とある日の小さな冒険・3
きーんこーんかーんこーん…
「ちわっす」
「早えなオイ!!」
切原が、昼の授業終了のチャイムが鳴り終わらない内に三年の教室を訪れた時、ジャッカル達は丁度教科書を机のスペースに仕舞い込んだところだった。
「いつもは昼寝の寝起き後で、後ろからはたきたくなる程スローペースなのによい」
「まぁそれはそれとして…で? 桜乃は何処っすか?」
きょろきょろと辺りを見回す後輩に、やれやれと呆れた様子で柳が言った。
「まだ来ていない。しかし、もう家からは出ている筈だ。遅からず、ここに来るだろう」
「ふーん…じゃあ一緒に待たせてもらってもイイすかね」
「好きにしろ、どの道断ったところで諦めるつもりもないのだろう?…ところで、お前の手持ちの弁当はどうした?」
「とっくの昔に食っちまったッスよ。昼の為に早めに空かしとかなきゃいけなかったっしょ?」
(どう判断したら良いものか困るな…)
安易に何かを言う様な性格でもなかった柳は、腕を組みつつ沈黙を守るのみだった。
現在、学校は昼休みの休憩に入ったところ。
当然の事だが、この時間、生徒達はほぼ例外なく昼食を取るタイミングになるのだ。
幸村達が桜乃に頼んだ昼食も、この時間に彼女の手によって届けられる事になるのだろうが、その事実をこの二年生も前の休み時間に聞きつけたのだった。
聞きつけた、というより聞きだした、という表現が正しいかもしれない。
桜乃の事を気にしているのは、別に一緒に住んでいる三人やご近所さんだけに非ず。
実はこの切原赤也も、桜乃の事は見た時から気になっていたらしく、あわよくば自宅に迎えようと思っていたところが、幸村の先手によって阻止されてしまっていたのだった。
前の休憩時間に様子がおかしかった先輩達にしつこく食い下がり、事実を聞きだした切原は、当然、一緒に昼休みを過ごす気満々だった
その気になっている少女が手作りのお弁当を運んで来てくれるという事であれば、乗らない訳にはいかないだろう。
「……あれ? ところで、ウチの部長達は?」
ふと、集まっている人間の数が少ない事に気付いた切原が辺りを見回す。
柳の姿の他に見えるのはジャッカルと丸井。
仁王と柳生がプチ家出をしているという事は数日前から聞いているので、それは已むなしとして……部長の幸村と副部長の真田の姿がない。
「トイレっすか?」
「いや、桜乃を迎えに行った」
「は!?」
ぽかんとする切原に、やはり柳は淡々と返した。
「迎えに、と言うか、見守りにな。社会勉強の為に彼女におつかいを頼んだ以上、余計な手出しは無用だと言ったのだが…精市は手出しはしない代わりに危険な目に遭っていないか陰から見守りたいと言って出て行った。弦一郎は、奴の目付けの様なものだな」
「『はじめてのおつかい』の隠しカメラみたいなモンっすね…」
本当にあの美麗な部長は、桜乃の事が気に入っているのだな…と実感した切原は、仕方ないと手を頭の後ろで組んで息を一つ大きくついた。
「んじゃ、俺らは外で待ちますか? 確か、皆で中庭で食べようって言ってましたよね」
「そうだな、先に行って場所を確保しておくか」
「んじゃ、俺らも行くぜい」
そうして柳達は一時幸村達とは別れ、一足先に中庭へと向かっていった。
「鍵かけ、良し!」
昼休みを男達が迎えるより少し前…
桜乃は片手にバスケットを持った状態で、家の玄関の鍵を掛け、しっかりとその確認を行っていた。
鍵の確認が終わったら、紐が通されたそれを首にかけ、改めて緊張した面持ちでバスケットを両手で持ち直す。
「準備、整いました!」
「よーしよし」
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
傍には昼食作成に協力してくれた仁王と柳生が、同じくバスケットを各々持った状態で立っていた。
勿論、彼らも桜乃と一緒に今から学校へと向かうのだ。
食べる男達の人数と胃袋を考慮し、作成したサンドイッチ達はかなりの数に上ったので、全員で手分けして持つ事になった。
まぁ桜乃一人でも持てない量ではなかったのだが、それを指を咥えて見ている程、仁王達は間抜けではない。
当初は紳士である柳生が男二人で全部持つべきという案も出したのだが、そこは桜乃の徹底した抗戦に遭って向こうが折れる形になった。
『折角頼まれたんですから、私、自分でも出来る事をやってみたいんです!』
ペットとして、ずっと庇護されていた立場の娘が、自立に向けて成長しようとしているのである。
ここまでの決意を見せられたのなら、邪魔する方が野暮というものだろう。
しかし、やはり女一人、しかも慣れない若い娘を出歩かせるのは危険だろうということで、桜乃の両脇は二人がボディーガード宜しくがっちりと固めた。
「んじゃ、立海に向かって出発じゃ」
「今からなら桜乃さんの足で行っても、十分に間に合うでしょう。焦らずに、道を確認しながら行きましょうね」
「は、はい、宜しくお願いします」
これまでも外に出た事はあるが、せいぜい近くのお店とかに買い物に行くのがせいぜいだった。
何処かを目指し、誰かに何かを届けるという目的を持って行くというのは、やはりいつもの外出とは緊張感が違うものらしい。
(お、落とさない様にしなくちゃ…)
ひしっと両手でバスケットを抱え、何となくぎくしゃくした動きで歩き出した桜乃を、後ろの二人が微笑ましそうに見守りつつ、共に歩きだした。
緊張感漂う外出だったが、外は非常に天気も良く、風も優しく吹いており、前へ行く気持ちを優しく応援してもらっているかの様だ。
「いいお天気ですねぇ」
「そうですね、外で食べるには丁度良い気候です」
「楽しみじゃの。立海の中庭は花も沢山咲いとって、なかなか綺麗なんじゃよ?」
「本当ですか?」
一人だと緊張も解けなかっただろうが、傍に心強い道案内役がいて、お喋りしてくれる内に、桜乃の足取りも徐々に自然になっていった。
「えっとぉ…あ、道案内あった…こっちですね」
大通りに出たところで、道にあった大きな案内掲示板を見て立海の位置を確認すると、桜乃は何度か自分を納得させるように頷き、案内が指す方へと足を向けた。
立海が、中・高・大通してのマンモス校だという事が、ここでもラッキーに繋がった。
大きな施設を持つ学校の分、地図でもそれなりに目立つ施設となるので、場所なども確認し易いのだ。
きょろきょろと周囲の風景も一緒に覚えておこうと、忙しなく辺りを見回している桜乃を後ろから見守っていた柳生が、こっそりと仁王に囁いた。
『私達が心配していた程、大きな混乱はなさそうですね、良かった』
『じゃの。これからも誰かと何度かこうして行けば、道も覚えて一人でも大丈夫じゃろう……ん?』
応えた詐欺師が全ての台詞を言い終わったすぐ後で、小さな声を漏らしつつ、ふん、と鼻を鳴らす。
『…』
同時に、柳生も何か感じたのか呼吸を軽く止め、眼鏡に手を遣った。
「?」
背後にいた二人が足を止めた気配に気づき、桜乃が振り返ると、その二人の更に向こうから初めて見る二人の獣人が勢いよく走ってくるところだった。
「あら? お友達の方…?」
「仁王てめぇよくもこないだは俺を嵌めてくれやがっ…!!」
ばきっ!!
桜乃の言葉が終わるより前に向こうの一人が何事かを喚きながら仁王へと襲いかかり…その喚きが終わる前に、仁王の左ストレートが相手の顔面に鮮やかに決まって、相手は数メートルも向こうへと吹っ飛んだ。
「先に嵌めようとしたんはソッチじゃろうが」
そして、片や柳生の方にも、残る一人が奇襲を掛けようとしているところだった。
「柳生、てめぇ俺のオンナ返しやが…っ」
どかっ!!
やはり全ての台詞が終わる前に、今度は柳生の回し蹴りが炸裂し、向こうも数メートルは空中遊泳を楽しむ羽目になってしまった。
「知りません」
言い返す紳士の言葉もかなり無情。
「ほー…そぉんなコトしとったんか、お前さん」
「あちらの方の彼女さんが勝手に言い寄って来ただけですよ。ちゃんとお断り申し上げましたのに…逆恨みされても困ります」
二人が互いにそんな事を話している間に、騒ぎを見ていた桜乃がおどおどと彼らに話し掛けた。
「あのあの…だ、大丈夫なんですか? あの方々…お手当を」
「あー、平気平気。ほっときんしゃい…ったく、取込み中に」
「ちょっとじゃれた程度ですからお気になさらず。さ、行きましょう、幸村君達が待っていますよ」
「はぁ…」
何となく気になりはしたが、桜乃はそこから二人に半ば強制的に退去させられた。
じゃれたらしい?あの二人の獣人は気にはなったが、幸村が待っていると言われたら、のんびりともしていられない。
とことこ、すたすたと三人が歩いて離れたその場所には、仁王達に返り討ちに遭った獣人二人が残された。
「くっそぉ〜〜〜、あんの野郎…」
「覚えてやがれ! 今度は、そのウサギの小娘ごとぎったぎたに!!」
「へえ…?」
明らかな負け惜しみを言った二人の言葉の後に、不意に誰かの合いの手が入った。
『!?』
二人がは、とその声に気を向けた瞬間、彼らの身体は両方とも物凄い力に押され、傍にあった裏へと抜ける抜け道へと押しやられてしまっていた。
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