桜乃争奪戦・四天宝寺編
「見つけたか!?」
「いや、まだだ」
「あーもうっ! 何でこんなややこしいコトになっちまったんだよ!」
ここは大阪駅から程近い繁華街…本来はそこにいる筈のない男達が、一同集まって慌しく言葉を交わしていた。
明らかにここ辺りの学校の生徒ではない見慣れない学生服…全員は共通して同年代の若者の中でも引き締まった身体であり、また、端正な顔立ちをしている。
「アイツら〜〜〜〜、竜崎さらってナニ仕出かそうってんだ!!」
内一人の、くせっ毛の若者が拳を震わせ、怒りを隠そうともせずに怒鳴ると、隣の黒の帽子を被った先輩と思われる男が相手を嗜める。
「落ち着け赤也。苛立っても仕方ない、今は彼女を探して無事を確認する方が先だ。確乎不抜…我が立海男子テニス部のモットーをレギュラーのお前が忘れてどうする」
「う…」
そう、彼らこそは、中学テニス界にその名を轟かす、立海テニス部レギュラー達だった。
関東圏の彼等が、この日…何故揃って遠征試合もないこの休日に、大阪にいるのか……
「と言っても、俺達全員まとめてここに来ちまった以上、そのモットーは耳に痛いがのう」
「ぐ…」
銀髪の若者がくるっと辺りの人ごみを見回して誰かを探しながらの一言に、副部長である真田が渋い顔をして、隣の華奢な身体をした部長の幸村もその進言には苦笑した。
「確かにね…ちょっと慌ててた。でも今回ばかりは仕方ないよ、連絡取れない上に竜崎さんもこの街には不慣れなのは間違いないから…」
「連絡が取れないっていうのがどうにもなぁ…」
ブラジル人とのハーフであるジャッカルがやれやれと疲れた表情をする隣では、ダブルスの相棒である丸井が自分の携帯を弄って首を横に振った。
「やっぱダメだぃ…竜崎のケータイ、電源切ってる」
「…先程から随分静かですね、柳参謀」
立海テニス部の生きたデータベースである柳がずっと無言を守っていることを柳生が指摘すると同時に、その相手がぼそりと呟いた。
「もし、俺の予測が合っているとするならば…」
「ん…?」
親友の言葉に真田が振り向くと、柳は彼と幸村に交互に顔を向けて自分の仮説を述べた。
「…昨日、四天宝寺の奴らと竜崎が随分と親しく話し合っていたのは覚えているだろう? もしかしたらあの中にヒントがあるかもしれん…・・今回の騒動が、間違いなく彼らの手によって引き起こされている以上、それを無視することは出来ん」
「四天宝寺…」
そうだ、そもそも今回の騒動の発端となった奴ら…彼らの竜崎に対する目的を予測することにより、見えてくる真実もある。
彼らの竜崎との接点…それは、昨日の練習試合の後でのささやかな交流の中にあった。
昨日の夕方に時は遡る…
「それでね、ここにXを入れると…」
「うーん、うーん…うん」
立海との練習試合を終えた四天宝寺は、午後は立海メンバー達から神奈川内の主要観光地を案内してもらった後で、宿泊施設に戻っていた。
今は彼らはロビーでそれぞれ楽しい談話の一時を過ごしていたが、ただ一人、一年生の遠山金太郎は、一人の助っ人と一緒にそこに持ち込んだ宿題と格闘している。
「だからこうなって、答えは…」
「…3?」
「当たりー、同じ様にやったら後の三問も解けるから…」
「おおきに! これで月曜は先生に叱られんで済むわ! 竜崎教えるの上手いなぁ!!」
「うふふ、どういたしまして」
そこに、一人だけ、立海でも四天宝寺でもない生徒…竜崎桜乃がいた。
彼女は言うまでもなく青学の生徒なのだが、立海のレギュラー達と知り合って以降は、寧ろ彼らとの交流が深くなっている。
それは偏に、桜乃の素直で純朴な性格を立海の男達が気に入ったからであり、何かにつけて彼らは桜乃を気遣い、可愛がっていた。
今日彼女がここにいるのは、今回の練習試合、臨時でマネージャーとして手伝いをして欲しいと幸村達からの要請を受けてのことだったのだ。
「……」
桜乃が遠山に付きっ切りで宿題の面倒を見てやっている姿を、少し遠くから不満げに丸井が眺めている。
「何だ何だぁ? 随分ご機嫌斜めだな、丸井」
「…だって折角久し振りに会えたのに、全然構ってくんねんだもん、おさげちゃん…」
ぷーっと不満を形に表すようにガム風船を膨らませた相手に、ジャッカルは苦笑する。
「お前の方が子供みたいだぞ? 竜崎はひとりっこだし、いつも兄貴みたいな俺達の中にいると、たまには弟みたいな奴の世話も焼きたくなるんだろう」
「む〜〜〜〜」
諭されても全く機嫌を直す様子のない丸井を見て、詐欺師もにっと唇を歪めた。
「はは、まぁ、気持ちは分かるぜよ。今まではウチに来れば俺達に何かと世話を焼いてくれてたからのう…寂しいと感じるのも当然じゃ」
「余裕の発言やんか、仁王…しかし、今日はまさか、立海に女子がマネージャーでおるとは思わんかったで?」
仁王に呼びかけたのは四天宝寺の忍足謙也であり、彼もまた桜乃の背中へと視線を向けた。
「しかも青学の生徒が何でや?」
「そりゃ、青学の奴らと一緒にいるより、俺達と一緒にいる方が楽しいからに決まってるっしょ」
そこに割り込んできた立海の切原が胸を張って一言宣言すると、続けて「こら」とそれを嗜めながら部長の幸村も会話に加わった。
「まぁ、色々な縁があったんだけど…俺達が彼女を気に入ったのが一番の理由かな」
「こりゃあ驚きやわ…天下の立海の部長はんが、そんな事あっさり言うてええのん?」
財前が茶々を入れるが、当の幸村は穏やかな表情を変えずにあっさりと頷く。
「本当の事だし…俺以外のメンバーも認めると思うよ? 彼女も俺達に凄く懐いてくれてるしね…もう全員の妹みたいなものさ、彼女が応援してくれてるといつもより気合も入る」
「はは、道理で幸村、今日の試合はやけに好戦的だった訳ばいね。女ぁ入れて気が抜けるトコロは、ようあるばってん、逆に強くなるなんてそうなかとよ? 凄か女たい」
関西弁の中にあっても個性を失わない九州男児の千歳が、手にコーラの入ったコップを持ちながら楽しそうに笑う。
「確かに凄い女みたいやなぁ…あんなに静かに長く座っとる金ちゃん、見たことないで、俺」
「竜崎は学業と部活を両立しているなかなか感心な一年だからな…同じ一年同士だし、教え方も遠山に合っているのかもしれない」
白石に答える柳の視界の向こう・・遠山や桜乃の周囲からは、ほのぼの〜〜というのどかな空気が流れてきている…まるであそこだけ時間の流れが変わっている様だ。
いつもならハッスル状態の遠山も、今はあのほのぼのムードに完全に流されている様子。
それを無自覚でやってのけているのなら…やはり凄いと言えるかもしれない。
「…それに、かわええしなぁ」
「当然じゃないか」
「………」
一秒どころか、刹那の間さえもおかずに同意した幸村に、忍足が顔を強張らせて視線を泳がせる。
他の四天宝寺のメンバーもほぼ同じ反応を示したが、対する立海メンバーは全員、何を今更…といった感じで軽く受け流していた。
(な、何か今…さらっとノロケられた気がするんやけど…)
(妹…?)
(ヤバい意味の妹ちゃうやろな…犯罪やで)
そんな言葉をそれぞれが心で呟いている脇で、立海メンバー達は更に暴走。
「全く…あんなにいい子なのに青学のメンバーは何をやってるんだか…」
「ちっとは一緒の学校にいることに感謝しろっての」
「竜崎の可愛さに気付かないなんて、アイツら絶対に不感症だろぃ?」
『こいつら、ガチでヤベぇ!!!!』
遠山を除いた四天宝寺メンバーがどわっと心の中に嫌な汗が吹き出すのを感じているところで、白石は遠山の大声を聞いた。
「なぁなぁ白石〜!!」
「ん? 何や?」
「竜崎、連れて帰ろ!!」
ビシッ!!
立海メンバー達が例外なく硬直した気配に気づく様子も無く、遠山はぐいぐいと桜乃の腕を引っ張りながら仲間達に訴える。
「なぁなぁええやろ!? コイツめっちゃ優しいし、一緒にいておもろいもん! 明日一緒に大阪連れてこー!」
「あんなぁ金ちゃん、そんなコト出来るワケないやろ。竜崎は青学の生徒なんやから」
「学校替えるんやなくて、大阪に遊びに来てくれたらええねん! 一緒に連れてこ!」
「今日の明日でそんな無茶言えるワケないっちゅうんや。あんまり困らせたらアカンで?」
忍足の諌めもあり、遠山はぶーっとふてくされながらも桜乃の腕を離さない。
「ちぇー! 来てくれたらぎょーさんおもろいトコ、見せてやってんけどなぁ!」
「うふふ、有難うございます遠山さん…でも、次の機会にしておきますね」
にこにこと笑って相手の好意を受け取る桜乃を見つめつつ、四天宝寺の遠山以外のメンバー達は冷や汗を流しつつコトが収束したのに安堵していた。
(よ、良かった〜〜〜〜金太郎が引き下がってくれて〜〜)
(さっきの殺気…いや、シャレやないけど……マジでシャレにならんかったわ)
(やけど、一歩間違えたら、間違いなく犯罪者集団ちゃうん!?)
穏便に済んで良かった!と心底思っていた彼らが無言を守る中で、ふと思い出した様に千歳が幸村に声を掛ける。
「そう言えば、幸村達は大阪に来たこつはあるとね? なかなか活気があって面白かよ? たまにはテニス抜きで遊びに来てもよかとに…」
「そうだね、たまには見聞を広めるのも良い経験だと思うけど…なかなかそういう切っ掛けがないと実行に移すのは難しいなぁ」
桜乃の安全が確保されたと判断されたところで、幸村はいつもの穏やかな笑みを浮かべて相手に答え、そして桜乃へと視線を移す。
「でも、もし行く機会を持てたら、その時は俺達と一緒に行こうか竜崎さん」
(既に青学メンバーすっ飛ばして話しているところが…)
やはり只の妹分並の可愛がりようではない、と四天宝寺が確信している脇で、同行を勧められた桜乃は何も躊躇うこともなく素直に頷いた。
「そうですね、新幹線を使えば日帰りでも楽しめそうです」
「やっぱ行くなら道頓堀とか?」
「そういう有名な処もいいですけど…うーん、通天閣とか見晴らしのいいところから大阪を眺めたりするのもいいですね」
丸井の言葉にそう答え、暫く考え込んだ桜乃は、きょろっと白石達へと目を向けた。
「それに、皆さんの学校にも近いと聞いていますけど、天王寺とか…静かな大阪の町を巡るのもいいかも。四天宝寺の皆さんがどんな処で学校生活を送っているのか、気になります」
少女の素朴な言葉に、ほう、と千歳達が感心したように頷いた。
自分達の母校に興味を示されるのは悪い気はしないものだが、こういう台詞を打算無く、そのまま言葉に乗せる事が出来るとは…
良い子だなぁと感心している彼らの脇で、柳が思い出した様に桜乃に声を掛ける。
「天王寺と言えば、あそこには天王寺七坂という観光名所がある…なかなかに静かで良い散歩道にもなるようだ。所謂『お寺銀座』とも呼ばれる地区だからな」
「賑やかなイメージが強い大阪ですけど、それだけじゃないんですね」
「のんびりするにはええかもしれんの」
「俺は景色よりもそこの名物が気になるッスけどね〜」
銀髪の若者達もうんと頷いて同意する…が、結局今回は、大阪巡りが現実になる事は無かった。
先程の白石が言う通り、いきなりそんな計画を実行することは先ず不可能だからだ。
それに…立海のレギュラーメンバーはレギュラーであるが故の責任も負っており、そうそう遠出をするという事も憚られる。
「立海の名を負うのも大変やな…」
「誇りだと思っているから、苦痛じゃないけどね」
付き合いは悪くなってしまうかもしれない、ごめんよ、と苦笑する立海の部長に、四天宝寺の部長も笑った……
そして翌日、四天宝寺の面子が帰る日、彼らを見送りに立海メンバーと桜乃は東京駅まで見送りに来ていた。
「じゃあ、またいつか練習試合で、かな。それとも、早速公式戦かもしれないけど…」
「ま、どちらにしろ良い試合にしようや」
朗らかに話す部長達の向こうでは、四天宝寺のメンバーに混ざって桜乃達が荷物の運び入れを手伝っていた。
「竜崎は軽いヤツだけ運んでくれたらいいぜ?」
「はい、切原さん…あ、段差、気をつけて下さいね」
「おう」
えっちらおっちらと荷物を運び終えて、メンバー達が外のホームに足を降ろす中、桜乃が不意に車内の遠山に声を掛けられた。
「なぁなぁ竜崎、昨日のお礼にあげたいモンがあるんや、ちょっと中に来てくれへん? すぐに終わるし」
「え? ええ、いいですけど…ちょっと行って来ますね真田さん、すぐ戻ります」
「うむ、俺は精市の処に先に行くぞ」
「はい」
昨日、遠山が桜乃に随分長い間勉強を見てもらっていた事は知っているので、真田は遠山の言葉を疑いもしなかった。
向こうでは仁王達も忍足や財前たちと別れの挨拶を交わしているようだ。
すぐに終わるという事だし、彼女も程なくホームに戻るだろうと思い、彼は言葉の通り幸村の許へと歩いて行くと、そこで白石と別れの挨拶を交わす。
「じゃあ、またいずれ」
「道中、気をつけてくれ」
「おおきに…お、竜崎もホームに戻ったようやな。もう出発時刻やし、行くわ」
白石がにっこりと笑いながら新幹線に乗り込むと同時にドアが閉まり、こちらに窓越しに振り返りつつ手を振った。
そして、メンバー全員が新幹線の発車を見送った後は、静かなホームに彼らと他の見送りの客達がちらほらと残るだけになる。
「朝早くから、彼らも大変だったね」
「そうだな…さて、俺達も戻るか」
柳の言葉に全員が頷いたところで、あ、と幸村が思い出した様に言った。
「と、そう言えば竜崎さんはどうする? そのまま家に戻るか、それとも暫く俺達と行動する…?」
彼女がその場にいたら、きっとすぐに返事が戻って来たのだろうが…誰も何も言葉を返さず、しんとした沈黙だけがあった。
「…?」
あれ?と思いつつ、桜乃の反応を見ようと振り向いた幸村の視線が…メンバー達の間からホームの全景に移り、せわしなく動き……
「……彼女は?」
端的な質問を他のメンバーに投げかけた。
いない。
何処にも。
自分達の輪の中にも、このホームの上にも、何処にも…彼女の姿が見当たらない。
「え…っ!?」
そこで初めて真田を始めとするメンバー達が桜乃の姿を探し…十六の瞳を以ってしてもそれが叶わない事実と気付いた瞬間、全員は一気にパニックに陥った。
「ええええええええ!!!!????」
「竜崎!? 何処だっ!!」
丸井が叫ぶ脇でジャッカルがきょろきょろと首を何度も動かし、ついでに目も動かして少女を探す。
「馬鹿な!! 白石は確かに竜崎がホームに戻ったと…!!」
あの言葉があったから、彼女はもうここにいるものだと…
しかし、彼女は何度探してもここにはいない…物理的にホームの下に発車前に落ちることなど不可能だ。
その後に間違って落下したとしても、もう見つかっている筈…となると、全ての事象を考えると、ある一つの答えが導き出される。
「まさか…彼女も一緒に新幹線に…」
柳生がその可能性をぼそりと呟いたと同時に、
「幸村」
と、銀髪の詐欺師仁王が部長の名を呼び、ホームの柱の傍へと彼を呼んだ。
そして、部長だけでなく皆がそこに来たところで、ぴ、と柱を指し示す。
いや、正しくは柱にセロテープで貼り付けられた一枚のルーズリーフを…そこには黒のマジックででかでかと、
『竜崎は預かった』
とだけ書かれていた。
結論…竜崎桜乃、拉致被害確定(現在進行形)
『………』
全員の無言の時が数秒流れた後、先ず声を出したのは幸村だった。
「……蓮二」
日常の穏やかなそれではない、コートに立つ『神の子』の時のままの冷たい響きに、相手の男は参謀として必要な情報のみを提示する。
「最短で大阪に追いつくには、今から二十分後のものに乗ればいい。この時期なら自由席でもゆとりはある筈だ」
「十分だ」
何の為に行くのか、本当に行くのか…そんな質問をする輩は誰もいない…
全員、既に目が試合前の様な戦闘体勢に入ってしまっている。
ここに、立海メンバーの桜乃追跡作戦が展開したのであった。
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