「俺も最初に聞いた時はびっくりしたよ」
 問題の少女に関係なければ、言ったところで被害はなかろうと判断した仲間達によって、昼の出来事はかつての三強達にも放課後にはとっくに伝わっていた。
 今の彼らはまだ部に参加出来ない身の上である為、手持ち無沙汰を紛らわせる意味もあって、古巣の中学校のコートにお邪魔している。
「私達もいつも丸井君が彼女の事を『おさげちゃん』と呼んでいる所為もあって、つい早とちりをしてしまいました…彼には悪いコトをしましたね」
 後で、驚かせた事については改めてお詫びしておきました、という柳生の台詞に、物腰柔らかな一人の若者がうんと頷いた。
 緩いウェーブが掛かった髪と、温和な瞳が印象的な端正な若者・幸村精市は、静かな笑みを称えながら柳生の方へと顔を向ける。
「君と仁王までもがそんな事になるなんて珍しいね…でもまぁ、分かる気もするかな」
「ちっ、ヤキが回ったぜよ…俺も修行が足らんの」
 失態を演じてしまったのが少なからず不満だったのか、仁王はぽり、と頭を掻きながら舌打ちをした。
「まぁ、次から気をつけたら良かろう。結局、今回の事は竜崎とは無関係だったのだろう?」
 相変わらずトレードマークの黒の帽子を被っている真田弦一郎は、冷静に見えながらも改めて事実を確認し、それについては当時現場にいなかった筈の柳蓮二が代わりに答えた。
「百パーセント無関係だ。告白をしたという男子と竜崎との接点は過去に一度も認められていない。念の為に調べたところ、中学の三年E組の一人が、彼が告白をした女子に該当した」
 そんな彼らがコート脇で話しこんでいる姿を、部長の切原達が無言で見つめていた。
「……動じてないように見えて、この短時間で既にそれだけ裏を取ってるところが凄いッスね」
「しかもプライバシーについては配慮の欠片もなかったり」
「気にしたら負けかなと思っている」
 ジャッカルに至っては、最早下手に触れるまいと諦観しているのか、視線すらも寄越そうとはしない。
「あら…まぁ皆さん」
 そこに小さく細い声が響き、若者達が視線を向ける。
 驚く必要も訝る必要も無い、この声はとても良く知ったものだから。
「こんにちは…竜崎さん」
 代表して幸村が声を掛けると、その小柄な少女が微笑みながら彼らの傍へと小走りに近づいてきた。
 彼らの後輩であり、可愛い妹分でもある竜崎桜乃だ。
 昼のちょっとした騒動のそもそもの発端となってしまった彼女だが、無論本人はそれを知る事なく無邪気に笑っている。
「いらっしゃってたんですか? すみません、気がつかなくて挨拶が遅れてしまって…」
「気にするな、俺達が勝手に来ているだけだ」
 腕組みをしながらそう断った真田の後に、柔らかな柳の言葉が続く。
「お前も変わりなく元気なようだな。いいことだ…何か困ったことはないか?」
「はい、大丈夫です!」
 自分達も人の事は言えないが、相変わらずあの三強も彼女には激甘だな…と他のメンバーが思っていたところで、相手の少女が首を傾げて問い掛けてきた。
「何を話していらっしゃったんです?」
「いや、ちょっとね…お昼に向こうの校舎で、君じゃないかって子の話が出ていたんだけど」
「私ですか?」
 きょとんとする桜乃に、幸村が頷きながらにこやかに断った。
「うん、でも結局違う人だったみたい。おさげの子って言ってたから思わず君だと早とちりしちゃってさ。すぐに学年が違うから別人だって分かったけどね」
「そうなんですかぁ」
 言われ、桜乃がひょこ、と自分の背後に流れている二本のおさげを振り返った。
「確かに、これって地味に見えて結構目立ちますよね。友達からはよく他の髪型にしたら?って言われたりもするんですけど……そう言えば」
「うん?」
「何だか最近、ここ(立海)で他のおさげの人を見ることが多くなった気がしますねぇ…流行っているんでしょうか?」
「そうなんだ」
「やっている私が言うのも何なんですけど、不思議ですよねぇ」

『……』

 和気藹々と話し込んでいる幸村と桜乃の会話を聞きながら、こそ〜っと丸井がジャッカルへと囁く。
『…俺らがおさげちゃんを気に入ってるのは、もう他の奴等にもたいがい知れ渡ってるんだろい?』
『流石にそうだろうなぁ…隠そうとしたってあれじゃあなぁ…』
 そしてまた少し離れたところでは、柳生と仁王が同じくひそひそ話。
『…そう言えば女子の誰かが幸村君に好きな女性の髪形を問われた時、『三つ編みのおさげ』と答えたという噂が…』
『それは俺も聞いたことがある…因みに言っとくと噂ではなく実話じゃ』
 つまりそれらを総合すると、立海の中でおさげの女子が増えたという理由が…そうなんだろうなぁ、と皆が思っていたところで、真田が柳へと尋ねる。
「女子の髪型なぞ逐一細かく見ておらんし、学年が異なればそれこそ未知の世界だ。そんな事は露ほども感じたことはなかったが、本当か? 蓮二」
「ふむ…」
 丁度、他の部員に呼ばれてしまい、桜乃がその場を離れてしまった後である事を幸いに、柳は口元に手を当てて思案しながら自分の見解を口にした。
「女子の髪型の統計など取った試しはないし、それを取ったところで何に活かせる訳でもないのでな。やった事がない以上は迂闊に不確かなコトを言うのも憚られるだろう、しかし…」
 そこまで言ったところで、彼は口元の手を外して姿勢を正しながら付け加えた。
「俺が記憶している全校生徒のデータから考えると、確かにおさげの子の割合はここ最近は増えてきている印象を受ける。極めて高い訳ではない、しかし、俺達が中学一年生の時のそれと比較すると明らかに人数的にも増えているのは間違いないだろうな」
「ふーん」
 自分達の発言がその現象を引き起こしている事実を認識しているのかいないのか…
 柳の台詞を聞いても、幸村達はさして大きな感動を抱いた訳でもないらしく、淡々とそれを受け止めていた。
「そうなんだ…おさげの人がね」
「ふむ…蓮二が言うのならば間違いはなかろう」
「……」
「……」
「……」
 そして三強は暫し沈黙していたのだが……再び幸村が口を開いた。
「迷惑な話だよねぇ」
 続いて他の二人も頷く。
「全くだ」
「名前を確認したら問題はないが、なかなか紛らわしいな」

『ヒドくね?』

 好みはおさげだと自分から言っておいて…
 思わず声を合わせて突っ込んだ他の面々だったが、きっと向こうはそれすらもスルーだろう。
 いや、もしかしたらそういう発言をしたという事実すら、もう忘却の彼方なのかもしれない。
 確かに彼らも自分達も件の少女をおさげという外見のみから気に入っている訳ではない、上辺だけ繕ったところで何の意味もないだろうことは想像に難くない。
 しかし、しかしだな…
(…おさげの子が増えた理由…やっぱ彼女には言わない方がいいよな…)
 どうしても腑に落ちないメンバー達は、複雑な視線で何も知らないおさげの少女を目で追っていた……





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