立海おとぎ話・第一節


 とある時代のとある場所に、立海という大きな皇国がありました。
 歴代の皇帝に統治されてきたこの国は、文化も産業も大変よく栄え、人々も特に戦で苦しめられることもなく、日々を平和に生きていました。
 さて、そんな皇国ですが、勿論国が存続する為には国の財政を為す税というものが必要です。
 産業が盛んなところではお金の流通が盛んだった為に金銭で納めることになっていましたが、小さな農村などではお金よりも農作物を納めるという形で折り合いをつけていました。
 ところが。
 ある年、どうした訳か立海のとある村の一農家のみが、農作物が不作の時がありました。
 一家全員が飢える程に酷いものではありませんでしたが、果物の収穫などが少なくなってしまったのです。
 その農家は、毎年大きな籠を林檎で満たし、それを五つ分城に納める取り決めとなっていましたが、どうしても最後の籠が埋まりません。
 主人は悩みました。
 税は納めないといけないのに、どうしても何度数えても林檎が足りないのです。
 主人は悩んで悩んで、なんと、籠の空きを埋める為に、籠の中に末の娘を入れてから林檎を入れ、それをそのまま領主の許へと運んでしまったのです。
 とんでもありません。
 普通の世界なら、児童相談所に通告モノの大暴挙ですが、それで通じてしまうのがおとぎ話の怖いトコロです。
 その末の娘は、家族と別れることは非常に悲しんだのですが、彼らのためにと何も言わず、籠の中に隠れたままに城へと運ばれていったのです。
 娘の名前を、桜乃といいました。

 さて、皇国の城へと農作物を運ぶのは、その土地を治める領主達のお仕事です。
 問題の娘入りの籠を運ぶことになったのは、何も知らないその土地の若い領主様でした。
 切原卿という本当に若い領主でしたが、若いながらも戦いの腕は立ち、人民を苦しめて己の私腹を肥やすという悪知恵もなかったので、人々からはそこそこに慕われておりました。
「そこそこって何だよそこそこって」
「誰と話しているんですか、切原卿」
「いや、何となく」
 くせっ毛を軽く手で撫で付けながら切原卿は己の城を出ると、部下を引き連れ、納める農作物などを多くの馬車に載せて、がらごろがらごろと一路、皇帝が住まう城へと運んでいきました。
「おう、領主様だ」
「他の土地ではどうかは知らんが、ここでは少なくとも過剰な取立てがない分、安心して住めるからなあ…良い領主様だよ」
「しかし、ここは皇帝から特に注意深く見られているとかいう話も聞くが…なしてそげな事になったんか?」
 そんな領民達の話している向こうでは、切原卿がやれやれと溜息をつきながらささやかな不満を漏らしていました。
「ったく、年貢を運ぶのが俺らの仕事っつっても、他の領主は代表の兵士長に任せてるじゃん…何で俺だけ直々に城に向かわなきゃいけねーんだよ。あーかったりー」
「仕方ないでしょう」
 主人の苦情に、しかし彼の傍に付いていた部下はあっさりと返しました。
「この間、領主一同が真田皇帝に拝謁した場で、貴方、最前列で堂々と眠って皇帝からこっぴどくどやされてましたよね…あれからですよ、ウチが真田皇帝の監視下に入ったの」
「いや…つい前日の狐狩りに夢中になっちまって…」
 部下の言葉に痛いほどに思い当たる節があるのか、卿はごにょごにょと小さい声で弁解をしましたが、無論それで消える失態でもありません。
「普通、他所の国じゃあ不敬罪でギロチンものですよ。良かったですね、温情ある皇帝で」
(命助かったのはめっけもんだけど、あの皇帝に温情があるかどうかは別だと思う)
 結局、自分が直々に皇帝の城に赴く羽目になったのは、自分の責任であると立証してしまった領主は、面倒くさいと思いながらも、がらごろがらごろと荷物を皇帝の城へと運んでいきました。


 切原卿の治める土地は、然程皇帝の城からは離れていないので、彼はごく短い旅を経て目的の場所へと着く事が出来ました。
「どーもー、年貢届けに来たんすけど」
「また随分フランクな領主が来たもんだなオイ」
 領主を最初に出迎えたのは、丁度、門のところで馬の手綱を引いていた褐色の肌の若者でした。
 彼は、その腕の高さを見込まれて皇族の乗る馬達の世話を一手に任されている御者のジャッカルです。
 御者風情、と思われるかもしれませんが、彼がいないと馬達の管理が出来なくなるので、かなり城の中では重宝されている人材でした。
「何処の領主様だい?」
「ああ、えっと…」
 切原卿が自分の領地について説明すると、向こうはぽんと手を叩きました。
 どうやら、彼について知るところがあった様です。
「あーあんたがあの真田皇帝の目の前で堂々と寝こけてたって領主様か! 今もウチの城の中じゃあ伝説になってるよ」
「……そりゃどーも」
 嬉しくねぇ、と思いつつもそれなりの返事を返した切原卿は、話題を変えるべくその御者に尋ねました。
「えーと、年貢の農作物を運んで来たんすけど、何処に置きますかね」
「ああ、それなら倉庫の方に行ったらいい。確か丸井の奴が預かって管理している筈だから…そうだな、俺も丁度会う用事があるし案内してやるよ」
「はぁ」
 それからジャッカルも丁度手綱を引いていた馬に乗り、切原卿と、彼の連れた部下と多くの馬車を連れて、一路、城内の倉庫へと向かっていきました。
 一応領主が連れて来た馬車の数は一台や二台ではないのですが、それらが全て悠々と入って辺りを気にせずに進んでいけるのですから、それだけでも城がどれだけ大きいかということが分かります。
 そしてそれだけ大きな城を管理するのには数多くの召使い達がおり、卿は倉庫に着くまでに何人もの彼らと擦れ違っていきました。
「いつ見てもでっかい城っすね」
「まぁなー、よく迷子も出るぐらいだからなぁ。百の召使を使っても、全部掃除し終わるのには一月以上かかるんだ」
「そんだけ広いと、移動も大変だなぁ」
「城の端から端まで、十分で移動出来るのが皇族男子としての嗜みらしい」
(何処までも体育会系…)
 よく分からない…と思いながら、切原卿はようやく倉庫へと到着しました。
 見上げると、倉庫だけで切原卿の城ぐらいはありそうです。
 ジャッカルは先に馬から下りて、巨大な倉庫へと入って中に呼びかけました。
「うおーい丸井! 仕事だ、新しい年貢が着いたぞー」
『おおっ! 新しい食い物が来た!?』
 すぐに中から元気のいい返事が聞こえたかと思うと、扉の向こうから赤毛の若者が飛び出して来ました。
「おお〜〜! 籠が一杯だ〜〜。んじゃ早速検分すっか、中に籠入れよう」
 嬉々として倉庫の中の使用人に運ばれてきた籠の移動を命じた若者は、それからジャッカルの方へと歩み寄りました。
「何だい、ジャッカルも一緒かい?」
「ああ、丁度、渡したい書類があったもんでな。ほい、これが今度庭に入れてほしい植物の一覧だってさ」
「サンキュ……んあ?」
 そんな会話を交わしていたところで、赤毛の男は切原卿の存在に気付き、大きな瞳をきょろりと向けました。
「何か、ここには珍しい格好の奴じゃんか…誰だい?」
「あーほら、皇帝のお叱り喰らって当面監視下の領主だよ、切原卿」
「ああ! アンタがあの噂の!!」
「あの噂って…どの噂…?」
 自分の失態がそこまで広がっているのかと卿はかなり落ち込みましたが、これもまた身から出た錆です。
「いやいやいや、一度見てみてーと思ってたんだよい。あんだけ真田皇帝を怒らせた奴も珍しいし、度胸あるなーって思ってさ! けど、意外と皇帝、裏表のないアンタの事は気に入ったみたいだぜい? 本当だったら領地没収の上に国外追放モンだもん」
 はっはっは!と丸井という若者は笑いながら言いますが、正直笑えません。
「あーそーすか、御者の皆さんにも人気モンで嬉しい限りっすよ」
 そう言いながら、けっと毒づいた切原卿でしたが、丸井はちっちっち、と人差し指を立てて振りながら相手の言葉を自慢げに否定します。
「違うね、俺は御者じゃなくて庭師だよい。今は比較的手が空いてるから、年貢の農作物の管理もしてる。まぁ最初は確かに御者になるつもりだったんだけどさ」
「へ? 御者希望が何で庭師…?」
 扱うのは同じ生き物でも、まるで方向性が違うじゃん…と思った卿に、ジャッカルは苦笑いしながら丸井を指差しました。
「ここに見習いで来た時、城の案内されたところで庭を見せられてなぁ…」
「そらもう、季節ごとに鈴なりに果実が生ってるトコ見せられちゃあ、世話欲も沸くってもんだろい!」
 そう言いながら今にも涎が出そうな相手の顔に、流石に切原卿もすぐに真意を見抜きました。
「アンタもたいがい心臓っすね」
 例え庭のものでも、皇族が住んでいる以上は彼らの持ち物なのです。
 下手につまみ食いがばれたりしたら、それだけでも結構な厳罰モノなのですが、丸井は一向に気にしていません。
「大丈夫、俺もここに来て散々腕磨いたし」
「庭師としての腕じゃないのはよく分かる」
 流石に長年の付き合いであるジャッカルは悟りきった表情でしたが、当の本人はまるで気にせず、気になっていた馬車の積荷の確認へと走って行きます。
「おお! こりゃ見事な林檎だなぁ。艶々してるし、甘味も期待出来るかな〜〜」
 どれ、自分も手伝うか…と彼が一つの籠の両端を掴んで持ち上げた…その時でした。
 ぐらり…
「へっ?」
 端を持っただけなのに、何故かその籠が大きく揺れて、彼らの目の前で派手に転がってしまったのです。



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