不思議そうに柳生が答え、それを受けて仁王が続ける。
「こんなに美味い焼き芋屋を紹介してもらって、有り難いと思っとるよ。謝る必要なんかないじゃろ」
その彼の向こうでは、丸井達が幸村に代わって、販売人の男に、自分達を娘に紹介してもらっていた。
「よおー、俺達、あのお兄ちゃんの友達なんだ、宜しくなー」
「そっち寒いか〜?」
「風邪ひくなよ〜〜、しっかり食って大きくなれ〜〜」
初対面だというのに、既に完璧に馴染んでしまっている……
「…おじさん、騒がせてごめんね」
「いやいや、こんなに楽しい客もそういねぇよ」
それからも、改めて車の周りでは賑やかな一団が楽しそうな一時を過ごしていた…
「じゃ、また来る〜」
「おまけしてくれて有難うなー!」
結局、皆が現地で解散する時には、全員の腕にはお土産用の芋が入った紙袋が抱えられていた。
幸村の過去との関係が明らかとなり、あの娘の願いを聞いた部員達はこぞってお土産を買うことを希望したのだ。
「まぁ、家に帰れば家族もいるしな」
「残すってことはありえないぜ、姉貴も好きだしさ」
わいわいと騒いで家路につく部員達を見つめる幸村に、男性から声が掛けられる。
「…良い友達じゃねぇか、兄ちゃん」
「…はい」
「元気になって良かったな。良い友達は、悲しませるもんじゃねぇよ」
「ええ、そうですね」
頷く幸村の腕にも、同じく紙袋が抱えられていた。
「…また来ます、おじさん」
「おう、寒いから、身体には十分に気をつけろや。まぁ、秋が過ぎたらもう冬だ。けど、それを凌げばまたあったかい春が来る」
そして彼は、家族の許へ帰るのだろう。
小さな窓越しではなく、直に娘を抱き上げる時は決してそう遠くない。
「そうですね」
にこ…と笑い、幸村も男性に別れを告げると、仲間達の後を追って歩き出した。
「みんな有難う。今日は楽しかったよ」
「昼の丸井の騒ぎの時には辟易していたが…たまにはこういうのも悪くないな、精市」
親友の真田の言葉に、幸村は微笑んだ。
「じゃあ、これからも時々やってみようか」
「む…」
切原達が手を叩いて喜んでいる一方、しかし校則が…と考えているのだろう、堅物の副部長に、参謀がさらりと助言をした。
「買って帰れば買い食いにはならない…それに」
「それに?」
「…全員が口を閉ざして他人が知らないという事であれば、それは無かったことになる」
「…少し危険な考え方の様にも思えるが」
「焼き芋程度でそう大事にはならんだろう」
「むう…」
「ふふふ…そうだね、蓮二。いざって時には、ほら、俺、部長だから。権力使って何とかなるよ」
「精市! お前、前にも増して大胆になり過ぎているんじゃないか!?」
本気でそう心配する真田に、幸村達は大いに笑う。
そんな彼等の間を一陣の風が吹き抜けて、枯葉が天へと舞い上がった。
秋が来て、冬が来る。
冬が来たら、もう春だ…
了
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