「あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
彼の悲鳴が響く中、無情にも駒を反転させ終わった参謀が、後輩に続きを促す様に手を伸ばした…が、その先にある盤面は見事に白一色…
「お前の番だ…と言いたいところだが、お前の駒がないな」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
声もない切原の前で、冷静な柳生がめもめも…と結果を記す。
「切原君、コールド負けで初戦完全敗退…と」
「まぁ駒がゼロってのはお前が最初だから、或る意味潔いな」
「却って諦めもつくんじゃねーのい?」
ジャッカルと丸井が慰めになるのかよく分からない台詞をのたまったところで、切原がどわーっと盤を駒ごと放り投げた。
「ちっくしょ〜〜〜〜っ!! 勝てるかと思ったのに〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「何がお前をそこまで血迷わせとるんだ…」
根拠も何もない筈の相手の言い分に、目付役の真田が頭痛を覚えたのか額に手をやりつつうんざりといった調子で言うと、切原はポケットをごそりと探り、ある物体を取り出した。
巷でも有名な、携帯ゲーム機の本体だ。
「ゲーム機?…こういう物の持ち込みは禁止されてるんじゃないの、赤也」
首を軽く傾げた幸村に切原がぶすっとして頷く。
「今日、先生から返してもらったんで。あ、大丈夫、ウチでは姉貴のを借りてたんで」
「そういう心配はこれっぽっちもしてないよ」
柔らかく突き放した部長の台詞にめげもせず、
「最近流行りの頭脳ゲームやり込んで、昨日は十歳まで若返ったのに〜」
と、切原はぽちっと機体のスイッチを入れて画面を覗きこみ、そこにわらわらと仲間達も続いた。
「あ、脳年齢ってヤツかい?」
「そうっすよ、たまにはこういうのもいいかと思って…やってみたら結構ハマるんす。どうスか?」
やってみないかと差し出されたゲーム機に最初に興味を示したのは桜乃だった。
「あの、やってみてもいいですか? CMとかで見てて、興味はあったんです」
「お、竜崎やるか?」
「おい、学内でそういうものは…」
真田が彼らを止めようとしたところで、部長の幸村がやんわりと笑いながら彼を制した。
「まぁいいじゃない、ここでだけ、軽いクイズゲームをやるみたいなものだと思えば…赤也、今だけだからね」
「はい」
そんなやり取りの向こうでは、早速トレーニング本番に向かった桜乃がたどたどしい動きでタッチパネル式の画面を弄っている。
行われた時間はほんの一分足らず…
「…っと、結果は……え! 22歳!?」
「あーりゃりゃ残念、ま、最初はやり方わかんなくて動きが遅れちまうからな。でも割と良い線いってると思うぜ」
実年齢より10歳も上を指摘されて落ち込んでいる桜乃に、飄々と切原が返す。
どうやら彼も、同じ様な経験があるらしい。
「面白そー、俺にもやらせてくれい、赤也!」
「そんなに時間も取らないみたいだな、俺も後でやらせてくれ」
先輩達も桜乃がやっているのを見て興味を持ったのか、各々が順番にゲーム機を回して脳年齢の計測を始める。
確かに切原の言うとおり皆も初めて体験するゲームなので、どうしても多少の戸惑いからくる時間のロスは避けられず、実年齢よりも多少は上の診断が出ていた。
「うお、18歳かぁ、もうちっとで大人の仲間入り出来るトコだったのにな」
「そういうゲームじゃないんですよ、桑原君」
「コツを掴めば実年齢ぐらいにはすぐに到達出来るじゃろ、この手の奴は」
「わー! 真田副部長ってば56歳だーっ!!」
「やかましい!! こっ、こういうちまちました遊びなぞ、普段からやっとらんだけだ!!」
「……」
わいわいと賑やかなメンバー達の中で、唯一、柳だけがいつになく渋い表情でそんな騒ぎを見守っていた。
「どうしたんだい柳?」
「いや…そもそもその人物の能力を推し量るのには、非常に綿密な計画と、あらゆる可能性を想定した仮説、そしてそれらを裏付けるに足る観察期間が必要なのだ。そんな予めプログラミングされたソフトで万人の能力を何処まで測れるものなのか…どうにも疑問が拭えなくてな」
どうやら生来の研究心が、出来あいのプログラムに対して少なからず不信感を抱かせてしまっているらしい。
いかにも『参謀』らしい理由だったが、そこに切原がゲーム機を持って丸井と彼の間に割り込んできた。
「まーまー、所詮ゲームって考えたらいいんスよ。柳先輩みたいに完璧じゃなくても、一般の人の、大体の平均を出してるようなもんじゃないッスかね。ほら、先輩も」
「ん?」
「ちょっとやってみて下さいよ〜、参謀って呼ばれてる先輩の脳年齢がそのぐらいあるのか、俺、めっちゃ興味あるッス!」
わくわくと楽しそうにこちらを見上げてくる後輩の笑顔に、柳が毒気を抜かれた様に軽く溜息をつく。
「見世物でやるようなものでもないのだがな……お前の言うとおり、ただのゲームなのだろう?」
「まぁまぁそう言わずに」
「……」
これは自分が実践しない限り、何処までもしつこく食い下がってくる気だな…
それから逃れる策を今から考えるのと、相手の言うとおりにして納得させるのと、それらの労力を瞬時に計算した柳は、仕方なく後者を選択した。
或る意味時間の無駄と言えなくもないが、ここで渋れば渋るだけ、その時間の無駄は増えていくばかりだろう。
「…このペンを使えばいいのか?」
「そうそう、んで、出てきたボールの…」
簡単な説明を受けてから、柳はその問題のゲームへ取り掛かろうと画面へと注目。
立海随一の頭脳を持つと噂されている参謀の脳年齢は果たしていかほどのものなのか…
興味があったのは切原だけではなかったらしく、他のレギュラーや桜乃も周囲を囲んで、じっと事の成り行きを見守っている。
「……そこまで注目されるとどうにもやり辛いのだが」
「まぁまぁ、気にしなさんな」
「別にプレーの邪魔はしないし」
返す仁王とジャッカルの瞳も、興味の色が明らかだ。
割り切るしかないかと、柳は再度軽い溜息をつき、いよいよゲームを開始させた。
仲間達の視線の中、流石に参謀と呼ばれる若者は一切の躊躇を見せることなく淡々と、迅速且つ正確にゲームの課題をこなしていく。
最初の後輩の助言のお陰もあったかもしれないが、ペン先が迷ったり、止まったりという無駄な動作が一切認められない。
これはなかなか良い成績が見込めそうだと全員が例外なく思っている内に、制限時間が来て、柳のターンは無事に終了した。
これで後は、彼の脳年齢の表示を待つだけである。
「おー、結構イイ結果が出そうな感じじゃん? ホントの年齢より若かったりして」
「でも、若く出るって言っても、私達の年じゃ、あまり変わらないんじゃ…」
丸井の言葉に桜乃がそう答えている内に、遂に画面に脳年齢が表示された。
『180歳』
『………』
もれなく、仲間達の頭上に『えーっとぉ』という見えない台詞が浮かんだ。
これは………どう解釈したらいいのだろう?
『…判断に苦しむなぁ』
『あれを間違いだと否定し切れない俺は、判断力が衰えているのだろうか…』
親友達も陰でこそこそと本人に気づかれないようにしつつ、大いに困っている様子。
確かに若ければいいというものではない。
亀の甲より年の功。
若さより、その年月の間に刻み込んだ知識、知恵が尊ばれることもある。
しかし、この年齢は流石に……
『参謀改め、『長老』っちゅうのはどうじゃろう』
『止めて下さい、頷きそうになりますから』
『い、意外とあのゲーム、高性能なんじゃねい?』
『どういう基準で作られたのか、ちょっと気になるな』
うぬぬぬぬ…とメンバーが頭を抱えている向こうでは、その当人である柳が暫し画面を見つめた後…何事もなかったかの様に切原にゲーム機を返していた。
「ちょっと、バグが起きた様だな」
「あ、あーあー…そ、そうッスか、そうッスね! うん、きっと…多分…」
返された切原も、今はゲーム機の故障の心配より、目の前の人物について再考察するのに忙しいらしい。
返答もしどろもどろで、目が明らかに泳いでいる。
『…これって、年齢の表示枠はどれぐらいなんですか?』
『知らねー…ってか、知りたくねー』
桜乃の質問に切原がげっそりした様子で答え、その場はそこでお開きとなった。
そして、結局柳が以降『長老』と呼ばれることはなかったのだが、あの日以来、切原が脳年齢ゲームを持ってくることもなくなったのである…
了
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