断る幸村がふと何かを思いつき、にっこりと笑って…
「っていうかぁ、俺もうあのKY教師の相手ですっごい疲れちゃったしぃ〜」

 うぞぞぞぞぞっ!!!

 部員だけでなく、桜乃の身体にすら一気に鳥肌を立てた幸村の言葉…その言葉の拷問は更に続き、
「俺だってさぁ、たまには少し休みたいって思うワケだしぃ、もうチョームカツクよな〜〜〜」

 ひゃあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!

 仁王を除いた全員が人型のサボテン状態になったことを確認してから、幸村は再びにこりと笑った。
「…もっと聞きたい?」
「ケッ…ケッコーですっ!!」
「骨身に染みましたっ!!」
 言葉よりも悪寒が……っ!!
 がくがくと震えながら丸井と切原が答える脇では、同じく真田が僅かに抑えられなかった震えを自覚しながら思い悩んでいた。
(あれはただのパフォーマンスか…それとも本心かっ!?)
「…お前、よくそんなにケロッとしてられるな仁王…」
「修行の成果じゃ…ま、家に帰って思い出しでもしたら今のお前さん達と同じ様に楽しめるじゃろうがの…あー、嫌じゃ」
 まるで北極にいる様に震えているジャッカルの言葉に返した仁王は、震えこそなかったが、表情は確かに『嫌』という一言が集約されている。
「…分かった? 竜崎さん」
「…お見それしました」
 ふかぶかと頭を下げる桜乃は反省しきりの様子である。
「…竜崎、無理することねぇって。仁王先輩なんか、こーんな髪の色で赤いゴムつけて、しかもあんなけったいな話し言葉でも、一生懸命生きてんだぜ!?」
「そのケンカ買ったぜよ、赤也」
 自分を引き合いに出したばかりか、思い切りこき下ろしてくれた後輩に、悪魔の詐欺師が悪寒を抑える事も忘れて早くも宣戦布告。
「えーっ!! 俺、慰めてただけッスよ!?」
「…お前さんは将来きっと、理由が分からんまま背後から誰かに刺されるじゃろうな…」
「でも絶対死なない」
 呆れ顔の仁王に、ぶんぶんと手を振りながらジャッカルが付け加えた。
「……」
「…何じゃ?」
「いえ…言葉はダメですけど…見た目…」
 じーっとこちらを見上げてきた桜乃に尋ねた仁王は、その返答にん?と首を傾げたが、結局彼女はそれ以上の事は言わなかった。
「あー…いえ、いいです」
「……」
 桜乃の様子を伺っていた柳は、それからそっと幸村に近づくと、ぼそぼそ…と何かを囁いていた。


 帰り道…
 駅まで立海のメンバーと共に帰宅の途についた桜乃は、彼らと別れた後でこっそりと少しだけ道を戻り、近場のドラッグストアに立ち寄っていた。
「……」
 少しためらいがちに手を伸ばして棚から取り上げたのは、若者向けの染髪剤。
「まぁ…金髪とかはあんまりだけど、このぐらいなら大丈夫かな…」
 やはり愛着がある髪を切るのは忍びない。
 しかし、黒髪を少しだけ茶色に染める程度なら…イメージぐらいは少しは変えられるかも。
「他のクラスメートの子も結構やってるもんね…いよいよ私も髪染めデビューか」
 デビュー目指して緊張しながらレジへと向かった桜乃の手から、不意に横から伸びた誰かのそれが、染髪剤の箱を取り上げた。
「こーら」
「!?」
「ダメだぞ、竜崎」
 両脇から、幸村と柳が桜乃のチャレンジを止めたのである。
「ゆ、幸村さん!? 柳さん!?」
「やはりな…予想通り…」
 桜乃の行動パターンを予想した柳は、箱を取り上げた幸村と視線を合わせて頷き合った。
「言葉は無理だから、見た目を変えようと思ったんだろう? 根っから素直だから読み易いって柳が感心していたよ」
 くすくすと笑う相手に、桜乃はう、と言葉に詰まり、それでも何とか二人に自分の意見を主張する。
「でも! 少しは冒険した方がいいかなって…若い時しか出来ないこともあるんだし。それに仁王さんや丸井さんの髪だって似合ってますから…もしかしたら私の髪も少しは染めた方が似合うんじゃないかなって思って…」
「うーん…彼らを引き合いに出されたら確かにね…けど、竜崎さんに関しては止めたいな」
「どうしてですか?」
「君自身、本当に髪の色を変えたいって感じじゃないから。ただ急いで変わりたくてその手段として髪を染める手段を選んでいない? 後で後悔するんじゃないかな…そういうの」
「……」
「…ちょっと聞きたいんだけど、竜崎さんは髪を染めて、それを誰に見せたいの?」
「え?」
「君が髪を染めて喜んでくれる人って、何人いるの?」
「そ…れは、分かりませんけど…」
 質問したテニス部部長は、その言葉を聞いて笑いながら次の質問をした。
「じゃあ次。その綺麗な黒髪を染めて、残念がる人が何人いると思う?」
「え……えーと…」
 そこまで考えなかった桜乃は想定外の質問に思い悩む。
「…おばあちゃんは…やっぱり賛成しないかなぁ…」
「おばあさんだけじゃないんだよね」
「え?」
 そこまで言うと、幸村はドラッグストアの中で多くの棚が立ち並ぶ、広い空間に向かって呼びかけた。
「竜崎さんが髪を染めることに反対な人は挙手―――――」

 ひょこ、ひょこ、ひょこ、ひょ………

 棚の向こうから上がった手は六人分…見ると幸村と柳も上げていた。
「え…えええっ!?」
 やがて棚の向こうからぞろぞろと現れたのは…やはり、立海のレギュラー達だった。
「俺はそのままでええと思うぜよ、竜崎」
「勿体無いでしょう、そんな艶やかな黒髪は、望んでも得られるものではありませんよ」
「俺が言うのも何だけどなぁ…止めとけ、うん」
「俺はともかくさぁ、おさげちゃんは今の髪がいいって。結構気をつけないと荒れるんだぜぃ?」
「美しい黒髪は日本人の誇りだ。わざわざ宝をドブに捨てる様なマネはするな」
「逆に悲惨な結果になるかもしれないぜ〜? やめとけって、竜崎」
 皆の感想が述べられたところで、ほらね、と幸村が少女に振り返る。
「俺も蓮二も同意見…少なくとも反対票が九票ある訳だね。賛成票は、今のところゼロ、と」
「う…っ」
 やられたっと思った少女は、しかし尚も食い下がる。
「じゃ、じゃあ…仁王さんや丸井さんは、反対票は無かったんですか?」
「…竜崎…お前さん、まだまだ分かっとらんのう…」
 ふ…と視線を逸らせた詐欺師が、薄い笑みを浮かべ…
「俺達が自分の格好で、他人の意見なんて聞くワケないだろぃ!」
 どきっぱり、と丸井が胸を張って断言した。
(ずる〜〜〜〜〜〜いっ!!)
 そう思ってはみてもこんなに反対票を突きつけられたら、もう桜乃は実行には移せない。
「…敵わないんだから、諦めた方がいいよ?」
 心の中で叫ぶ相手の心情を察して、幸村はぽんぽんと桜乃の頭を優しく撫でたが、彼女はむ〜っとまだ少し拗ねた様子で唇を尖らせている。
「ふふ…どうしても、若い時しか出来ないものに挑戦したかったって顔だね。あと十年経っても、君はまだまだ若いのに」
「…でも何だか、今思い切れてる時にやらないと、また今までの様な受身の自分がずるずる続きそうな気がするんです…折角、変われそうな気がしたのに…」
「焦って変わるものなんて大した変化じゃないんだよ…けど、そこまでの覚悟を諦めさせるばかりじゃ確かに気の毒だな…よし」
 うん、と頷いて、幸村は店の外を指差した。
「帰る前に、ちょっと付き合って」
「?」

 数分後、彼らがいたのは、最寄のアミューズメントセンターだった。
 切原達が大喜びしそうなゲームやらアトラクションが、日が落ちた今も盛況に稼動し、美しいイルミネーションを誇っている。
「ちょっと遊んでいこう」
 ぴ、とそこを指差した部長に、部員達の一部から歓声が上がったが、当の桜乃はぎょっとした様子で彼らにせわしない視線を向けた。
「え!? だ、だって、学校帰りですよ!?」
「そうだよ」
「校則違反じゃないですか!?」
「そうなるね」
「じゃ、じゃあいけない事なんじゃ…!!」
「イマドキの子は結構やってるみたいだよ? 若い内に、家族や学校に秘密を作るってことをね…それに、校則違反なんてそれこそオトナじゃ出来ない若者の特権だろう?」
 くる、と振り向いて、幸村が桜乃に悪戯っぽい目を向けた。
「こんな冒険にも尻込みするようじゃ、一生、イマドキっぽく変わるなんて無理かもね」
 諦める?と問いかける男の瞳に…
「むっ!……が、頑張りますっ」
 挑発されて、桜乃はずんずんずんとセンターの中に入って行き、切原達も同じく喜び勇んで入ってゆく。
「お〜〜〜しっ!! 遊ぶぜ〜〜〜〜ぃっ!!!」
「竜崎、こっち来いよ! 面白いゲームがあるんだ、見せてやるよ!」
 積極的に遊びたい一組がセンターではしゃぎだした姿を、残りの組のメンバーが笑って見つめる。
「…本当に竜崎が変われると思っているのか? 精市」
 親友の柳に、問われた若者は笑いながら首を横に振った。
「さあね。でも、俺の言葉を聞いて、俺達の反対票で髪を染めるのを諦めて、ここに入るのさえ躊躇った子だもの…根っから素直な子なんだ。悪いほうへ変わることは、まず無いと思うよ」
「ふむ…私と同じ見解ですね…では何故彼女をここに?」
「あのままだったら、やっぱり不満は残っただろうからね…多分これは彼女にとって初めての経験だろう。ささやかな冒険をさせてあげたら、ちょっとは変わる勇気が持てたと思えるんじゃないかな…秘密を持つことでね」
「しかしお前さんも今回は随分と強引じゃったな…俺達まで共犯にさせるとは」
「仁王達だって乗ってたじゃないか…それに今回は大丈夫」
 くす、と笑って、幸村が真田に目を向ける。
「何しろ、風紀委員長のお墨付きだしね」
「む…そ、れは…こ、今回だけだぞ!」
 結局、桜乃を泣かせた罪悪感に勝てなかった真田は、今日の彼らの校則違反には目を瞑ることに決めた。
 まぁ、自分がしっかり彼らを監視していたらいいだろう…と自身に言い聞かせる。
「…折角来たんだし、俺達も楽しもうか」
 部長の一言で、残っていた組のメンバーもそれぞれ思い思いの場所に散っていった…


 それから…
「やぁ、竜崎さん。あの日は御家族に怒られなかった?」
「幸村さん…」
 立海に再び顔を見せてくれた少女に、幸村達が声を掛けると、彼女は彼らの輪の中に入った後で、きょろきょろと周りを見回した後で答えた。
「は、はい…立海の皆さんの試合を見ていて、遅くなっちゃったって言っちゃいました」
「ふふ、そうなんだ。いいよ、口裏は合わせておくから」
「あんな時間に友達と遊びに行くなんて、私初めてで、凄く楽しかったですよ!」
 センターで切原達に案内され、きらきらと目を光らせていた彼女は、確かに楽しそうだった。
 納得していた皆の前で、しかし桜乃は、でも…と言いながら暗い表情で顔を伏せる。
「? どうしたの?」
「はぁ…凄く楽しかったんですけど…お、思い出す度に悪いコトしちゃったって、何だか胸がドキドキして落ち着かないんです…」

『………』

 たったあれだけ…学校帰りにゲームセンターごときに寄り道しただけで……

(やっぱりいい子だ……)

 全員、夏の日以来再びの感動。
(うーん…やっぱり変わるのは無理かな)
 早々にそう確信した幸村は、まだ真っ赤になっておろおろとしている少女に、優しい目を向ける。
 きっと今思っていることは、他のメンバー達も同じだろう…
(…そのまま変わらずに、いい子でいてほしいけどね)






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