夢の学園祭(後編)
いざ祭が始まると、元々が人気がある部活の活動とあって開店からなかなかの人の入りだった。
しかも今回は、スタッフに男子しかいないと思われていた…途中までは実際そうだったのだが、意外な飛び入りである桜咲の出現で、予想外の収穫もあった。
野郎ばかりなら行っても仕方ないと敬遠する予定だった男性客達が、メイドがいるらしいという噂を聞きつけて足を運んでくれたのである。
それは確実に収益に繋がっていったのだが、柳の別の予想もまた当たっていた。
「きゃ―――――っ!! いや〜〜〜〜〜〜っ!!」
「ご主人様、来る店を間違えとるわ―――――っ!!」
どおんっ!!
女性の悲鳴の次に腹に響くような男の怒声、そして何かの衝撃音。
最後は、部屋中に女性の歓声が轟いていた。
「きゃっ、綺麗に決まったわ!」
「メイドを守るツンデレ執事なんて超萌える〜〜〜」
やんややんや!と周囲の賛美の声の中、真田は不届きな事をした男性客を背負い投げでのした後、その襟首をひっ掴んで入り口に連れ出し、そのままぽいっと外に放り出していた。
副部長がそんな事をやっている間に、部長は不届きな事をされた可哀想な後輩を連れて裏方に連れて行く。
「大丈夫かい?」
「…これでもう三回目です〜〜」
男にさりげなく臀部を触られた桜咲は、幸村にすがりつきながらそう訴え、そんな彼らをジャッカルや丸井が仕事の合間にこっそりと覗き込んでいた。
「男が男におさわりされるなんて地獄そのもの…」
「けどその割に桜咲、悲鳴が随分ノリノリじゃねい? 幾らなんでもヤローが『きゃー』って…」
そんな二人の背後では、仁王と柳生が柳に質問を飛ばしていた。
「これ、どーしてもアイツ前に出さんといかんのか?」
「いや、俺もまさかここまで予想通りになるとは思わなかったが…口コミであの弦一郎の背負い投げを目当てに来る女性客も増えてくるだろうから、その分収益としては美味しいしな」
「ではせめて、触られる前に相手を仕留める措置を取っても宜しいのでは?」
「未遂だとこちらの言いがかりにされかねない、こういう場合は向こうが現行犯であることが前提だ」
(さらっと言いやがったぞこの鬼畜っ!!)
詐欺師と紳士までもが哀れに思い、人道的な意見を述べているという一種異様な光景が広がっている向こうで、態のいいエサにされてしまった桜乃に幸村が救済策を講じた。
「桜咲、ここはいいから少し休んでなよ」
「え、でも…」
「裏で休んでてもいいし、ちょっと気分転換に回ってくるのもいいし…ここまで客が来てくれているのは、不本意だろうけど君のお陰だからね。戻ってきてから、君の今後の配置についてはまた考えるよ」
もし柳達の会話が聞こえていたら間違いなく彼はそれを止めただろうが、残念ながら今の彼らは互いの声を聞くには少々距離が離れすぎていた。
「…喜んでいいんだか悲しんでいいんだか…」
じゃあ少しだけ〜〜…とふらふらと裏方に引っ込んだ桜乃は、ひとまず落ち着いてから、こそっとそこから店内を覗いてみる。
「うーん…満員は満員だけど…外にも結構並んでいるし、回転が上げられないのがもったいないなぁ」
ここから見ると、入り口に数席分準備していた椅子は、既に順番待ちの人達で埋まってしまっている様だ。
「…うーんうーん」
つくづくもったいない。
休ませてもらってはいるが、自分もまだ十分戦力として働ける。
しかし、前に出たらまた下手にお尻を撫でられる事になるかもだし。
表には出ていなくても、裏でも何か手伝えないだろうか?
(とは言っても、厨房スペースも別の部員さん達で塞がってるしなぁ…)
やっぱりここは割り切って休むことに専念した方がいいのかな…と考えつつ、桜乃はちょっとだけ外の廊下に出て、その場の雰囲気を感じようとした。
廊下は客として来た外部の人々以外に、明らかにスタッフとおぼしき学生達がそれぞれの出し物に準じた服装でばたばたと忙しそうに立ち回っていた。
「やべ景品の予備が足りなくなるかも!」
「それないんじゃ話になんねーじゃん。近くの商店に買い出しに行くか」
「くそー、忙しくてメシ食う暇もねぇよ!」
ばたばたばたばた…っ!!
「…そっか、ウチみたいに飲食ものを扱ってないところもあるんだよね」
ここはすぐ傍に食べられるものが何かしらあるから、空腹で時間がないと言ってもつまむものはあるから、そう苦労しないでいいんだけど…」
「…!」
ぴーんっと何かが桜乃の頭の中に閃いた。
そして、彼女はその閃きのままにすぐに厨房の方へと歩いていく。
「すみません…あれ? 切原先輩?」
「ぎくっ…」
そこにいた先輩の若者が、背を向けたまま桜乃の声を聞いて不自然に体を揺らした。
「…」
何だろう、この先輩はもしかして、自分がしでかした悪事をバラしたい性癖でもあるんだろうか。
それとも、悪事をやる割には度胸が据わってないんだろうか。
それとも、悪事をやっても心の奥の良心が咎めまくってボロを出させているのだろうか。
(どれが答えにしろ、やらなければ平穏無事な人生を送れるのに……でも、今回ばかりはチャンスね)
ここはちょっと相手の弱みにつけこませてもらいましょう、と、桜乃はゆっくりと相手へ近づいていった。
「…つまみ食いですか〜?」
「ば、ばばば馬鹿言ってんなよ、俺がそんなコトやるワケが…」
がばっと後ろにあるものを隠そうと切原が桜乃に振り返るが、今更取り繕っても全てが無駄だった。
「…口の周り、クッキーで汚れてますよ」
「なにっ!?」
「はい、アウト」
「わ〜〜〜〜〜!! 卑怯者ーっ!!」
「鏡貸しましょうか?」
自分をそこまで棚に上げられる性格というのも凄いな、と素直に感動しつつ、桜乃がにっこりと切原に微笑みかけた。
「…真田副部長にバレるのと、私の言うこと聞いてくれるのと、どっちがいいですか?」
「…お前、何か段々黒くなってきてねぇか?」
「誰かさんの所為でこの格好になってから、一皮剥けた感じがします」
ぷいちょ、とそっぽを向いたものの、桜乃はすぐに切原に断った。
「別に悪巧みをする訳じゃないですよ。ちょっとだけ手伝って欲しいんです」
「手伝う?」
「ええ、荷物持ちと…あの、ボディーガード代わりに後ろに立って頂けたら」
「へ???」
それから桜乃は、何かをごそごそと厨房にあった無地の紙袋に詰めると、切原をこっそりつれて、どこかへと出掛けてしまった。
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