GO! GO! U-17合宿・3


「あ、あれは〜…!」
 合宿所内をさまよい歩いていた桜乃が、やがて一つの広いフロアーへとたどり着いた時、そこに一人の先客がいた。
 後ろ姿を向け、幾つも並んだテーブルにくたりと突っ伏している姿。
 黒い長髪は見えるものの、その顔までは確認することは出来ない。
 しかし、その見覚えのあるジャージと髪型で、桜乃はすぐに相手の正体を見抜くことが出来た。
(あれは忍足さんよね…丁度良かった、立海の皆さんの居場所を聞いてみよう…)
 それにしても、あんな所で一人で何をしているのかしら…?
 そんな事を考えつつ近づいてくる桜乃に気づきもせず、そこに突っ伏していた忍足は珍しく顔に苦悶の表情を浮かべていた。
 そう、今彼は、疲労の真っ只中にいたのである…が、それは別にここでのテニスのトレーニングなどによるものなどではなかった。
 真相は…
(ああ、アカンわ…昨日、ちょっとばかり張り切ってたこ焼き焼きすぎてもうた…あーしんど…)
 部員達に振る舞ってやったのはいいが、関西人の血が騒ぎ、少しペース配分を誤ってしまった様だ…
 練習などはきっちりとこなしているものの、こういう小休止の時間になると少しだけでも脱力したくなる。
(あ〜も〜…何か肩も凝っとる感じがするわ…待ち合わせとる岳人が来たら、ちょっと肩揉んでもらうか…跡部やったら樺地がおるからなぁ、ええなぁ…)
 ぼーっと彼がそんな事を考えている間にも、更にとことことこ…と桜乃が近づいてくる。
 大きな足音ではないが、明らかに人の近づいてくる気配に、忍足がぴくんと反応した。
(ん…何や、ようやく岳人の奴、来たみたいやなぁ…じゃあ)
 自分に近づいて来た事と、待ち合わせの時間とぴったりだった事もあり、忍足は特に背後の人間を確かめる事もなく、自分の相棒であると思い込んでしまった。
 そして、相手がそうであるという前提で、ぞんざいに自分の肩を示しながら命じたのである。
「なぁ、ちょっとだけ肩揉んでくれへん? だるくてだるくて、もう起きられへんのや…」
「!」
 いきなり向こうからそう頼まれたことで、桜乃は少なからず驚き、彼の背後に立ったまま足を止めてしまった。
 思わず自分の背後を振り向くが、当然ながら誰もいない。
(え…私…に言ってるんだよね?)
 どうしよう、道を聞こうと思っていたんだけど…でも…
 当初の目的を思いつつも、桜乃は相手の様子を伺い、思い悩む。
(う〜ん…道を聞こうと思ってたけど、こんなにお疲れの様子じゃ聞くのも悪いわね…今は静かにしてあげよう…っと、そう言えば肩だっけ…?)
 立海のメンバーを探してはいるけど、そんなに至急という訳でもないし、ちょっとぐらいなら…
 リクエストに答えてあげようと決めた桜乃は、こそりと無言を守りつつ、忍足の両肩に手を伸ばすと、ぎゅ、ぎゅっと力を込めて揉み始めた。
(よいしょ、よいしょっと…)
「んー、なんや、結構上手いやんか…そう、そこそこ」
 筋肉を解されてご満悦の忍足が声を漏らす中、桜乃は引き続きマッサージを続けた。
 何度かその中で声を掛けようかとも思ったが、今更相手に自分の正体を知られたら、寧ろ恐縮させてしまうだろうし、罪悪感も覚えさせてしまうかもしれない。
 ばれたらばれたで、秘密に出来る内はそれを通した方がいいだろう。
 別に施設の中にいるのは彼だけではないのだし…
(うわー、やっぱり筋肉が凄い…あ、ここがちょっと張ってるかも…)
 そんな事を五分ぐらい続けていた時、ようやく血流が改善して復調してきた忍足が、ちら、と腕時計を確認した。
「…ああ、もうええよ、おおきにな。ちょっと休んでからいこか」
(あ、満足してくれたみたい…)
 なるべく気を使わせないように…と思いつつ、こそっと音をたてないように気をつけて、桜乃は肩から手を離すと、きょろりと辺りを見回した。
 もう少し相手は休みたいそうだから、このままそっとしておいてあげよう。
 じゃあ、自分はここにいても仕方ないし…と辺りを伺ったところで、桜乃の目に、来た時とは別のドアが映った。
(あ、あそこからまた別の場所に行けるみたい…ちょっと行ってみようかな…)
 途中で誰かと会えたら、その時にその人に色々と聞いたらいいし…と考え、桜乃はそのまま物音をたてないように、こっそりとドアに向かうと、そのままそこを抜けて立ち去ってしまった。
 そして、それから程なく、新たな来訪者がその場に訪れた。
「…あ、侑士のヤツ寝てんのかぁ?」
 本来の若者との待ち合わせ相手である向日岳人であった。
 まさか桜乃が先程まで自分の代理を務めていたとは露知らず、彼は揚々として忍足の方へと近づいていき、同時に相手もようやくぱちりと目を開き、自分の斜め前から歩いてくる相棒の姿を認めた。
「…?」
 あれ?と不思議な感覚を覚え、彼の頭が動く。
 あれは…自分の相棒だ。
 こちらに向かって前の方から歩いてくる…
(おかしいな…さっきまで、俺の後ろにいてなかったか…?)
 夢かとも思ったが、そうではない事ははっきりしている。
 もし夢であれば、こんなに肩が軽くなっている筈がないのだ。
 しかし、向日が向こうに歩いていった気配も、自分は特に感じなかった。
 では、後ろから近づき、肩を揉んでくれた人物は一体誰なのか…
(…そう言えば…)
 己の肩に手をやり、その時の感触を思い出していた忍足が、ある事実に気づく。
(あん時は岳人やと思いこんどったから、そんなに不思議にも思わへんかったけど…手ぇ、やたら小さくなかったか…?)
 揉んでもらっている時は、相棒が小柄な方だという先入観があったせいでそう疑問にも思わなかったが…今思えば小さすぎる。
 まるで女性や子供の手だった様な…
「……」
「な、何だよ侑士、怖い顔して」
「…座敷童子がおったんや」
「この最先端技術のカタマリの館に?」
 どんだけ時代先取りの妖怪なんだよ…と向日は当然疑ったが、結局真偽の程はわからず仕舞だった。


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