立海おとぎ話・最終節
その後の立海…
「皇子、こんな感じでどうですか?」
「うん、いいんじゃないかな」
「おーい、剪定終わったぞー」
「おうサンキュー、ジャッカル」
それから城も国も相変わらず平和で、和やかな時間の中にありました。
今日も、桜乃は過去と同じ様に幸村の隣で移植ゴテを握り、丸井とジャッカルも一緒に園芸を楽しんでいました。
そこに、大臣の柳が封書を持ってやって来ました…柳生も同行しています。
「皇子、宜しいか」
「柳? どうしたんだい?」
「先程、皇帝が軽く外出してくるから後の事を頼むと…」
「またか…」
やれやれ、という口調の中に笑みを含ませながら幸村はその場に立ち上がりました。
「で、今度は何?」
「少々気になる道場を見つけたので、破りに行きたいと」
「国をまとめる皇帝のやる事じゃないよ…」
自分から乱してどうするのさ…と苦言を呈する相手に、くすくすと桜乃が笑います。
「仕事を随分と皇子に任せられるようになりましたから、羽を伸ばされたいんですよ、きっと。大丈夫、手加減はされますよ」
「そうじゃないと死人が出るよ。まぁいいか、執務も最近は落ち着いてるから」
いいよ、と許可を出した幸村に、でも、と丸井が口を挟んできました。
「俺、てっきり婚礼の時に皇帝の座も皇子が継ぐと思ってたのに、結局変わらないままだったんだなー、ちょっと意外」
「ああ、それは俺も思った。座を退いたら旅をしたいとか仰ってるって噂も聞いてたしな」
ジャッカルもそれに同意したところで、聞いていた幸村皇子がにこりと笑いました。
「ふふ…新しい家族が出来たのが嬉しいんじゃないかな。旅に出たら暫くこういう雰囲気も楽しめなくなるからね、留まることを理由にしてるんだと思うよ。俺は別に立場には頓着しないからどうでもいいけど」
そこまで言って、皇子はくるっと桜乃の方を振り向いて続けました。
「でも、君に一番近い家族は『俺』だけどね」
「!」
「親にまでヤキモチ焼くのやめなって…」
真っ赤になった桜乃の代わりに丸井がしっかり突っ込んだところで、今度は柳に同行していた柳生が遠慮がちに口を開きました。
「失礼…大臣、例の件も」
「ああ、そうだった…もう一つ、皇子」
「ん?」
「先程、仁王から書簡が来て、暫くこちらの城に寄せてほしいと」
「……懲りないねぇ」
幸村皇子、再び苦笑…
「またやったの?」
「寝室まで吹っ飛んだそうですから、今度の滞在はやや長めになるかと…」
「まぁ民に被害がないならいいけど…ウチの中では変な実験は止めてもらうよ」
「それは私が死守しますので、ご心配なく」
好きにはさせません、と予め柳生がきっちり宣言したところで、桜乃が彼に微笑みかけました。
「でも、仁王様とあんな因縁があったなんて、聞いた時にはびっくりでした…ご無事で良かったですね」
「彼に『様』など付ける必要はありません、仁王で十分です」
ふん、と柳生は多少不満を表しましたが、それが照れ隠しだという事は桜乃にも分かりました。
「大体あの人は小さい頃から性質の悪い冗談が好きで好きで…死んだフリなんかその長たるものでしたから。報告が来た時にはぴーんと来ましたよ、つまり『今俺死んでるから、皇子の覚醒係は君宜しく』ってことだとね。皇子を目覚めさせている間、見えない処で今度は何を仕出かしているのだろうと気が気じゃありませんでした…結局、皇子の攻撃も彼の読み通りだったようですし」
「で、でもご無事で良かったですよ…今も元気でやってらっしゃるみたいですし」
桜乃のフォローに柳がふぅと軽く息をつきました。
「魔女を討った手柄もあり、過去の不手際は水に流して再び皇家直属の魔導師に納まったが…あの魔女の城の新たな所有者が彼だというのもまだ少し落ち着かない」
「でも君が許可を出したんじゃない、柳」
「今回の騒動に手を貸すその見返りということで望まれた以上は止むを得ません。単に皇族を救うという名目ならば突っぱねたでしょうが、貴方と真田皇帝は立海になくてはならない存在です。難攻不落のあの城も凶悪な魔女が所有するより余程ましでしょう」
「まぁね…」
幸村皇子が眠っている間に、仁王は柳に条件付きで助力することを申し出ていたのです。
『俺なぁ、欲しいものがあるんじゃよ』
それが魔女の城でした。
雨露を凌げるだけではなく、望まない部外者は一切立ち入ることの出来ない、正に自分だけの自由な城。
しかも、中には魔女の所有物である魔法に必要な貴重な品物も大量にあるのです。
気の向くままに生きる事が信条で、人に介入される事を嫌う、魔導師・仁王にとっては、それは非常に魅力的な空間だったのです。
魔女が打ち倒されてしまえば、その城は当然皇家の預かりとなるでしょう。
そこで仁王は、きっと自分が入手するに当たっては反対するであろう皇帝が眠っている間に、まんまと交換条件として、一時的とは言え、その時の最高責任者だった柳に城の譲渡を持ちかけたのでした。
結局、皇帝が目覚めた後、彼は当然その条件については一度は反対したのですが、前もって仁王が柳からせしめていた誓約書を盾に取られ、認可せざるを得なくなってしまったのでした。
「いいんじゃないかな。正直人が多いこの城は仁王には狭すぎるんだよ、何かあったら手助けはしてくれるだろうし…柳生もようやく貸してたお金、返してもらったんだって?」
「魔女の宝物庫からでしたがね……だから尚更むかつくんですよ、とことん他人を利用するんですから…全く」
「ふふ…」
そこに、桜乃が実に素朴な疑問を挟みました。
「仁王様ほどの実力がおありなら、ご自身でそういう場所を作ることも可能なんじゃないですか?」
「自分でやろうとしたら結構手間がかかって、面倒くさいから嫌なんだって」
「……はぁ」
何となく納得出来たような出来ないような、と桜乃が首を傾げていると、庭園の入り口の方から何か賑やかな声が聞こえてきました。
『だーかーらー! 俺は納得出来ないっての!! 何でまた俺の直接の謁見が続くんだよ、功績上げたから見逃して…じゃねぇや、免除してくれるんじゃなかったのかよ!!』
「おりょ…」
「あの声は…例のわんぱく卿か」
丸井とジャッカルが見遣った向こう、庭園の入り口には、彼らの予想通りの人物が、見張りの兵士に止められながらも必死に訴えています。
切原卿でした。
確かに彼の功績がなければ、仁王の目論んだ時間稼ぎも出来ず、魔女を倒す切っ掛けも得られなかったでしょう。
事実、全ての物事の決着が着いた後、切原卿もその手柄を称えられ、後日、城へ自由に入城出来る権利に加え、大幅な領土の拡大と報奨金を得ることになり、それそのものについては切原卿も満足した様子でした。
「ふぅむ…」
その騒動を見ていた柳大臣が、不在の皇帝に代わって入り口に赴き、卿と対峙しました。
「元気なのは分かったからもう少し声を慎め、皇子達の御前だ…と言っても、最早お前の性格上、言っても無駄な事は分かっているが…」
「無駄だと分かって何で言いますかね」
「単に性格だ、気にするな」
「…………とにかくですね、俺は前の手柄で参内を免除された筈でしょ? 何でまた召還の手紙がご丁寧に来てるんスかね…」
「それについては説明出来る」
「へ?」
二人の会話に、幸村王子たちも興味津々と話をやや離れた処から窺っています。
周囲が、畏まった態度で接する人間達が殆どの彼らにとっては、ここまで傍若無人に上に物申す若者は珍しくもあり、また、頼もしくもある客人なのです。
ぽかんとする若き領主に、柳は手にしていたノートを捲りながら訥々と言いました。
「確かに、お前にそれを約束したのは偽物の皇帝だったが、それでも手柄は手柄だ。皇帝は全てを踏まえた上で、お前の参内についてはご自身の意志を以って免除とする旨を良しとされた」
「でしょでしょ?」
「しかし…」
「?」
「…お前にはその時、同時にかなりの広さの領地を与えたな」
「はぁ、貰ったッスよ。とっくに分けて、欲しい民に抽選で農地として貸したッスけど」
「それが理由だ」
「はい?」
「立海の法律に於いて、ある一定の広さを持つ領主は相応の地位と名誉を許されるが、同時に周囲に大きな影響力を与える以上、その責を負わねばならん。故に、広大な領土を持つ主は、代理の者は立てず『本人』が参内する義務を負うのだ…確かに過去のお前はそれには該当しなかったが、今は違う。領土を得、それを利用している以上、法律には従ってもらう」
「そんな法律あったんスか〜〜〜〜〜〜っ!!!???」
今知った!!と、がーんっとショックを受けている切原のところに、幸村皇子達がゆっくりと歩いてきました。
「…知らなかったの?」
「…だって、弱小領主には縁のない法律だったッスから…」
皇子の問い掛けに、相手はかっくりと首を項垂れて意気消沈…
「土地返還したら義務もなくなるよ」
「出来ないッスよ、もう貸しちゃったし…民があんな喜んでる顔見たら、今更返せなんて言えないっしょ」
「じゃあしょうがないねぇ」
それでも諦め切れないのか、切原卿が顔を上げて柳に尋ねました。
「土地だけ貰ったまま参内をブッチ出来る方法って無いッスか?」
「たわけがーっ!!!」
「ぎゃーっ!」
突然背後から聞こえてきた罵声に、切原卿が飛び上がり、幸村はおや、と軽くそちらに目を遣りました。
「あれ、父上、もうお帰りでしたか。今日は道場はお休みで?」
「もう破ってきた。噂の割には大した事もない道場だった。そうだ、帰りにコイツと会ってな…」
「よっ」
「仁王!」
真田皇帝の背後からにょっと顔を出したのは、あの銀髪の魔導師でした。
「お邪魔するぜよ、幸村。こっちに向かっとったら、見覚えのある顔の奴が歩いとったけ、一緒に飛んできたんじゃ」
「ああ、だから早かったんだね」
納得納得…と頷いている皇子の横では、街へ下りる為に平民の服を纏ったまま戻って来た皇帝が、今はもう道場の感想よりも、目の前の若き領主への叱責に夢中になっていました。
「貴様はまたそういうふざけた世迷言を抜かしておるのかーっ!! 或る意味、貴様には土地を与えて正解であった! これからまたその性根を一から叩きなおしてやるわーっ!!」
「わーっ! 少しは手加減して下さいってば! 少なくとも俺、道場破りしてる陛下よりは、性根は平和主義なんスからーっ!!」
「お前さん、本気で言っちょるなら、かなり脳ミソあったかいんじゃなぁ」
「悪い人間じゃないんだけどねぇ」
ぎゃあぎゃあと賑やかになった皇子や皇帝の周囲を眺めていた他の者達の中で、桜乃が困った様に笑いながら、柳生へと振り返りました。
「…みんな揃いましたから、お茶にしませんか? あんなに元気にはしゃいだら、喉も渇きますから」
「そうですね、そうしましょうか」
「約一名は、どう見てもはしゃいでる感じじゃあないけどな…ま、いいだろ」
「俺、果物もいでくるな! あ、柳生、ケーキも頼んどいて」
どうやら、今日のお茶の時間はいつもよりずっと賑やかで楽しいものになりそうです。
うきうきした気分でその準備を始めようとした桜乃の許に、再び幸村が歩いて来ました。
「今日のティータイム、楽しみだね」
「ええ、皇子。お客様もいらっしゃいましたから、沢山、色んなお話が聞けますよ」
「ふふ」
笑顔で応える自分の愛しい少女に、幸村は小さく笑ってこっそりと囁きました。
『ねぇ、もうそろそろ『精市』って呼んでくれてもいいんじゃない?』
「っ…!」
甘い囁きと台詞の内容に、桜乃は真っ赤になって俯き…かろうじてひそりと答えました。
「ひっ…人がいると恥ずかしいじゃないですか…」
「そう? まぁいいかな。二人っきりの時にはちゃんと呼んでくれてるしね」
「〜〜〜〜」
そして、その日も賑やかなティータイムが始まりました。
様々な立場の者達が、それを忘れて楽しく語らう一時が…
それからも立海は末永く平和な時を刻み、彼らもまた、立場を超えて同じ時間を共に仲良く、ずっとずっと過ごしたのでした……
了
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