イマドキの若者?
「最近の流行って、よく分からないなぁ」
或る日の青学の教室
休み時間になると、桜乃はいつものように友人の朋香や他のクラスメートと一緒にささやかな雑談を楽しんでいた。
そんな時、ふと彼女が何とはなしにそんな一言を言うと、他の友人達がえ?と注目して一様に不思議そうな顔をする。
「どうしたの? いきなりそんな事言って…」
朋香の問い掛けに、うーんと桜乃が天井を仰ぎながら答えた。
「何か…テニスとかスポーツしてると、流行にすぐ乗り遅れるっていうか…街で同年代の人達を見たら、もう格好とか全然違うじゃない」
彼女の追加を受け、朋香がうーんと微妙な反応を返した。
「…あ〜〜、まぁ、そうだけどね、特に桜乃は本当に見たまんま中学生!って感じだし」
「え?」
他の女子もうんうんと朋香に同意する。
「桜乃ってすごく素直だもんね。しかも奥手だから、行動とか格好とかでなかなか挑戦が出来ないタイプじゃん?」
「そーそー、話していてもさぁ、何ていうか固いんだよね。女の子らしい言葉ではあるんだけど〜」
「そ、そうなのかなぁ…」
悩みながら、桜乃は自分のおさげを弄り、朋香はそんな相手の髪を指差した。
「そしてその髪よ。そんなに長いのを切るのは勿体無いけど…ちょっと髪型変えたり…」
「そうだね、たまにはポイント入れたり染めたりしてみたら? あからさまなのは注意されるかもだけど、ちょっと明るくするぐらいなら」
「あう…」
そう言われても…と桜乃は苦笑いを浮かべたまま、無意識におさげを握り締めた。
小さい頃から馴染んでいた髪型だけに、それなりの執着があるのだろう。
「ちょ、ちょっとこれはこだわりが…」
「そのこだわりがアンタの足を止めてるんだけどね…若い時しか出来ないこともあるんだし…まぁいいわ」
やれやれっと肩を竦めて首を振った朋香は、友人にささやかなアドバイスを送ってくれた。
「まぁ、イマドキの流行ばかりに流される桜乃なんて考えたくないけどね。たまには感性や仕草とか格好に気をつけていたら、良いんじゃない?」
「そ…そうかなぁ…」
でもやっぱり何となく…ちょっと違う気がする…このままじゃ、変わることなんて無理かも…
その日の放課後…
「桜乃―、今日は男子のテニス部に行くの?」
「あ、ごめんね朋ちゃん、今日は私パス〜」
「え? 女子の方は休みじゃなかったっけ?」
「うん、今日はちょっとお出かけ」
そんな会話を交わした後、桜乃は慌しく青学を出ると、一路立海へと向かっていた。
彼女は青学でも部活動でテニスに打ち込んでいるのだが、時々、特別コースにも参加している。
特別コースというのは別に部で定められているものではなく、桜乃だけが選択権を与えられているもので、付け加えると青学で行われているものでもない。
これは彼女が夏以降訪れるようになった立海のテニス部との交流を指しているのだ。
単に遊びに行くだけの物見遊山であれば向こうの門戸は閉ざされていただろうが、彼女のテニスへ真面目に取り組む気持ちを汲んでくれたレギュラー達が、特別に見学を許可し、時々は指導も行ってくれているのだ。
当然、桜乃のレベルを考えるとまだまだ基礎の指導が殆どだが、流石に天下の立海と呼ばれている彼らの指導は的を得ており、それなりに厳しくもあった。
それでも彼女は彼らの指導を真摯に受け止め、着実にレベルを上げている。
桜乃の熱意は彼らも十分に感じており、それがまた指導の中で気遣いとして表れ、非常に良いサイクルを生んでいるのだった。
(今日はどんな練習してるのかな〜〜…私も少しだけラケット握れたらいいけど)
すたたたた〜〜と駅へと向かい、丁度来ていた電車に乗り込んで立海最寄の駅へ出発。
後は電車の中で適当に暇を潰せたらいい、と考えていた彼女の目の前には、別の中学生らしい制服を着た女生徒達がたむろしていた。
「きゃ〜、このシャツ、マジよくない!?」
「チョーかわいー、いいじゃん!」
何かの雑誌を読みながら談義に盛り上がっている同年代の女子を見ていた桜乃は、興味を持つどころか、ずーんと気持ちが一気に盛り下がっていくのを感じていた。
(あ…やっぱりダメ…)
聞いているだけで、めまいと頭痛がしてきそう…
イマドキの子って確かにああいうイメージが付いて回っているらしいけど、自分とはあまりにかけ離れていて、ついていけない。
それに大体、ああいう会話をあんなに大声で電車の中で話すってどうなんだろう…と別の心配まで始めてしまった桜乃は、そこでまたはっと我に返り、一人で落ち込んだ。
(ああ、思い出しちゃった…そう、私小さい頃にもよく言われてた…言う事がババくさいって)
無論、彼女に自覚は無かったのだが、それだけに言われた時はショックだった。
しかし桜乃からすれば、普通に生活して普通に発言しているだけなのだが…
元凶は…
(やっぱり、おばあちゃんの教育の賜物よね…)
くっと心で涙を呑み、拳を握り締める。
元々小さい頃からおばあちゃんっ子だった所為もあり、彼女の言動は無意識の内に祖母の影響を多大に受けているのだ。
もっと勝気だったり頑固だったりしたら、今の時期は何かと逆らう事を覚えて反抗していたかもしれないが、それは桜乃の生来の優しさと素直さによって阻まれてしまった。
門限を早めに制限されていても、それが当然のこと、と思って素直に従い、生活指導を受けても別に反論もせず、言われるままに従う…
お陰でというべきなのか、桜乃はこれまで生きてきた中でも非行とか違反にはまるで縁のない平和な人生を送っているのだが、あまりに良い子過ぎて、発言が堅苦しいものになりがちだという事も事実だった。
それが、同じ年頃の友人達に言わせれば、『カタブツ過ぎる』らしい。
(はうう…別に犯罪歴もないし、人様の迷惑になっているワケじゃないもん…)
と心で反論してみるが、『桜乃、アンタ、頭固すぎ』という過去の友人の一言が甦り、再び気分が撃沈…
(迷惑になってるかも……)
やっぱり他の同年代の子と合わせる為には、少しは、イマドキの子を見習う方がいいのかなぁ…?
立海に到着し…
「ふむ…よし、フォームは良くなったな。個人でやるとおかしなクセがつくものだが、やはり竜崎先生の指導のお陰かもしれん」
「あ、有難うございます」
今日は真田が軽く桜乃のフォームの確認を行うことになり、早速、彼女は相手の指導を受けながら実践を行っていた。
無論、彼がずっと付きっ切りという訳ではなく、言われた事を桜乃が一人で行い、また後で確認をしてもらう…というのが普通である。
彼女ばかりにレギュラーが付いていると他の部員達のやっかみもあっただろうが、桜乃があくまで控えめに隅でちこまかと自習を行っていたり、部の活動を最優先で決して邪魔にならないように心配りをしている努力が認められており、非レギュラー達からも比較的、受けは良かった。
何より、彼女が来たら僅かでも副部長などの機嫌が良くなるので、彼らにとっては寧ろ有り難い存在にもなっているのだ。
「なぁ、帰りにあそこの店寄らね?」
「お。マジいいんじゃん、行こうぜ」
そんな非レギュラー達の会話を聞きながら素振りを行っていた桜乃が、ふむふむと頷く。
(なるほどー…あれぐらいの言葉なら使えるかな…部員の人も使ってるなら、皆さん聞き慣れてるかもしれないし…)
「ところで…」
真田が桜乃の自習を一時的に止めて、これまで相手に指導してきた事を記したノートを捲りつつ、彼女に質問を行った。
「この間、お前に渡した筋トレのメニューはどうだった? 竜崎」
「え、と…マ、マジ、いいんじゃん…?」
びしっ!!
珍しく…いや、桜乃に対してはこれが初めてだった。
真田のこめかみに青筋が浮かび、彼の険しい視線が彼女を容赦なく射抜く。
「……あ?」
「ごめんなさいごめんなさいっ! 後悔してます反省してますごめんなさい〜〜〜〜!!」
『何だその言葉は』と咎められる前に、桜乃は自分が口にした台詞のあまりの似合わなさを自覚し、心の底から悔やんでいた……
「弦一郎も少し脅かしすぎだよ」
それから、結局真田の眼力に負けてしまった桜乃は、部室でぴーっと幸村に泣きついてしまっていた。
流石に、男子でも慄く相手の睨み攻撃をまともに受けてしまった少女には、部長の彼でなくとも同情の念が沸く。
苦笑いしつつ、優しくよしよしと桜乃の頭を撫でて慰めている幸村の向こうからも、他のレギュラー陣から『あー、泣―かしたー、いぢめっこ〜〜』という冷たい視線…
「す、すまん…つい、いつもの癖で…たるんだ言葉を聞くと斬って捨てたくなるのだ…」
「世が世なら、立派な辻斬りですね」
「世が世じゃなくても、立派な犯罪者じゃよ」
「言っておくが、言葉の方だぞ…」
ダブルスペアの突っ込みに真田が一言断りを入れた。
本当はもっと声を大きくして主張したかったが、流石にかよわい少女を泣かせてしまった負い目がある為にそうも出来ず、真田はぐっとそこは堪えた。
「ごめんね竜崎さん…弦一郎も悪気はないんだよ、根っから真面目な人間だからね…」
親友のことをしっかりフォローしつつ、相手がようやく泣き止んだ事を確認すると、幸村はそっと相手の身体を離した。
「す、すみません……元はと言えば私の所為ですから…」
ぐすっと鼻を鳴らして赤くなった目を擦る少女に、切原が心底気の毒そうに言った。
「あー分かる分かる…副部長に睨まれて泣いた女は一人や二人じゃないって言うもんな…」
「そうなのか? うわ…そりゃまた副部長も罪な男だな」
「ちょ! ちょっと待て!! 何だその話はっ! 俺は知らんぞ!!」
切原やジャッカルの話に、真田の顔が少なからず青ざめている脇で、幸村達がそもそもの発端を桜乃に尋ねる。
「でもどうしていきなりそんな言葉遣いを? 竜崎さんらしくもない…君がいつもはそんな言葉を使っているなんて、この場の誰も信じたりしないよ」
「はぁ…」
かくかくしかじか…と桜乃が今日の友人達との会話の内容を話すと、皆はそんなものなのかな?と全員で首を傾げた。
「…俺は正直、そういう言葉遣いは頂けないな。本来の日本語とはもっと美しい、誇るべき母国語だ」
和風のものに造詣が深く、古き文化を愛する柳は、桜乃の友人達の言葉に対して納得できないと首を横に振った。
「人の言葉に文句をつけるほど私は偉くはありませんし、まだ学び足りないところも多い未熟者ですが、だからこそ、他人の言動には目を向けねば、と思います…反面教師という意味も含めてね」
「そうだな…聞くに堪えないという程ではないが、時々店の中で、隣の客の言葉が気に障ることはある」
柳生やジャッカルも、柳に続いて若者の言葉に対し馴染みがないという答えを返す。
「弦一郎はまぁ言わずもがな…だろうけど、そうだな…俺は、言葉は自分を映す鏡だと思っているよ」
「鏡、ですか」
「そう…言葉は人が持つコミュニケーションの道具の一つだろう? つまりその人の代わりに自分というものを相手に伝えるんだ。だからまぁ、あまり堅苦しい言葉は息が詰まるかもしれないけど、せめて聞かれて恥ずかしくない言葉を使おうと思う」
「……」
目から鱗…状態の少女に、幸村はクスクスと小さく笑って、相手の頭に手を乗せた。
「竜崎さんの言葉はとても好きだよ。全然浮ついた感じがしないし、素直な心がよく出てる…無理に変えることはないと思うけど?」
「あ…はい…」
桜乃が頷いた一方で、丸井はん〜?と手を頭の後ろで組んだまま言った。
「そうか? 言ってることが伝われば、別にいいんじゃないの? 俺だって自分で言うのも何だけど、結構変わった癖があるしよぃ…ほら」
「それはもうその口調がブン太の一つの顔として認識されているからさ、慣れない事をやると…そうだな」
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