「他の皆さんはもう来ているんでしょうか…?」
「どうかな、同じ様な会合が他のクラスでもあるって聞いてたけど…二年、三年は今日はかなり遅くなるって聞いたけどね」
「えっと……失礼しまぁす」
三人は部室に到着すると、桜乃が先に立ってノックの後にドアを開いた。
ぴ―――――――んっ
「はれ?」
「ん?」
入ろうとした桜乃の身体をドアの両脇に貼り付けられていたテープが邪魔をした。
「ん? キープアウト…? 何です、これ…」
よく見ると、外国のドラマなどで見かける警察が使う立ち入り禁止区域を示すテープの様なものが入り口の空間を封じる形で幾重かに掛けられていた。
「???」
何だろう、とそこに立ち止まった桜乃が部室の中を覗き込むと…
「……」
部室の床に、うつ伏せに倒れた若者が一人…あの髪型と体格は、間違いなく切原だった。
しかも彼の身体の周囲には、刑事モノのドラマで見る、白チョークでの型取りが為されている。
正に一見すると殺害現場!!
「いやああぁぁぁっ!! 切原さんが―――っ!!」
「え…?」
背後で状況がよく分からなかった幸村が戸惑っている間に、完全にパニックに陥ってしまった桜乃を少しだけ押し退けると、真田は中を確認してすぐにテープを剥がして中に踏み込んだ。
そしてすたすたと切原の身体の傍に歩み寄ると、躊躇いなく右足を上げてそのままずんっ!と相手の背中を踏みつけた。
因みにその行為…先程桜乃の仮装を見た時のやり場のない怒りが間違いなく混入されている。
「ぐえぇぇぇっ!」
当然、死んでいる筈がない切原は、蛙の様な鳴き声を上げたのだが、それにも構わず真田は背中越しにむぎゅ〜〜〜っと相手の腹部に圧をかける。
「お”お”ぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!!!」
びくびくと震えながらもがく切原を見て、一応生きている事に安心した桜乃だったが、へちゃっと座り込んだ身体がなかなか言うコトをきかず、涙目で幸村の腕に縋っていた。
「こっ…腰が抜けちゃいました〜〜」
「弦一郎、そのまま一度止め刺そうか。蘇生はそこのコンセントから電気引っ張ってくるから、それでショック与えたらいいし」
「そうだな」
「お助け〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
散々真田から足蹴り式〇ブトロニックの刑を与えられた切原は、その後ようやく解放された。
「し、死ぬかと思った…」
「死んでたくせに何言ってるの」
「そりゃないっすよ幸村先輩〜〜…ん?」
腹部を擦りながら切原が立ち上がったところで、桜乃の姿に気が付き、おおっと驚きの表情を露にした。
「おっ、竜崎すげぇ! 今年は魔女コスプレかぁ! 似合う似合う!」
「…まぁ、コスプレでも間違っちゃいないんですけどね…」
仮装なんだけどな…と微妙な心持の桜乃の脇では、相変わらず不機嫌な顔の真田が切原に確認していた。
「で? お前は何を儚んで死のうとしていたんだ? 幾らお前でも全てに絶望するのはまだ早いと思うぞ」
「絶望するのは確定っすか」
もう少し文句を言いたいところだったが、最初に悪戯を仕掛けたのは自分だったのであまり強くも言えず、切原はちぇっと舌打ちしながら頭を掻いた。
「だって今日はハロウィーンでしょ? 単に驚かせようと思っただけなんすけど」
「驚かせるベクトルが違いますよ…」
と言うより主旨が違う…と桜乃はかくりと肩を落とした。
「しょーがねーじゃんか。俺はこっちの係だったんだしさ」
「こっち?」
突っ込まれながら、尚も切原は自身の行動理由について説明を始めた。
「丸井先輩がさー、校舎を回ってくる間、ここに来る他の部の奴等は俺を使って驚かせようってさ。俺は適当に眠ってられるし、そうしたら取りこぼし無くお菓子が貰えるって…」
「…そんなにお菓子がないと死んじゃうんですか? 丸井さん…」
「いっそ俺が止めを刺してやりたい気分だよ…」
そこまでして搾取しなくても…と唖然としながら問い掛けてくる少女に、幸村も疲れ切った表情で答えた。
彼の食欲については理解している筈なのに、いつの間にか向こうのそれは更に成長を遂げている様な気がする。
「おう、竜崎か? また可愛い格好をしとるの…つか、魔女の行商人みたいじゃが…」
「!? 仁王さん」
呼びかけられ、部室の外を振り返ると、他の部員が一同揃ってこちらに向かっているところだった。
確かにカボチャの他に紙袋も抱えて歩いていると、仁王の言う通りの姿に見えてしまう。
「弦一郎、精市、お前達の方が先に終わっていたのか」
「いや、俺達はちょっと…」
桜乃を廊下で見かけて、途中で抜けてきたのが真実だったが、それを説明する前に丸井の大声がその場に響いた。
「あー! おさげちゃんが仮装してるーっ! 俺とお揃いだいっ!」
彼もまた仮装はしていたようだが、今年は桜乃とほぼ同種の魔法使いのイメージだったらしい。
手にしていたバスケットには確かに多くのお菓子が入れられていたのだが…
「何だよい、おさげちゃんも最初からそういう格好する予定だったなら、やっぱ無理にでも一緒に回ったら良かったな〜〜……ん?」
不意に、丸井がある事に気付いて桜乃の前に立ち止まり、じっと彼女の手提げカボチャを見つめる。
そこには、自分のバスケットのおよそ倍の量はあるだろうお菓子が山積み…
「……」
続いて視線を彼女の紙袋に移すと、そこの中にも明らかにお菓子の数々が…
「…おさげちゃん、何処回って来たの?」
「え? 街からここに来て…ちょっと迷いましたけど、高校の校舎を少し巡って…」
「それでこんだけ貰って来たの?」
「はぁ…いつの間にか貯まってたんですけど」
距離を換算しても、どう考えても自分の方が頑張って回ってきている筈なのに…何でこれだけ差が……
「おさげちゃんなんか大っ嫌いだ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ま、丸井さんっ!? お菓子なら全部あげますから――――っ!!」
グレて遁走しようとした丸井を桜乃が慌てて引き止めたが、ジャッカルと仁王はそんな彼女に冷めた声で忠告した。
「あー、いい、いい、ほっといて」
「多摩川の土手でランニングでもしたら帰って来るじゃろ」
「…取り敢えず中に入りませんか? 先輩方もかなり後にならないと来ませんし、お茶でも淹れましょう」
柳生までもが完全無視で、桜乃に入室を促したところで、真田は幸村に小さく進言した。
「…立海でこのイベントを始めた奴に、意図を質してみたい気持ちだ…」
「確かにね…」
幸村もソレについては苦笑して賛成の意志を示していた……
「へぇ、本当はランタンだったんだ、それ」
「そうですよ、こうして中に蝋燭を立ててですね…」
メンバーが見守る中、桜乃はお菓子を取り除いた手提げカボチャの中に火を灯した蝋燭を立てると、くりぬいたカボチャの目や口、鼻から暖かな光が漏れてくる。
「ほら、結構いい感じでしょ?」
「へぇ〜、雰囲気出てるなぁ」
「折角ですから、部室の外に飾りましょうか?」
感心していた切原に桜乃がそう申し出ると、よしきたと隣のジャッカルが頷いた。
「なら、軒下にでもぶら下げるか、俺がしてきてやるよ、貸してみてくれ」
「わ、いいんですか? じゃあお願いします」
礼を述べながら手渡すと、相手は軽々とそれを運んで外へと赴き、作業に取り掛かる。
程なく、軒下に吊られたカボチャランタンが実にいい雰囲気で部室の入り口を照らし、見た目も楽しいものになった。
その間、丸井はむ〜っと不機嫌な顔で淹れてもらったお茶と一緒に、桜乃から譲ってもらったお菓子をぱくついていた。
最早、やけ食いといってもいいスピードだ。
「けどさー、やっぱ納得いかねい…俺だって頑張ったのに何でいつもいつもおさげちゃんがさ〜〜」
「そりゃあ可愛いからじゃろ」
「くそー、やっぱそうなのかー、こうなったら来年は…」
ぐっと拳を握って力強く宣誓。
「俺も女装して!!」
「その前にテニス部は辞めてよね」
にっこり笑って幸村が突っ込んだが、間違いなく本気である。
「ちぇー」
ぶーっと頬を膨らませる丸井に、桜乃は苦笑しながら相手を宥めた。
「丸井さん、私がお菓子貰ったらあげますから…」
「そっか、じゃあ女装は諦めるか…」
(本気だったのか…)
ぞっとした真田が言葉を失っている間に、柳生が桜乃の姿を軽く見下ろして微笑んだ。
「しかし、確かに愛らしい魔女さんですね。手作りなのですか?」
「はい、ネットで型紙を調べて、作ってみたんですよ。でも、流石に魔法は使えませんけどね」
「成る程」
互いに笑い合ったところで、桜乃はふと、自分が持ってきたもう一つの品物に気付いた。
(あ、いけない、出し忘れちゃった、これも食べてもらわないと…)
丁度お茶しているんだし…と思いつつ、桜乃は慌てて一つの布巾が掛けられた円形の物体を紙袋から取り出して、全員に声を掛けた。
「あの…かぼちゃパイも作ってきたんです。皆さん、どうぞ」
『おお〜〜〜〜〜〜!!』
歓声が上がり、早速それは全員に平等に切り分けられ、彼らの口へと運ばれてゆく。
「ははぁ、あのランタンの中身か」
「そうです。ちゃんと有効利用しないとですよね」
窓越しにあのランタンを眺めつつ、切原がうんうんと頷いた。
「ほう、相変わらず美味いのう」
「うむ、自然な甘味がいい。口当たりも絶妙だな」
仁王や柳が手放しで褒め、桜乃は魔女の姿で嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ、料理は魔法がなくても上手くこなせる自信がありますよー」
それから暫く歓談の時間が流れていたが、一番早くパイを食べ終わった丸井がカンカンとフォークでお皿を叩いて桜乃に催促する。
「なぁなぁ、おさげちゃん、パイおかわり」
「あ…ごめんなさい、パイ、今ので全部だったんですよ」
「えー、もっと欲しい〜〜」
「あらら、困りましたねぇ」
「おい丸井、無茶言うなよ。作ってきてもらっただけで有り難いんだから」
丸井の舌に非常に合ったのだろうか、いつになく未練がましそうな相棒の様子にジャッカルは相手を嗜め、桜乃はうーんと困った様子で頬に手を当てていたが、ああ、と手を叩いて相手に近づいた。
「じゃあ…今日はハロウィーンですから、お菓子あげられない代わりに…」
「え…?」
「私に悪戯してもいいですよ?」
ぶばっ!!!
にっこりと笑ってそうのたまった桜乃の言葉に、例外なく男性陣は紅茶を吹き出した。
まぁ、健全な男子であれば当然とも言える反応だ…裏の意味を知っているなら。
正に、魔女の呪文など話にならない最強攻撃!!
「マ、マジでいいの!?」
丸井が思わず確認したが、無論、周囲が許す訳が無い。
『待てコラ――――――――――ッ!!!!!!』
二人の間に男達が割って入り、無理やり彼らを引き離す。
「え? え? え?」
「竜崎…お前さんにはちーっと危機感が無さ過ぎるようじゃな。あんまりお兄ちゃん達に心配掛けたらいかんぜよ」
「とにかく、そういう台詞は二度と男性の前では言わないようにして下さい。いいですね?」
仁王と柳生ペアが少女に教育している向こうでは、丸井が切原とジャッカルに押さえつけられながらもじたばたと手足を動かしていた。
「うわーん! 離せ〜っ! 折角おさげちゃんがしていいって言ってくれてるのに〜〜〜!!」
「ダアホーッ!! 警察を呼ぶぞマジでっ!」
「先輩、多分竜崎は何も分かってないんですから…」
そして彼らから少し離れた場所では、過去のテニス部三強が、疲弊した表情で集まって頭を突き合わせていた。
「…今、思いついたんだけど」
痛むこめかみに指を押さえつけながら、幸村がこそっと小声で言った。
「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って…もし相手が『じゃあ悪戯で』って事になったら、物凄い誘い文句じゃないか…?」
「やめろ、想像したくない」
真田は幸村以上に精神的ダメージを食らったらしく、実際に身体がふらふらしている。
「先程の竜崎の台詞は、無論、他意があってのものではないだろうが…男にとってはとんでもないご馳走だぞ」
据え膳食わぬは何とやら…
『…………』
立海の元首脳陣三人は、無言でぐっとそれぞれの手を重ねて、固く誓った。
「じゃあそういうコトで、間違いがないように今後ハロウィーンには竜崎さんが必ず俺達と過ごすように根回しを!!」
「無論だ」
「謀略なら任せておけ」
そしてまた、桜乃の純潔を守るべく、『兄達』の企みが進んでいくのであった……
了
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