「あー今日はまだ遊び足りねーなー…弦一郎から教えてもらった組手でもやってみっか? ジャッカル」
「おいおい、部屋の中で出来る訳もないだろ、障子でも破ったら大目玉だぞ?」
 そんな声が聞こえてくると、今度はブン太とジャッカルの二人が縁側の奥、居間の前の廊下を歩いている姿が現れた。
 どうやら、これから何処かでまた身体を動かそうと画策している様だ。
「だーいじょぶだって、そこの卓を移動させてさ、広いんだから出来るだろい」
「やめとけって、どうせなら道場にでも行ったらどうだ? 弦一郎直々に相手してくれるかもしれんぞ」
「そんなん遊びじゃ済まなくなるじゃん…って、お?」
「? どうした?」
「いや、あれ…」
 ブン太が指し示したのは、縁側に見える白い物体…
 例の布団一式である。
「お、虫干しか」
「一人分だけなんて珍しいな〜…まさか誰かがおねしょとか」
「中学生でか?」
 流石にそれはありえないだろうとジャッカルが否定している間に、もうブン太はすたたたーっとその布団の方へと近づいていた。
「まぁここにあっても邪魔にはなんないけど…お? 何だこれ」
 若者が気がついたのは、例の蓮二の書置き。
「…『さわるべからず』ってあるな…何かの実験でもしてんのか?」
 同行したジャッカルが相手の性癖を理解した上での予想を述べる隣で、ブン太がへ〜えと声を漏らした。
「いや、まさか蓮二がねぇ…」
「勝手な誤解したままだと墓穴に叩き込まれるぞ」
 何を想像しているんだとジャッカルが突っ込んでいる脇で、誤解を解いたのか解いていないのか、ブン太はやはり書置きの意味するところに興味が湧いたらしく、兄達と同様に中身を覗こうとした。
「触るなだって…何が仕込まれてんだ?」
「いや、触るなって言われてんだから触るのはマズイだろう」
「だって触らなきゃ捲れねーじゃんかよい」
(だから、ほっとけって意味なんじゃないかと…)
 思いつつも、どうせ言ったところで聞いてくれやしないんだろうな〜と、悟ったジャッカルはそれ以上は言の葉に乗せる事を諦めた。
 何度も何度も、言ってやっては悉くそれをぶっちぎってトラブルを引き起こしてくれている弟なのだ、今更何を言ったところで改めてくれる可能性は低い…と言うよりほぼ皆無だ。
 普通は相手が諦めるか改めるまで躾というものは続けられて然るべきなのだが、このブン太と更に弟の赤也相手に関しては、兄のジャッカルの方が匙を投げている。
 しかし完全放置という訳でもなく、どうにも出来ないが傍観も出来ないという場合には、もれなく次兄に躾の代行を頼むか、妹である少女に止めてもらうなりするのだった。
(どーしたもんだかねー…)
 弟の言動より先に、自分の兄としての威厳をどうしたもんだか…とジャッカルが悩んでいる間に、ブン太はひょこ、と軽い動作で布団を捲っていた。
「お…」
「ん…?」
 声を漏らす弟につられて、ジャッカルも布団の方へと視線を向け…相手と同様に黙り込んだ。
「……あ…あ〜、まぁこれはねぇ…」
「だな、うん…」
 全てを語らずとも互いに何かに納得した様子で、二人は布団をそのまま放置することに決定し、更に…
「…やっぱどっか行こうぜい、ここじゃあ騒げねーよい」
「そうだな、遊べる場所は探せばあるし」
 そうしようそうしよう、と一致して二人は何処かにまた出掛けていってしまった。


 そしてまた更にそこに新たな来訪者が現れた。
 立海一家の末弟である赤也である。
「ふんふんふふ〜ん…」
 鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた彼が、ふと居間の隣を通りがかった時に、開かれた襖の向こうに見えた物体に足を止める。
「お、布団発見」
 睡眠大好きの若者は、自分にとってのラッキーアイテムを見つけたとばかりに、嬉しそうにつつーっとそちらへ方向転換。
 すぐ傍に来たところでその白い物体を見下ろし、続けて青空を見上げた。
「い〜いねぇ〜、日光でほっかほかに膨らんだ布団ってスッゲェ気持ちいいんだよなー。多分桜乃が干してくれてんだろうけど…」
 家事全般を担っている妹の心遣いだろうと察しながら、赤也は目の前の誘惑に思い切り乗ってみたくなった。
「へへ、ちょっとだけ一番乗りしてみるか…ん?」
 ふと見ると掛け布団の上に置き紙…
「『さわるべからず』…? 蓮兄ぃの字じゃん」
 ってことは、ただの布団じゃないってコトなのか…?
「…んー…?」
 確かによく見たら、掛け布団の形が少しばかりずれてるし、盛り上がっている感じが…
(何だ?)
 純粋にそれだけを思って赤也がぴろっと布団を捲ってみて…再び彼はそれを閉じると、すたこらと退散していく。
 自分にとってもかなりの魅力的時間を諦めたにも関わらず、その顔は何故か笑みが称えられていた。
「…ちぇ、先越されてたかー」



 そして…
「いや〜〜〜〜んっ! 寝過ごしちゃった〜〜〜〜!!」
 遂に、禁断の布団の封印が破られた。
 実はあの中には、立海家の末っ子である桜乃が眠っていたのである。
 全員分の布団を干してそれぞれを片付けていた際に、最後の一組を前にしたところで彼女はつい誘惑に抗えず、こっそりと横になったのである。
 ほんの少し仮眠を取るつもりだったのに…気付いたらもう夕方過ぎ。
 お布団の片付けどころか夕食の支度もしていないし…お兄ちゃん達に謝って大急ぎで準備しないと!!
「えーんっ! お兄ちゃん達ごめんなさーい! ねぼすけしてしまいましたーっ!!」
 はわわわっ!!と大急ぎで寝ていた布団一式をきちんと収納した後で、彼女が兄達がいるであろう居間へと謝りながら入室すると…

『全然いいよ』

「ふえ…?」
 てっきり、『ええーっ!! ご飯ないの〜〜〜っ!?』という悲鳴の一つの聞こえてくるかと思ったのに……
 大慌ての当人とは裏腹に、兄達は全く動じる素振りもなく、居間でまったりとくつろいでいた。
 まぁ、桜乃本人は眠っていて気付かなかっただろうが、兄達が既に彼女があそこで寝ているのを知っていたのだから当然の反応である。
 今更申告してもらわなくても、自分達もそのねぼすけの共犯の様なものなのだ。
 いつも勉強に家事にと頑張っている妹のささやかな休息…誰が邪魔出来ようか。
「今日は何処かから出前を取ってもいいんじゃない? しばらくなかったし」
「うむ、たまには良かろう」
「折角休んだ身体をまた酷使することもない…今日はゆっくりするといい、桜乃」
「お兄ちゃん達…」
 精市達年長組の意見を聞いている間に、下の弟達は楽しそうにどれを頼もうかと、常備していた何枚ものお品書きに特攻をかけていた。
 普段しっかりと家で食べている人間にとっては、外の味を味わうのは楽しいイベントでもあるのだ。
「中華!!」
「いやいや、ここはイタリアンで!」
「スパイシーなものがええのう」
 実に賑やかな兄達の議論を聞きながら、桜乃は暫くほけーっとその様子を見ていたが、どうやら彼らの目に見えない、気付いていない処での心遣いを感じ取り、安堵した様に微笑んだ。
「…ごめんなさい、お兄ちゃん達。明日からはまた頑張るね」
「ん…疲れている時に無茶は禁物だよ。何かあったらすぐにお兄ちゃん達に相談してね」
「はい」
 屈託なく笑う妹の姿に精市はよしと頷き、優しく彼女の頭を撫でる。
「じゃ、桜乃も好きな物を選ぶといいよ」
「うん!」
 そして嬉しそうに話の中に加わっていく少女を、兄達は優しい眼差しで見守っていた。
 立海家は確かに八人の男手で守られているといった印象が強い…と言うより他者から見たら間違いなくその様にしか見られていないだろう。
 しかし、現実は違う。
 この家の中心にいるのは…いつでもこの妹だ。
 彼女がいて、自分達を支えてくれるから、自分達もまた本来の実力以上のそれを引き出せる。
 桜乃の意識がある時も、眠っている時も、その不文律は決して破られることはない。
 守ってやらなければ!
 例え甘いと言われ様と、そればかりは譲れない。
 兄達の結束は、相変わらず鋼以上の逞しさだった…






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