そして厳正なる抽選の結果、見事に当たったのは…
「…俺か」
「よ、宜しくお願いします、幸村さん」
 テニスの強さと運の強さが比例しているのかは不明だが、取り敢えずは幸村がその役に納まることで決定した。
「部長かぁ」
「ちぇーっ」
 ぶーっと不満を漏らす切原や丸井に、幸村は苦笑する。
「仕方ないだろう? 現に俺は最後に選んだんだし…じゃあ、当日の待ち合わせ場所とかは後で教えてね、竜崎さん」
「はい」
 自分に責任がないまでも、勝手な希望を快く聞いてくれた立海のメンバー達に感謝しつつ、桜乃は何度もお辞儀をした。
「…じゃあ、俺達はこれから試合の組み合わせの話をする。もうすぐ練習も再開するからね、先にコートに行っててくれるかな。いつもの様に邪魔さえしなければ自由に見ていてくれて構わないよ」
「はい!」
 頷き、桜乃が部室を後にしたところで、部屋の中が少しだけ静かになった。
 これで一つの問題は解決した…と思っていたのだが…
 幸村が部員の一人の異変に気付いて、そちらへと話を向けた。
「…? 何だい仁王? やけに難しい顔だね」
「…なーんかむかつくんよ」
 珍しくむすっとした表情を隠そうともしない詐欺師に、みんなも興味を持って注目する。
「むかつく…って、その、朋ちゃんとかいう子?」
「いや、あれはもう俺達が口を出しても無駄な大気圏外レベルじゃ……それより、カラオケの話を持ちかけてきたっていう奴らにじゃよ」
 丸井に答えると、仁王はくるっと全員に振り向いた。
「感じ悪くないか? まるで竜崎が恋人持てんのが当然のような言い方をして…地味で大人しかったらいかんのか? そいつら一体何様のつもりじゃ」
「む…」
「それは…」
 真田や柳も、その意見に対しては反論が出来ずに唸るだけだった。
 確かに、本題があまりに突拍子もなかったので失念しかけていたが、相手の竜崎に対する発言は失礼に値する。
「うんうん…おさげちゃんは内気ではあるけど…じゅーぶん可愛いし」
「素直ないい子なのになぁ…なかなかいないと思うぞ、あれだけ気立てのいい子は」
「確かに、仁王君の言う通りですね。人を外見のみで判断するのは浅慮というものです…」
「けどさ、竜崎の外見も、別にヘンってワケじゃねーし、非難するのも筋が違うんじゃないッスか?」
「そうだな。竜崎の身だしなみは幾分も乱れたものではない。ちゃらちゃらした姿でいる輩より、余程好感を持てるぞ」
「自分に自信が持てない人間ほど、相手より自分が優れている面を無理にでも探し出し、それで優越感に浸ろうとする傾向がある…そのグループの女性達は、外見で竜崎の上に立っていると思っているのだろうが…肝心の内面はあまり期待は持てなさそうだな…」
 全員が仁王に賛成したのを確認し、幸村はゆっくりと再度相手へと顔を向けた。
「俺の意見も、まぁみんなと同じだと言っておくよ……それで? 仁王はどうしたいの?」
 どうせ君のことだ、口で言うだけじゃ済まないんだろう?と笑う部長に、仁王もまた、にやりと笑った。
「…そいつら、ちょっと一泡ふかせてみんか?…竜崎を馬鹿にしたほんのお返しじゃ」
「どうするつもりだ?」
 何となく嫌な予感がする…と気の乗らない顔をした真田に尋ねられると、詐欺師は全員を集めて輪を作り、そこでぼそぼそぼそ…と思いついた作戦を話した。
「……おっもしろそ〜〜〜〜、やりて〜〜〜〜〜!!」
「俺、そーゆーシュラバな話、大好きなんだよぃ!…当事者じゃなければ」
「いや、当事者になるんだぞ、お前も」
 切原と丸井が早速、楽しそうに反応している隣で、ジャッカルが鋭い指摘をする。
「し、しかしそんな事をしては、竜崎が動揺するのは明らかだぞ?」
 却って迷惑が掛かるのではないか?という真田の反応に、仁王は全く動じずに反論した。
「それがええんじゃよ。竜崎に自覚がないように見えた方が、彼女の女も上がるってもんじゃ…そう思わんか? 幸村」
 話を向けられた男は、詐欺師の話を聞き、ちょっとだけ沈黙を守った後でにこりと笑った。
「面白そうだな…俺達の誰かを言い包めてっていう、朋ちゃんとか言う人の思い通りになるのは少し癪ではあるけど、たまには悪乗りするのもいいかもね…」


 日曜日、当日…
『後で行くから、待ち合わせ場所に先に行っててね』
 朝の携帯での連絡で、幸村からそういわれた桜乃は、その言葉に従い、待ち合わせ場所であるカラオケ店の前に立っていた。
 既にそこには、朋香と他のグループの女性達も揃っている。
 因みに、向こうの女子の内の数人は恋人を連れていた。
 青学や立海のテニス軍団達と比べるとぱっとしないが…まぁ、恋人は恋人だ。
「…十分経過」
 向こうの一人が、まるでもう勝利したかのような口調でそう告げて、桜乃がぐ、と声を詰まらせた。
 いや、確かに幸村さんは来てくれる筈…約束を破るような人じゃないもん!
「やっぱり、見栄だったんじゃないの〜?」
「今からでも正直に言ったら?」
 勝ち誇る向こうの台詞に、朋香がむっとしながらも桜乃に小声で尋ねる。
『ねぇ! 本当に約束出来たの!?』
『間違いないよ、朋ちゃん…幸村さん、ちゃんと…』
 そう答えようとした時だった。
「ごめんね、竜崎さん。お待たせ」
 待ちかねた若者の声が後ろから聞こえ、桜乃がはっとそちらに振り向いた。
「あ…幸村さ…」
 呼びかけようとした口が、そのままぽかんと開かれたままになり、桜乃は我が目を疑った。
 確かに幸村は、いつもの様に洒落た服装でそこに立っていたのだが、彼の後ろにずらっと他の立海メンバー達も揃っていたのだ…無論、全員私服…しかもかなり気合が入ってイケている。
(ええ〜〜〜〜〜っ!!!!)
 驚いたのは桜乃だけではない、朋香も何事かと桜乃と彼ら一団を交互に見つめ、グループの女性達は、いきなり現れた美形の軍団に唖然とする。
 自分達が連れてきた恋人達とは、まるで雲泥の差のレベルの高さ!
(ナニこのイケメン集団!?)
 彼女達の視線の前で、桜乃はあわわと慌てながら、幸村に動揺しつつ問いかけた。
「あっあっ、あのう…後ろの皆さんは…!?」
「いや、途中でばったり会っちゃって…ついて行くって聞かないんだよ」
「ついて行くって…どうして…」
 当然、理由が全く分かっていない桜乃が慌てる様を眺めていた銀髪の詐欺師が微かに笑う。
 口火を切ったのは…その詐欺師、仁王だった。
 いきなり彼は前に進み出ると、桜乃に身を乗り出しながら真剣な顔で訴え始めたのだ。
「ひどいぜよ桜乃! 何で俺をみんなに『彼氏』だって紹介してくれんのじゃ、いっつもあんなに可愛がってやっとったろうが!? 俺の気持ち、知らんかったとは言わせんからの!」

(エエ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!)

 周囲の皆が驚く中で、桜乃だけは硬直しながら仁王の態度に隠れた真意を見抜いていた。
(にっ、仁王さん、ものっすごく楽しそうなんですけど〜〜〜〜〜〜!!!)
 仁王の発言を受けて、今度は幸村がすっと自分の髪を軽くかき上げながら、さらりと返す。
「ふふ…何を言っているんだい、仁王…つまり桜乃は最終的に俺を選んだっていう事じゃないか…所詮、君は彼女にとってはその程度の男だったってことだよ、分かったかい?」
「何じゃと〜〜〜〜!?」
 余裕の笑みを浮かべて仁王を嘲る…振りをしている幸村の演技もなかなかだ。
(ひあああああ!! 幸村さんまで楽しんでるし〜〜〜〜〜〜〜ッ!!)
 二人だけでも十分すぎる程のインパクトだったのに、他の男達まで乱入を始めたからさあ大変。
「こんな集まりがあるとは知りませんでした。桜乃さん、是非今からでも私とご一緒しては下さいませんか? 最初から知っていたら、例え幸村部長でも、貴女の隣はお譲りしませんでしたが…」
「待て待て待て、俺を差し置いて何言ってるんだ柳生。彼女は今日は俺と行動するんだよ、ちゃんとこの後の予定だって立ててあるんだからな」
 柳生が相変わらず礼儀正しく申し出る脇から、ジャッカルがそれを制止にかかった。
「勝手にそっちで話決めんなよぃ!! 桜乃は俺だって可愛がってたんだぜ〜!? もし俺も今日の話聞いてたら、絶対俺がパートナーだったっての!」
「ひゃん!」
 いつもの様に、だきっと桜乃に丸井が抱きついてきたら、今度は切原が彼を引き剥がす。
「ナニ言ってるッスか! 桜乃の相手を一番してたのは俺ッスよ!? 受験準備だ何だで忙しい先輩方より、俺の方がよっぽど長い時間、コイツと付き合ってたんスから!!」
 すると今度は、柳が切原の発言に対して理責めを始める。
「人の付き合いは単に長さを競うものではない。その点では二年だろうが三年だろうが、何ら有利性を訴える理由にはならない筈だ。俺もまた、桜乃と真摯に向き合ってきたという絶対の自負がある、譲る事は出来ん」
 更にそこに、真田までもが割り入ってきた。
「それについてはお前に賛同する。しかし、蓮二、こればかりは親友のお前でも許す訳にはいかん。俺も、その…桜乃に関しては、相手が誰であれ退くつもりはない!」
(うわぁ…真田さん、頑張ってるなぁ…)
 こういう台詞は、一番苦手だろうに…と動揺の中でも少しゆとりが出て来た桜乃が考えている間に、どんどん男達の(見た目の)争いは激しさを増してきた。
「だから桜乃は俺んだっつーの!!」
「ほーう! 誰がそんなむごい拷問を許したんじゃ!?」
「上等だぃ! こうなったら殴り合いで…」
 これ以上放置したら、えらいことになるっ!!
「はわわわ…っ!! 皆さん、止めて下さ〜〜〜〜〜〜い!!!」
 男達の中に割り込んで、桜乃は全身で彼らの暴挙を止めに入った。
 これはもうカラオケに参加するどころの話ではなくなってきた!
 こうなったらとるべき手段は一つだけ…三十六計逃げるにしかず!!
「とっ、朋ちゃんゴメン!! 今日は私、ここで帰るから〜〜〜〜!!」
「あ、うん……頑張ってよ」
 尚もぎゃあぎゃあと騒いでいる男達を、小さな身体で必死に先導してゆく友人を、朋香は他の女子達と呆然と見送っていた。

 スゴ過ぎる…

「……カラオケ代、そっちが持ってよね」
「お見それしました…」
 最早双方とも、言い合う気力すら削がれていた……


「あはははははははっ!! 腹いて〜〜〜〜〜っ!!」
「もっ、サイッコ――――――!! 思い知ったかってんでぃ!!」
 カラオケ店の通りを抜け、少し離れた場所を歩きながら、切原達はまだ大声で笑い続けていた。
「切原達、笑い過ぎだよ」
「そういうお前さんもじゃよ、幸村」
 後輩をたしなめる部長も、確かにくっくとまだ零れる笑い声を抑えられないでいる。
「たまにはこうして柳生のままで人を欺くのも経験になりますね…皆さんの演技もなかなか上手かったですよ。そう言えば桑原君、先程は失礼しました」
「いやいや、気にすんなって、演技だよ。しかし面白かったなぁ!」
「全く…俺はいつばれるかと冷や冷やしていたぞ」
「そうか? しかし弦一郎も結構あの場に馴染んでいたな」
「…あまり嬉しくない褒められ方だ」
 それぞれの言葉を述べている男達に混じって、桜乃は真っ赤になった顔をなかなか戻すことが出来ずに下を向いていた。
「? 竜崎さん?」
「…び、びっくりさせないで下さいよ〜、心臓が止まるかと…」
 幸村が振り向いたところでようやく少女は赤い顔を上げて、彼らを見渡した。
「もう…どうしてこんなことしたんですか?」
「すまんすまん、何だかお前さんが馬鹿にされとるみたいじゃったからなー」
 少しだけ叱るような口調で問うた相手に、銀髪の発案者は悪びれもせずに答え、幸村もそれに続けた。
「ちょっと思い知らせてやりたくなったんだ、君には十分に魅力があるって」
「っ!!」
「そーだぜぃ! それにおさげちゃんと遊ぶ権利は俺達にしかないのにさー! 他の男も連れてカラオケって何だよぃ!」
「いや、それぐらいは許してやれよ…」
「やだねっ」
 ジャッカルの言葉にも耳を貸さない丸井に、桜乃が困ったように笑い、その彼女に幸村が申し訳なさそうに苦笑しつつ申し出た。
「結果的に驚かしたことは間違いないからね、お詫びにお茶でも何でも御馳走するよ。みんなで何処かに入ろう」
「え? でも、もし見つかったら…」
「今日のところは、恋人については判定保留で、仲直り会ってことにすればええじゃろ」
 な?としれっと言ってのける仁王に、桜乃も思わずつられて、にこ、と笑った。
 本当に…読めないけど、とても優しい人達だなぁ……
 でも恋人って…私なんか、皆さんには不釣合いだと思うけど…?
「じゃあ、その時にはまた、皆さんの演技にお任せしますよ?」
「まかせんしゃい」
 仁王だけでなく全員が彼女に頷いて、彼らは一緒に語らう場所を求めて歩き出した。

 青学で桜乃が『天然小悪魔』という異名を付けられ、一目置かれるようになったのは、それからほどなくしてのことである…






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